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第三章『争乱篇』
第七十話『黄昏時の天空へ捧げる讃美歌』 破
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皇國全土に神為を供給する為、皇宮に詰めていた第二皇女・龍乃神深花と第三皇子・蛟乃神賢智にも連合革命軍の魔の手が迫っていた。
二人が控えているのは、宇気比の間――嘗ては「人工母胎の間」とも呼ばれていた彼らの生地である。
白い照明の光に満ちた部屋の壁際に設置された機械仕掛けの匣が、父・神皇の精子と謎に満ちた母・臥龍飛鳥の卵子を受精させ、その胎児を哺育していた「人工母胎」と呼ばれる装置なのだ。
しかし今は其方は一切稼働しておらず、代わりに部屋の中央に設置された巨大な真珠の様な物体が主なこの部屋の用途である。
この球体は皇宮の地下から皇國全土に張り巡らされた送電網や水脈、その他インフラに接続されている。
普段は神皇がこの球体に神為を送ることで皇國中の基盤となるエネルギー供給源を担っているのだ。
「龍乃神殿下、蛟乃神殿下、叛逆者が皇宮に侵入しました! 此処も危のう御座います! 早くお逃げください!」
そんな「宇気比の間」で球体前方の椅子に並んで坐っていた二人の皇女皇子に事態を告げたのは、蛟乃神の侍女である伯爵令嬢・刻御門竜胆である。
和装をした上品な淑女で、普段はよく言えば落ち着いている、悪く言えば事務的な彼女だが、今は流石に取り乱した様子で二人の皇族に脱出を上申した。
「六年ぶりの大規模蜂起か……」
龍乃神は思い出す。
丁度皇國がこの世界に転移した直後、武装戦隊・狼ノ牙は大規模な叛乱を起こした。
当時、叛乱の鎮圧こそ出来たものの、組織の壊滅には至らず、再びの機会を狙って息を潜めていることは明らかだった。
案の定、皇國が戦争で泥沼に引き摺り込まれている現状を幸いにと国家転覆を狙ってきた――それが二人の皇族の現状理解である。
「急に神為が使えなくなったのは叛逆者の能力に因るものだろうね。しかし、皇族たる妾達に通用してしまうとは……」
「何か絡繰があるんだろうね。嫌な予感がする……」
蛟乃神の許に駆け寄った刻御門は、主を潤んだ眼で見詰めて懇願する。
「殿下、蛟乃神殿下。大切な殿下に何かあっては私、どうしたら良いか……」
「刻御門、心配しないでおくれ。君の方こそ、よく無事で居てくれた。僕も君無しで生きていくなんて、全く想像出来ないよ」
蛟乃神は刻御門の手を握って彼女に言い聞かせた。
そんな弟と侍女の関係を察し、龍乃神は白い眼を向けている。
蛟乃神は刻御門の肩を抱いて姉の方を向いた。
「姉様、刻御門の言うとおりに脱出して身を隠そう。僕達が皇宮に留まっていては近衛兵達がいつまでも僕達のことを守り続けなければならない。そうだろう、刻御門?」
「はい、お察しの通り、既に近衛兵だけでなく大覚寺侍従長もお亡くなりに……」
龍乃神は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
弟の言うことは理解するが、圧倒的な強さを誇る筈の皇族として、叛逆者の破落戸を相手に尻尾を巻いて逃げなくてはならないのはなんとも情け無い。
「歯痒いね、なんとも……」
それでも、龍乃神は私情を押し殺して立ち上がった。
この状況で小さなプライドに拘っていては徒に犠牲を増やすということは彼女も解っている。
「問題はどう脱出するか、だね。昔の城郭みたいに隠し通路がある訳でもない」
「御安心ください、龍乃神殿下。私が案内いたします!」
刻御門は人工母胎へと駆け寄り、制御盤を操作した。
彼女が複雑な数値の入力を終えると、人工母胎の匣が動いて通路が現れた。
「あったのか、隠し通路」
「両殿下、参りましょう!」
龍乃神と蛟乃神は刻御門の先導に従い、隠し通路へと足を踏み入れた。
⦿⦿⦿
国会議事堂の衆議院本会議場では、第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女・敷島朱鷺緒が独り、狼ノ牙を相手に必死の抵抗を試みていた。
「敗ける訳にはいかんっ! 何としても貴様らを成敗しなければ! そしてその後、私も皇族方の御命を失わせた責任を取って腹を切る!」
敷島の刀が二人の八卦衆の猛攻を弾く。
屋渡倫駆郎の肉槍も沙華珠枝の毒鞭も一筋縄ではいかない恐るべき武器であり、しかも神為の無い素の剣技で凌ぐのは至難の業である。
しかし達人の敷島は二人を相手に辛うじて渡り合っていた。
「しぶとい女だなァ、皇族に屈した軟弱女の分際で……!」
「未だに女剣士気取りとは、恥を知らないのかお前は」
屋渡と沙華は侮蔑の言葉を投げ付けるが、それは二人掛かりで攻め倦ねている苛立ちから来るものだろう。
神為を失った上に負傷しているにも拘わらず、敷島の戦い振りは鬼気迫るものがある。
「やれやれ、埒が明かんね……」
そんな戦いの様子を議長席から見渡し、首領Дこと道成寺太は溜息を吐いた。
「二人掛かりでは厳しいか、では更なる戦力を投入しよう。同志金剛」
道成寺の命を受け、狼ノ牙別働隊「地上ノ蠍座」の金剛悟が手を挙げた。
すると天井を突き破り、二機の弐級為動機神体が舞い降りる。
「『術識神為・金剛魔機啼』。さあ、二人共真の姿を顕せ」
天井の瓦礫が降り注ぐ中、弐級為動機神体が人間の姿へと変わっていく。
敷島はその光景に冷や汗を掻いた。
「金剛が居るということは、やはりそう来るか……」
「元『地上ノ蠍座』の同志だった貴様は解るよな、水徒端早芙子。いや、逸って自分で名乗っていた『黄柳野早芙子』と呼んだ方が良いか?」
「あの男の話はやめろ! あの時裏切られて愛想が尽きたし、抑も結婚していない!」
過去を穿り返された敷島は動揺し、生じた隙に屋渡の槍を体に掠めてしまった。
「うぐっ!」
「薄情な奴だな。今呼んだ他の仲間達にも同じ様に冷たくするのか?」
金剛が呼んだ二機の弐級は完全に人の姿に変わった。
二人は敷島の能く知る男女である。
「火野初音・地頭恭輔……やはり貴様らか……。日下部と月夜は良いのか?」
「あの二人には別の大事な用があるのさ」
「まあ、寂しい気持ちは解るぜ。久し振りに『七曜衆』が揃うと良かったんだがな。どの道、肝心の黄柳野リーダーが欠けちまう」
火野初音と地頭恭輔、金剛悟は、嘗て水徒端早芙子だった時の敷島と共に「地上ノ蠍座」最高戦力「七曜衆」として猛威を振るった者達である。
後三人、敷島が名を挙げた日下部光郎と月夜萌衣、そしてリーダーで水徒端早芙子と恋仲だった黄柳野文也の七人で構成されていたが、六年前の蜂起で地上ノ蠍座が壊滅してからは音沙汰を無くしていた。
「扨て、裏切り者の粛正を開始しようじゃないか」
「裏切り者、か……」
敷島は歯噛みし、刀を強く握り締めた。
「あの時、誰よりも最後まで戦い続けたのは他ならぬ私だ。文也を奪還しようと動いたのも私一人だった。貴様らは狼ノ牙も地上ノ蠍座も尻尾を巻いてさっさと逃げ、私に全てを押し付けた……」
屋渡と沙華に加え、金剛・火野・地頭に囲まれた敷島は怒りに体を震わせている。
「確かに、叛逆者に身を落としたのは私の拭えない罪と汚点だ! しかし、それでも私は必死だった! 命を懸けて戦い抜こうとした! 戦いもしなかった貴様らがどの面下げて私を粛正しようというのか!」
敷島は再び刀を構えた。
「来い! 全員纏めて斬り伏せてやる! 誰よりも畏るべき者を知る私が貴様ら如きを恐れるものか!」
意気込む敷島。
とその時、突如として議長席が真二つに割れた。
その下には穴が開き、下へ階段が続いている。
そこから三人の男女が昇ってきた。
「おお、到着したかね」
道成寺が先頭の和装女を嬉しそうに歓迎した。
彼女に続く男女は困惑している。
「どういうことだ?」
「国会議事堂に続いていたのか?」
「首領Д、龍乃神・蛟乃神両殿下をお連れしました」
和装の女・刻御門竜胆が道成寺に頭を下げた。
「よく連れてきた。そして、間諜活動を始めたばかりにしては能くやったね、刻御門君」
「はい、首領Д。私は首領様の御命令を忠実に実行いたしました。ですから御褒美を……。首領様の愛を沢山下さいませ……」
刻御門は道成寺の足下に擦り寄り、恍惚とした表情で媚びを売る。
白地な様子に、蛟乃神は呆然と立ち尽くしていた。
その背後で、龍乃神はばつが悪そうに目を逸らしている。
「扨て、同志久地縄、準備は出来たかね?」
「ええ。天空上映はいつでも開始出来ます。後は、神皇の到着を待つばかりですな」
龍乃神と蛟乃神は連合革命軍の一般構成員に身柄を確保された。
⦿⦿⦿
皇宮、神皇の寝室は、外の騒乱が嘘の様な静けさに包まれていた。
相変わらず寝台の上で蒼い顔を浮かべている神皇は、唯々外の景色、黄昏時の空を見詰めている。
「父上……」
そんな神皇の様子を、第一皇子・獅乃神叡智はいつになく厳しい表情で見守っていた。
二人は共に、何かを予感しているかの様である。
神皇が小さく溜息を吐いた。
「愈々か……」
神皇は徐に息子の方へ振り向いた。
その表情は平静そのものだが、普段の威厳が見られず、ただ涼やかさだけを残している。
「叡智よ、どうやら朕から爾に、いや……」
一息、神皇は決意の間を挟んだ。
これからの話を心して聞くようにと、彼の纏う空気が書物の如く雄弁に語っていた。
「我から其方に最も大事な話をする時が来たようだ……」
神皇は布団を開け、寝台から足を下ろして坐った。
蒼い顔をしながらも降りようとするその仕草に、獅乃神は驚いて身を乗り出す。
「父上、どうか御安静に。避難なされると仰るなら、お連れしますので」
「案ずるな。この一月、歩行訓練がてら己の足で厠へ行っておるだろう。御陰で良い塩梅である」
獅乃神は肩の力を抜いた。
奇妙な一時である。
真夏とは思えぬ清涼さがあった。
山吹色の光が父と子を照らしている。
「叡智、我には以前より一つの確信に近い予感があった。おそらく、我が神為は今が峠なのだ。これより先は緩やかに下降を始め、数年で急速に失われるであろう……」
「どういう……ことですか?」
「神為の恢復力は遺伝子の修復力にも及び、人に不老長寿を与える。然れど、それはあくまで人の域を出ることは無い。その限界が大還暦なのだ。今後、我の神為が再び蘇ろうとも、二度と以前の力は戻るまい。そして我は確実に老い、衰弱していく……」
神皇は獅乃神に微笑んで見せた。
「解るか、叡智よ。この父とて死ぬのだ。時が来ればな」
小柄な父の穏やかな目。
対して大柄な息子は眼を凝らして見詰めている。
「だからですか……。だから、御譲位なさろうと……」
「うむ。次の還暦は到底迎えられまい。嘗て神話の時代、瓊瓊杵尊が永遠の命を失って以来、皇族は定命の者となったと伝えられている。その呪いに、絶対的な皇國の統治体制を築き、神の領域に達した我ですらも抗うことは出来なかったという訳だ」
夕日に照らされた神皇の姿は消え入りそうな光の衣を纏っている。
それはある意味で祝福にも見える。
この時が、天神の血を引くという彼の死に往く宿命に清い讃美歌を歌っているかの様だ。
「お待ちください、父上。何故今、その様なお話をなさるのですか」
「言ったであろう。時が来たのだ」
獅乃神は息を呑んだ。
そして小さく首を振る。
「何を……何を仰いますか……」
「叡智よ、大事なのはここからだ。この父の死すべき命より、其方の生きる命の話が重要なのだ」
神皇は寝台から立ち上がった。
「父上?」
「叡智、其方は気にも留めておらぬだろうが、我は其方の神為を封じておった。我が子女の中でも其方の神為だけは特別中の特別、生まれながらに我をも遥かに超え、想像を絶する領域にあった。故に、危うく思っていた。幼き其方が道を誤れば、三千世界がいとも容易く無に帰すことになる。我は其方の輝かしい才能に蓋をせねばならなかった」
「それは……」
獅乃神は顔を伏せた。
言われなくとも知っている。
だが、それで良かった。
特に不便を感じたことも無く、神為など使わなくとも誰もが好く尽くしてくれた。
力など必要無かった。
ただこの血筋の祝福があれば、獅乃神叡智は誰よりも幸福だったのだ。
「叡智よ、我はこうも夢想している。動もすると其方なら、瓊瓊杵以来の呪いを超克出来るのではないか。皇國を、日本民族を永久の栄光へ導くことが出来るのではないか、とな。都合の良い妄想であろう。だが幸い、其方は立派になった。最早何も心配は要るまい」
神皇は獅乃神に触れた。
「今、封を解こう。これよりは其方の代である。其方の思うとおりの治世を行うが良い。以後、好きにせよ」
獅乃神は再び顔を上げ、神皇と見つめ合う。
その視線の交錯が全てを語っていた。
愛おしむ様な、肩の荷が下りた様な、そんな柔和さが神皇の微笑みには満ちていた。
「では、行くか……」
神皇はゆっくりと、寝室の扉へと歩き出す。
獅乃神は慌てて父の手を掴んだ。
「何処へ行かれるのですか」
「朕を待つ者の所だ」
神皇の声に元の威厳が戻っていた。
獅乃神は首を振る。
「駄目だ……駄目だ……!」
「手を離せ叡智。今はまだ朕に無礼を働くでない。行かせよ、これは勅命である」
獅乃神が手を離したのは、察したからだ。
こうなっては、父は自らの腕を引き千切ってでも己を押し通すだろう。
彼は父を誰よりも慕っている。
その父を傷付けることなど不本意極まり無かった。
神皇は扉に手を掛けた。
振り返ることなく、清浄の寝室と汚濁の下界を結ぶ門が開かれる。
「待て! 父上、行くな!!」
獅乃神の叫びは神皇を振り向かせることすら叶わなかった。
神皇は寝室を出て、長大な回廊を歩いて行く。
遠く、遙く、迢く……。
二人が控えているのは、宇気比の間――嘗ては「人工母胎の間」とも呼ばれていた彼らの生地である。
白い照明の光に満ちた部屋の壁際に設置された機械仕掛けの匣が、父・神皇の精子と謎に満ちた母・臥龍飛鳥の卵子を受精させ、その胎児を哺育していた「人工母胎」と呼ばれる装置なのだ。
しかし今は其方は一切稼働しておらず、代わりに部屋の中央に設置された巨大な真珠の様な物体が主なこの部屋の用途である。
この球体は皇宮の地下から皇國全土に張り巡らされた送電網や水脈、その他インフラに接続されている。
普段は神皇がこの球体に神為を送ることで皇國中の基盤となるエネルギー供給源を担っているのだ。
「龍乃神殿下、蛟乃神殿下、叛逆者が皇宮に侵入しました! 此処も危のう御座います! 早くお逃げください!」
そんな「宇気比の間」で球体前方の椅子に並んで坐っていた二人の皇女皇子に事態を告げたのは、蛟乃神の侍女である伯爵令嬢・刻御門竜胆である。
和装をした上品な淑女で、普段はよく言えば落ち着いている、悪く言えば事務的な彼女だが、今は流石に取り乱した様子で二人の皇族に脱出を上申した。
「六年ぶりの大規模蜂起か……」
龍乃神は思い出す。
丁度皇國がこの世界に転移した直後、武装戦隊・狼ノ牙は大規模な叛乱を起こした。
当時、叛乱の鎮圧こそ出来たものの、組織の壊滅には至らず、再びの機会を狙って息を潜めていることは明らかだった。
案の定、皇國が戦争で泥沼に引き摺り込まれている現状を幸いにと国家転覆を狙ってきた――それが二人の皇族の現状理解である。
「急に神為が使えなくなったのは叛逆者の能力に因るものだろうね。しかし、皇族たる妾達に通用してしまうとは……」
「何か絡繰があるんだろうね。嫌な予感がする……」
蛟乃神の許に駆け寄った刻御門は、主を潤んだ眼で見詰めて懇願する。
「殿下、蛟乃神殿下。大切な殿下に何かあっては私、どうしたら良いか……」
「刻御門、心配しないでおくれ。君の方こそ、よく無事で居てくれた。僕も君無しで生きていくなんて、全く想像出来ないよ」
蛟乃神は刻御門の手を握って彼女に言い聞かせた。
そんな弟と侍女の関係を察し、龍乃神は白い眼を向けている。
蛟乃神は刻御門の肩を抱いて姉の方を向いた。
「姉様、刻御門の言うとおりに脱出して身を隠そう。僕達が皇宮に留まっていては近衛兵達がいつまでも僕達のことを守り続けなければならない。そうだろう、刻御門?」
「はい、お察しの通り、既に近衛兵だけでなく大覚寺侍従長もお亡くなりに……」
龍乃神は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
弟の言うことは理解するが、圧倒的な強さを誇る筈の皇族として、叛逆者の破落戸を相手に尻尾を巻いて逃げなくてはならないのはなんとも情け無い。
「歯痒いね、なんとも……」
それでも、龍乃神は私情を押し殺して立ち上がった。
この状況で小さなプライドに拘っていては徒に犠牲を増やすということは彼女も解っている。
「問題はどう脱出するか、だね。昔の城郭みたいに隠し通路がある訳でもない」
「御安心ください、龍乃神殿下。私が案内いたします!」
刻御門は人工母胎へと駆け寄り、制御盤を操作した。
彼女が複雑な数値の入力を終えると、人工母胎の匣が動いて通路が現れた。
「あったのか、隠し通路」
「両殿下、参りましょう!」
龍乃神と蛟乃神は刻御門の先導に従い、隠し通路へと足を踏み入れた。
⦿⦿⦿
国会議事堂の衆議院本会議場では、第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女・敷島朱鷺緒が独り、狼ノ牙を相手に必死の抵抗を試みていた。
「敗ける訳にはいかんっ! 何としても貴様らを成敗しなければ! そしてその後、私も皇族方の御命を失わせた責任を取って腹を切る!」
敷島の刀が二人の八卦衆の猛攻を弾く。
屋渡倫駆郎の肉槍も沙華珠枝の毒鞭も一筋縄ではいかない恐るべき武器であり、しかも神為の無い素の剣技で凌ぐのは至難の業である。
しかし達人の敷島は二人を相手に辛うじて渡り合っていた。
「しぶとい女だなァ、皇族に屈した軟弱女の分際で……!」
「未だに女剣士気取りとは、恥を知らないのかお前は」
屋渡と沙華は侮蔑の言葉を投げ付けるが、それは二人掛かりで攻め倦ねている苛立ちから来るものだろう。
神為を失った上に負傷しているにも拘わらず、敷島の戦い振りは鬼気迫るものがある。
「やれやれ、埒が明かんね……」
そんな戦いの様子を議長席から見渡し、首領Дこと道成寺太は溜息を吐いた。
「二人掛かりでは厳しいか、では更なる戦力を投入しよう。同志金剛」
道成寺の命を受け、狼ノ牙別働隊「地上ノ蠍座」の金剛悟が手を挙げた。
すると天井を突き破り、二機の弐級為動機神体が舞い降りる。
「『術識神為・金剛魔機啼』。さあ、二人共真の姿を顕せ」
天井の瓦礫が降り注ぐ中、弐級為動機神体が人間の姿へと変わっていく。
敷島はその光景に冷や汗を掻いた。
「金剛が居るということは、やはりそう来るか……」
「元『地上ノ蠍座』の同志だった貴様は解るよな、水徒端早芙子。いや、逸って自分で名乗っていた『黄柳野早芙子』と呼んだ方が良いか?」
「あの男の話はやめろ! あの時裏切られて愛想が尽きたし、抑も結婚していない!」
過去を穿り返された敷島は動揺し、生じた隙に屋渡の槍を体に掠めてしまった。
「うぐっ!」
「薄情な奴だな。今呼んだ他の仲間達にも同じ様に冷たくするのか?」
金剛が呼んだ二機の弐級は完全に人の姿に変わった。
二人は敷島の能く知る男女である。
「火野初音・地頭恭輔……やはり貴様らか……。日下部と月夜は良いのか?」
「あの二人には別の大事な用があるのさ」
「まあ、寂しい気持ちは解るぜ。久し振りに『七曜衆』が揃うと良かったんだがな。どの道、肝心の黄柳野リーダーが欠けちまう」
火野初音と地頭恭輔、金剛悟は、嘗て水徒端早芙子だった時の敷島と共に「地上ノ蠍座」最高戦力「七曜衆」として猛威を振るった者達である。
後三人、敷島が名を挙げた日下部光郎と月夜萌衣、そしてリーダーで水徒端早芙子と恋仲だった黄柳野文也の七人で構成されていたが、六年前の蜂起で地上ノ蠍座が壊滅してからは音沙汰を無くしていた。
「扨て、裏切り者の粛正を開始しようじゃないか」
「裏切り者、か……」
敷島は歯噛みし、刀を強く握り締めた。
「あの時、誰よりも最後まで戦い続けたのは他ならぬ私だ。文也を奪還しようと動いたのも私一人だった。貴様らは狼ノ牙も地上ノ蠍座も尻尾を巻いてさっさと逃げ、私に全てを押し付けた……」
屋渡と沙華に加え、金剛・火野・地頭に囲まれた敷島は怒りに体を震わせている。
「確かに、叛逆者に身を落としたのは私の拭えない罪と汚点だ! しかし、それでも私は必死だった! 命を懸けて戦い抜こうとした! 戦いもしなかった貴様らがどの面下げて私を粛正しようというのか!」
敷島は再び刀を構えた。
「来い! 全員纏めて斬り伏せてやる! 誰よりも畏るべき者を知る私が貴様ら如きを恐れるものか!」
意気込む敷島。
とその時、突如として議長席が真二つに割れた。
その下には穴が開き、下へ階段が続いている。
そこから三人の男女が昇ってきた。
「おお、到着したかね」
道成寺が先頭の和装女を嬉しそうに歓迎した。
彼女に続く男女は困惑している。
「どういうことだ?」
「国会議事堂に続いていたのか?」
「首領Д、龍乃神・蛟乃神両殿下をお連れしました」
和装の女・刻御門竜胆が道成寺に頭を下げた。
「よく連れてきた。そして、間諜活動を始めたばかりにしては能くやったね、刻御門君」
「はい、首領Д。私は首領様の御命令を忠実に実行いたしました。ですから御褒美を……。首領様の愛を沢山下さいませ……」
刻御門は道成寺の足下に擦り寄り、恍惚とした表情で媚びを売る。
白地な様子に、蛟乃神は呆然と立ち尽くしていた。
その背後で、龍乃神はばつが悪そうに目を逸らしている。
「扨て、同志久地縄、準備は出来たかね?」
「ええ。天空上映はいつでも開始出来ます。後は、神皇の到着を待つばかりですな」
龍乃神と蛟乃神は連合革命軍の一般構成員に身柄を確保された。
⦿⦿⦿
皇宮、神皇の寝室は、外の騒乱が嘘の様な静けさに包まれていた。
相変わらず寝台の上で蒼い顔を浮かべている神皇は、唯々外の景色、黄昏時の空を見詰めている。
「父上……」
そんな神皇の様子を、第一皇子・獅乃神叡智はいつになく厳しい表情で見守っていた。
二人は共に、何かを予感しているかの様である。
神皇が小さく溜息を吐いた。
「愈々か……」
神皇は徐に息子の方へ振り向いた。
その表情は平静そのものだが、普段の威厳が見られず、ただ涼やかさだけを残している。
「叡智よ、どうやら朕から爾に、いや……」
一息、神皇は決意の間を挟んだ。
これからの話を心して聞くようにと、彼の纏う空気が書物の如く雄弁に語っていた。
「我から其方に最も大事な話をする時が来たようだ……」
神皇は布団を開け、寝台から足を下ろして坐った。
蒼い顔をしながらも降りようとするその仕草に、獅乃神は驚いて身を乗り出す。
「父上、どうか御安静に。避難なされると仰るなら、お連れしますので」
「案ずるな。この一月、歩行訓練がてら己の足で厠へ行っておるだろう。御陰で良い塩梅である」
獅乃神は肩の力を抜いた。
奇妙な一時である。
真夏とは思えぬ清涼さがあった。
山吹色の光が父と子を照らしている。
「叡智、我には以前より一つの確信に近い予感があった。おそらく、我が神為は今が峠なのだ。これより先は緩やかに下降を始め、数年で急速に失われるであろう……」
「どういう……ことですか?」
「神為の恢復力は遺伝子の修復力にも及び、人に不老長寿を与える。然れど、それはあくまで人の域を出ることは無い。その限界が大還暦なのだ。今後、我の神為が再び蘇ろうとも、二度と以前の力は戻るまい。そして我は確実に老い、衰弱していく……」
神皇は獅乃神に微笑んで見せた。
「解るか、叡智よ。この父とて死ぬのだ。時が来ればな」
小柄な父の穏やかな目。
対して大柄な息子は眼を凝らして見詰めている。
「だからですか……。だから、御譲位なさろうと……」
「うむ。次の還暦は到底迎えられまい。嘗て神話の時代、瓊瓊杵尊が永遠の命を失って以来、皇族は定命の者となったと伝えられている。その呪いに、絶対的な皇國の統治体制を築き、神の領域に達した我ですらも抗うことは出来なかったという訳だ」
夕日に照らされた神皇の姿は消え入りそうな光の衣を纏っている。
それはある意味で祝福にも見える。
この時が、天神の血を引くという彼の死に往く宿命に清い讃美歌を歌っているかの様だ。
「お待ちください、父上。何故今、その様なお話をなさるのですか」
「言ったであろう。時が来たのだ」
獅乃神は息を呑んだ。
そして小さく首を振る。
「何を……何を仰いますか……」
「叡智よ、大事なのはここからだ。この父の死すべき命より、其方の生きる命の話が重要なのだ」
神皇は寝台から立ち上がった。
「父上?」
「叡智、其方は気にも留めておらぬだろうが、我は其方の神為を封じておった。我が子女の中でも其方の神為だけは特別中の特別、生まれながらに我をも遥かに超え、想像を絶する領域にあった。故に、危うく思っていた。幼き其方が道を誤れば、三千世界がいとも容易く無に帰すことになる。我は其方の輝かしい才能に蓋をせねばならなかった」
「それは……」
獅乃神は顔を伏せた。
言われなくとも知っている。
だが、それで良かった。
特に不便を感じたことも無く、神為など使わなくとも誰もが好く尽くしてくれた。
力など必要無かった。
ただこの血筋の祝福があれば、獅乃神叡智は誰よりも幸福だったのだ。
「叡智よ、我はこうも夢想している。動もすると其方なら、瓊瓊杵以来の呪いを超克出来るのではないか。皇國を、日本民族を永久の栄光へ導くことが出来るのではないか、とな。都合の良い妄想であろう。だが幸い、其方は立派になった。最早何も心配は要るまい」
神皇は獅乃神に触れた。
「今、封を解こう。これよりは其方の代である。其方の思うとおりの治世を行うが良い。以後、好きにせよ」
獅乃神は再び顔を上げ、神皇と見つめ合う。
その視線の交錯が全てを語っていた。
愛おしむ様な、肩の荷が下りた様な、そんな柔和さが神皇の微笑みには満ちていた。
「では、行くか……」
神皇はゆっくりと、寝室の扉へと歩き出す。
獅乃神は慌てて父の手を掴んだ。
「何処へ行かれるのですか」
「朕を待つ者の所だ」
神皇の声に元の威厳が戻っていた。
獅乃神は首を振る。
「駄目だ……駄目だ……!」
「手を離せ叡智。今はまだ朕に無礼を働くでない。行かせよ、これは勅命である」
獅乃神が手を離したのは、察したからだ。
こうなっては、父は自らの腕を引き千切ってでも己を押し通すだろう。
彼は父を誰よりも慕っている。
その父を傷付けることなど不本意極まり無かった。
神皇は扉に手を掛けた。
振り返ることなく、清浄の寝室と汚濁の下界を結ぶ門が開かれる。
「待て! 父上、行くな!!」
獅乃神の叫びは神皇を振り向かせることすら叶わなかった。
神皇は寝室を出て、長大な回廊を歩いて行く。
遠く、遙く、迢く……。
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※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
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かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
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15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
女神の白刃
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どこかの世界の、いつかの時代。
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大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
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*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
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ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
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【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
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