日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十二話『鎮圧』 急

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 天空上映が終了し、世界の空は平常を取り戻した。
 じんのうの崩御から皇太子による連合革命軍鎮圧まで、こうこく国会議事堂で起きた出来事は、世界中が目の当たりにすることとなった。

 ハワイ時間、八月十四日夜。
 パールハーバー・ヒッカム統合基地に残っていたさきもりわたるは、おくがいで複雑な思いを抱えながら夜空を見上げ、事のてんまつを見届けた。
 数時間った今も、凄惨な光景は目に焼き付いている。

様、無事で良かった……)

 ず何より、大恩人である第二皇女・たつかみおおかみきばに殺されてしまうという結末にならずに済んだことにはあんしていた。
 あれだけ世話になったはたに命を狙われた後である、おそらくは彼女も今や自分のことを快く思ってはいまい。
 だがそれでも、わたるが抱いているたつかみへの好意や感謝には一分の揺るぎも無い。
 今でも変わらず、彼女らの未来が平穏無事と幸福があるように願っている。

さきもりさん、に居たのか」

 背後からとよなかたいよう一尉が声を掛けてきた。

「たった今、うめ一佐から連絡があった。貴方あなたには明日にも米国本土へ向けて出発し、日本国へ帰国していただくように、とのことだ」
「どういうことですか?」
「なんでも、さきもりさんには国防活動からは一旦離れ、新たな任務として国内の治安維持活動に向かってほしいと、特別警察から要請があったらしい。作戦開始時と状況が大きく変わったし、自衛隊としてもその方がが良いと、統合幕僚長も了承したようだ」

 確かに、そう言われるとそのとおりだ。
 そもそも、わたるが今ハワイで待機しているのは、こうこく首都とうきように上陸してじんのうの身柄を確保するという作戦をいつでも再開出来るように、という備えである。
 だがしかし、たった今までの革命動乱の中で、しんを失った先代じんのうが崩御し、万全な状態の次期じんのうに代替わりすることになった。
 こうなればはや、作戦そのものに見込みが無くなったと言える。

「明日は三尉が同行する。我々は残ったちようきゆうを本国に送り届けなくてはならないからな」
「そうですか……」

 やはり、作戦は完全に終了するのだ。
 わたるはふと一つの気掛かりが出来た。

「あの、カムヤマトイワレヒコのなおだまは?」
なおだまが残されている以上、機体を再生させればまた戦力投入出来るだろう。しかし、今の我々のしんでは一切の部品も無い状態で元に戻すのは困難を極める。戦線復帰は絶望的と言わざるを得ない。とはいえ、あの中には貴方あなたが残した戦闘データが入っているから、スイゼイと一緒に本国へ送り届けることになる」
「そうですか……。良かった……」

 わたるは不思議な感情を抱いた。
 明らかに、カムヤマトイワレヒコが捨てられるという判断をされなくてほっとしている。
 わたるにとって、この一箇月間共に戦ったカムヤマトイワレヒコは単なる愛機以上のものになっていたのだ。
 強大な敵を相手に力を尽くし、最後まで自分を守り抜いてくれた仲間だった。

貴方あなたの戦闘データは今後開発されるシキツヒコ後継機に役立てられるだろう」
「お役に立てて何よりです」
「もう充分、役に立つどころではない貢献をいただいているがな」

 わたるとよなかは二人顔を見合わせてほほみ合った。
 二人の間にもまた、戦友としての確かなきずなが芽生えていた。

「さて、今日はもう寝た方が良い。明日早いからな」
「ええ、そうします」

 わたるは背を向け、部屋へ戻ろうとする。
 そんな彼の去り際に、とよなかが最後に一言声を掛けてきた。

さきもりさん」

 わたるは振り向いた。

さきもりわたる特別警察官殿、これまでの多大なるきようりよく、誠に感謝いたします! どうもありがとうございました!」
「はい。こちらこそ、お世話になりました!」

 とよなかの絵になる敬礼に、わたるようで応えた。
 再び背を向けるわたるは、明日から新しい任務に就く。
 ひとず、わたるは一旦戦場から生きて帰ることになる。

こと、約束は守ったぞ)

 わたるは日本で待つ恋人・うることの顔を思い浮かべた。
 だがどういうわけか、彼女は面白くなさそうに仏頂面を浮かべている。

(ごめんて、こと……)

 わたるにはその理由を察している。
 こうこくで起きた革命動乱、その結末にわたるは、たつかみの無事に対する安堵ともう一つ、墓場まで持っていかなければならない喪失感を抱えているのだ。

(あのひと、死んだんだな……。かみせいが……)

 つい先日、わたるが死闘を演じ、カムヤマトイワレヒコを失うことになった相手、第一皇女・かみせい
 わたるは彼女との死別を惜しんでいた。

(強引で、傲慢で、強者の論理を徹底的に内面化した様なひとだった。日本にとって、敵対するしかない権威主義のごんだった。でもぼくは、決してあのひとのことが嫌いではなかった。ぼくこうこく臣民に生まれていて、ことに出会わず、あのひとに見初められたとしたら、ぼくは身もこころも喜んでささげただろう……、あのひとちようあいを受けられるなら、愛玩具になるのは光栄に思っただろう……)

 わたるの中のことますます顔をしかめる。
 ごみを見る様な、心底からの軽蔑の視線を刺してきている。

わかってるって。きみの代わりになりはしないよ)

 潮の香りを載せた夜風がわたるに吹付ける。
 夏とは思えない程冷たく感じるのは、わたるの負い目がそうさせるのだろうか。

(だが、別れくらい告げさせてくれないか)

 わたるは夜空を見上げた。

「さようなら、かみせい。どうか安らかに……」

 闇の中、星々がきらめく。
 その中で、光の筋が駆けた。
 一つ、また一つ。
 そして、最後にもう一つ、特大の流れ星が闇の中へと消えていった。



    ⦿⦿⦿



 連合革命軍はその後も各地で抵抗を続けたが、音頭を取ったそうせんたいおおかみきばが国会議事堂から逃亡する姿を見せ付けられては戦意を維持することは難しく、次第に劣勢が決定的となっていった。
 どうじようじゆつしきしんが効力を失い、貴族や国防軍にしんが戻る八月十八日には、はんらんは最早残党狩りの様相を呈していた。

 そんな中、東北地方はあおもり州にいて、一般市民が連合革命軍を追い回すという珍事が繰り広げられていた。
 そうせんたいおおかみきばは地域密着型のはんぎやく組織をひようぼうし、地方自治体を乗っ取ることで勢力圏を維持していたが、裏を返せば乗っ取りの際に犠牲にされた民衆からは殊更に強い恨みを買っていたのだ。

「はぁ、はぁ、ひぃぃっ……!!」

 舗装されていない山道を、数人の賊が走っていた。
 彼らの背後からは怒号が聞こえている。

「叛逆者を探せ!」
「見つけ出して華族様に差し出し、賞金をもらうんだ!」
「無理に生け捕りはしなくて良いって話だからな。殺しちまった方が早えよな!」

 わめてている上になまっておりく聞きとれないが、大体このような内容のことが何となく察せられる。

「畜生! あいつら、貴族や軍よりちやちやしやがる!」

 おおかみきばぞうひようはすっかりおびえていた。
 とうそつの取れていない素人の暴力は、軍や警察よりもはるかに残酷で恐ろしい。
 彼らの仲間は既に何人も凄惨な殺され方をしていた。

「軍の宿営は何処どこだ?」
「知るかよ!」
「なんでこの地域に限って軍や警察がほとんど見付からねえんだよ!」
おれ達がそうしたんだよ!」

 雑兵達の目的は、自主的に国の治安組織へ投降することだった。
 この三日間で、連合革命軍の間にあるうわさが流れている。
 内閣は新じんのうかみえいの意向を受け、投降者に特赦の措置を執るという噂だ。
 望みを失い、死の危機に直面している彼らがすがれるのは、たいてんの敵であるはずの皇族が打ち上げた放言に関する根拠不明の話しか残されていないのだ。

かく、鎮圧に出て来ている国防軍の宿営を探すんだ」
いぬ共や華族の私兵に見付からないよう気を付けないとな」

 そんな雑兵達が頼みの綱の軍を探していると、物陰から草をける男が聞こえてきた。
 彼らは敏感にそれを察知し、警戒態勢を取る。
 まさか、市民に回り込まれたのか。
 茂みから出てくる相手の顔によっては一巻の終わりである。

「貴様ら、賊か?」

 茂みの中から四人の青年将校が現れた。
 おおかみきばの雑兵達のに希望の光がともる。

「た、助かった!」
「兵隊さん、おれ達、投降したいんだ!」
「だから、だから助けてくれ!」

 青年将校達は口を固く結んだまま答えない。
 それどころか、一人が何も言わないまま軍刀に手を掛けた。

「なっ!?」

 軍刀が翻り、斬殺された賊の一人が胸から激しく血を噴き出して倒れ伏した。

「敵に情けを掛けられることを期待して自らくだるとは、どうかくなり
「な、何を言って……!」
「我ら『こうどうしゆとう』、じんのう陛下にあだなす者に掛ける情けなど一片たりとも持ち合わせておらぬ」

 こうどうしゆとう――その名を聞いて賊達は真青になった。
 それはこうこくで最も有名な極右の過激派政治団体である。
 愛国的な新華族と、血の気が多く国家主義的な下級士族出身の軍人からなる団体で、核たる思想に強烈なじんのう崇拝を掲げており、既存の政治を嫌って武力政変をくわだてているという噂すらある。

せりざわ、後の二人はおれ達にやらせてくれ」
「良いだろう、やまなみとうにいは一人斬った訳だからな」
「ま、待ってくれ!」

 軍刀に手を掛けた二人の青年将校を、賊達は慌てて制止する。

貴方アンタ達、次期じんのうことを聞いていなかったのか? おれ達は恩赦を受ける資格がある筈だ!」
「今日であの日から丁度三日目、締め切りはまだ過ぎていない!」

 お前達はじんのうの意向に背いている――そう訴えることで、賊達は生き残りの活路を開こうとした。
 だが、それは逆効果であった。

「貴様らが如き薄汚い破落戸ごろつきが陛下のおおこころかたるな!」
「貴様らが陛下の聖なるあずかってはすめらみことていとくが汚れるわ!」

 二人の刃がひらめき、残る賊も斬って捨てられた。

せりざわよ、これはいかんな」
「ああ、実に悩ましい」

 青年将校達は刃の血を拭き取る。

「新じんのう陛下はあまりにも心優しくあらせられる。天壌無窮の帝徳は日本民族にとって至上のぎようこうだが、君側のかんそばに入り込む隙ともなろう。これは良くないな」
「一層、我らが陛下の御側に目を光らせ、いつでものぞけるように備えておかなくては」

 過激派だけあって、彼らの思惑はなんとも物騒である。
 そんな中、リーダー格の男が話題を変える。

「だが、良いしらせもある。新じんのう陛下は国のかじりに大いなる意欲をお持ちだ。これは御父君とは違う。先帝陛下には先帝陛下の深遠なるしんりょがおありだったのだろうが、一方それは無能で強欲でことなかしゆで拝金主義の政治屋共がばつする元ともなってしまった」
「しかし新しい陛下の下ならば、やつらを一掃する機も巡ってこよう」
「それについては、既にあら総裁が動いているとのことだ」

 本当に良い知らせだったのだろう、青年将校達の口元が初めて緩んだ。

「皆、我らの理想国家を築く維新の時は近いぞ。じんのう陛下の帝徳とが隅々まで行き渡り、全ての臣民が誇りと幸福に満ちた正しい世界がやってくるのだ」

 こうどうしゆとうの青年将校達は不穏な風を残してその場を歩き去って行った。
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