日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十話『黄昏時の天空へ捧げる讃美歌』 急

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 回廊を進むじんのうは、傍らに転がる遺体と酸鼻な血の匂いに顔をしかめていた。
 だが動揺は見せず、あくまで威厳に満ちたたたずまいで歩いていく。

だいかくなんじもか……」

 じんのうに一人の壮年男の遺体が映った。
 侍従長・だいかくつねさだ
 長年皇族に仕え続けた、じんのうにとって忠臣の筆頭格である。

じんのう陛下自らお出ましか……」
「とうとう実物にお目に掛かれるとは、感無量だね」

 そんなところへ、二人の男女が対面から歩いてきた。

なんじらは?」
「『じようさそり』の『しちようしゆう』、くさみつろうだ」
「同じく、つくおおかみきばしゆりようДデーに言われて、貴方あなたを迎えに来たという訳だよ」

 くさみつろうつくの二人はじんのうの眼前に迫り、小柄な彼を見下ろす。
 しかしじんのうは眉一つ動かさない。

「迎えに来たと申したか。成程、大儀である」
「何だと、おれ達に『大儀』だと?」
やつの所へ無事行けるとも限らんのでな。道中はなんじらがちんを守るのであろう?」
ぼく達を護衛扱いとは……。いや、むしりつかな」
「うむ、案内してもらおうか……」

 くさつくは互いに顔を見合わせた。

「本当に良いのか? これから自分に何が待ち受けているか、わからない貴方あなたではないだろう」
「何かさいに望みがあるなら、聞いてやらない程無慈悲ではないよ。ぼくくさもね」
「今、なんじらに望むとすれば一つしか無かろう」

 じんのうは窓から外へと目を遣った。

「この混乱に巻き込まれる臣民がこれ以上出ないようにして欲しい、ただそれだけである」
「そうか……」

 くさは目を閉じた。

つくしゆりようДデーに連絡出来るか?」
「どうする気だ?」
じんのうの処刑は天空上映で全世界にしらせるつもりだと聞く。その間、連合革命軍には戦いをやめてじんのうの最期を見届けるように通達してもらうんだ」

 つくどうもくした。

「本気か?」
「お前の言うとおり、おれ達は最後の望みを聞かない程無慈悲ではない。ここで約束を違えてしまえば、ちらの正義が失われる」
「有難い」

 じんのうは小さくほほんだ。
 つくが電話端末を取り出し、かに連絡を入れる。

つくじかだんぱんおれからしよう。お前は能力で通路を開いておいてくれ」
「能力はきみに付与することも出来るのだが……。まあ良い、解った」

 つくからくさに電話が渡された。

なんじの能力でどうじようもとへ直通出来るというわけか……」
「そうだ。既に第二皇女と第三皇子も案内している」
けんが……。成程、娘息子は助けてもらいたかったが、そういう訳にもいかんらしいな」
「心苦しいが仕方ないんだ。新しい社会に禍根を残す訳にはいかないからね」

 つくは窓に手を掛けた。
 窓硝子ガラスに光が満ちる。

「これでこの窓は隠し通路になった」
「そうか。なんじかげで安全に最期の花道を歩めそうだな」

 じんのうが窓を開くと、その先には暗闇の通路が続いていた。
 そこへ足を踏み入れる前に、つくに向けて振り向く。

「頼みも聞き入れてくれた礼に、ちんなんじらの話を聞こうではないか。なんじらの抱えた苦しみ、切望をな」
ぼく達は強しやが弱者を虐げることの無い、平等な社会を作るために戦っている。それ以上の理由はないよ」
「それは大義であって動機ではないだろう? なんじらをその大義に至らせた事情をちんいておきたいのだ」

 くさが電話を終えた。

つく、何も話す必要は無い」
くさ……」
「ふ、今更情に訴えて助かろうなどと思ってはいない。ただ、今ちんに出来る礼がこの程度だと思っただけだ」

 くさは小さくためいきを吐いた。

「行くぞ」

 三人はつくの作った通路へ入っていった。



    ⦿⦿⦿



 夕刻の日が西の空だけでなく地上を焼いているかの様に、大都市とうきようほのおに包まれていた。
 混乱は収まるどころか、鎮圧にあたった治安組織が次第に劣勢に立たされ、更にこんめいを極めていく。
 有力貴族の邸宅に侵入した連合革命軍の暴漢がとうえいがんを手に入れ、しんを身に付けてしまったのが痛い。

 燃え盛る炎の脇では、国防軍や警官隊、貴族の私兵、そして暴漢や市民がまみれで倒れている。
 まさに地獄絵図、そこには死と痛みと悲しみがひろがり、悲鳴と怒号に包まれていた。

 省庁の近辺でも、警官隊と暴漢が衝突している。
 銃声と火炎瓶が飛び交う傍ら、一人の女がバラバラの死体となって転がっていた。
 ゴシックロリータ服の千切れた残骸に火がき、肉の切り口からこぼれた血が光に色めく。
 第一皇子の近衛侍女・りゆういんしらゆきの首が切断され、白目をいていた。

 が、零れていた血液が不自然に動き、細切れになっていく。
 まるでむしの群の様だ。
 更に、りゆういんの眼球がリと動いた。
 この異様な状況に、側で戦いを繰り広げる者達は誰一人として気付いていない。

 りゆういんの血は無数のあか蜘蛛くもとなってバラバラの肉片に群がる。
 そしてそれらはあかい糸を吐き、体をつなわせていく。

「ん……」

 元通りにつながったりゆういんの体は頭を抱えて起き上がった。
 この段階になって、ようやく暴漢や警官隊の一部にこの異様な事態に気が付く者が現れた。
 次第にそれは一人、また一人と伝わり、彼らは戦いをやめてりゆういんの姿に目を奪われる。

「ふぅ、やってくれたわねぇ……」

 りゆういんは落ちていた日本刀を拾うと、暴漢や警官隊を見て不気味に微笑んだ。

「今のを見られた以上、一人として生かしておく訳には行かないわぁ」

 りゆういんの一にらみ、暴漢と警官隊は逃げる間もなくその場に皆倒れ伏した。
 同時に、りゆういんは力を使い果たしたのかふらついて膝を突く。

「これだけの人数を同時に心臓させるのは……すがに体力を使うわね。血も失っているし、後始末は任せようかしら……」

 りゆういんは懐から電話を取りだし、何処かへ掛ける。

「もしもし、せい君? 一つお願いがあるのだけれど……」
『どうしたんだい、ひめさま? 大変そうだね』
「ええ。貴方あなたの手駒が少々やり過ぎたようでね、『裏の力』を使っちゃったのよ。痕跡を消しておいてくれると助かるわ」
『成程ね、解ったよ』

 りゆういんは電話を終えると、来た道を戻り始めた。
 今、彼女を見守るものは誰も居ない。
 こうこくのどの勢力とも別の思惑の下、彼女は闇に動き始めようとしていた。
 しくも太陽は西へと落ちていく……。



    ⦿⦿⦿



 こうこく国会議事堂・衆議院本会議場。
 きゆうどうしんたいが突き破った天井から夕刻の空がのぞいている。
 そこに、議場の様子が映し出されていた。
 どうやら処刑の準備はばんたんと言ったところらしい。

 議員や貴族、そして二人の皇族が壁際に並ばされていた。
 ただ一戦っていたしきしまも、二人の皇族を人質に取られつつ五人を相手に満足な戦いをすることなど出来ず、膝を突いてうなれ、肩で息をしていた。
 そんなしきしまに、かつての仲間であるこんごうさとるが蹴りを入れた。

「ぐっ!」
「様ァ無いな、はたときかどの立場をうらやんでももう遅いぞ。皇族に近い侍女で選ばれ得たのがあいつだけだった。貴様もかみえいに敗れてすぐに首領の下へさんじていれば、間諜スパイとして使われる余地は充分あったのだが、心が折れた貴様は完全に裏切る道を選んだ。やはり首領の見立ては正しかった。所詮貴様はぜいじやくな貴族のじようさまよ」
「脆弱というのは正しいな……。だが、それでも貴様らに与するのは二度とごめんだ」

 しきしまこんごうを睨み上げ、無理に笑って見せた。

こんごう、そういう貴様はどうしんたいに乗らんのか? 貴様は土生はぶ以上の操縦士だった。それを見込まれてじようさそりしちようしゆうばつてきされたことを誇りに思っていたはず
「フン……」

 再びこんごうの蹴りがしきしまに入り、しきしまは転倒した。

いやか、はた。というより負け惜しみか。確かにおれは六年前に土生はぶと組んで、そして敗けた。あの忌々しいひろあきらにな。それ以来、なおだまに入ることを体が受け付けなくなった。だが、そんなことははやどうでも良い。革命が終わり、日本人といういぬの民族が国家を失えば、どうしんたいそのものがこの世から消えるんだ」

 議長席の横穴の奥から小さな足音が聞こえる。
 どうやらまた皇宮から誰かが到着したようだ。

しんという概念すら、この世から消える。さあ、血筋によって強者が弱者を虐げる制度を築き上げた、忌々しい悪魔の到着だ」

 横穴から三人の男女が姿を現した。
 しちようしゆうくさみつろうつく、そして二人に連れられ、全てのはんぎやくしゃの怨敵であるしんの体現者、じんのうが。

「おお、久し振りだねひろともォ!」

 どうじようが歓喜の声を上げてじんのうに歩み寄った。

ちんなんじと面識など無い筈だが?」
「ところがどっこい、実はあるんだよねえ! 我輩から奪った苟且かりそめみかど生活はどうだった? 思い出話を語ってみたまえよ。きみの無意味な人生をな、ハハハハハ」
「うむ、やはり別人だな……」

 じんのうの登場に、議員や貴族達は一様にうつむいている。
 これから起こる絶望的な事態から目を背ける様に。

「別人? おやおや、どうやら薄々察してはいるが、どうしても認めたくないといった様子だね。結局きみは我輩に敗けたのだよ。このたいの大英傑・どうじようきみにねェ!」
どうじようきみ……。あの男は逆賊ながら確かに傑物だった。理想を掲げ国をり、まつりごとける業を背負ってかじを取る気骨のある男だった。その男がちんとの勝敗にこだわる筈も無し。なんじとは似ても似つかんよ」

 じんのうは後ろ手を組み歩み出て、議場の中央から全体を見上げる。
 これから処刑の運命を待つにもかかわらず、その姿は堂々としたものだ。

「皆、面を上げよ。この場にて起こること、目を背けることまからん」
「良い事を言うじゃないか」

 どうじようじんのうの正面に立ち、拳銃に銃弾を込める。

きみの言うとおりだ。長きにわたり君臨し続けた尊き血筋とやらが絶えるところ、全こうこく臣民がその眼に焼き付けるべきだ。もちろん、その後で同じことが起こるめいひのもとの民も。そして日本国家の終わりという慶事をたまわる全世界の人民も!」

 狂気の笑い声が議場に響き渡る。
 だがじんのうはどこまでも静かで、涼やかで、対比としてはしゃどうじようの姿が只管ひたすら滑稽なものとして浮かび上がってしまっていた。

どうじようよ、道中でなんじの部下達から色々と聞かせてもらった。その上で、今のなんじの行いはひどく的外れであると言っておこう」
「関係無いよ。これからきみ達全員を人民裁判に掛け、人道に対する罪で処刑するのだから」
「裁判とったか。それはどのような法規に従って行われるのだ?」
「法律など強者の都合に過ぎん。もう一度言うが、きみ達は普遍的な道徳的真理に基づいて人道に対する罪で裁かれるのだよ」
「つまり、なんじが法となりなんじが裁くということか……」
「解らん奴だね。法ではなく、真理だ。正義と言い換えても良い」

 じんのうは溜息を吐いた。

「真理、正義か……。ちんがそれによって裁かれるいわれなど無い、とは言わん。人の身でそれをつかさどるなど甚だがましきことだからだ。今のなんじの様にな。ような裁きを下すは唯、天のみ。その審判がようになるかは、これからわかるであろう」

 どうじようは眉を顰めた。

「天命というやつかね。きみ達は二言目にはいつもそれだ。が出るよ。きみが帝位に返り咲けたのも天の意思とでも言うつもりかね? 記紀神話の様に……」

 どうじようの口調は酷くあざける様な、皮肉に満ちたものだった。
 ならばこれから貴様が裁かれるのもまた天の意思だろうと、そう言いたいのだろう。
 対して、じんのうは懐かしむ様に小さく笑う。

「それは分からぬ。神武聖帝の様に、天命を授かったという実感は持てなんだからな。だがそうであるならば……」

 じんのう蟀谷こめかみから汗が伝う。
 それに息も荒い。
 そもそも、しん無き彼は大還暦の老人であり、しかも長く伏せっていて体調も万全で無い筈なのだ。
 だが、じんのうは語り続ける。

「そうであるならばぎようこう、幸甚の至りと言う他あるまい。八十一年前の皇紀二六〇五年、西暦でいうところの一九四五年、ちんは人の身から神として君臨するに至った。誠、臣民に恵まれたと言う他無い。これ程の運命の祝福、感謝に言葉も見付からぬ」
「それは本心かね?」
「うむ。事に至って、漸くその問に心からうなずくことが出来る」

 じんのうの表情に力は無く、支配者としての威厳は消え去っていた。
 だがいつくしみに満ちた、全てをれる様な穏やかな微笑みを浮かべている。
 どうじようはそんな彼に対し、ぞうに満ちた表情と共に銃口を向けた。

「ならば地獄で亡者相手に君主ごっこに興じると良い。先程この銃に込めたのは鉛玉ではない。きみを撃ち殺すのは『銀の銃弾』こそさわしい。この瞬間を長年待っていたぞ。全世界に見せ付けられながらに全ての歴史にざんし、全人民にその死に様をさらすが良い!」
「死に様を曝す、か……。それはやぶさかではないが、なんじに殺されてやる訳にはいかんな。臣民によるしいぎゃくなど、あの時だけで充分だ。これ以上ちんせきに大逆を犯させる訳にはいかぬ」

 じんのうはゆっくりと両目を閉じた。
 その瞬間、議場の空気が明らかに変わった。
 誰もが奇妙な感覚に、違和感に包まれていた。

 じんのうは静かだった。
 嘗て無い静けさと涼やかさに満ち満ちていた。
 呼吸音も、心臓の鼓動音すらもいでしまったかの様に。
 やがて、後手に組んでいた両腕が力無くぶら下がり、まっぐ上がっていた顔が項垂れた。

「ま、まさか……」

 どうじようは動揺を隠せず口を開いた。
 倒れていたしきしまが駆け寄り、恐る恐るじんのうの様子を確かめる。
 顔付きを、反応を、そして脈拍を確かめる。
 そして一歩離れ、沈痛な面持ちで首を振った。

「御臨終だ。よわい百二十、大往生だろう……」

 じんのうおおとりかみだい、崩御――突然の事態に、議場の誰もがぼうぜんとする他無かった。
 議員も、貴族も、二人の皇族も、叛逆者も、どうじようですら言葉を失っていた。
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