日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十二話『鎮圧』 破

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 こうこく国会議事堂からおおかみきばが去り、議員達は解放された。
 どうじようの能力は依然として継続しているため、三日間はしんの戻らない日々が続くが、かみえいしんが解禁された今、こうこくむしろ力強くよみがえるであろう。
 しかし、それでもこの場の者達は浮かない表情を並べていた。
 自身の無事を素直に喜べない、といった空気がまんえんしていた。

 理由は二つある。

 一つは、じんのうを筆頭とする三人の皇族の死である。
 じんのうこうこくにとって、正統なる君主としてさんだつ者の絶望的な統治から臣民を解放すべく、自身を迫害した国に戻ってきた有難き聖人であり、超常的な力の根源として今日の栄光を築き上げてきた偉大なる英雄であった。
 また、彼は子女に品格ある生き方を諭しており、若いながら子女もまたそれに応え続けたと思われている。
 じんのうも二人の皇女も、こうこく中から広く敬愛を集めていた。
 彼らがうしなわれたことはかなしみの極みであろう。

じんのう……陛下……」

 摂関家当主の一人、女公爵・とおどうあやは小さな体を震わせ、両目から大粒の涙をこぼしていた。
 とりけ彼女はじんのうに対して並々ならぬ思い入れがあり、筆舌に尽くし難い感情があふているのだろう。
 とおどうはそれで精一杯で、他のことに思い煩わされている場合では無い、と言った様子だ。

きりんねえさま……」

 第三皇子・みずちかみけんは父の死だけでなく、第一皇女・かみせいに対してももくとうし、強い哀悼の意をささげていた。
 みずちかみかみからの覚えが一際良く、幼い頃から非常にわいがってもらっていた。
 身勝手な振る舞いに思うところはあったろうが、それでも掛け替えのない家族に変わりなかった。
 それは第二皇女・たつかみもまた同じおもいであろう。

らん……」

 加えて、第三皇女・こまかみらんの死も二人の心に影を落とす。
 一番下の妹である彼女は、それ故に皇族皆から可愛がられており、彼女も兄姉をよく慕っていた。
 にする様な軽口をたたくことがあったのも、一種の愛情表現だったのだろう。
 まだ十六歳の彼女まで犠牲になったことは、実に傷ましい結果である。

 だがもう一つ、この場の者達には重大な懸念があった。
 それは圧倒的な力ではんぎやく者を鎮圧し、この場を解放した第一皇子・かみえいである。

「全世界に知らしめてしまった……。天空上映で、叛逆者鎮圧の様子を……」

 事態が収束を迎え、冷静になって冷や汗をいているのは内閣総理大臣・づきれんろうである。
 端から見て、かみが七曜衆や連合革命軍のぞうひよう、そしていつきに対して行ったのは一方的な虐殺と見られても何ら不自然ではない。
 治安部隊ならまだしも、彼は次期じんのう、明日の国家元首である。
 そのかみえいさつりく者の印象が根付いてしまうのは、国家の体面上あまりにもまず過ぎる。

 懸念はそれだけではない。
 恐ろしいのは、かみの心の切り替えや重大な決断があまりにも早過ぎるということだ。
 彼は父や肉親の死に際してもほとんど悲しむ素振りを見せず、実質的に命を奪った賊と独り善がりな論理で対話を試みさえした。
 そしてそれが不可能とすや、相手を殺害することに一切のためいを見せなかった。

 大丈夫なのか、このかたの双肩にこうこくの未来を託しても――政治のことを少しでも考える者は、こうこくの未来に強い不安を感じずにはいられまい。
 強固な貴族社会という側面が強く、忘れられているかも知れないが、こうこくは立憲君主制をく民主主義国家なのである。

 そんな周囲の者達のうれいも露知らぬといった様子で、かみる二人のもとへ歩み寄る。

なれら二人は叛逆者一味だな?」

 議場にはじようさそりしちようしゆうからくさみつろうつくが残されている。
 二人は議員達と共に壁際に並ばされていた。
 他の者達との微妙な距離感、議員とも貴族とも異なる空気感から、彼らの立場はおおよそ見当が付く。

「ああ。じようさそりしちようしゆうが一人、くさみつろうだ」
「同じく、つく貴方あなたの父親をこの場へ連れて来たのはぼく達だ」
「このままさんの様にちゆうさつするならそうしてくれ」
「右に同じ。今更見逃してくれと懇願するつもりは無いさ」

 二人にははや抵抗の意思など無かった。
 彼らはじんのうへ連行する途中、対話を通じて感化されていた。
 それでどうじように異を唱えたことで、裏切り者として処刑を待つ身となったのだ。
 どの道死を待つばかりだった二人は、既に己の運命をれていた。

「まあ、そう早まることもあるまい」

 かみは仰々しく両腕をひろげた。

「議員達と同じく並ばされていたこと、の能力で移動していないことから、なれらの立場は見当が付く。己の在り方を悔いたというならばそれに報いてやるのが仁義というものだ」

 くさつくはきょとんとした表情を浮かべている。
 かみの言葉は、先程の容赦の無い裁断とは打って変わって穏健なものだった。
 叛逆者を確定死罪に処すこうこくの方針としては不適当な程に。

おれ達は国家への叛逆をくわだてた一味だ。その過去は変わらない」
貴方あなたは先程、ぼく達の罪は死刑か誅殺しか無いとおつしやっていたはずだが?」
なれらの場合はいささか事情が異なる」

 かみわずかの間、何かを思い悩む様に眉根を寄せた後、すぐにほおを緩めて笑顔を花咲かせた。
 それはまるで、何か素晴らしい案を思い付いたかの様な表情の変化であった。

「そうか、そうだったのだ。こうこくいて『叛逆者は確定死罪』というのは、前々から随分と無情に過ぎると思っていた。崇高なる徳を持つ慈悲深き父上と、和の心を持つ情け深き日本人の作った制度として、違和感を禁じ得なかった。だが、これはそういうことだったのだ。『叛逆者は確定死罪』、すなわち、叛逆者でなくなった者は恩赦しても良いのだ」

 かみが突然打ち上げた解釈に、議場からはどよめきが上がった。

「成程成程、かねてより『何も殺すことは無い』とは思っていた。『叛逆者・はた』のことも『近衛侍女・しきしま』として生まれ変わらせて側に置いた。今考えると、余は初めからそういうつもりだったのだ。点と点が線でつながったぞ」

 一人うなずいて謎の納得をしているかみだったが、議員達はそれどころではなかった。
 特に、内閣総理大臣のづきは慌てた様子で「天空上映を止めさせろ」と怒号を飛ばす。
 次期じんのうがこのような調子であることは、ある意味で先程の衝撃的な誅殺の様子よりも世界に示したくはない。
 それに、彼の解釈がいまなおこうこく全土で巻き起こっている連合革命軍暴動と鎮圧の現場に届いたとしたら、両陣営からどう思われるだろうか。

「良し、余は決めたぞ!」

 そんな周囲の混乱を尻目に、かみは高々と腕を上げる。

「今この時より三日間、自ら投降した叛逆者に対しては余の即位に伴う恩赦を約束しよう! 死刑のみの国家はんぎやくざいではなく、より軽い罪で済ませるのだ!」
「お、お待ちください!!」

 づきたまらず、かみの許へと息を切らせながら駆け寄った。

「その様なことをこの場で宣言なさると、現場のとうそつと社会の法秩序がいちじるしく乱れます!」

 議員や貴族達はおびえて真青まっさおになった。
 かみえいを怒らせてはならない、敵に回してはならないというのは、こうこく上流階級の常識である。
 彼にかんげんした結果どうなるかは、考えただけでも恐ろしいのだ。
 づきはよく勇気を出したと言える。

 滝の様な汗がづきの額から頬を伝い、顎から首筋に流れる。
 かたを飲む彼の頭には間違い無く死がよぎっているだろう。

「確かに、それは困るな」

 意外にも、かみは物分かりが良かった。

「では、誠に遺憾だがやめるか……。この二人もせつかくわかってくれたのだから、どうにかしてそれに報いてやりたかったのだが……」

 づきの顔はますますそうはくになった。
 これではづきかみを望まず翻意させた形になってしまう。
 また、次期じんのうたる者がこうも軽々しく言ったことを撤回してしまうのも、すこぶる悪印象である。
 図らずも、づきは二重の意味で次期じんのうおとしめたことになる。

 おそらく、かみに悪意は無い。
 だが、君主が備えるべき思慮深さにも欠けている。

「畏れながら、かみ様」

 その時、第二皇女・たつかみの侍従であるかいいんありきよが本会議場に入場し、かみに申し出てきた。
 彼は臣籍降下した元皇族の出で現在の皇族とも家族ぐるみの付き合いがあり、そしてかみに対しても恐れず物を言える数少ない人物だ。

すめらみことに特赦の大権が定められていたのはしん憲法の話です。現在のこうこくに於いて、じんのうや皇族は憲法上・法規上に定められた存在では御座いません。仮に特赦が成されるとすれば、内閣による超法規的措置が必要となり、現実的ではないのです」
「ふぅむ、成程……」

 かいいんかつて、かみのことを「対話が出来る人物」「無理を言う人物ではない」と評している。
 実際、かみは引き下がっている。

「ではづきよ、なれには内閣総理大臣としてせる範囲で、余の願いを聞いてほしい」
「は、ははっ。このづきの力で出来ることでしたら、誠心誠意御奉公いたしましょう。何なりとお申し付けください」
「なに、そうかしこまらずとも良い」

 かみは両腕を開け、肩の力を抜くように促している。

「言うまでも無いことだが、今のこうこくは大変な状況にある。ずは一刻も早くはんらんを鎮め、破壊された国土を復興し、臣民の生活に日常を取り戻さなければならぬ」
「はは、無論、心得ております」
「うむ。そこでなれに願いたいのだが、このの事態に全臣民が心を一つにして全力を傾けるようなれから政府として働きかけ、またその意志が遺憾なく復興に繋がるよう、なれが主導して統制を確固たるものとしてもらいたいのだ」

 づきどうもくした。
 なら今の言葉は、づきとして心強いものだったからだ。
 次期じんのうが復興に国家として注力し、余計な色気を極力出さないように願っている。
 これはづきにとって非常に好都合なことだった。

「そうなりますと……当分はめいひのもとに軍を差し向けている場合ではありませんな……」
「かも知れんな。基より、日本人同士で争うというのは哀しいことだ」
「新たなるじんのう陛下は……そうのぞみですか……」
「うむ」

 づきは元々、開戦に対しては慎重派だったのうじょうづきの意向を受けた外務大臣であった。
 つまり、前総理のふみあきが開戦に踏み切ったことを苦々しく思っていたのだ。

「畏まりました。このづき、陛下のこころのままに……」

 づきは深々とかみに頭を下げた。
 くして、こうこくの長い長い一日が終わろうとしていた。
 じんのうが代替わりし、こうこくの新しい時代が始まる。
 そしてそれは、戦争の相手である日本国にとっても極めて大きな転換点であった。
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