日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第六十八話『個人的仇敵』 破

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 すさまじいみずぶきを上げ、カムヤマトイワレヒコが海中から飛び出した。
 わたるは再び恐るべき敵、こうこく第一皇女・かみせいの駆るぜつきゆうどうしんたい・カムムスビとたいしたが、すっかり平常心を取り戻している。

すがにあの程度の攻撃ではちませんか。今までこうこくの名だたる英雄を退けてきた男です、そう来なくては……』
「殺意の塊みたいな攻撃をしてきておいて、よく言う……」

 わたるは考える。
 おそらく、敵の攻撃を回避する手段は無い。
 これまで二回受けた様に、相手が攻撃してきた瞬間に鏡の障壁を形成して衝撃を和らげる以外の対処法は無いだろう。
 だとすると、そう何発も耐えられるような威力ではない。

(既にかなりガタが来ているからな、機体もぼく自身も……)

 かみせいが解放したしんの塊は凄まじい破壊力で、鏡の障壁によって衝撃を軽減してなおも深刻な爪痕を残している。
 機体は全身の装甲がボロボロになり、そしてわたるもかなり出血している。
 対して、かみせいは余裕のたたずまいである。
 状況は圧倒的に不利、力の差は歴然といった様相であった。

(銀座や硫黄島みたいな長期戦は多分無理だ。一回か二回の交錯で一気に決着を付けないと、確実にやられてしまう)

 しかしながら、わたるにとって明るい見通しもある。
 ある一点にいて、わたるの方が圧倒的に有利とも言える。

 というのも、これまでかみしんによる攻撃しか繰り出してきていない。
 先例でいうとしゃちかみの場合、それは最後の手段として使ってきた自らの力だ。
 裏を返せば、どうしんたいの操縦士としては極力使いたくない攻撃なのだ。
 最初からそれに頼ってきたということは、要するにかみどうしんたい操縦士として戦いに来たのではない。

(あのひとは多分、本来は生身で戦うタイプなんだ。操縦技術はそこまで高くないはず

 わたるは機体の腕の光線砲を敵機に向けた。
 一つ確かめたいことがあったからだ。
 カムヤマトイワレヒコは現在、ひのかみかいの発動状態にあり、強化された光線砲「きんほう」は通常とは比較にならない凄まじい破壊力を誇る。
 そして重要なのは、光による攻撃であるが故に発射を見てからでは絶対に回避出来ないということだ。

(だが動く気配を見せない。あたってもどうということはないって感じだ。相当耐久力に自信があるらしい)

 わたるは光線砲を発射せず、砲口を敵機に向けたまま機体を突っ込ませる。

「試させてもらう。今のぼくとカムヤマトイワレヒコにどこまでの力が出せるか!」

 カムヤマトイワレヒコはカムムスビと衝突する寸前で急転換し、ジグザグに飛行してこうらんを図る。
 しかしカムムスビは微動だにしない。
 好きな様に撃つが良い、とでも言いたげだ。

めやがって。だが、そういうことなら遠慮無くやらせてもらう!」

 わたるは砲口に意識を集中し、機体との同調を深めていく。
 通常の操縦では余計なしんを消耗しないために、機体との同調は性能を充分に発揮出来る程度にとどめるのが基本なのだが、今はとの融合によってひのかみかいを発動して尚大きな余裕がある。
 そこで、より大きなしんを込めてきんほうの威力を限界まで高めようというのだ。

(まだ上がる……! まだ行ける……!)

 どうしんたいの光線砲はパルスという光の一周期に微弱なしんを込め、それを一秒間に千兆という単位で重ねて絶大な威力を発揮するという原理を持っている。
 これは、一発一発に込めるしんが一定数を超えると敵の装甲に無効化されてしまう為、途方も無い数によって補わなければならないからだ。
 だが今、皇族級のしんによる戦いでは無効化機能が意味を成さない。
 つまり、一発に込めるしんの量を上げても問題無いのだ。

きんほうの周波数はぼくの感覚で百京エクサヘルツに達する。それの一発一発にしん無効化を貫通する規模のしんを込める!)

 わたるは可能な限り出しうる最高の破壊力を目指し、よりしんと周波数を高めていく。
 余り威力を出し過ぎると機体そのものが保たない。
 耐久力を加味しつつ、限界の出力を探る。
 そしてついに、その時が来た。

「ここだ!!」

 これまでに無い凄まじい力の奔流がカムヤマトイワレヒコの腕の砲口から放たれた。
 世界を包むまばゆい光で二機のどうしんたいが結ばれる。

「行けえええエエッッ!!」

 わたるは放出を続行する。
 通常、一回の射撃で光を放つ時間はほんの一瞬である。
 だが今、わたるきんほうを可能な限り長くカムムスビに照射し続けていた。
 考え得る最大級の火力で敵機に破壊したかったのだ。

肉癢こそばゆい』

 かみの声がわたるの脳を揺さぶる様に響き渡った。
 そして次の瞬間、わたるとカムヤマトイワレヒコを激しい衝撃が襲う。
 かみしんが解放され、力の塊となってぶつけられたのだ。

「ぐああああああッッ!!」

 間一髪、わたるは鏡の障壁で防御したものの、一瞬意識が飛ぶ程のダメージを負ってしまった。
 そしてなにより、巨大な光線砲で悲鳴を上げていた機体の腕が今の攻撃で粉々に破壊されてしまっていた。

「くっ、しまった……!」
『残念でしたね。中々の出力でしたが、その程度ではわたくししんを破ることなど出来ません。同時に、ようやく得心しましたよ』

 カムムスビがカムヤマトイワレヒコの方を向いた。

ちらの機体の操縦室、なおだまの中でまんしんそうとなっているまえの姿は既に捕捉しています。ですが、まえの中にはもう一人、極めて陛下と近い存在が居ますね。おそらく、陛下の複製人間クローンと融合することでまえわたくしと渡り合えるまでにしんを高めたのでしょう。そして、それはあのうることという小娘が陛下を打ち倒し得た理由でもある』
「くっ……!」

 かみわたるの力の出所を看破していた。

『しかし、かなしいかなまえしんは彼女とは程遠い。加えて、複製クローン体もあの夜よりはしんで劣っている別個体でしょう。うることが陛下に匹敵する神の領域に達したのと同じ行為に及んでも尚、わたくしとどうにか戦える程度の領域にしか達しなかった……』
「ああ、そうだよ……」

 わたるは血と混ざり合った冷や汗に片目を閉じた。
 このかみせい、長い年月の間とおざかっていたとはいえ、かなり戦いの場数を踏んでいるだけあって、洞察力は中々のものである。

て、今のまえの心境を当ててあげましょう。わたくしの攻撃にそう何発も耐えられないまえは、短期決戦でけりを付けようとしている。ですがその為に必要な火力が足らず、どうしたものかと攻めあぐねている、といったところでしょうか……』
「くっ……!」
『更にもう一つ、まえが勝負を焦る理由。そもそまえ達はこうこくに上陸しようとしていますが、仮に上陸したとして占領するような力はありません。では、何が狙いなのか。おそらくは政府中枢か、あるいはそれに準じた、攻略がこうこくにとって致命的な目標を奇襲しようとしている。時間帯が早朝であるのものその為。だから事を進めるには余り時間を掛けられない、違いますか?』

 かみせいわたるだけでなく、日本国そのものの思惑までほぼ読み切っている。
 わたるは敵の正体を冷静に見られる様になって、得体の知れない恐怖感の奥に隠されていた真の脅威をはっきりと認識した。
 霧が晴れて全体像が見えるようになったことで初めて見える恐ろしさもあるのだ。

「一筋縄じゃいかないってことか……」

 わたるはこの難敵をたおす術をひねすべく脳をフル回転させる。
 しかしそんな彼に、かみは意外なことを言ってきた。

『困っているようですね。助けてあげましょうか?』
「何?」

 突然の言葉に、わたるは目を細めていぶかしんだ。

「どういうことだ?」
『一度は愛してやったよしみです。今わたくしくだれば許してやらぬでもないですよ。を殺された恨みはありますが、互いに国家の命運を賭けた戦いの中でのこと。わたくしに忠誠を誓い、ねえさまと呼び、欲しがる腰をいやらしくらせてびるならば、とぎ役として飼ってやろうではないですか』

 ぞくり、とわたるの全身におじはしった。
 おそらくこれは、わたる心的外傷トラウマを再び想起させて萎縮させる駆け引きだろう。

「ふざけているのか、こんな時に……」
わたくしはいつでもおおですよ。もちろんまえがやりにくくなるようにとの策略でもありますが、でもまえが乗るなら筋は通しましょう。まえのことが惜しいという気持ちは偽らざるものですからね』

 わたるかたみ、そして口角を上げて笑みを作った。

「正直に言いましょう。ぼく貴女あなたおそろしい。戦わずに済むならどんなに良いか……。それに、貴女あなたの強引すぎるアプローチに少しも心が時めかなかったか、と問われればうそになる。あんな風に、あそこまではっきりとした形で求められたのは初めてだった。どこまでも上から、力尽くで、ちらの意思などお構い無しに……。あれは……素敵だった。実を言うと貴女あなたのような女性はぼくの好みのタイプなんですよ。だから、貴女あなたの甘言に乗ってしまいたいと、すがいて命乞いしてしまいたいという思いは否定出来ない……」
さきもりわたるさん? 何を言っているですか?』
『ほう……』

 は困惑し、かみは声を弾ませる。
 だがわたるは既に尻をたたかれている。
 その絶対的な主に逆らうなど、裏切るなどあり得ない。

「でも、ぼくを支配するのは貴女あなたじゃない。貴女あなたぼくの女王様になれない!」
『フン……』

 一転して、かみの声に不快感が混じる。
 その反応に畏れはあるものの、わたるえてもう一度宣言した。

ぼくを折れるのはことだけだ!」

 わたるは愛する者を胸に、改めて闘志を奮い立たせる。
 行くも地獄、引くも地獄――ならば地獄を突き進む中で活路をみいすしか無い。

『女王様にはなれない、ですか。抑もわたくしは内親王であって女王ではないのですが……。成程、結構!』

 一方、振られたかみげつこうした。

『ならばもう二度と問いません。この場で死になさい!』

 しんによる痛恨の一撃がわたるを襲った。
 激しい衝撃に機体は大きく吹き飛ばされたが、それ以上に全身の損傷が深刻である。
 機体は既に片腕がもげ、残された腕と片足の膝下がケーブルで辛うじてるされている状態だ。
 はや真面に戦える状態ではなかった。

「うぅ……」
まえは、いやまえめいひのもとは愚かな選択をしました! 自国自民族が行き詰まっている状況に対し、余りに無頓着! まえ達だけでなく、どの世界線でも日本人は己に流れる清き血を腐らせる家畜の安寧に浸りきっている! その先に真の未来はありません! 大和民族の誉れを滅ぼさんとする世界の悪意にあらがうべく、あらゆる日本が団結するおおやまの新世界秩序が必要なのです! それを築けるのは最早わたくし達、しんせいだいにつぽんこうこくのみ! この歴史的大偉業に力添え出来る栄誉を何故なぜれないのですか!』

 カムムスビが体勢を立て直したカムヤマトイワレヒコに肉薄する。

「余計なお世話だって言ってんだよ!」
『ならばまえ達に守れるのですか! 日本人の権益を! 栄光を! 名誉を! 精神を! 文化を! この世界へ来てわたくし達がまえ達の現状を調べなかったでも思いますか? たった一度の敗戦で世界を変えるべく戦う気概を失い、言われるがままに尊厳を差し出し、されるがままにきようにじられてきたのがまえ達でしょう!』

 わたるは機体を回避させ、カムムスビの背後に回り込む。

こうこくは違います! 臣民の栄誉を守る為ならば世界を敵に回すことさえいとわない! 国家の道理を通す為ならば世界を壊すことさえためわない! その力と覚悟のあるわたくし達こそがはんかいてきおおやまれんめいの盟主にさわしい! それこそがしんせいだいにっぽんこうこくの崇高なる大義!』

 カムムスビが再びカムヤマトイワレヒコの方を向いた。
 仕掛けてくる予感がする。
 わたるにとって、絶体絶命のピンチである。

 否、わたるはこの瞬間を待っていた。
 攻撃を繰り出そうとする瞬間にこそ、最大の隙が生まれるものだ。
 カムヤマトイワレヒコの肩から何か細いひもじようの、たとえるならば「木のつる」にも似た何かが生える。

『何!?』

 木の蔓は機体の腕をつなわせ、日本刀状の切断ユニット「ふつのみたまのつるぎ」を振るう。
 刃がカムムスビの胸部に打ち当てられ、かみせいが潜む操縦室「なおだま」がしになった。

「だから、そんなのには乗れないんだよ。貴女あなたは切って捨ててくれたが、日本国には日本国の積み重ねってやつがある」

 剣から凄まじい雷光が放たれ、カムムスビのなおだまを直撃した。
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