日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第三章『争乱篇』

第七十三話『厭戦』 破

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 日本国は国会議員会館、すめらぎかな事務所。
 その主たる彼女は今、こうこくで起きた一連の動きに心からあんしていた。

「た、助かった……。く行った……」

 この日、日本国内閣総理大臣・しばかずの元に米国はホワイトハウスからホットラインがつながった。
 どうやらこうこくづきれんろうが停戦交渉を望んでいるとのことだ。
 そのしらせを受けたすめらぎあんかんから椅子の上で腰を抜かしてしまったのだ。

「だ、大丈夫ですか、先生?」

 彼女の秘書・ばんどうあけが心配して声を掛ける。
 すめらぎこれほど情けない姿を人に見せたのは全く初めてのことだった。
 すめらぎは姿勢を正し、椅子にすわり直した。

すがに、この一週間は生きた心地がしなかったわ。きもりの作戦に失敗して、最後に取っておいたいちばちかの賭けに望みを繋ぐ羽目になるなんてね……」

 すめらぎこうこくと開戦した当初から万が一の時のために布石を打っていた。
 基より、この戦争が極めて厳しいものになることを予見していた彼女は、かのタイミングでこうこく内のはんぎやく勢力が動き出すことに賭けて過剰な戦果をけんでんしていたのだ。
 初手でこうこくを支える根幹であるじんのうが伏せっていたのは彼らにとって絶好の機会のはずだ。
 そこへ日本国の快進撃、即ちこうこくの危機的情報を与えることで、国内での蜂起を促し続けていた、という訳だ。

「しかし、随分とギリギリのタイミングで動きましたね」
「そうね……。あれで動いてくれなかったらどんどん望み薄になるところだったわ。全く、心臓に悪いったらありゃしない……」

 実際にはすめらぎが戦果を誇張していたことなどそうせんたいおおかみきばはお見通しだった訳で、その上で最大級にこうこくが追い込まれたタイミングを計った結果ああなったのである。
 もつとも、結果的には彼女の思惑通りに行ったことは間違い無いだろう。

 だが、そんな彼女も一つ失敗と認めざるを得ない事も起きていた。
 そうせんたいおおかみきばは革命に失敗した――そこまでは想定の範囲内だが、失敗して逃亡してしまったのは予想外だった。
 しかもその逃亡先は日本国である。

「で、今度はその恩人達を日本で始末すると、そう言う訳ですか」
「当たり前じゃない。そもそやつらは日本国民にも危害を加えるような連中よ。そんなていやから、歓迎する理由なんてじんも無いわ」
「それはそうですけど、まだあの拉致被害者の皆さんに命懸けの戦いをさせるんですね」
「別に彼らA班じゃなくて元じんかいのB班を使っても良いのだけれど、彼らには貴女あなたが連絡してくれるんでしょうね?」
「いえ、やはりここは信用の置けるA班にお願いしましょう!」

 現在、しんに絡んだ有事に対処する組織として設けられた特別警察特殊防衛課はさきもりわたる達拉致被害者から成るA班と元じんかいの構成員から成るB班がある。
 そしてじんかいを組み込む際、説得に行かされたのがばんどうなのだが、一秘密政治結社のじんかいが国の管理下に置かれるこの措置には先方の反発もあり、難しい交渉だった。
 そんな経緯から、ばんどうはB班にすっかり苦手意識を抱いてしまっていた。

「ま、ずみさんを一足先にお帰し出来たのは良かったかも知れないですね」
「そうね。彼女のことだから、口には出さないまでも反感を抱くのは必至でしょう。あまり我々への不信感をめ過ぎると後が怖いわ……」
「それもありますけど、もう一つ……」

 首をかしげるすめらぎに、ばんどうは直近で入った一つの情報を告げた。
 それを聞いたすめらぎは目を見開き、そして口角を上げた。
 それは普段の何かをたくらむ様な笑みではなく、一つの朗報に心から喜んでいるような、そんな一切のよどみも無い笑みだった。

「随分うれしそうですね、先生」
「当然でしょ。わたくしを何だと思っているの?」
「ま、それもそうですね」

 ばんどうは珍しいすめらぎの様子に笑みをこぼした。
 一方ですめらぎはずっと張っていた気が抜けたのか、再び椅子にもたかって天を仰ぐ。

「お疲れですね」
「そうね。これから総理と停戦協定の打ち合わせがあるわ。じっぷんしたら起こして頂戴」

 すめらぎは両目を閉じた。
 彼女は開戦以来、ほとんど休む間もなく働き続けている。
 睡眠も、このような隙間時間を見付けては分単位で小まめに取っているという有様だ。

「そういえば、近く選挙なのに全然辻立ち出来てないわね……」
「そうですね。まあ先生はずっとこうこくとの戦いで働き詰めですし、仕方ないですよ」
「これが落ち着いたら色々と回らないと……」

 実は日本国は衆議院選挙を一週間後の日曜日に控えている。
 こういう危機に遭っては、通常内閣の支持率は上がるが今回はそう単純ではない。
 しば政権は元々選挙に弱く、その上野党や有権者の声を無視した強引なやり方でこうこくとの戦いに備えた法制度を整備してきた為、メディアにかなり集中攻撃を食らっていて、総辞職に追い込まれる瀬戸際だったのだ。
 実態としては、戦争になったが為にどうにか延命した政権、と言うのが正しい評価だ。

しば総理は……正直もう駄目ね……。その後の総裁選で……わたくしが……」

 すめらぎつか、ほんの束の間の眠りに就いた。



    ⦿⦿⦿



 翌日、八月二十二日、昼。

 こうこく殿でん公爵邸では華族でも最高の名家である摂関家の当主達が集まっていた。
 会を開いたのは、姉の殿でんふしに代わり新たな殿でん家当主となった公爵・殿でんふるなりだ。
 はかま姿すがたの、まさしく日本の伝統衣装を身にまとったその姿は、物静かで知的で厳格な成年といった様相である。
 尤も、この男も摂関家当主の例に漏れず既に相当の高齢で、この場の誰よりも年長の九十八歳である。

「遠路はるばるよくお越し頂いた、きのえきようとおどう卿、どう卿」

 和室で一つの卓を囲むは同じ摂関家当主の公爵、きのえくろとおどうあやどうあきつらである。
 おおかみきばから解放され、しんを取り戻した四人は二つの重大な議題について話し合う為に集まったのだ。

 鹿ししおどしが軽快な音を鳴らし、にもな和風邸宅の趣を醸し出している。
 殿でんがこのような趣味なのは、洋風趣味だった姉への反骨心から来ていた。
 殿でんふるなりにとって、殿でんふしは長年目の上のこぶだった。

て、早速本題に入ろう。先日のはんらんいて、連合革命軍を勢いづかせたのは旧いちどう領及び旧たかつがい領の陥落だった。やはりが宙に浮いてしまっている現状はこうこくの存亡に関わる。そこで、現在の摂関家から新たにいちどう家とたかつがい家の当主を選出し、空白となった権限を引き継がせるのが急務であるとそれがしは思う」

 摂関家は元々六家あったが、そのうちいちどう家とたかつがい家はきのえ家の先代当主・きのえくろの企みによって拉致被害者を亡き者にしようとした際に死亡してしまっており、以来嫡流が絶えている状態である。
 これによって華族最高位の名家が弱体化したことが革命動乱の遠因になったと、殿でんは問題視しているのだ。
 そしてその意識は他の三人もおおむね同じだった。

「ふむ、きのえ家としては異論は無い。たかつがい家は元々きのえ流から分かれているから、次弟のくろたかつがい家を継がせよう」
「それが良かろう。ではいちどう家は我がとおどう家からおい稿わら麿まろを継がせよう」
「何と。良いのですか、とおどう卿? 稿わら麿まろ殿は将来的にとおどう家を継ぐ筈だったのでは?」

 どうが驚いたのも無理は無い。
 とおどう家は稿わら麿まろを出してしまえば家を継ぐ者が居なくなるのだ。
 いや、正確には稿わら麿まろの息子が居るが、若さに大きな懸念がある。

「それは問題無い。我に一つ考えがあっての。ここは一つ、我の意をんでくれんか?」
とおどう卿がそうおつしやるなら……」

 どうに落ちないといった様子だが、とおどうに考えがあるというのならば大丈夫なのだろう。
 この場は一旦、結論に辿たどいた。

「では、本題に移ろうか」

 殿でんが話題を変える。
 基より、摂関家の後継者問題はこの後に話し合う内容の前座の様なものとこの場の全員が理解していた。
 四人にとって腹に据えかねているのは、抑もがこの後継者問題を生む切掛となった連中の始末がいまだに付いていないことである。

「知ってのとおり、おおかみきばめいひのもとへ逃亡した。どうじようふとしの正体があのどうじようきみだとすると、なおも革命を諦めはしないだろう。それがしにはあの男がわかる……」

 殿でんは忌々し気に目を細めた。
 彼の姉である殿でんふしはヤシマ人民民主主義共和国の時代、どうじようの広告塔として積極的に協力し、多くの反動勢力の粛正に手を貸してきた過去がある。
 尤も彼女だけが悪い訳ではなく、元はといえば殿でん家そのものがしん維新政府を裏切ったことこそ最初の罪であった。
 現当主・殿でんふるなりはそんな殿でん家の過去を苦々しく思っているのだ。

どうじようという男は蛇の様に執念深い男だ。あの男を生かしておくのは危険だ。潜伏先がこうこくであれ、めいひのもとであれ、日本民族に災いを成そうとするに違いない。たたつぶさねばならぬ」
「しかし殿でん卿、奴らがめいひのもとに逃げてしまった以上、そう簡単に手出しは出来ませんぞ? 戦力を差し向けるとなると、停戦を望む新しいじんのう陛下に背くことになる」
どう卿の懸念はご尤も、しかしアカ共を放置は出来まい」
とおどう卿の仰るとおり。我々としても、いままでは終われんしな……」
「ではどうするというのです、きのえ卿?」
「御安心なされよ、さんかたそれがしに考えがある」

 殿でんの両目が鋭い光を帯びた。
 元々この会を設けたのは殿でんである。
 彼は自らの腹案を他の三人に告げる腹積もりだったのだ。

たびの戦争でわかったことだが、めいひのもとにもしんを扱う戦士の集団が存在する。少佐の侵攻時に隊と戦ったのはその者達だった。おそらく、逃げ込んだおおかみきばに対処することになるのもな」
「あの者達、であろうな……」

 とおどうどうの目が合った。
 この二人はきのえ家先代当主の口車に乗せられて拉致被害者と戦っている。
 もし彼らがその戦士達ならば戦力としては充分だろうと思われる。

「気に入らん連中ですがね」
「あれに関しては我らが全面的に悪いぞよ、どう卿」
「我が父の不始末、か……」

 きのえもまた苦い顔をしていた。
 結果として、父が自害する切掛となった一件である、何も思わないではいられまい。

「しかし、あまり面白い話ではないな。こうこくが出した不逞集団の後始末をめいひのもとに任せては、借りを作ってしまう」
ようきのえ卿の言うとおり」

 殿でんが腕を組んでうなずいた。

「だから、その討伐に我々からも戦力を送り、めいひのもととの協力体制でおおかみきばを討伐するのだ。共通の敵を前に関係を築けば、停戦に向けての良い弾みとなろう」
「しかし、そう上手く行きますかな? 敵国から送られた戦力を簡単には信用すまい」
「戦力ではない、和平交渉特使だ。表向きはな。それに、名目上はめいひのもとの管理下に置かれることになるだろう」

 殿でんは手をたたいた。
 すると、三人の人影が素早く庭に飛び出して縁側の傍らに整列した。
 それはうらわかき三人の乙女だった。

ごとたいさばきだ……。殿でん卿、この娘達は?」
それがしが先日雇い入れた三人の新華族令嬢だ。皆、自己紹介なさい」

 殿でんに促され、三人の乙女達が前に出る。

「お初に御目に掛かりますわ、摂関家当主の皆様方。わたしびゆまん子爵家の一人娘、びゆまんれいと申します。以後、お見知りおきを」

 背の高い金髪へきがんの令嬢がうやうやしく頭を下げた。
 色白で目鼻立ちがはっきりしており、何処か異国情緒を感じさせる美女である。
 そんな彼女に続き、小柄で黒い衣装を身に着けた少女が軽く頭を下げる。

ひらつじ子爵家長女、ひらつじ。何なりとお申し付けを」

 陰気さを纏っただるげな少女だ。
 猫の縫い包みを抱えており、見た目以上に幼い印象を与える。

「そしてわたしがっっ……!」

 突如、三人目の乙女が拳法の演武を見せ始めた。
 素晴らしい体の切れから他の二人以上にただならぬ実力をうかがわせる。
 だが、他の二人は曲がりなりにも良家の淑女や溺愛された少女といった、にも貴族といったちであるのに対し、彼女だけは何故なぜか胴着にスパッツという異様に場違いな格好をしている。

「新華族令嬢さんがらすを束ねる伯爵令嬢! 全国高等學校武術大会三連覇! ごくですっ!」

 い沈黙が流れた。
 だが等の彼女は踏ん反り返り、尚も自分を誇示していた。
 殿でんが恥じ入る様にせきばらいする。

「ま、まあこのような者達だが、実力は本物だ。彼女達を和平交渉特使の名目でめいひのもとに派遣し、おおかみきば討伐に協力させるのだ」
「大丈夫か、殿でん卿?」
「心配無用。向こうで振る舞いを指導してくれる当てもある」

 殿でんはそう言いながらも、三人娘からは白地あからさまに目を背けている。
 一人、明らかにおかしな者が混ざっているだけでひとまとめにされる他の二人はやや気の毒かも知れない。

めいひのもとの民の言うことを聞く玉か?」
「いやいや、そうではない。現在向こうには一人、こうこく貴族の令嬢が捕虜としてとらわれているのだ」

 殿でんの言葉に、他の三人は一人の人物を思い浮かべた。

はたか!」
「うむ。彼女は捕虜になっているとはいえ、向こうの人間には恩も売っておる。彼女を和平交渉特使とし、三名はその助手として派遣するのだ」

 日本国とこうこくの関係は新たな局面へ向けて動き出しており、その先手はこうこく側が打とうとしているようだ。
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