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第三章『争乱篇』
第七十一話『総神』 序
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神皇がその生涯を終える様子は空に映し出され、全世界がその最期を目の当たりにすることとなった。
日本国は丁度昼間、二人の人物が病室の窓からその様子を見守った。
ベッドの上の麗真魅琴と、彼女の見舞いに来ていた根尾弓矢である。
「神皇が……死んだ……」
魅琴が小さく呟いた。
その瞬間は、自分が命と引き換えに辿り着く筈だった人生の究極目標であった。
しかし結局自分には為せず、小物の叛逆者集団が最後の仕上げだけを持っていこうとしたが、寸でのところで本人の勝ち逃げに終わった。
「私が言うのも難だけれど、間違い無く皇國の一時代を築き、安定を保つ精神的な支柱だった。彼が喪われることでこれからの皇國は昏迷の時代を迎える。そして、それは世界に波及するでしょうね……」
「だが、これで我が国は首の皮一枚繋がった、とも言えるだろう」
窓際の根尾も空を見上げて言った。
「俺は確信する。日本国民には日本国を存続させる不可侵の権利があるのだ。それは世界のどの国も変わらないだろう。その権利は世界の安定の為に犠牲にされて良い類のものではない。岬守君や自衛隊は、それを守る為に戦っている」
根尾は魅琴の方へ振り向いた。
「そして、それを可能にしたのが君だ」
「そう言ってもらえると……救われますね……」
空には今も皇國の衆議院本会議場の様子が映されている。
事態はまだ終わっていない。
しかし、突然の事態に叛逆者集団は明らかに狼狽えていた。
「結局、神皇は器が違ったのよ……」
魅琴は噛み締める様に言った。
「私との戦いで神皇は神為を失い、それが崩御の遠因になったのは事実。しかし彼はそれをも、自らの死をも利用し、『誰にも殺されず天寿を全うする』ことで自らを不可侵の存在として、延いては皇國臣民を罪無き者として確立させ、神皇という存在を聖なる者として完成させてしまった。最早それは誰にも打ち崩すことは出来ない……」
「だがそれは同時に、皇國が失った物の大きさも意味している」
「ええ、まさに巨星が墜ちたと言えるでしょう……」
敵ながら神皇の存在、その偉大さは認めざるを得ない――それは魅琴と根尾双方に共通する思いだった。
しかし、繰り返すが事態は未だに収束していない。
二人は引き続き、窓の外、大空に映し出された皇國の成り行きを見守り続ける。
⦿⦿⦿
皇國の国会議事堂、衆議院本会議場。
処刑を目前にした神皇の突然の大往生に、首領Дこと道成寺太は激しく憤慨していた。
「なんだこれは! 大智は我輩の手で命を以て罪を償うべきだったのに!」
道成寺の拳銃が六発の銃弾を神皇の遺体に撃ち込んだ。
不完全燃焼の怒りが道成寺の顔にへばり付き、呼吸を荒らげている。
嘗て神皇に国家を奪い返された道成寺公郎の転生として、自らの手で神皇を殺さなければ収まらなかったのだろう。
「し、首領、落ち着いてください」
そんな道成寺を、もう一人の転生者である久地縄元毅が宥める。
前世の久地縄穂純の時代から、彼は道成寺の参謀役である。
彼の言葉だけはいつも道成寺を説得出来る。
「結果的に神皇は死に、奴の支配体制は終わったのです。後は革命をやりきってしまえば、我々の新しい時代が来ます」
「ああ、そうだったね……」
道成寺は無理な作り笑いを浮かべた。
久地縄の言葉を頼りに自分を無理矢理納得させた、そんな強張った笑みだった。
「この場に居ない皇族は……第一皇子・獅乃神叡智だけか」
道成寺がその名前を出した瞬間、議場に唯ならぬ緊迫感が行き渡った。
誰かが何かを言った訳ではないが、その場に居ればすぐに肌で感じられる程白地に空気が変わった。
「し、獅乃神様を……此処に……?」
敷島朱鷺緒が恐怖に顔を引き攣らせている。
否、彼女だけではない。
議員達も、閣僚達も、摂関家当主達も、そして皇族たる龍乃神深花と蛟乃神賢智ですらも緊張の面持ちを浮かべていた。
「い、一体どうしたと言うんだ……?」
「首領Д、そう真に受けることはありませんよ」
地上ノ蠍座七曜衆の一人・金剛悟が強がって道成寺に進言する。
「屹度、この場に皇族が全員集められ、愈々その血筋が絶えることを恐れているのです。ならば一刻も早く、現実を思い知らせてやることが肝要かと……」
「そ、そうだね」
道成寺は蛟乃神の侍女・刻御門竜胆を指差した。
「では、刻御門君。同志月夜が繋げた通路を今一度通り、第一皇子をこの場に連れて来給え」
「わ、私がですか!?」
刻御門は驚いて動揺の声を上げた。
「龍乃神・蛟乃神両殿下をお連れしたのだから充分でしょう?」
「いやいや、君はまだ我々の同志となって日が浅い。それに裏切り者には前例があるから、念には念を入れて信用を確かめておきたいのだよ。我々と共に体を張って革命に尽くすという信用をね」
刻御門の額から大量の汗が流れる。
そんな彼女に、敷島が問い掛ける。
「刻御門殿、今更恐れ戦いているのか。神皇陛下までもがお亡くなりになった今の今になって。だったら貴女はどういうつもりで蛟乃神殿下を裏切ったのだ」
敷島は第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女として、刻御門が第三皇子・蛟乃神賢智と主従を越えた仲となり心を通わせていたと知っていた。
その彼女が狼ノ牙に奔ったことは未だに信じられない。
「私に言えたことではないが、皇族への叛逆、国家への叛逆は決して軽くないぞ」
「だって、この国の皇族も貴族もみんな下らない人間ばかりなんですもの!」
刻御門は狼狽しながらも自分に言い聞かせる様に喚いた。
「みんなみんな、どんなに偉ぶっても上の権威には何一つ逆らえない臆病者の腰巾着ばかりじゃないですか! 狗の民族とは言い得て妙! そんな中、神皇陛下にすら長年抗い続けた道成寺様こそが真の漢! 彼に比べれば、蛟乃神殿下なんて精神薄弱糞雑魚蛞蝓坊やだわ! 私は自分の見出した男と自分の人生を歩みたかった! 一生家の都合に縛られて家が決めた相手と添い遂げるなんて真平御免だったんです!」
刻御門の言い種に蛟乃神は顔を伏せ、敷島は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
「それで選んだのがよりにもよって道成寺か……。いや、お互い男を見る目がないな」
「貴女と一緒にしないでくださる? 道成寺様は皇族に勝ったのですよ!」
敷島を侮蔑に満ちた険しい顔で睨み下ろす刻御門だったが、そんな彼女に道成寺は容赦無く現実を突き付ける。
「ならばその我輩の意向に従い、獅乃神叡智を連れて来給え」
「い、いやあの……。それとこれとは話が別というか……。この状況で連合革命軍が近衛兵と戦う皇宮に戻るのは、連合革命軍に敵と間違われて殺されるかも……」
「ふむ、それならば仕方が無いね」
道成寺は拳銃に銃弾を込め、刻御門に銃口を向けた。
「今狗の民族として死ぬのと、革命戦士としての使命を全うするのと、何方を選ぶかね?」
「ヒッ!?」
刻御門は青褪めた。
普段、神為を身に付けている状態ならばまだしも、それを道成寺の思うがままにされる現状で、神為を取り上げられて銃撃されると、流石に死んでしまう。
「わ、分かりました! 行かせていただきます!」
刻御門は議長席に開いた通路へと逃げ込むように駆け込んだ。
「では彼が到着するまでの間、我々は少しずつ塵掃除をしておこうではないかね」
道成寺を始め、狼ノ牙や地上ノ蠍座の最高幹部、連合革命軍の賊達は壁際に並べられた議員達に邪悪な視線を向けた。
⦿⦿⦿
少し時を遡る。
「待て! 父上、行くな!! 行くなアアアアアッッ!!」
悲痛な叫びが皇宮を激しく揺さぶる。
しかし、その声に神皇が振り返ることはなかった。
声の主、第一皇子・獅乃神叡智は神皇の寝室で俯く他無かった。
唯、俯いていた。
凄まじい嘆きの声を響かせた後にも拘わらず、啜り泣く声も素振りも全く無い。
下を向く獅乃神は嘘の様に静かだった。
異様な平常が周囲の空気から真夏の熱を奪っている。
ゆっくりと、獅乃神は顔を上げた。
秀麗な切れ長の目から涙の跡が薄らと伸びているが、その表情には少しの悲しみも残っていない。
彼は唯々無表情に虚空を見ていた。
「行ってしまったか……」
獅乃神はそのまま寝室を出て、回廊を歩いて行く。
彼が向かい、立ち止まったのは、その隅に拵えられた小さな区画だった。
厠へ続く一画、洗面所の前で立ち止まった彼は、淡々とした仕草で顔を濯いだ。
水を拭き取り、何事も無かったかの様に再び回廊を歩く。
獅乃神は既に父の思惑と結末を悟っていた。
しかし精悍な顔付きには離別の悲しみなど一片たりとも見えない。
一つ小さく息を吐くと、色違いの双眸に決意の灯を点す。
彼は唯、すべきことだけを見据えていた。
父・神皇は全臣民が見守る中で崩御を迎えるつもりなのだろう。
それは父が誰の謀略によっても処されず、誰の罪科によっても害されなかったという結末を見せ付ける為に違いない。
父は皇國臣民の純潔を守る為に、寿命による自然死に達するのだ。
ならば、その崇高なる意志は尊重しなければならない。
問題はその後だ。
その後の皇國を、彼は父から託されたのだ。
「行くか……」
獅乃神は階段を降り、宮殿を出ようとしていた。
その時、一人の男が彼の前に立ち塞がる。
二一六糎の彼に迫らんとする非常に大柄な、色黒で筋骨隆々とした男だった。
体格的には肉薄していると言って良いだろう。
「第一皇子・獅乃神叡智だな」
「汝は?」
「八洲赤色革命軍の一拳士だ。目的は唯一つ、皇族貴族の皆殺しよ」
八洲赤色革命軍は道成寺の誘いに乗って連合革命軍に参加した叛逆勢力の一つで、一拳士はその中でも随一の戦士である。
だが、彼は道成寺のやり方に反発を覚えていた。
「道成寺の奴は皇族の公開処刑に拘っている様だが、俺に言わせれば莫迦莫迦しい。それに、このままではうちの組織ごと狼ノ牙の傘下に入ってしまう。そうさせない為にも、奴らの言いなりにはならないとここらではっきりと示す必要がある」
「それで、どうするつもりなのだ?」
自らの掌に拳を打ち付ける一に対し、獅乃神は特に構えるでもなく平然と佇んでいる。
対する一は憎悪に満ちた眼で獅乃神を睨み付けていた。
「知れたこと! 神皇の次は後継者の貴様だ! 貴様の近衛侍女には一月前、同志を殺されているのでな!」
一は一瞬にして獅乃神の背後に回り込み、両腕で首を極める。
如何に屈強な相手であろうと、神為で強化された一の腕力に掛かれば、先ず間違い無く首が捻じ切れるであろう。
だが、獅乃神は平然としたまま佇んでいる。
神為の輝きも全く無いまま、頸動脈を絞め落とそうとする一の剛力を意に介さず虚空を見詰めている。
「くっ、貴様もまた抑も素の膂力が超人的な類か」
一は歴戦の戦士であり、麗真魅琴や麒乃神聖花、一桐陶麿や敷島朱鷺緒といった、神為に頼らずとも並外れて強靱な人間を知っている。
何を隠そう、一自身がその一人だ。
そして、だからこそ一はそういった相手に対しても対策を持っている。
「ならば我が術識神為を受けるが良い! 我が腕力は一秒ごとに十割増加するのだ!」
「そうか。汝がそのつもりなら好都合だ」
一は獅乃神の首を絞める。
十秒、二十秒、一分、二分……。
しかし、獅乃神は全く堪える様子が無い。
それどころか、一に対して何やら語り掛け続ける始末だった。
一の顔は次第に恐怖の色に染まっていく。
そして遂に、一の腕は増加した腕力に耐え切れなくなって圧し折れた。
腕を抱えてその場に伏せる一は、どうやら心までも完全に折れてしまった表情で獅乃神を見上げる。
「何なんだ……何なんだ貴様は……!」
「聴く耳持たずか。ならば詮方も無し……」
次の瞬間、一の体は強烈な突風を受け、挽肉となって血液と臓物を撒き散らした。
獅乃神は終始微動だにせず、また一切の神為を使っていない。
異様な現象を起こした当の本人は、愁いを帯びた眼で変わり果てたその姿を見下ろしていた。
「残念だ。後で葬ってやらねばな。だが今は……」
獅乃神は一の残骸に背を向け、その場をゆっくりと歩き去った。
日本国は丁度昼間、二人の人物が病室の窓からその様子を見守った。
ベッドの上の麗真魅琴と、彼女の見舞いに来ていた根尾弓矢である。
「神皇が……死んだ……」
魅琴が小さく呟いた。
その瞬間は、自分が命と引き換えに辿り着く筈だった人生の究極目標であった。
しかし結局自分には為せず、小物の叛逆者集団が最後の仕上げだけを持っていこうとしたが、寸でのところで本人の勝ち逃げに終わった。
「私が言うのも難だけれど、間違い無く皇國の一時代を築き、安定を保つ精神的な支柱だった。彼が喪われることでこれからの皇國は昏迷の時代を迎える。そして、それは世界に波及するでしょうね……」
「だが、これで我が国は首の皮一枚繋がった、とも言えるだろう」
窓際の根尾も空を見上げて言った。
「俺は確信する。日本国民には日本国を存続させる不可侵の権利があるのだ。それは世界のどの国も変わらないだろう。その権利は世界の安定の為に犠牲にされて良い類のものではない。岬守君や自衛隊は、それを守る為に戦っている」
根尾は魅琴の方へ振り向いた。
「そして、それを可能にしたのが君だ」
「そう言ってもらえると……救われますね……」
空には今も皇國の衆議院本会議場の様子が映されている。
事態はまだ終わっていない。
しかし、突然の事態に叛逆者集団は明らかに狼狽えていた。
「結局、神皇は器が違ったのよ……」
魅琴は噛み締める様に言った。
「私との戦いで神皇は神為を失い、それが崩御の遠因になったのは事実。しかし彼はそれをも、自らの死をも利用し、『誰にも殺されず天寿を全うする』ことで自らを不可侵の存在として、延いては皇國臣民を罪無き者として確立させ、神皇という存在を聖なる者として完成させてしまった。最早それは誰にも打ち崩すことは出来ない……」
「だがそれは同時に、皇國が失った物の大きさも意味している」
「ええ、まさに巨星が墜ちたと言えるでしょう……」
敵ながら神皇の存在、その偉大さは認めざるを得ない――それは魅琴と根尾双方に共通する思いだった。
しかし、繰り返すが事態は未だに収束していない。
二人は引き続き、窓の外、大空に映し出された皇國の成り行きを見守り続ける。
⦿⦿⦿
皇國の国会議事堂、衆議院本会議場。
処刑を目前にした神皇の突然の大往生に、首領Дこと道成寺太は激しく憤慨していた。
「なんだこれは! 大智は我輩の手で命を以て罪を償うべきだったのに!」
道成寺の拳銃が六発の銃弾を神皇の遺体に撃ち込んだ。
不完全燃焼の怒りが道成寺の顔にへばり付き、呼吸を荒らげている。
嘗て神皇に国家を奪い返された道成寺公郎の転生として、自らの手で神皇を殺さなければ収まらなかったのだろう。
「し、首領、落ち着いてください」
そんな道成寺を、もう一人の転生者である久地縄元毅が宥める。
前世の久地縄穂純の時代から、彼は道成寺の参謀役である。
彼の言葉だけはいつも道成寺を説得出来る。
「結果的に神皇は死に、奴の支配体制は終わったのです。後は革命をやりきってしまえば、我々の新しい時代が来ます」
「ああ、そうだったね……」
道成寺は無理な作り笑いを浮かべた。
久地縄の言葉を頼りに自分を無理矢理納得させた、そんな強張った笑みだった。
「この場に居ない皇族は……第一皇子・獅乃神叡智だけか」
道成寺がその名前を出した瞬間、議場に唯ならぬ緊迫感が行き渡った。
誰かが何かを言った訳ではないが、その場に居ればすぐに肌で感じられる程白地に空気が変わった。
「し、獅乃神様を……此処に……?」
敷島朱鷺緒が恐怖に顔を引き攣らせている。
否、彼女だけではない。
議員達も、閣僚達も、摂関家当主達も、そして皇族たる龍乃神深花と蛟乃神賢智ですらも緊張の面持ちを浮かべていた。
「い、一体どうしたと言うんだ……?」
「首領Д、そう真に受けることはありませんよ」
地上ノ蠍座七曜衆の一人・金剛悟が強がって道成寺に進言する。
「屹度、この場に皇族が全員集められ、愈々その血筋が絶えることを恐れているのです。ならば一刻も早く、現実を思い知らせてやることが肝要かと……」
「そ、そうだね」
道成寺は蛟乃神の侍女・刻御門竜胆を指差した。
「では、刻御門君。同志月夜が繋げた通路を今一度通り、第一皇子をこの場に連れて来給え」
「わ、私がですか!?」
刻御門は驚いて動揺の声を上げた。
「龍乃神・蛟乃神両殿下をお連れしたのだから充分でしょう?」
「いやいや、君はまだ我々の同志となって日が浅い。それに裏切り者には前例があるから、念には念を入れて信用を確かめておきたいのだよ。我々と共に体を張って革命に尽くすという信用をね」
刻御門の額から大量の汗が流れる。
そんな彼女に、敷島が問い掛ける。
「刻御門殿、今更恐れ戦いているのか。神皇陛下までもがお亡くなりになった今の今になって。だったら貴女はどういうつもりで蛟乃神殿下を裏切ったのだ」
敷島は第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女として、刻御門が第三皇子・蛟乃神賢智と主従を越えた仲となり心を通わせていたと知っていた。
その彼女が狼ノ牙に奔ったことは未だに信じられない。
「私に言えたことではないが、皇族への叛逆、国家への叛逆は決して軽くないぞ」
「だって、この国の皇族も貴族もみんな下らない人間ばかりなんですもの!」
刻御門は狼狽しながらも自分に言い聞かせる様に喚いた。
「みんなみんな、どんなに偉ぶっても上の権威には何一つ逆らえない臆病者の腰巾着ばかりじゃないですか! 狗の民族とは言い得て妙! そんな中、神皇陛下にすら長年抗い続けた道成寺様こそが真の漢! 彼に比べれば、蛟乃神殿下なんて精神薄弱糞雑魚蛞蝓坊やだわ! 私は自分の見出した男と自分の人生を歩みたかった! 一生家の都合に縛られて家が決めた相手と添い遂げるなんて真平御免だったんです!」
刻御門の言い種に蛟乃神は顔を伏せ、敷島は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
「それで選んだのがよりにもよって道成寺か……。いや、お互い男を見る目がないな」
「貴女と一緒にしないでくださる? 道成寺様は皇族に勝ったのですよ!」
敷島を侮蔑に満ちた険しい顔で睨み下ろす刻御門だったが、そんな彼女に道成寺は容赦無く現実を突き付ける。
「ならばその我輩の意向に従い、獅乃神叡智を連れて来給え」
「い、いやあの……。それとこれとは話が別というか……。この状況で連合革命軍が近衛兵と戦う皇宮に戻るのは、連合革命軍に敵と間違われて殺されるかも……」
「ふむ、それならば仕方が無いね」
道成寺は拳銃に銃弾を込め、刻御門に銃口を向けた。
「今狗の民族として死ぬのと、革命戦士としての使命を全うするのと、何方を選ぶかね?」
「ヒッ!?」
刻御門は青褪めた。
普段、神為を身に付けている状態ならばまだしも、それを道成寺の思うがままにされる現状で、神為を取り上げられて銃撃されると、流石に死んでしまう。
「わ、分かりました! 行かせていただきます!」
刻御門は議長席に開いた通路へと逃げ込むように駆け込んだ。
「では彼が到着するまでの間、我々は少しずつ塵掃除をしておこうではないかね」
道成寺を始め、狼ノ牙や地上ノ蠍座の最高幹部、連合革命軍の賊達は壁際に並べられた議員達に邪悪な視線を向けた。
⦿⦿⦿
少し時を遡る。
「待て! 父上、行くな!! 行くなアアアアアッッ!!」
悲痛な叫びが皇宮を激しく揺さぶる。
しかし、その声に神皇が振り返ることはなかった。
声の主、第一皇子・獅乃神叡智は神皇の寝室で俯く他無かった。
唯、俯いていた。
凄まじい嘆きの声を響かせた後にも拘わらず、啜り泣く声も素振りも全く無い。
下を向く獅乃神は嘘の様に静かだった。
異様な平常が周囲の空気から真夏の熱を奪っている。
ゆっくりと、獅乃神は顔を上げた。
秀麗な切れ長の目から涙の跡が薄らと伸びているが、その表情には少しの悲しみも残っていない。
彼は唯々無表情に虚空を見ていた。
「行ってしまったか……」
獅乃神はそのまま寝室を出て、回廊を歩いて行く。
彼が向かい、立ち止まったのは、その隅に拵えられた小さな区画だった。
厠へ続く一画、洗面所の前で立ち止まった彼は、淡々とした仕草で顔を濯いだ。
水を拭き取り、何事も無かったかの様に再び回廊を歩く。
獅乃神は既に父の思惑と結末を悟っていた。
しかし精悍な顔付きには離別の悲しみなど一片たりとも見えない。
一つ小さく息を吐くと、色違いの双眸に決意の灯を点す。
彼は唯、すべきことだけを見据えていた。
父・神皇は全臣民が見守る中で崩御を迎えるつもりなのだろう。
それは父が誰の謀略によっても処されず、誰の罪科によっても害されなかったという結末を見せ付ける為に違いない。
父は皇國臣民の純潔を守る為に、寿命による自然死に達するのだ。
ならば、その崇高なる意志は尊重しなければならない。
問題はその後だ。
その後の皇國を、彼は父から託されたのだ。
「行くか……」
獅乃神は階段を降り、宮殿を出ようとしていた。
その時、一人の男が彼の前に立ち塞がる。
二一六糎の彼に迫らんとする非常に大柄な、色黒で筋骨隆々とした男だった。
体格的には肉薄していると言って良いだろう。
「第一皇子・獅乃神叡智だな」
「汝は?」
「八洲赤色革命軍の一拳士だ。目的は唯一つ、皇族貴族の皆殺しよ」
八洲赤色革命軍は道成寺の誘いに乗って連合革命軍に参加した叛逆勢力の一つで、一拳士はその中でも随一の戦士である。
だが、彼は道成寺のやり方に反発を覚えていた。
「道成寺の奴は皇族の公開処刑に拘っている様だが、俺に言わせれば莫迦莫迦しい。それに、このままではうちの組織ごと狼ノ牙の傘下に入ってしまう。そうさせない為にも、奴らの言いなりにはならないとここらではっきりと示す必要がある」
「それで、どうするつもりなのだ?」
自らの掌に拳を打ち付ける一に対し、獅乃神は特に構えるでもなく平然と佇んでいる。
対する一は憎悪に満ちた眼で獅乃神を睨み付けていた。
「知れたこと! 神皇の次は後継者の貴様だ! 貴様の近衛侍女には一月前、同志を殺されているのでな!」
一は一瞬にして獅乃神の背後に回り込み、両腕で首を極める。
如何に屈強な相手であろうと、神為で強化された一の腕力に掛かれば、先ず間違い無く首が捻じ切れるであろう。
だが、獅乃神は平然としたまま佇んでいる。
神為の輝きも全く無いまま、頸動脈を絞め落とそうとする一の剛力を意に介さず虚空を見詰めている。
「くっ、貴様もまた抑も素の膂力が超人的な類か」
一は歴戦の戦士であり、麗真魅琴や麒乃神聖花、一桐陶麿や敷島朱鷺緒といった、神為に頼らずとも並外れて強靱な人間を知っている。
何を隠そう、一自身がその一人だ。
そして、だからこそ一はそういった相手に対しても対策を持っている。
「ならば我が術識神為を受けるが良い! 我が腕力は一秒ごとに十割増加するのだ!」
「そうか。汝がそのつもりなら好都合だ」
一は獅乃神の首を絞める。
十秒、二十秒、一分、二分……。
しかし、獅乃神は全く堪える様子が無い。
それどころか、一に対して何やら語り掛け続ける始末だった。
一の顔は次第に恐怖の色に染まっていく。
そして遂に、一の腕は増加した腕力に耐え切れなくなって圧し折れた。
腕を抱えてその場に伏せる一は、どうやら心までも完全に折れてしまった表情で獅乃神を見上げる。
「何なんだ……何なんだ貴様は……!」
「聴く耳持たずか。ならば詮方も無し……」
次の瞬間、一の体は強烈な突風を受け、挽肉となって血液と臓物を撒き散らした。
獅乃神は終始微動だにせず、また一切の神為を使っていない。
異様な現象を起こした当の本人は、愁いを帯びた眼で変わり果てたその姿を見下ろしていた。
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