日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十一話『総神』 序

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 じんのうがその生涯を終える様子は空に映し出され、全世界がそのさいを目の当たりにすることとなった。
 日本国は丁度昼間、二人の人物が病室の窓からその様子を見守った。
 ベッドの上のうることと、彼女の見舞いに来ていたきゆうである。

じんのうが……死んだ……」

 ことが小さくつぶやいた。
 その瞬間は、自分が命と引き換えに辿たどはずだった人生の究極目標であった。
 しかし結局自分にはせず、小物のはんぎやく者集団が最後の仕上げだけを持っていこうとしたが、寸でのところで本人の勝ち逃げに終わった。

わたしが言うのも難だけれど、間違い無くこうこくの一時代を築き、安定を保つ精神的な支柱だった。彼がうしなわれることでこれからのこうこくこんめいの時代を迎える。そして、それは世界に波及するでしょうね……」
「だが、これで我が国は首の皮一枚つながった、とも言えるだろう」

 窓際のも空を見上げて言った。

おれは確信する。日本国民には日本国を存続させる不可侵の権利があるのだ。それは世界のどの国も変わらないだろう。その権利は世界の安定のために犠牲にされて良い類のものではない。さきもり君や自衛隊は、それを守る為に戦っている」

 ことの方へ振り向いた。

「そして、それを可能にしたのがきみだ」
「そう言ってもらえると……救われますね……」

 空には今もこうこくの衆議院本会議場の様子が映されている。
 事態はまだ終わっていない。
 しかし、突然の事態に叛逆者集団は明らかにろたえていた。

「結局、じんのうは器が違ったのよ……」

 ことめる様に言った。

わたしとの戦いでじんのうしんを失い、それが崩御の遠因になったのは事実。しかし彼はそれをも、自らの死をも利用し、『誰にも殺されず天寿を全うする』ことで自らを不可侵の存在として、いてはこうこく臣民を罪無き者として確立させ、じんのうという存在を聖なる者として完成させてしまった。はやそれは誰にも打ち崩すことは出来ない……」
「だがそれは同時に、こうこくが失った物の大きさも意味している」
「ええ、まさに巨星がちたと言えるでしょう……」

 敵ながらじんのうの存在、その偉大さは認めざるを得ない――それはこと双方に共通する思いだった。
 しかし、繰り返すが事態はいまだに収束していない。
 二人は引き続き、窓の外、大空に映し出されたこうこくの成り行きを見守り続ける。



    ⦿⦿⦿



 こうこくの国会議事堂、衆議院本会議場。
 処刑を目前にしたじんのうの突然の大往生に、しゆりようДデーことどうじようふとしは激しく憤慨していた。

「なんだこれは! ひろともは我輩の手で命をもつて罪を償うべきだったのに!」

 どうじようの拳銃が六発の銃弾をじんのうの遺体に撃ち込んだ。
 不完全燃焼の怒りがどうじようの顔にへばり付き、呼吸をあららげている。
 かつじんのうに国家を奪い返されたどうじようきみの転生として、自らの手でじんのうを殺さなければ収まらなかったのだろう。

「し、首領、落ち着いてください」

 そんなどうじようを、もう一人の転生者であるなわげんなだめる。
 前世のなわずみの時代から、彼はどうじようの参謀役である。
 彼の言葉だけはいつもどうじようを説得出来る。

「結果的にじんのうは死に、やつの支配体制は終わったのです。後は革命をやりきってしまえば、我々の新しい時代が来ます」
「ああ、そうだったね……」

 どうじようは無理な作り笑いを浮かべた。
 なわの言葉を頼りに自分を納得させた、そんなこわった笑みだった。

「この場に居ない皇族は……第一皇子・かみえいだけか」

 どうじようがその名前を出した瞬間、議場にただならぬ緊迫感が行き渡った。
 誰かが何かを言った訳ではないが、その場に居ればすぐに肌で感じられる程白地あからさまに空気が変わった。

「し、かみ様を……に……?」

 しきしまが恐怖に顔をらせている。
 いや、彼女だけではない。
 議員達も、閣僚達も、摂関家当主達も、そして皇族たるたつかみみずちかみけんですらも緊張の面持ちを浮かべていた。

「い、一体どうしたと言うんだ……?」
しゆりようДデー、そう真に受けることはありませんよ」

 じようさそりしちようしゅうの一人・こんごうさとるが強がってどうじように進言する。

きつ、この場に皇族が全員集められ、いよいよその血筋が絶えることを恐れているのです。ならば一刻も早く、現実を思い知らせてやることが肝要かと……」
「そ、そうだね」

 どうじようみずちかみの侍女・ときかど竜胆りんどうを指差した。

「では、ときかど君。同志つくが繋げた通路を今一度通り、第一皇子をこの場に連れて来たまえ」
「わ、わたくしがですか!?」

 ときかどは驚いて動揺の声を上げた。

たつかみみずちかみ両殿下をお連れしたのだから充分でしょう?」
「いやいや、きみはまだ我々の同志となって日が浅い。それに裏切り者には前例があるから、念には念を入れて信用を確かめておきたいのだよ。我々と共に体を張って革命に尽くすという信用をね」

 ときかどの額から大量の汗が流れる。
 そんな彼女に、しきしまが問い掛ける。

ときかど殿、今更おそおののいているのか。じんのう陛下までもがお亡くなりになった今の今になって。だったら貴女あなたはどういうつもりでみずちかみ殿下を裏切ったのだ」

 しきしまは第一皇子・かみえいの近衛侍女として、ときかどが第三皇子・みずちかみけんと主従を越えた仲となり心を通わせていたと知っていた。
 その彼女がおおかみきばはしったことは未だに信じられない。

わたくしに言えたことではないが、皇族への叛逆、国家への叛逆は決して軽くないぞ」
「だって、この国の皇族も貴族もみんな下らない人間ばかりなんですもの!」

 ときかどろうばいしながらも自分に言い聞かせる様にわめいた。

「みんなみんな、どんなに偉ぶっても上の権威には何一つ逆らえない臆病者の腰巾着ばかりじゃないですか! いぬの民族とは言い得て妙! そんな中、じんのう陛下にすら長年あらがい続けたどうじよう様こそが真の漢! 彼に比べれば、みずちかみ殿下なんて精神薄弱くそなめくじ坊やだわ! わたくしは自分のみいした男と自分の人生を歩みたかった! 一生家の都合に縛られて家が決めた相手と添い遂げるなんてまっぴらめんだったんです!」

 ときかどぐさみずちかみは顔を伏せ、しきしまは苦虫をつぶした様な表情を浮かべた。

「それで選んだのがよりにもよってどうじようか……。いや、お互い男を見る目がないな」
貴女あなたと一緒にしないでくださる? どうじよう様は皇族に勝ったのですよ!」

 しきしまを侮蔑に満ちた険しい顔でにらみ下ろすときかどだったが、そんな彼女にどうじようは容赦無く現実を突き付ける。

「ならばその我輩の意向に従い、かみえいを連れて来給え」
「い、いやあの……。それとこれとは話が別というか……。この状況で連合革命軍がこのへいと戦う皇宮に戻るのは、連合革命軍に敵と間違われて殺されるかも……」
「ふむ、それならば仕方が無いね」

 どうじようは拳銃に銃弾を込め、ときかどに銃口を向けた。

「今いぬの民族として死ぬのと、革命戦士としての使命を全うするのと、何方どちらを選ぶかね?」
「ヒッ!?」

 ときかどあおめた。
 普段、しんを身に付けている状態ならばまだしも、それをどうじようの思うがままにされる現状で、しんを取り上げられて銃撃されると、すがに死んでしまう。

「わ、分かりました! 行かせていただきます!」

 ときかどは議長席に開いた通路へと逃げ込むように駆け込んだ。

「では彼が到着するまでの間、我々は少しずつごみ掃除をしておこうではないかね」

 どうじようを始め、おおかみきばじようさそりの最高幹部、連合革命軍の賊達は壁際に並べられた議員達に邪悪な視線を向けた。



    ⦿⦿⦿



 少し時をさかのぼる。

「待て! 父上、行くな!! 行くなアアアアアッッ!!」

 悲痛な叫びが皇宮を激しく揺さぶる。
 しかし、その声にじんのうが振り返ることはなかった。
 声の主、第一皇子・かみえいじんのうの寝室でうつむく他無かった。

 唯、俯いていた。
 すさまじい嘆きの声を響かせた後にもかかわらず、すすく声も素振りも全く無い。
 下を向くかみうその様に静かだった。
 異様な平常が周囲の空気から真夏の熱を奪っている。

 ゆっくりと、かみは顔を上げた。
 秀麗な切れ長の目から涙の跡が薄らと伸びているが、その表情には少しの悲しみも残っていない。
 彼はただただ無表情に虚空を見ていた。

「行ってしまったか……」

 かみはそのまま寝室を出て、回廊を歩いて行く。
 彼が向かい、立ち止まったのは、その隅にこしらえられた小さな区画だった。
 厠へ続く一画、洗面所の前で立ち止まった彼は、淡々とした仕草で顔をすすいだ。
 水を拭き取り、何事も無かったかの様に再び回廊を歩く。

 かみは既に父の思惑と結末を悟っていた。
 しかしせいかんな顔付きには離別の悲しみなど一片たりとも見えない。
 一つ小さく息を吐くと、色違いのそうぼうに決意の灯をともす。
 彼は唯、すべきことだけを見据えていた。

 父・じんのうは全臣民が見守る中で崩御を迎えるつもりなのだろう。
 それは父が誰の謀略によっても処されず、誰の罪科によっても害されなかったという結末を見せ付ける為に違いない。
 父はこうこく臣民の純潔を守る為に、寿命による自然死に達するのだ。
 ならば、その崇高なる意志は尊重しなければならない。

 問題はその後だ。
 その後のこうこくを、彼は父から託されたのだ。

「行くか……」

 かみは階段を降り、宮殿を出ようとしていた。
 その時、一人の男が彼の前にふさがる。
 二一六センチの彼に迫らんとする非常に大柄な、色黒で筋骨隆々とした男だった。
 体格的には肉薄していると言って良いだろう。

「第一皇子・かみえいだな」
なれは?」
しませきしよくかくめいぐんにのまえけんだ。目的は唯一つ、皇族貴族の皆殺しよ」

 しませきしよくかくめいぐんどうじようの誘いに乗って連合革命軍に参加した叛逆勢力の一つで、にのまえけんはその中でもずいいちの戦士である。
 だが、彼はどうじようのやり方に反発を覚えていた。

どうじようの奴は皇族の公開処刑にこだわっている様だが、おれに言わせればしい。それに、このままではうちの組織ごとおおかみきばの傘下に入ってしまう。そうさせない為にも、奴らの言いなりにはならないとここらではっきりと示す必要がある」
「それで、どうするつもりなのだ?」

 自らのてのひらに拳を打ち付けるにのまえに対し、かみは特に構えるでもなく平然とたたずんでいる。
 対するにのまえぞうに満ちた眼でかみにらけていた。

「知れたこと! じんのうの次は後継者の貴様だ! 貴様の近衛侍女には一月前、同志を殺されているのでな!」

 にのまえは一瞬にしてかみの背後に回り込み、両腕で首を極める。
 に屈強な相手であろうと、しんで強化されたにのまえの腕力に掛かれば、ず間違い無く首がれるであろう。
 だが、かみは平然としたまま佇んでいる。
 しんの輝きも全く無いまま、けいどうみやくを絞め落とそうとするにのまえの剛力を意に介さず虚空を見詰めている。

「くっ、貴様もまたそもそも素のりょりょくが超人的な類か」

 にのまえは歴戦の戦士であり、うることかみせいいちどうすえ麿まろしきしまといった、しんに頼らずとも並外れてきようじんな人間を知っている。
 何を隠そう、にのまえ自身がその一人だ。
 そして、だからこそにのまえはそういった相手に対しても対策を持っている。

「ならば我がじゅつしきしんを受けるが良い! 我が腕力は一秒ごとに十割増加するのだ!」
「そうか。なれがそのつもりなら好都合だ」

 にのまえかみの首を絞める。
 十秒、二十秒、一分、二分……。
 しかし、かみは全く堪える様子が無い。
 それどころか、にのまえに対して何やら語り掛け続ける始末だった。

 にのまえの顔は次第に恐怖の色に染まっていく。
 そしてついに、にのまえの腕は増加した腕力に耐え切れなくなってれた。
 腕を抱えてその場に伏せるにのまえは、どうやら心までも完全に折れてしまった表情でかみを見上げる。

「何なんだ……何なんだ貴様は……!」
「聴く耳持たずか。ならば詮方も無し……」

 次の瞬間、にのまえの体は強烈な突風を受け、挽肉ミンチとなって血液と臓物をらした。
 かみは終始微動だにせず、また一切のしんを使っていない。
 異様な現象を起こした当の本人は、うれいを帯びた眼で変わり果てたその姿を見下ろしていた。

「残念だ。後で葬ってやらねばな。だが今は……」

 かみにのまえの残骸に背を向け、その場をゆっくりと歩き去った。
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