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第三章『争乱篇』
第七十一話『総神』 破
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第三皇子・蛟乃神賢智の侍女・刻御門竜胆は宮殿を駆け回っていた。
切迫感に青褪めた表情で血眼になって探し求めているのは、第一皇子・獅乃神叡智の姿である。
「何処にっ、何処にいらっしゃるのですか獅乃神殿下!」
主を裏切り、道成寺の許へ奔った彼女が獅乃神に会いたい理由、それは道成寺の命令で獅乃神を国会議事堂へ連れて行く為……ではなかった。
道成寺に銃を向けられた瞬間から、彼女の心は最早狼ノ牙から離れている。
事此処に至って、道成寺が自分のことを使い捨ての道具としか見ていないと解らない彼女ではない。
もっと早く気付くべきであったが、それでも彼女はこの機会に乗じて狼ノ牙から逃げようとしていた。
「こうなってはもう私に残された道は……! 水徒端早芙子と同じく獅乃神殿下の慈悲深き御心にお縋りするしか……!」
「あらあら、それは困るわねぇ、刻御門ちゃん……」
焦燥に駆られた刻御門は声の方へ勢い良く振り向いた。
絶望に腰を抜かした彼女が目の当たりにしたのは、刀を抜いて自身に迫り来る見知った女の姿だった。
敷島と併ぶ獅乃神のもう一人の近衛侍女・貴龍院皓雪が冷徹な笑みを浮かべて彼女に迫っていた。
「き、貴龍院様! どうか、どうかお助けください! こんなつもりじゃなかったんです! ほんの火遊びだったのですよ!」
「あらあら、何のことかしら? さっぱり話が見えないのだけれど、貴女何か取り返しの付かないことでもやらかしたのぉ?」
よく考えてもみれば、刻御門の裏切りを知っているのは現在国会議事堂に集められている者達だけである。
その現場に居なかった貴龍院がそれを知っている筈が無いのである。
しかし、貴龍院の眼は全てを見透かした様に冷酷な光を宿している。
尋常ならざる、この世の理から外れた異様な力の気配が彼女の瞳の奥に宿っていた。
「どうか話を! 私を獅乃神殿下に御目文字させてください! 話せば屹度お解り頂けるんです!」
「ええ、そうでしょうねぇ……」
言葉とは裏腹に、貴龍院は容赦無く刀を振るった。
胴部を袈裟懸けに斬られた刻御門は、虚空に縋る様に手を伸ばしてその場に倒れ伏した。
追い打ちとばかりに、貴龍院の刃がそんな彼女の背中に突き立てられる。
「だから困るのよ。これ以上あの御方の夜伽役が増えては堪ったものじゃない。貴女は此処で大人しく朽ち果てなさぁい」
刻御門の死体は瞬く間に腐敗して崩れ落ち、分解されて消えてしまった。
「扨て、私もあの御方を探さないとね……」
貴龍院は両目を皿の様に見開くと、遥か遠くの空間に眼を凝らした。
それはまるで、千里の果てに見通して何かを追っているかの様な佇まいだ。
程無くして、貴龍院は白い歯を見せて笑った。
「遠くへ行っていなくて助かったわ……」
貴龍院は刀を鞘に収め、懐から電話を取り出す。
「もしもし、三入君? 貴方の能力で、すぐ私を今から言う場所に送りなさい」
電話が終わると、貴龍院の目の前の空間に黒い穴が開いた。
貴龍院は躊躇無くその中へと足を踏み入れる。
彼女がその穴を潜り、抜け出た先は皇宮の門の前だった。
そこでは彼女の主・獅乃神叡智が数人の賊に囲まれていた。
例によって、獅乃神は一歩も動いていないにも拘わらず、賊は一瞬で粉微塵になって消し飛んでしまう。
そこへ、彼の背後から貴龍院が歩み寄る。
「……貴龍院か」
「獅乃神殿下、申し訳御座いません」
貴龍院は胸に手を当てて跪く。
獅乃神はそんな彼女に背を向けて尋ねた。
「汝は敷島や灰祇院と共に賊の討伐へ向かったのではなかったか?」
「はい。しかしお恥ずかしながら、貴方様に御報告しなければならないことが出来てしまいました」
「それは父上のことか」
「然様に御座います。しかし叛逆者共は陛下の偉大なる崩御に立ち会って尚、その捻くれた暴虐の心を改めようとせず、多くの議員や貴族、挙げ句には貴方様の御弟妹までもが身の危険に曝されております。対して此方は神為を封じられ為す術無く、最早貴方様の御力にお縋りするしか無い状況に御座います」
「ふむ……」
獅乃神は西へと目を遣った。
丁度、国会議事堂の方角である。
「あいわかった。この俺が直々に収めに参るとしよう」
「殿下、先程賊を誅殺なさったのは、嘗て狩りをなさった際の御業ですね?」
「うむ。父上は俺に神為を使わせたくなかったようなのでな。かといって肉体の力を振るうのもやり過ぎてしまう。だからこの様に、極限まで小規模に抑えた筋肉の収縮で空気を圧縮して飛ばす程度のやり方しか心得ていないのだ」
「でしたら殿下、是非神為を御解禁なさってください。神為であれば、意図無き不要な破壊は生じませんわ」
「そうか。成程、父上も好きにせよと仰っていたし、試してみても良いかも知れんな……」
獅乃神はそう呟くと、その場から忽然と姿を消した。
後には唯一人、貴龍院だけが取り残されている。
跪いたままの彼女は下を向き、邪悪に歪んだ笑みを隠していた。
「終に我が主が天を握った。神皇は去り、魔帝が来る。そして程無くして、総ての絶対なる神となりて三千世界に君臨する! うふふふふ、アハハハハハハ!!」
時代が動いた。
夜の闇が迫る世界に、魔女の不気味な笑い声が待ち受ける厄災を暗示する様に響き渡っていた。
⦿⦿⦿
皇國国会議事堂、衆議院本会議場。
道成寺は腕を組み、苛立ちを体に表していた。
「遅いね、刻御門君は……。恐れを成して逃げたか……」
元々、彼は刻御門を大して当てにしていない。
とはいえ、部下が自分の下を離れるのは気分が良くないことも確かだ。
「ならば、仕方が無い。同志日下部、同志月夜、今一度皇宮へ戻り、獅乃神叡智を連れて来給え」
道成寺が指名したのは、神皇をこの場に連行してきた日下部光郎と月夜萌以だった。
二人は地上ノ蠍座の中でも革命に強い拘りを持ち、その揺るぎ無い信念は道成寺の信頼を得ている。
叛逆を見限った敷島ですら、二人のことは今でもそこまで悪く思ってはいない。
その日下部と月夜なら、刻御門の様に戦禍を恐れたりせず、道成寺の意に沿うだろうと、そう思われた。
「断る」
だが、意外にも日下部の口から出たのは拒否の言葉だった。
道成寺は目を眇め、月夜に視線を移す。
「僕も御免だね」
月夜の答えも日下部と同じだった。
道成寺は歯を剥いて激しい憤怒の表情を見せる。
「君達、どういうつもりだね?」
「首領Д、俺達はもう貴方の言うことは聞けないと言っている」
「何だと?」
「僕達ははっきり理解したんだよ。昔は兎も角、今の貴方にあるのは神皇や皇國臣民への憎しみだけだってね」
日下部と月夜は強い意志に満ちた眼で道成寺を真直ぐに見据えていた。
「ヤシマ政府が敗け、神皇が勝った理由はそこにあったのだろう。俺達が対話した神皇は、過去にあれだけの目に遭いながら、少なくとも臣民を愛そうとしていた」
「僕達が革命を志したのは人民に真の解放と福音を齎す為だ。人民を憎む者にそれは為し得ない」
「正直、神皇が何故民衆の心を掴み、政権を奪還したのか、我々が民衆を味方に付けられなかったのかが今は能く解る」
「今更『陛下』とは呼べないが、最早彼と敵対し続ける道は選べない。多分、多くの皇國臣民はもっとずっと以前から神皇に対して同じ想いだったのだろう。だから、神皇や皇族は慕われ、我々は罵声を浴びせられ続けた……」
二人の言葉に、道成寺は額に青筋を浮かべて怒りに震えていた。
「狗に……狗に堕したか……!」
道成寺は拳銃に鉛玉を込めた。
そんな彼の前に、参謀役の久地縄元毅が慌てた様子で進み出る。
「首領、天空上映中です! 身内で揉め続けるのは得策じゃない! 一先ず、二人のことは議員共と一緒に壁際に並ばせましょう!」
道成寺は舌打ちし、日下部と月夜から目を背けた。
二人は久地縄に促され、壁際に向かって階段を昇っていく。
「二人共、少し頭を冷やして考え直せ。どうあっても革命は止まらん。ここまで来て無駄死にすることは無い。首領に誠心誠意お詫びするのだ」
「久地縄さん、貴方はどう思っているのだ?」
「貴方だって、本当は解っているんじゃないか?」
久地縄は言葉を詰まらせた。
彼もまた、狼ノ牙八卦衆の中では比較的良識的な人間である。
革命への思いが随一であるからこそ、道成寺と共に生まれ変わってまで協力し続けてきたのだ。
だがそれは同時に、道成寺への強い信頼の表れでもあった。
「私は……首領に付いていく。彼こそが日本人を導くに相応しい真の革命者なのだ」
そんな久地縄を余所に、日下部と月夜は憑き物が落ちた表情で見つめ合っていた。
「月夜、お前が同じ想いで良かった」
「これまでの努力は水の泡だけど、汚水に変わるよりは良かったと思うよ」
「俺は不思議と悔いは無いんだが、お前はどうだ?」
「僕もだよ。一人だとまた違ったかも知れないけどね」
二人で納得し合っている日下部と月夜は兎も角、道成寺がそれで収まった訳ではない。
彼は獅乃神を連れてくる人間として、別の者に白羽の矢を立てようとしていた。
「最早月夜の能力は頼れんか……。ならば同志逸見! 君の能力で獅乃神の許へ飛び、連れてくるのだ!」
「は、はい!」
八卦衆の一人・逸見樹――この女装男の能力は、知った顔の許へ瞬時に移動出来るというものだ。
彼ならば確かに、確実に獅乃神を捕捉出来るだろう。
だがその時、一陣の風が議場を吹き抜けた。
連合革命軍の叛逆者達も議員達も皇族貴族も、皆一点に気を惹かれる。
風は議場の真中最上部に向かって空気の流れを作っていた。
次第にそれは、はっきりと視認できるようになっていく。
「あ……あ……」
敷島は怯えに怯えた恐怖の表情、引き攣った絶望を顔中に貼り付けてその場所を見上げていた。
軈て、金色と銀色、二色の雲が渦を巻き、その一点に集中し始める。
「まさか……龍姉様、これは……」
「ああ……」
二人の皇族も何かを察知して眼を凝らす。
「沙華よ、我は今、貴様に同情しておるよ」
「何?」
摂関家当主の一人、女公爵・十桐綺葉が側の沙華珠枝に話し掛ける。
彼女もまた、表情を強張らせている。
他の摂関家当主、甲烏黝も公殿零鳴も丹桐士糸も同様だ。
「やはり貴様はあの時我に降っておくべきじゃった。基より叶わぬ夢を諦める機を逸してしまったのじゃ。こうなってはもう終わりじゃ。そして我らもどうなるか……最早誰にも予想は付かん」
沙華は首を傾げた。
一方で、丹桐は震えた声で呟く。
「あの御方が目覚めてしまった……! 『絶対強者』第一皇子・獅乃神叡智殿下が……! 新たなる神皇陛下として覚醒してしまった……!」
彼ら、皇國の上流階級の者達は知っていた。
亡き先代神皇・鳳乃神大智以上に敵対してはならない存在を。
『絶対強者』――それは第一皇子・獅乃神叡智が父親を差し置いて呼ばれていた二つ名である。
雲が弾け、凄まじい破裂音にも似た轟音が議場に鳴り響いた。
それと共に、二一六糎の巨躯がその場に姿を顕した。
その男は見目形からして既に次元の違う唯一無二の特殊性をこれでもかと示していた。
二米は優に超えるであろう長身に、鎧の様な筋の塊を纏った肉の摩天楼。
絹糸の様に靡く長髪と、細やかに整った睫眉が、白金色に煌めいている。
茶金色に艶立つ肌に彩られた顔は身震いする程に美しい。
左右色違いの、柳緑と深紅の眼には三つ巴の様な瞳孔が穿たれている。
唇は青みを薄らと帯びており、その下に雪色の歯が覗いている。
鴉羽根が施された袖無しの長い上着は、よく見ると白金の毛波が光沢を散らせている。
所々から垣間見える強靱な筋肉を宿した肌には、無駄毛が一本も見られない。
まるで神話の世界樹の様に巨しく、御伽噺の魔王の様に麗しく。
誰よりも異様で、幻想的な姿をした男が、刹那にして辺りの空気を支配した。
切迫感に青褪めた表情で血眼になって探し求めているのは、第一皇子・獅乃神叡智の姿である。
「何処にっ、何処にいらっしゃるのですか獅乃神殿下!」
主を裏切り、道成寺の許へ奔った彼女が獅乃神に会いたい理由、それは道成寺の命令で獅乃神を国会議事堂へ連れて行く為……ではなかった。
道成寺に銃を向けられた瞬間から、彼女の心は最早狼ノ牙から離れている。
事此処に至って、道成寺が自分のことを使い捨ての道具としか見ていないと解らない彼女ではない。
もっと早く気付くべきであったが、それでも彼女はこの機会に乗じて狼ノ牙から逃げようとしていた。
「こうなってはもう私に残された道は……! 水徒端早芙子と同じく獅乃神殿下の慈悲深き御心にお縋りするしか……!」
「あらあら、それは困るわねぇ、刻御門ちゃん……」
焦燥に駆られた刻御門は声の方へ勢い良く振り向いた。
絶望に腰を抜かした彼女が目の当たりにしたのは、刀を抜いて自身に迫り来る見知った女の姿だった。
敷島と併ぶ獅乃神のもう一人の近衛侍女・貴龍院皓雪が冷徹な笑みを浮かべて彼女に迫っていた。
「き、貴龍院様! どうか、どうかお助けください! こんなつもりじゃなかったんです! ほんの火遊びだったのですよ!」
「あらあら、何のことかしら? さっぱり話が見えないのだけれど、貴女何か取り返しの付かないことでもやらかしたのぉ?」
よく考えてもみれば、刻御門の裏切りを知っているのは現在国会議事堂に集められている者達だけである。
その現場に居なかった貴龍院がそれを知っている筈が無いのである。
しかし、貴龍院の眼は全てを見透かした様に冷酷な光を宿している。
尋常ならざる、この世の理から外れた異様な力の気配が彼女の瞳の奥に宿っていた。
「どうか話を! 私を獅乃神殿下に御目文字させてください! 話せば屹度お解り頂けるんです!」
「ええ、そうでしょうねぇ……」
言葉とは裏腹に、貴龍院は容赦無く刀を振るった。
胴部を袈裟懸けに斬られた刻御門は、虚空に縋る様に手を伸ばしてその場に倒れ伏した。
追い打ちとばかりに、貴龍院の刃がそんな彼女の背中に突き立てられる。
「だから困るのよ。これ以上あの御方の夜伽役が増えては堪ったものじゃない。貴女は此処で大人しく朽ち果てなさぁい」
刻御門の死体は瞬く間に腐敗して崩れ落ち、分解されて消えてしまった。
「扨て、私もあの御方を探さないとね……」
貴龍院は両目を皿の様に見開くと、遥か遠くの空間に眼を凝らした。
それはまるで、千里の果てに見通して何かを追っているかの様な佇まいだ。
程無くして、貴龍院は白い歯を見せて笑った。
「遠くへ行っていなくて助かったわ……」
貴龍院は刀を鞘に収め、懐から電話を取り出す。
「もしもし、三入君? 貴方の能力で、すぐ私を今から言う場所に送りなさい」
電話が終わると、貴龍院の目の前の空間に黒い穴が開いた。
貴龍院は躊躇無くその中へと足を踏み入れる。
彼女がその穴を潜り、抜け出た先は皇宮の門の前だった。
そこでは彼女の主・獅乃神叡智が数人の賊に囲まれていた。
例によって、獅乃神は一歩も動いていないにも拘わらず、賊は一瞬で粉微塵になって消し飛んでしまう。
そこへ、彼の背後から貴龍院が歩み寄る。
「……貴龍院か」
「獅乃神殿下、申し訳御座いません」
貴龍院は胸に手を当てて跪く。
獅乃神はそんな彼女に背を向けて尋ねた。
「汝は敷島や灰祇院と共に賊の討伐へ向かったのではなかったか?」
「はい。しかしお恥ずかしながら、貴方様に御報告しなければならないことが出来てしまいました」
「それは父上のことか」
「然様に御座います。しかし叛逆者共は陛下の偉大なる崩御に立ち会って尚、その捻くれた暴虐の心を改めようとせず、多くの議員や貴族、挙げ句には貴方様の御弟妹までもが身の危険に曝されております。対して此方は神為を封じられ為す術無く、最早貴方様の御力にお縋りするしか無い状況に御座います」
「ふむ……」
獅乃神は西へと目を遣った。
丁度、国会議事堂の方角である。
「あいわかった。この俺が直々に収めに参るとしよう」
「殿下、先程賊を誅殺なさったのは、嘗て狩りをなさった際の御業ですね?」
「うむ。父上は俺に神為を使わせたくなかったようなのでな。かといって肉体の力を振るうのもやり過ぎてしまう。だからこの様に、極限まで小規模に抑えた筋肉の収縮で空気を圧縮して飛ばす程度のやり方しか心得ていないのだ」
「でしたら殿下、是非神為を御解禁なさってください。神為であれば、意図無き不要な破壊は生じませんわ」
「そうか。成程、父上も好きにせよと仰っていたし、試してみても良いかも知れんな……」
獅乃神はそう呟くと、その場から忽然と姿を消した。
後には唯一人、貴龍院だけが取り残されている。
跪いたままの彼女は下を向き、邪悪に歪んだ笑みを隠していた。
「終に我が主が天を握った。神皇は去り、魔帝が来る。そして程無くして、総ての絶対なる神となりて三千世界に君臨する! うふふふふ、アハハハハハハ!!」
時代が動いた。
夜の闇が迫る世界に、魔女の不気味な笑い声が待ち受ける厄災を暗示する様に響き渡っていた。
⦿⦿⦿
皇國国会議事堂、衆議院本会議場。
道成寺は腕を組み、苛立ちを体に表していた。
「遅いね、刻御門君は……。恐れを成して逃げたか……」
元々、彼は刻御門を大して当てにしていない。
とはいえ、部下が自分の下を離れるのは気分が良くないことも確かだ。
「ならば、仕方が無い。同志日下部、同志月夜、今一度皇宮へ戻り、獅乃神叡智を連れて来給え」
道成寺が指名したのは、神皇をこの場に連行してきた日下部光郎と月夜萌以だった。
二人は地上ノ蠍座の中でも革命に強い拘りを持ち、その揺るぎ無い信念は道成寺の信頼を得ている。
叛逆を見限った敷島ですら、二人のことは今でもそこまで悪く思ってはいない。
その日下部と月夜なら、刻御門の様に戦禍を恐れたりせず、道成寺の意に沿うだろうと、そう思われた。
「断る」
だが、意外にも日下部の口から出たのは拒否の言葉だった。
道成寺は目を眇め、月夜に視線を移す。
「僕も御免だね」
月夜の答えも日下部と同じだった。
道成寺は歯を剥いて激しい憤怒の表情を見せる。
「君達、どういうつもりだね?」
「首領Д、俺達はもう貴方の言うことは聞けないと言っている」
「何だと?」
「僕達ははっきり理解したんだよ。昔は兎も角、今の貴方にあるのは神皇や皇國臣民への憎しみだけだってね」
日下部と月夜は強い意志に満ちた眼で道成寺を真直ぐに見据えていた。
「ヤシマ政府が敗け、神皇が勝った理由はそこにあったのだろう。俺達が対話した神皇は、過去にあれだけの目に遭いながら、少なくとも臣民を愛そうとしていた」
「僕達が革命を志したのは人民に真の解放と福音を齎す為だ。人民を憎む者にそれは為し得ない」
「正直、神皇が何故民衆の心を掴み、政権を奪還したのか、我々が民衆を味方に付けられなかったのかが今は能く解る」
「今更『陛下』とは呼べないが、最早彼と敵対し続ける道は選べない。多分、多くの皇國臣民はもっとずっと以前から神皇に対して同じ想いだったのだろう。だから、神皇や皇族は慕われ、我々は罵声を浴びせられ続けた……」
二人の言葉に、道成寺は額に青筋を浮かべて怒りに震えていた。
「狗に……狗に堕したか……!」
道成寺は拳銃に鉛玉を込めた。
そんな彼の前に、参謀役の久地縄元毅が慌てた様子で進み出る。
「首領、天空上映中です! 身内で揉め続けるのは得策じゃない! 一先ず、二人のことは議員共と一緒に壁際に並ばせましょう!」
道成寺は舌打ちし、日下部と月夜から目を背けた。
二人は久地縄に促され、壁際に向かって階段を昇っていく。
「二人共、少し頭を冷やして考え直せ。どうあっても革命は止まらん。ここまで来て無駄死にすることは無い。首領に誠心誠意お詫びするのだ」
「久地縄さん、貴方はどう思っているのだ?」
「貴方だって、本当は解っているんじゃないか?」
久地縄は言葉を詰まらせた。
彼もまた、狼ノ牙八卦衆の中では比較的良識的な人間である。
革命への思いが随一であるからこそ、道成寺と共に生まれ変わってまで協力し続けてきたのだ。
だがそれは同時に、道成寺への強い信頼の表れでもあった。
「私は……首領に付いていく。彼こそが日本人を導くに相応しい真の革命者なのだ」
そんな久地縄を余所に、日下部と月夜は憑き物が落ちた表情で見つめ合っていた。
「月夜、お前が同じ想いで良かった」
「これまでの努力は水の泡だけど、汚水に変わるよりは良かったと思うよ」
「俺は不思議と悔いは無いんだが、お前はどうだ?」
「僕もだよ。一人だとまた違ったかも知れないけどね」
二人で納得し合っている日下部と月夜は兎も角、道成寺がそれで収まった訳ではない。
彼は獅乃神を連れてくる人間として、別の者に白羽の矢を立てようとしていた。
「最早月夜の能力は頼れんか……。ならば同志逸見! 君の能力で獅乃神の許へ飛び、連れてくるのだ!」
「は、はい!」
八卦衆の一人・逸見樹――この女装男の能力は、知った顔の許へ瞬時に移動出来るというものだ。
彼ならば確かに、確実に獅乃神を捕捉出来るだろう。
だがその時、一陣の風が議場を吹き抜けた。
連合革命軍の叛逆者達も議員達も皇族貴族も、皆一点に気を惹かれる。
風は議場の真中最上部に向かって空気の流れを作っていた。
次第にそれは、はっきりと視認できるようになっていく。
「あ……あ……」
敷島は怯えに怯えた恐怖の表情、引き攣った絶望を顔中に貼り付けてその場所を見上げていた。
軈て、金色と銀色、二色の雲が渦を巻き、その一点に集中し始める。
「まさか……龍姉様、これは……」
「ああ……」
二人の皇族も何かを察知して眼を凝らす。
「沙華よ、我は今、貴様に同情しておるよ」
「何?」
摂関家当主の一人、女公爵・十桐綺葉が側の沙華珠枝に話し掛ける。
彼女もまた、表情を強張らせている。
他の摂関家当主、甲烏黝も公殿零鳴も丹桐士糸も同様だ。
「やはり貴様はあの時我に降っておくべきじゃった。基より叶わぬ夢を諦める機を逸してしまったのじゃ。こうなってはもう終わりじゃ。そして我らもどうなるか……最早誰にも予想は付かん」
沙華は首を傾げた。
一方で、丹桐は震えた声で呟く。
「あの御方が目覚めてしまった……! 『絶対強者』第一皇子・獅乃神叡智殿下が……! 新たなる神皇陛下として覚醒してしまった……!」
彼ら、皇國の上流階級の者達は知っていた。
亡き先代神皇・鳳乃神大智以上に敵対してはならない存在を。
『絶対強者』――それは第一皇子・獅乃神叡智が父親を差し置いて呼ばれていた二つ名である。
雲が弾け、凄まじい破裂音にも似た轟音が議場に鳴り響いた。
それと共に、二一六糎の巨躯がその場に姿を顕した。
その男は見目形からして既に次元の違う唯一無二の特殊性をこれでもかと示していた。
二米は優に超えるであろう長身に、鎧の様な筋の塊を纏った肉の摩天楼。
絹糸の様に靡く長髪と、細やかに整った睫眉が、白金色に煌めいている。
茶金色に艶立つ肌に彩られた顔は身震いする程に美しい。
左右色違いの、柳緑と深紅の眼には三つ巴の様な瞳孔が穿たれている。
唇は青みを薄らと帯びており、その下に雪色の歯が覗いている。
鴉羽根が施された袖無しの長い上着は、よく見ると白金の毛波が光沢を散らせている。
所々から垣間見える強靱な筋肉を宿した肌には、無駄毛が一本も見られない。
まるで神話の世界樹の様に巨しく、御伽噺の魔王の様に麗しく。
誰よりも異様で、幻想的な姿をした男が、刹那にして辺りの空気を支配した。
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〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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