日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十二話『鎮圧』 序

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 しゆりようДデーことどうじようふとしは窮地に追い込まれていた。
 こうこくの国会議事堂、衆議院本会議場を占拠していたぞうひようや、久々に招集した「じようさそり」は一掃され、残るは直属の配下である「はつしゆう」のみである。

 実際、しんせいだいにつぽんこうこくという国家の絶対的な支柱だったじんのうおおとりかみだいを排することに成功した彼は、長年夢見た革命のじようじゆまで後一歩の所まで至っていた。
 皇族貴族による支配体制の根幹を成す「しん」を取り上げてしまうことで、治安維持を丸裸にしてしまおうという彼のもくは大当たりだったし、日本国との戦争で軍がボロボロになりじんのうや第一皇女のしんまで失われた機を狙ったのは絶妙だったと言えるだろう。
 本来ならば皇族や摂関家当主には到底及ばない彼ら「そうせんたいおおかみきば」や、国防軍に到底対抗出来ない「連合革命軍」が勝利目前まで辿たどいたのは、完全にどうじようの作戦勝ちだった。

 しかし今、目の前に居る相手は、そのような工作など無かったかの様に、どうじようの配下をあっという間に片付けてしまった。
 かみえいは、皇族のしんまで使ったどうじようの能力を、しんの使用を禁じるじゆつしきしんを、全く問題にしていない。
 しんを使わずとも人知を超えた力でしちようしゆう三人を一瞬にして葬り去ったし、雑兵に至っては能力の制約を無視してしんを使って抹殺してしまった。

(どういうことだ! 我輩の能力は……皇族のしんで発動したものだぞ! 皇族が能力の制約を無視出来るのは、圧倒的なしんの力で押し通せるからだ! ならば同格の……皇族のしんで発動したものならば制約を受けざるを得ないはず! 現に、第二皇女と第三皇子は無力化されているではないか!)

 どうじようは呼吸をあららげ、大量の冷や汗をいてかみを見上げていた。
 皿の様に見開いた目は真っ赤に充血し、切迫した彼の心境を宿している。

(考えられるとすれば……こいつの力が「皇族のしんすらも圧倒出来る」程に極まっているということ……! そんなげた、理不尽なことがあって良いのか!)

 かみは涼しげなほほみをたたえていた。
 全てをれ、包み込む様な微笑み――それがかえって異様であった。

どうじようめ……やはりこうなったか……」

 かみの近衛侍女・しきしまつぶやいた。

かみ様は『絶対強者』と呼ばれるかただ。じんのう陛下すらも差し置いて。つまり、あの御方は父君よりも強いのだ。それも、はる彼方かなたの全く届かない領域におわす程に……」

 しきしまの言葉はどうじように一つの現実を突き付けた。
 それは、このかみえいという男が体制側に付いている時点で、革命によってこうこくを転覆することなど不可能であったという、どうじようにとって耐え難い現実だった。

(皇族の……皇族のくそ共がぁっ! こんな……こんな理不尽なものを飼っていたのか!)

 どうじようは皇族達の遺体を血走った目で凝視した。
 そんな彼に、聞き覚えのある声が幻聴として語り掛けてくる。

『残念でしたー。結局最後に笑うのはわたしさま達の方だったねー』
『言ったでしょう。まえ達にわたくし達を超える器は無いと。所詮、こうこくを崩すなど無理な話だったのですよ』

 二人の女、第三皇女・こまかみらんと第一皇女・かみせいの嘲笑がどうじようの脳内に響き渡っている。
 そしてそこにもう一人の男も加わった。

どうじようよ、なんじには理解出来んことかも知れんが、ちんを筆頭に皇族にとって死とは長い旅の終わりの様なものに過ぎん。あまたまと交わり、魂の不滅を知っているからだ。ひつきよう、死の恐怖とは断末魔と消滅に対する恐怖であり、前者は耐えれば良く、後者はゆうに過ぎんとなると、何を恐れることがあろうか。皇族にとって、誇り高き死などやすいことなのだ。国家のために生き、国家の為に死ぬ……これほどに愉快なことは他にあるまい。ちんは子女に等しくそう教えてきたつもりだ。皆、く理解してくれた』

 じんのうに至っては、どうじようの目の前に幻覚となって現れすらした。
 ひとえにそれは、彼のしようすいが狂気に転じたのだろう。

(ひ、ひろともォッ……!!)

 屈辱的だった。
 どうじようはずっと、じんのうを討つことがこうこくを転覆することにつながると信じていた。
 だがそれは、じんのうてのひらの上で踊らされた思い込みに過ぎなかったのだ。

ちんの目的はこうこくの存続、皇族による国家繁栄の恒久なること、これに尽きる。そして、えいが嫡子として生まれ来た時、その条件は一つに絞られた。なんじは見誤ったのだ。ちんは何にも増して、えいこうこくの絶対的擁護者とすべく働きかけてきた。その甲斐かいあって、えいこうこくへの愛着、日本民族への愛情は揺るぎ無いものとなり、こくたいは大盤石の重きに着いた。永きに亘るなんじらの革命遊びもはやこれまでだ』

 じんのうの言葉はどうじようの深層心理に深く強く共鳴している。
 すなわち、彼は自身の終わりが色濃くなっていく黒い絶望に包まれていた。
 どうにか覆そうと策を練ろうとするが、ばんさく尽きたとしか思えなかった。
 そんな彼に、かみは容赦無く告げる。

どうじようよ、あまり長く待ってはやれん。なれしんとざしてしまった今、それによって電力や衛生、治水……様々な国家の営みが失われ、臣民の生活や命さえも脅かしている。なれに対し大義を語る時間をたっぷりと与えてはやりたいが、話すつもりが無いならば他の者に語り手を委ねてもらう他あるまい」
「他の……者に……?」
「幸いなことに、この場にはまだなれの組織の幹部が残されている。その者達にもなれの遺志を語ることくらいは出来よう」

 かみは議場を見渡した。
 彼の言うとおり、議場にははつしゆうどうじようの他に四人残っている。
 わたりりんろうの戦意はせているが、はなたまいつきなわげんは依然として諦めておらず、かみの攻撃に備えて身構えている。

「一月か、二月程前だったか……。余はそこに居るしきしまや、もう一人の近衛侍女であるりゅういんから学んだことがある。はんぎやく者に情けを掛けてやるのは良いが、その為に善良な臣民の安全をないがしろにしてはならぬと。今ではあの時、しきしまが街中で余に襲い掛かった叛逆者の賊を容赦無く斬った行いは、次善として正しかったのだと納得出来る」
「うぐ……!」

 かみの視線が再びどうじように向いた。
 どうじようの心臓は早鐘を打ち、どうにもならない終着点に追い詰められた感覚が総毛立たせる。

どうじようよ、十秒だけ待とう。それで何も語らぬなら、致し方無いがなれのことをちゆうさつする。良いな?」

 かみどうじようの目の前に掌を突き付けた。
 十秒ったら容赦無くしんを解放し、どうじようを消し飛ばすつもりだろう。

「ヒ……ヒィィ……!」

 どうじようは目の前に突き付けられた死に震え上がった。
 終わる、終わってしまう、消えてしまう、滅んでしまう。
 絶望に激しく打ち付けられたどうじようの精神は、肉体の制御を完全に失ってしまった。
 そして……。

「ん?」

 かみは小さく首をかしげた。
 どうじようはあまりの恐怖から泡を吹いて気絶し、更には失禁してしまっていた。

「なんという醜態か、あわれな……」

 かみは大きな溜息を吐いた。

「せめて、さいまであらがった誇り高き朝敵として、その美名を後世に残すとしよう」

 しゆりようДデーことどうじようふとしいな、叛逆者・どうじようきみの命運も尽き果てた――この場の光景を目撃していた誰もがそう思った。
 だがその瞬間、突然どうじようの姿がこつぜんと消えた。
 彼だけではない。
 議場に居た他のはつしゆうなわわたりはなの三人も居なくなっている。

「ふむ……」

 かみの視線が議場に残された一人の叛逆者へ動いた。
 そこには一人、心細さに震える女装の男、はつしゆうの一人・いつきの姿があった。

「成程、なれの仕業か」

 いつきじゆつしきしんは、知っている顔の居場所へ自分や仲間を転移させるという能力だ。
 おおかみきばの面々が国会議事堂にあらわれたのは、彼が内閣総理大臣・づきれんろうの顔を思い浮かべて能力を行使ししたというからくりである。
 そして、彼らは万が一革命が失敗したときの為に逃げ道を用意していた。
 自分達の仲間をあらかじこうこくの外へ出しておけば、数人だけならば容易に国外逃亡出来るのである。

何処どこへ逃がした?」

 かみはゆっくりと宙を舞い、の目の前に降り立った。

「め、めいひのもとよ……。開戦の時の混乱に乗じて、仲間を渡らせておいたの……」
「そうか。しかし、なれは逃げなくても良かったのか?」

 は背後をいちべつし、かたんだ。
 既にしきしまや摂関家当主、二人の皇族が後ろを取っており、能力を使わなければ逃げられない。

「一度に転移させられる人数には限界があるの……。もうしゆりようДデーから皇族のしんを分けてもらえないから……。もうしばらく休めばまた能力を使えるから、逃がしてもらえると有難いんですけど……」
「それは駄目だ」

 かみ前にそびち、はるか頭上から見下ろしている。
 圧倒的体格差、力の差、立場の差――この先、に待ち受けている運命は火を見るより明らかだった。

「余は先程、叛逆の大義は幹部から聞けば良いと言った。なれに語ってもらえると有難いのだがな」
あたしは……」

 は一つ深呼吸した。
 最早逃れることは出来ない――そう悟った彼は覚悟の決まった眼差しでかみを見上げる。

あたしこうこくの貴族社会で強者、優秀男性様に散々もてあそばれ、性別すら奪われ、最底辺までとされた……。もう、言いなりは二度と嫌よ……」
「あいわかった。では最期に名をいておこう」

 かみの大きく力強い手がの額をわしづかみにした。
 の能力は触れたものも一緒に移動させる。
 これで彼が逃げられないことは確定したということだ。
 だが、既に死を覚悟した彼は最早揺るがなかった。

あたしは……いや、おれいつき! そうせんたいおおかみきばの最高幹部・はつしゆうが一人! そのおれがすんなり殺されてやりはしない! これでもらえ、『絶対強者』!!」

 は手に持った通電制御器リモコンを切り離し、電撃銃スタンガンとしてかみに向けて振るう。
 が、同時に額をつかんでいたかみの指がわずかに動いた。
 二人の皮膚は激しく擦れ合い、すさまじい摩擦熱を起こし、発火した。
 炎は電撃銃スタンガンの火花もあいってあっという間にの全身に広がり、断末魔の悲鳴と共に燃え上がった。

ごとだ、いつき……」

 かみは黒焦げになったの遺体から手を離した。
 きやしやだった彼は、元の服装も、顔立ちも、髪型も何も判別出来ない、一人の男性の焼死体と変わり果て、その場に倒れた。

なれこそは真のおとこであった。その勇姿、余は永久に心に刻むと約束しよう……」

 これをもつて、おおかみきばは全員が国会議事堂を去った。
 連合革命軍の雑兵も殺害済みで、残されているのはじようさそりしちようしゆう二人のみである。
 だが、その二人には最早はんらん継続の意思は無い。
 議会は解放され、叛逆者達の「真・八月革命」は実を結ぶことなく終結しようとしていた。
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