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第三章『争乱篇』
第六十八話『個人的仇敵』 破
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凄まじい水飛沫を上げ、カムヤマトイワレヒコが海中から飛び出した。
航は再び恐るべき敵、皇國第一皇女・麒乃神聖花の駆る絶級為動機神体・カムムスビと対峙したが、すっかり平常心を取り戻している。
『流石にあの程度の攻撃では墜ちませんか。今まで皇國の名だたる英雄を退けてきた男です、そう来なくては……』
「殺意の塊みたいな攻撃をしてきておいて、よく言う……」
航は考える。
おそらく、敵の攻撃を回避する手段は無い。
これまで二回受けた様に、相手が攻撃してきた瞬間に鏡の障壁を形成して衝撃を和らげる以外の対処法は無いだろう。
だとすると、そう何発も耐えられるような威力ではない。
(既にかなりガタが来ているからな、機体も僕自身も……)
麒乃神聖花が解放した神為の塊は凄まじい破壊力で、鏡の障壁によって衝撃を軽減して尚も深刻な爪痕を残している。
機体は全身の装甲がボロボロになり、そして航もかなり出血している。
対して、麒乃神聖花は余裕の佇まいである。
状況は圧倒的に不利、力の差は歴然といった様相であった。
(銀座や硫黄島みたいな長期戦は多分無理だ。一回か二回の交錯で一気に決着を付けないと、確実にやられてしまう)
しかしながら、航にとって明るい見通しもある。
ある一点に於いて、航の方が圧倒的に有利とも言える。
というのも、これまで麒乃神は神為による攻撃しか繰り出してきていない。
先例でいうと鯱乃神那智の場合、それは最後の手段として使ってきた自らの力だ。
裏を返せば、為動機神体の操縦士としては極力使いたくない攻撃なのだ。
最初からそれに頼ってきたということは、要するに麒乃神は為動機神体操縦士として戦いに来たのではない。
(あの女は多分、本来は生身で戦うタイプなんだ。操縦技術はそこまで高くない筈)
航は機体の腕の光線砲を敵機に向けた。
一つ確かめたいことがあったからだ。
カムヤマトイワレヒコは現在、日神回路の発動状態にあり、強化された光線砲「金鵄砲」は通常とは比較にならない凄まじい破壊力を誇る。
そして重要なのは、光による攻撃であるが故に発射を見てからでは絶対に回避出来ないということだ。
(だが動く気配を見せない。中ってもどうということはないって感じだ。相当耐久力に自信があるらしい)
航は光線砲を発射せず、砲口を敵機に向けたまま機体を突っ込ませる。
「試させてもらう。今の僕とカムヤマトイワレヒコにどこまでの力が出せるか!」
カムヤマトイワレヒコはカムムスビと衝突する寸前で急転換し、ジグザグに飛行して攪乱を図る。
しかしカムムスビは微動だにしない。
好きな様に撃つが良い、とでも言いたげだ。
「舐めやがって。だが、そういうことなら遠慮無くやらせてもらう!」
航は砲口に意識を集中し、機体との同調を深めていく。
通常の操縦では余計な神為を消耗しない為に、機体との同調は性能を充分に発揮出来る程度に留めるのが基本なのだが、今は兎黄泉との融合によって日神回路を発動して尚大きな余裕がある。
そこで、より大きな神為を込めて金鵄砲の威力を限界まで高めようというのだ。
(まだ上がる……! まだ行ける……!)
為動機神体の光線砲はパルスという光の一周期に微弱な神為を込め、それを一秒間に千兆という単位で重ねて絶大な威力を発揮するという原理を持っている。
これは、一発一発に込める神為が一定数を超えると敵の装甲に無効化されてしまう為、途方も無い数によって補わなければならないからだ。
だが今、皇族級の神為による戦いでは無効化機能が意味を成さない。
つまり、一発に込める神為の量を上げても問題無いのだ。
(金鵄砲の周波数は僕の感覚で百京に達する。それの一発一発に神為無効化を貫通する規模の神為を込める!)
航は可能な限り出しうる最高の破壊力を目指し、より神為と周波数を高めていく。
余り威力を出し過ぎると機体そのものが保たない。
耐久力を加味しつつ、限界の出力を探る。
そして遂に、その時が来た。
「ここだ!!」
これまでに無い凄まじい力の奔流がカムヤマトイワレヒコの腕の砲口から放たれた。
世界を包む眩い光で二機の為動機神体が結ばれる。
「行けえええエエッッ!!」
航は放出を続行する。
通常、一回の射撃で光を放つ時間はほんの一瞬である。
だが今、航は金鵄砲を可能な限り長くカムムスビに照射し続けていた。
考え得る最大級の火力で敵機に破壊したかったのだ。
『肉癢ゆい』
麒乃神の声が航の脳を揺さぶる様に響き渡った。
そして次の瞬間、航とカムヤマトイワレヒコを激しい衝撃が襲う。
麒乃神の神為が解放され、力の塊となってぶつけられたのだ。
「ぐああああああッッ!!」
間一髪、航は鏡の障壁で防御したものの、一瞬意識が飛ぶ程のダメージを負ってしまった。
そしてなにより、巨大な光線砲で悲鳴を上げていた機体の腕が今の攻撃で粉々に破壊されてしまっていた。
「くっ、しまった……!」
『残念でしたね。中々の出力でしたが、その程度では私の神為を破ることなど出来ません。同時に、漸く得心しましたよ』
カムムスビがカムヤマトイワレヒコの方を向いた。
『其方の機体の操縦室、直靈彌玉の中で満身創痍となっている御前の姿は既に捕捉しています。ですが、御前の中にはもう一人、極めて陛下と近い存在が居ますね。おそらく、陛下の複製人間と融合することで御前は私と渡り合えるまでに神為を高めたのでしょう。そして、それはあの麗真魅琴という小娘が陛下を打ち倒し得た理由でもある』
「くっ……!」
麒乃神は航の力の出所を看破していた。
『しかし、哀しいかな御前の神為は彼女とは程遠い。加えて、複製体もあの夜よりは神為で劣っている別個体でしょう。麗真魅琴が陛下に匹敵する神の領域に達したのと同じ行為に及んでも尚、私とどうにか戦える程度の領域にしか達しなかった……』
「ああ、そうだよ……」
航は血と混ざり合った冷や汗に片目を閉じた。
この麒乃神聖花、長い年月の間遠離っていたとはいえ、かなり戦いの場数を踏んでいるだけあって、洞察力は中々のものである。
『扨て、今の御前の心境を当ててあげましょう。私の攻撃にそう何発も耐えられない御前は、短期決戦でけりを付けようとしている。ですがその為に必要な火力が足らず、どうしたものかと攻め倦ねている、といったところでしょうか……』
「くっ……!」
『更にもう一つ、御前が勝負を焦る理由。抑も御前達は皇國に上陸しようとしていますが、仮に上陸したとして占領するような力はありません。では、何が狙いなのか。おそらくは政府中枢か、或いはそれに準じた、攻略が皇國にとって致命的な目標を奇襲しようとしている。時間帯が早朝であるのものその為。だから事を進めるには余り時間を掛けられない、違いますか?』
麒乃神聖花は航だけでなく、日本国そのものの思惑までほぼ読み切っている。
航は敵の正体を冷静に見られる様になって、得体の知れない恐怖感の奥に隠されていた真の脅威をはっきりと認識した。
霧が晴れて全体像が見えるようになったことで初めて見える恐ろしさもあるのだ。
「一筋縄じゃいかないってことか……」
航はこの難敵を斃す術を捻り出すべく脳をフル回転させる。
しかしそんな彼に、麒乃神は意外なことを言ってきた。
『困っているようですね。助けてあげましょうか?』
「何?」
突然の言葉に、航は目を細めて訝しんだ。
「どういうことだ?」
『一度は愛してやった好です。今私に降れば許してやらぬでもないですよ。那智を殺された恨みはありますが、互いに国家の命運を賭けた戦いの中でのこと。私に忠誠を誓い、御姉様と呼び、欲しがる腰を厭らしく繰錬らせて媚びるならば、夜伽役として飼ってやろうではないですか』
ぞくり、と航の全身に怖気が奔った。
おそらくこれは、航の心的外傷を再び想起させて萎縮させる駆け引きだろう。
「ふざけているのか、こんな時に……」
『私はいつでも大真面目ですよ。勿論、御前がやり難くなるようにとの策略でもありますが、でも御前が乗るなら筋は通しましょう。御前のことが惜しいという気持ちは偽らざるものですからね』
航は固唾を呑み、そして口角を上げて笑みを作った。
「正直に言いましょう。僕は貴女が畏ろしい。戦わずに済むならどんなに良いか……。それに、貴女の強引すぎるアプローチに少しも心が時めかなかったか、と問われれば嘘になる。あんな風に、あそこまではっきりとした形で求められたのは初めてだった。どこまでも上から、力尽くで、此方の意思などお構い無しに……。あれは……素敵だった。実を言うと貴女のような女性は僕の好みのタイプなんですよ。だから、貴女の甘言に乗ってしまいたいと、縋り付いて命乞いしてしまいたいという思いは否定出来ない……」
『岬守航さん? 何を言っているですか?』
『ほう……』
兎黄泉は困惑し、麒乃神は声を弾ませる。
だが航は既に尻を叩かれている。
その絶対的な主に逆らうなど、裏切るなどあり得ない。
「でも、僕を支配するのは貴女じゃない。貴女は僕の女王様になれない!」
『フン……』
一転して、麒乃神の声に不快感が混じる。
その反応に畏れはあるものの、航は敢えてもう一度宣言した。
「僕を折れるのは魅琴だけだ!」
航は愛する者を胸に、改めて闘志を奮い立たせる。
行くも地獄、引くも地獄――ならば地獄を突き進む中で活路を見出すしか無い。
『女王様にはなれない、ですか。抑も私は内親王であって女王ではないのですが……。成程、結構!』
一方、振られた麒乃神は激昂した。
『ならばもう二度と問いません。この場で死になさい!』
神為による痛恨の一撃が航を襲った。
激しい衝撃に機体は大きく吹き飛ばされたが、それ以上に全身の損傷が深刻である。
機体は既に片腕がもげ、残された腕と片足の膝下がケーブルで辛うじて吊るされている状態だ。
最早真面に戦える状態ではなかった。
「うぅ……」
『御前は、いや御前達明治日本は愚かな選択をしました! 自国自民族が行き詰まっている状況に対し、余りに無頓着! 御前達だけでなく、どの世界線でも日本人は己に流れる清き血を腐らせる家畜の安寧に浸りきっている! その先に真の未来はありません! 大和民族の誉れを滅ぼさんとする世界の悪意に抗うべく、汎ゆる日本が団結する大日本の新世界秩序が必要なのです! それを築けるのは最早私達、神聖大日本皇國のみ! この歴史的大偉業に力添え出来る栄誉を何故受け容れないのですか!』
カムムスビが体勢を立て直したカムヤマトイワレヒコに肉薄する。
「余計なお世話だって言ってんだよ!」
『ならば御前達に守れるのですか! 日本人の権益を! 栄光を! 名誉を! 精神を! 文化を! この世界へ来て私達が御前達の現状を調べなかったでも思いますか? たった一度の敗戦で世界を変えるべく戦う気概を失い、言われるがままに尊厳を差し出し、されるがままに矜持を踏み躙られてきたのが御前達でしょう!』
航は機体を回避させ、カムムスビの背後に回り込む。
『皇國は違います! 臣民の栄誉を守る為ならば世界を敵に回すことさえ厭わない! 国家の道理を通す為ならば世界を壊すことさえ躊躇わない! その力と覚悟のある私達こそが汎世界的大日本連盟の盟主に相応しい! それこそが神聖大日本皇國の崇高なる大義!』
カムムスビが再びカムヤマトイワレヒコの方を向いた。
仕掛けてくる予感がする。
航にとって、絶体絶命のピンチである。
否、航はこの瞬間を待っていた。
攻撃を繰り出そうとする瞬間にこそ、最大の隙が生まれるものだ。
カムヤマトイワレヒコの肩から何か細い紐状の、喩えるならば「木の蔓」にも似た何かが生える。
『何!?』
木の蔓は機体の腕を繋ぎ合わせ、日本刀状の切断ユニット「韴靈劔」を振るう。
刃がカムムスビの胸部に打ち当てられ、麒乃神聖花が潜む操縦室「直靈彌玉」が剥き出しになった。
「だから、そんなのには乗れないんだよ。貴女は切って捨ててくれたが、日本国には日本国の積み重ねってやつがある」
剣から凄まじい雷光が放たれ、カムムスビの直靈彌玉を直撃した。
航は再び恐るべき敵、皇國第一皇女・麒乃神聖花の駆る絶級為動機神体・カムムスビと対峙したが、すっかり平常心を取り戻している。
『流石にあの程度の攻撃では墜ちませんか。今まで皇國の名だたる英雄を退けてきた男です、そう来なくては……』
「殺意の塊みたいな攻撃をしてきておいて、よく言う……」
航は考える。
おそらく、敵の攻撃を回避する手段は無い。
これまで二回受けた様に、相手が攻撃してきた瞬間に鏡の障壁を形成して衝撃を和らげる以外の対処法は無いだろう。
だとすると、そう何発も耐えられるような威力ではない。
(既にかなりガタが来ているからな、機体も僕自身も……)
麒乃神聖花が解放した神為の塊は凄まじい破壊力で、鏡の障壁によって衝撃を軽減して尚も深刻な爪痕を残している。
機体は全身の装甲がボロボロになり、そして航もかなり出血している。
対して、麒乃神聖花は余裕の佇まいである。
状況は圧倒的に不利、力の差は歴然といった様相であった。
(銀座や硫黄島みたいな長期戦は多分無理だ。一回か二回の交錯で一気に決着を付けないと、確実にやられてしまう)
しかしながら、航にとって明るい見通しもある。
ある一点に於いて、航の方が圧倒的に有利とも言える。
というのも、これまで麒乃神は神為による攻撃しか繰り出してきていない。
先例でいうと鯱乃神那智の場合、それは最後の手段として使ってきた自らの力だ。
裏を返せば、為動機神体の操縦士としては極力使いたくない攻撃なのだ。
最初からそれに頼ってきたということは、要するに麒乃神は為動機神体操縦士として戦いに来たのではない。
(あの女は多分、本来は生身で戦うタイプなんだ。操縦技術はそこまで高くない筈)
航は機体の腕の光線砲を敵機に向けた。
一つ確かめたいことがあったからだ。
カムヤマトイワレヒコは現在、日神回路の発動状態にあり、強化された光線砲「金鵄砲」は通常とは比較にならない凄まじい破壊力を誇る。
そして重要なのは、光による攻撃であるが故に発射を見てからでは絶対に回避出来ないということだ。
(だが動く気配を見せない。中ってもどうということはないって感じだ。相当耐久力に自信があるらしい)
航は光線砲を発射せず、砲口を敵機に向けたまま機体を突っ込ませる。
「試させてもらう。今の僕とカムヤマトイワレヒコにどこまでの力が出せるか!」
カムヤマトイワレヒコはカムムスビと衝突する寸前で急転換し、ジグザグに飛行して攪乱を図る。
しかしカムムスビは微動だにしない。
好きな様に撃つが良い、とでも言いたげだ。
「舐めやがって。だが、そういうことなら遠慮無くやらせてもらう!」
航は砲口に意識を集中し、機体との同調を深めていく。
通常の操縦では余計な神為を消耗しない為に、機体との同調は性能を充分に発揮出来る程度に留めるのが基本なのだが、今は兎黄泉との融合によって日神回路を発動して尚大きな余裕がある。
そこで、より大きな神為を込めて金鵄砲の威力を限界まで高めようというのだ。
(まだ上がる……! まだ行ける……!)
為動機神体の光線砲はパルスという光の一周期に微弱な神為を込め、それを一秒間に千兆という単位で重ねて絶大な威力を発揮するという原理を持っている。
これは、一発一発に込める神為が一定数を超えると敵の装甲に無効化されてしまう為、途方も無い数によって補わなければならないからだ。
だが今、皇族級の神為による戦いでは無効化機能が意味を成さない。
つまり、一発に込める神為の量を上げても問題無いのだ。
(金鵄砲の周波数は僕の感覚で百京に達する。それの一発一発に神為無効化を貫通する規模の神為を込める!)
航は可能な限り出しうる最高の破壊力を目指し、より神為と周波数を高めていく。
余り威力を出し過ぎると機体そのものが保たない。
耐久力を加味しつつ、限界の出力を探る。
そして遂に、その時が来た。
「ここだ!!」
これまでに無い凄まじい力の奔流がカムヤマトイワレヒコの腕の砲口から放たれた。
世界を包む眩い光で二機の為動機神体が結ばれる。
「行けえええエエッッ!!」
航は放出を続行する。
通常、一回の射撃で光を放つ時間はほんの一瞬である。
だが今、航は金鵄砲を可能な限り長くカムムスビに照射し続けていた。
考え得る最大級の火力で敵機に破壊したかったのだ。
『肉癢ゆい』
麒乃神の声が航の脳を揺さぶる様に響き渡った。
そして次の瞬間、航とカムヤマトイワレヒコを激しい衝撃が襲う。
麒乃神の神為が解放され、力の塊となってぶつけられたのだ。
「ぐああああああッッ!!」
間一髪、航は鏡の障壁で防御したものの、一瞬意識が飛ぶ程のダメージを負ってしまった。
そしてなにより、巨大な光線砲で悲鳴を上げていた機体の腕が今の攻撃で粉々に破壊されてしまっていた。
「くっ、しまった……!」
『残念でしたね。中々の出力でしたが、その程度では私の神為を破ることなど出来ません。同時に、漸く得心しましたよ』
カムムスビがカムヤマトイワレヒコの方を向いた。
『其方の機体の操縦室、直靈彌玉の中で満身創痍となっている御前の姿は既に捕捉しています。ですが、御前の中にはもう一人、極めて陛下と近い存在が居ますね。おそらく、陛下の複製人間と融合することで御前は私と渡り合えるまでに神為を高めたのでしょう。そして、それはあの麗真魅琴という小娘が陛下を打ち倒し得た理由でもある』
「くっ……!」
麒乃神は航の力の出所を看破していた。
『しかし、哀しいかな御前の神為は彼女とは程遠い。加えて、複製体もあの夜よりは神為で劣っている別個体でしょう。麗真魅琴が陛下に匹敵する神の領域に達したのと同じ行為に及んでも尚、私とどうにか戦える程度の領域にしか達しなかった……』
「ああ、そうだよ……」
航は血と混ざり合った冷や汗に片目を閉じた。
この麒乃神聖花、長い年月の間遠離っていたとはいえ、かなり戦いの場数を踏んでいるだけあって、洞察力は中々のものである。
『扨て、今の御前の心境を当ててあげましょう。私の攻撃にそう何発も耐えられない御前は、短期決戦でけりを付けようとしている。ですがその為に必要な火力が足らず、どうしたものかと攻め倦ねている、といったところでしょうか……』
「くっ……!」
『更にもう一つ、御前が勝負を焦る理由。抑も御前達は皇國に上陸しようとしていますが、仮に上陸したとして占領するような力はありません。では、何が狙いなのか。おそらくは政府中枢か、或いはそれに準じた、攻略が皇國にとって致命的な目標を奇襲しようとしている。時間帯が早朝であるのものその為。だから事を進めるには余り時間を掛けられない、違いますか?』
麒乃神聖花は航だけでなく、日本国そのものの思惑までほぼ読み切っている。
航は敵の正体を冷静に見られる様になって、得体の知れない恐怖感の奥に隠されていた真の脅威をはっきりと認識した。
霧が晴れて全体像が見えるようになったことで初めて見える恐ろしさもあるのだ。
「一筋縄じゃいかないってことか……」
航はこの難敵を斃す術を捻り出すべく脳をフル回転させる。
しかしそんな彼に、麒乃神は意外なことを言ってきた。
『困っているようですね。助けてあげましょうか?』
「何?」
突然の言葉に、航は目を細めて訝しんだ。
「どういうことだ?」
『一度は愛してやった好です。今私に降れば許してやらぬでもないですよ。那智を殺された恨みはありますが、互いに国家の命運を賭けた戦いの中でのこと。私に忠誠を誓い、御姉様と呼び、欲しがる腰を厭らしく繰錬らせて媚びるならば、夜伽役として飼ってやろうではないですか』
ぞくり、と航の全身に怖気が奔った。
おそらくこれは、航の心的外傷を再び想起させて萎縮させる駆け引きだろう。
「ふざけているのか、こんな時に……」
『私はいつでも大真面目ですよ。勿論、御前がやり難くなるようにとの策略でもありますが、でも御前が乗るなら筋は通しましょう。御前のことが惜しいという気持ちは偽らざるものですからね』
航は固唾を呑み、そして口角を上げて笑みを作った。
「正直に言いましょう。僕は貴女が畏ろしい。戦わずに済むならどんなに良いか……。それに、貴女の強引すぎるアプローチに少しも心が時めかなかったか、と問われれば嘘になる。あんな風に、あそこまではっきりとした形で求められたのは初めてだった。どこまでも上から、力尽くで、此方の意思などお構い無しに……。あれは……素敵だった。実を言うと貴女のような女性は僕の好みのタイプなんですよ。だから、貴女の甘言に乗ってしまいたいと、縋り付いて命乞いしてしまいたいという思いは否定出来ない……」
『岬守航さん? 何を言っているですか?』
『ほう……』
兎黄泉は困惑し、麒乃神は声を弾ませる。
だが航は既に尻を叩かれている。
その絶対的な主に逆らうなど、裏切るなどあり得ない。
「でも、僕を支配するのは貴女じゃない。貴女は僕の女王様になれない!」
『フン……』
一転して、麒乃神の声に不快感が混じる。
その反応に畏れはあるものの、航は敢えてもう一度宣言した。
「僕を折れるのは魅琴だけだ!」
航は愛する者を胸に、改めて闘志を奮い立たせる。
行くも地獄、引くも地獄――ならば地獄を突き進む中で活路を見出すしか無い。
『女王様にはなれない、ですか。抑も私は内親王であって女王ではないのですが……。成程、結構!』
一方、振られた麒乃神は激昂した。
『ならばもう二度と問いません。この場で死になさい!』
神為による痛恨の一撃が航を襲った。
激しい衝撃に機体は大きく吹き飛ばされたが、それ以上に全身の損傷が深刻である。
機体は既に片腕がもげ、残された腕と片足の膝下がケーブルで辛うじて吊るされている状態だ。
最早真面に戦える状態ではなかった。
「うぅ……」
『御前は、いや御前達明治日本は愚かな選択をしました! 自国自民族が行き詰まっている状況に対し、余りに無頓着! 御前達だけでなく、どの世界線でも日本人は己に流れる清き血を腐らせる家畜の安寧に浸りきっている! その先に真の未来はありません! 大和民族の誉れを滅ぼさんとする世界の悪意に抗うべく、汎ゆる日本が団結する大日本の新世界秩序が必要なのです! それを築けるのは最早私達、神聖大日本皇國のみ! この歴史的大偉業に力添え出来る栄誉を何故受け容れないのですか!』
カムムスビが体勢を立て直したカムヤマトイワレヒコに肉薄する。
「余計なお世話だって言ってんだよ!」
『ならば御前達に守れるのですか! 日本人の権益を! 栄光を! 名誉を! 精神を! 文化を! この世界へ来て私達が御前達の現状を調べなかったでも思いますか? たった一度の敗戦で世界を変えるべく戦う気概を失い、言われるがままに尊厳を差し出し、されるがままに矜持を踏み躙られてきたのが御前達でしょう!』
航は機体を回避させ、カムムスビの背後に回り込む。
『皇國は違います! 臣民の栄誉を守る為ならば世界を敵に回すことさえ厭わない! 国家の道理を通す為ならば世界を壊すことさえ躊躇わない! その力と覚悟のある私達こそが汎世界的大日本連盟の盟主に相応しい! それこそが神聖大日本皇國の崇高なる大義!』
カムムスビが再びカムヤマトイワレヒコの方を向いた。
仕掛けてくる予感がする。
航にとって、絶体絶命のピンチである。
否、航はこの瞬間を待っていた。
攻撃を繰り出そうとする瞬間にこそ、最大の隙が生まれるものだ。
カムヤマトイワレヒコの肩から何か細い紐状の、喩えるならば「木の蔓」にも似た何かが生える。
『何!?』
木の蔓は機体の腕を繋ぎ合わせ、日本刀状の切断ユニット「韴靈劔」を振るう。
刃がカムムスビの胸部に打ち当てられ、麒乃神聖花が潜む操縦室「直靈彌玉」が剥き出しになった。
「だから、そんなのには乗れないんだよ。貴女は切って捨ててくれたが、日本国には日本国の積み重ねってやつがある」
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ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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