日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十話『黄昏時の天空へ捧げる讃美歌』 序

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 しゆりようДデーことどうじよう太の衝撃的な告白を受け、議場は静まり返っていた。
 そうせんたいおおかみきばこうこくで最も勢力が大きく、そして有名なはんぎやく組織である。
 彼らがヤシマ人民民主主義共和国の正統後継者を名乗るのは、ヤシマ政府の主席と次席の孫が組織したという理由だと、誰もがそう思っていた。
 だが今そのどうじようが言うには、首領のどうじようふとしと参謀のなわげんはヤシマ政府のどうじようきみなわずみその人達であるらしい。

「我輩達はかつて、理想に燃えていた。文明開化も久しく、列強国の一員になろうなどと思い上がっていた嘗てのしん維新政府は富国強兵政策を推し進めていた。その裏で貧しい者達は富める者達に劣悪な労働環境で死ぬまで搾取される惨めな人生を強いられていたにもかかわらず、顧みることなく……。弱者を踏み付けにする性根はやがて外へと拡大し、不幸とえんいた。この国家がこのまま栄えることは世界にとって厄災にしかならないと思った……」

 どうじようは拳を握り締め、感情を込めて語る。
 そんな彼の言葉に内閣総理大臣・づきれんろうが異を唱えた。

「一面的な見方だ! 文明の進歩、国家の発展は国民に多大なる恩恵をもたらした! 今日の我々の健康的で文化的な生活は当時の歩み、富国強兵を礎として成り立っているものだ!」
「伝え聞いただけの者が知った風な口を利くものではないよ。我輩はこの目で見たことを語っているのだ」
「一人の人間が目に見える範囲など限られている! 一個人の体験や人生で時代の全てが語れるなどというのはおごりに過ぎない!」

 づきこうこくの政治家は、基本的にしん政府を継承しているつもりであり、その統治に対して肯定的な見方をしている。
 それはじんのうが政権を奪還した正当性につながるためどうじようの物言いは看過出来ないのだ。

「やれやれ、脱線してしまったよ……」

 どうじようは溜息を吐いた。

「結局、しん政府は世界大戦に敗れ、我々にたおされた。我々はこの民族を一から立て直そうとした。一切の罪を清算し、過去を断ち切り、身の丈に合わぬ自意識は捨て、足るを知るつつましい幸せの国へと作り変えようとしたのだ。千年以上もの間、民族を呪い続けた因習から解き放とうとした……」

 どうじようの表情が憎しみにゆがんだ。

「だが! 拒絶された! 貴様ら日本人共は結局のところ古き支配者を選んだ! 文明という餌に釣られ、罪と厄災の道へと再び突き進んだ! その時我輩は思ったのだ! 日本人とはこれ程までに度し難い民族なのかと!」

 どうじようは両腕を広げ、高らかに宣言する。

「だから決めたのだ! 次に革命を起こした先に、貴様らに掛けてやるおもりは何も無いと! 理想国家など貴様らには千年早い! 日本人とは所詮、悪の帝国の臣民になることを望み、強きを助け弱気をくじく性根の腐ったいぬの民族だ! だからまずは、全ての日本人から国家を奪ってやるのだと! えて言おう! 日本人にさわしき革命とは、反日亡国に他ならないのだ!」

 余りの狂気にされ、議員や貴族は一様に押し黙ってしまっていた。
 しかしそんな中唯一人、第一皇女・かみせいだけは大笑いし始めた。

「ぷっ、あはははははは!」
「何がしいのかね?」
「これは失礼、情けない負け惜しみを堂々と言い触らす滑稽さに失笑してしまいました」

 怒りに満ちた表情でけるどうじように対し、かみは全くものじせず、そうはくな顔色に口角から血を垂らしながらも不敵に笑っていた。
 そのたたずまいは何処どこまでも強者、特権階級、高貴なる者のそれである。
 彼女は自身が上位の存在であることを、この期に及んで全く疑っていないのだ。

「要するに、まえ達は無能故に国家運営に失敗し、民心を失ってしまった。じんのう陛下は畏れ多くも一度は自分を捨てた民を、海よりも深い慈悲の心で救い上げた。結果、まえ達の稚拙な統治で貧困にあえいだ国はこうこくの統治で力強くよみがえり、世界一の大国にまで押し上げられた。まえ達は国のかじりを誤り、わたくし達が正しく治めた、それだけのことでしょう。所詮まえ達はその程度の、わたくし達皇族を到底越えられぬ、国家を統治するに値せぬ器でしかなかったということです」

 かみどうじようあざわらう様に言い放った。
 それに呼応する様に、議場はどよめきに包まれる。

かみ殿下のおつしやるとおりだ!」
「自分の失政で支持を失った癖に、国民に責任転嫁していぬ呼ばわりか!」
「恥を知れ、恥を!」

 どうじようは両を血走らせ、怒りに震えていた。
 図星を突かれて返す言葉も無い、といったところか。

「イ・ヌ・ド・モ・がアアアアアアッッ!!」

 どうじようの拳銃が天に向かって発砲された。
 怒髪天をく、という心持ちを銃声が代弁したかの様だ。

「いつまで寝ているのかね、同志わたりはなこんごう! この高慢女を黙らせろ!」

 倒れていた三人がおもむろに立ち上がる。
 彼らはどうじようからしんを分け与えられており、大抵の傷はすぐにかいふくしてしまうのだ。
 一方で、こうこく体制側の者達はしんを奪われ、戦いで負った傷は簡単には癒えない。
 状況は依然として連合革命軍の方が圧倒的に有利であった。

 だがそんな中、もう一人の女がひそかに動き出していた。
 この状況、どうじようは一つだけミスを犯している。
 それは、要となる人質、第三皇女・こまかみらんの支配を自分以外の他者に、それも戦闘要員でないいつきに委ねてしまっていたことだ。

こまかみ殿下!」

 しきしまこまかみを救出すべく、彼女の首輪の鎖を握っているもとへと駆けた。
 幸いにしてしきしまは肩に傷を負っただけだった為、にはすべが無かった。

退けェッ!」
「キャン!!」

 しきしまの突貫に驚いて尻餅をき、その隙にしきしまこまかみを奪還する。
 これにて、こまかみおおかみきばの管理下から外れた。
 つまり、どうじようはもうこまかみしんを使えなくなってしまったのだ。

「殿下、遅くなって申し訳御座いません。今、拘束を解かせていただきます」

 しきしまの刀がこまかみを縛っていた拘束具を斬り裂いた。
 こまかみは衰弱しきっているが、これ以上辱められることは無いだろう。

どうじよう、この騒ぎも終わりだ」

 しきしまどうじように刃を向けた。

「貴様のじゆつしきしんは把握している。管理下に置いた者のしんを我が物として接収・利用・分配する能力と、自らのしんに応じた範囲に居る者のしん使用を禁じる能力。だが今、こまかみ殿下は貴様の管理下から外れた。こまかみ殿下のしんが使えなくなった以上、このはんらんはこれ以上続けられまい」

 形勢逆転、こまかみを奪還されたおおかみきば
 本来、どうじようしんの使用を禁じられる範囲は精々が今居る議場程度の広さである。
 また、こまかみの強大なしんでなければ残る皇族のしんまで封じることは出来ない。
 元々しんを失っているじんのうかみかく、皇宮に控えている三人の皇族が鎮圧に動けばおおかみきばに勝ち目は無い。

 連合革命軍は一転、窮地に追い込まれた、かに見えた。

「そう思うかね?」

 どうじようは憎しみにみしているが、まだ何か手があるかの様なぐさである。

「そんなものは再び皇族を捕えれば済むことだ」
「出来るとでも?」

 かみが再び扇を構えた。
 血の滴る口角を上げ不敵に笑うかみだが、その表情からは血の気が引いており、いつ突然倒れてもおかしくない様相だ。
 そんな第一皇女の姿を前に、どうじようは再び歪んだ笑みを浮かべる。

「やれやれ、出来れば皇族相手にこの能力は使いたくなかったのだがね。しかし、きみを相手にするのは骨が折れると充分わかった」

 どうじようは腰に両手を当てて大きく踏ん反り返った。
 その姿は衣服の下に眠る男の象徴を突き出し、見せ付けるようでもある。

「今こそ見せてやろう、我輩の切り札を! 本来なら皇族の血など根絶やしにしてやりたいところだが、天神の子を気取る血筋の女を我が物にして、来世で皇位をさんだつするのもまた一興!」

 どうじようの股間がまばゆい光を放つ。

『第一のじゆつしきしんシンリッコイチャ

 かみけん感に満ちたうめごえを上げ、初めて自分からあと退ずさった。
 手に持った扇は口元どころか顔全体を覆い隠している。

「良い勘だ、すがは第一皇女・かみせい。しかし、しんを失った今のきみに我輩の能力からは逃れられん。我輩の第一のじゆつしきしんは先程も言ったとおり、己の子孫に魂を生まれ変わらせる能力。そしてその前段階として、確実に子孫を残す為になる女をも我輩に激しく欲情させ、子種を求めずには居られなくさせるのだ!」
「こ、皇族を強姦して子を産ませ皇位を継がせようとは……。なんという下品な、正統性の欠片もありはしない……! それに、能力にわざわざ名前まで付けて……! その口から吐かれる全ての言葉が汚されて泣いていますよ……!」
「なんとでも言うが良い。とはいえ抵抗出来るとは予想外、その精神力は褒めてやろう。しかし、もしこの能力が皇族のしんを得たとしたら、果たして耐えられるかね?」
「何ィ……?」

 どうじようの方へ、先程助け出されたこまかみがふらつきながら歩き出した。
 かみは強い意思能力で抵抗出来ても、衰弱しきった妹はあらがえないらしい。

らんっ……!」

 かみの周囲の空気が揺らいだ。
 彼女の体から込み上げる怒気が目に見える様だ。

きりんねえさま……お願い……」

 こまかみの両目から涙がこぼちる。
 これまで散々痛め付けられ、国家転覆の為に利用され、なおも辱められようとしているのだ、皇族としてその苦しみは計り知れない。
 姉のかみにもそれは痛い程理解出来るだろう。
 妹の懇願、その意味するところも。

「解りました……」

 かみの姿が消え、一瞬のうちにこまかみへと肉薄した。
 気付いた時には、姉の腕が妹の左胸を貫いていた。

「何だと……!?」
「許しなさい、らんわたくしもすぐに逝きます」

 かみは手に持ったまみれの臓器をにぎつぶした。
 指の隙間から鮮血が飛び散り、刺し貫かれたこまかみの体は糸の切れた人形の様に姉の腕に身を委ねた。
 その死顔は長いえきから解放された様に、どこか安らぎに満ちたほほみを浮かべていた。

「で、殿下……」

 議場の貴族や政治家達、特に目の前で凄惨な身内殺しを見せ付けられたしきしまどうもくして絶句していた。
 そんな彼女に、かみは血塗れの顔で微笑みかける。

「弟を、皇太子殿下を頼みましたよ……」

 かみの腕がこまかみの胸から引き抜かれ、崩れ落ちる妹の遺体を姉が抱き留めた。
 そしてかみは硬く目を閉じ、こまかみを抱きしめたままうつぶせに倒れる。

かみ殿下……御自分で己の心臓を……」

 妹をかばう様に倒れた姉はピクリとも動かない。
 第三皇女・こまかみらんは姉に尊厳を守る為に心臓を握り潰され、第一皇女・かみせいはその責任を取る様に自らの心臓を止めて絶命したのだ。

「フン、気に入らんね。我輩の子を産むより死を選ぶとは……。命という宝をないがしろにする悪魔の血筋め……」

 股間の光を収めたどうじようは毒虫を見る様な眼で二人の女を見下して吐き捨てた。
 その暴言が議場の怒りを誘う。

「おのれ、叛逆者共……! 許さん……!」

 真先に怒りをあらわにしたのは摂関家当主の一人、どうあきつらだった。
 普段は腹黒く澄まし、いんぎんれいな態度の彼が珍しくげきこうしている。

「人の皮を被ったおおかみ共よ、今に見ろ! どうじようはや貴様は皇族のしんを失った! すぐにでも残る皇族方にこの場へお越し頂き、その大逆をあがなうことになるだろう!」

 どうの啖呵を皮切りに、議場は怒号に包まれた。
 この場の大部分の議員にとって、貴族院議員・かみせいは目の上のこぶであった。
 しかしそれでも、皇族の長姉としての強者のきように満ちた在り方は揺るぎ無い敬愛を集めていたのだ。

「国賊集団! 地獄に落ちろ!」
「国の一大事にくにりをたくらむ非国民共が!」

 しかし、どうじようは天井に向けて発砲し、その声を黙らせた。

やかましいぞいぬ共が! しんが無ければ皇族の威を借ることしか出来ぬ腰巾着め! きみ達のもくかなわない!」

 どうじようかみこまかみの遺体に向けて四発の弾丸を撃ち込んだ。

きみ達は我輩の能力が終わったと思っているようだ。しかし、我輩の第二のじゆつしきしんカモは時限式なのだよ。一度発動してしまえば何が起きようとも一定時間経過するまでは解除されん。あと三日、こうこく中の誰一人として我輩の許可無くしんは使えん。仮令たとえ皇族であろうともな!」
「な、なんだと!?」

 一転、議場は深い絶望に包まれた。
 こうこく中で三日間もしんが使えないということは、その間連合革命軍を制圧することは出来ないだけでなく、国家としてあらゆる機能はしたまましてしまう。

「同志なわ! 天空上映を準備しろ! 世界の眼前でこれより人民裁判を開始する! 皇族は死刑! 貴族も死刑! 資本家も死刑! そして日本人といういぬの民族から国家をはくだつする、真の八月革命をじようじゆさせるのだ!」

 こうこくの地獄は全く終わってなどいなかった。
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