日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
242 / 315
第三章『争乱篇』

第七十三話『厭戦』 急

しおりを挟む
 同日夜、日本国は東京のとあるビジネスホテル。
 比較的大きな一室に、数人の男女が集まっていた。
 二箇月程、このホテルは国が貸し切りにして、とある帰還の事務局として使用されている。

「今日、集まってもらったのは他でもない」

 きゆうが腕を組んだまま切り出した。

「知ってのとおり一週間前、こうこくで革命動乱が起きた。今や敵国ではあるが、連合革命軍を名乗る暴徒によって多くの罪の無い一般市民が犠牲になった、傷ましい事件だった。はんらんは新しくじんのうになったかみえいによって鎮圧されたが、主犯であったそうせんたいおおかみきばは我が国へと逃げ込んだという」
「顔を知る人間のもとに送り込む能力を使ったと、殺された彼は言っていたわね……」

 まゆづきが推察する。

「つまり、椿つばきようわたし達を帰国させてくれたのはこれが狙いだったという訳ね……」
「ったく、そういうことだったのかよ……」

 あぶしんは珍しく厳しい表情を浮かべていた。
 おそらく、自分達を助けた椿つばきように対して期待していたところがあったのだろう。

「いつの間にか居なくなったと思ったら、まだ何かたくらんでるのか。心配して損したぜ」
あぶ、心配してたのか……」

 わたるとて、何も思わないではない。
 椿つばきようと、彼女の弟であるどうじょうかげがいなければ帰国出来なかったのは事実である。
 だが、日本に害をそうというのならば捨て置く訳にはいかないだろう。

さん、特別警察特殊防衛課の職務はしんによる有事にける治安維持活動も範囲内でしたよね」
「ああ。察しの通り、我々は次の任務としてそうせんたいおおかみきばの壊滅を目指す」

 部屋が緊迫した空気に包まれた。
 そうせんたいおおかみきば――全てはわたる達がこの組織に拉致され、こうこくに連れて行かれたことから始まった。
 そのいんねんの相手と、これからこの日本で決着を付けるのだ。

「ま、こうこくはこれから日本と停戦交渉に入るつもりらしいですからねー。後はこれさえ片付いたら一段落ってところでしょうか」

 びやくだんあげが一人プリンを食べながら言った。
 相変わらず、生命の危機が間近に迫らなければ彼女はのんなものだ。

「そうか、停戦か……」

 正直、わたるには実感が無かった。
 彼が出撃した最後の戦いは、決して良い結果になっていない。
 今一つ、自分の力で平和を勝ち取った気はしなかった。
 しかし、戦争が一段落するのならそれに越したことはない。

「あとはおおかみきばだけ、か……」
おれはやるぜ!」

 しんは自分のてのひらに拳を打ち付けた。

「あいつら、目的のためなら罪もねえやつらを平気で殺す様な連中だ。日本で好き勝手させる訳には行かねえよ」
「それに、彼らはわたし達の命も変わらず狙い続けるでしょうね……」

 まゆづきの言う様に、おおかみきばが日本に潜んでいる限りわたる達は決して安心出来ない。
 実際、まゆづきこうこくで自分達を追ってきたおおかみきばの刺客・はなたまと遭遇している。

(まさかまたあいつらと関わり合いになるなんてな……)

 ふと、わたるは机の上に目を遣った。
 卓上には見覚えのある小瓶が置かれている。
 とうえいがん――あの暗い部屋の中で皆してこの薬剤を服用したとき、運命は時代の渦に飲まれたのだ。

「戦ってくれるか?」
おれとしちゃ望むところだぜ」
「やるしかないわね……」

 渋い顔をしているの頼みに、しんまゆづきは既に覚悟を決めていた。
 そして、わたるも……。

「後もう少しだ……」

 わたるは自分に言い聞かせた。
 ここまでわたるは命を懸けてく戦ってきた。
 その甲斐かいあって、国家間の戦争にはほぼ目途が付いたと見て良いだろう。
 あとは、最後の後始末だけだ。

「やりますよ、さん。基より何か役に立てることがあるなら戦うつもりだった。日本の、ぼく達の平和を脅かす連中が相手ならこうこくだっておおかみきばだって、どうしんたいだって生身だってやるべき事は変わらない」
「そうか……。ありがとう、三人とも」

 わたる達の次なる敵は因縁の相手、そうせんたいおおかみきばだ。
 数々の死闘を経て強くなったとはいえ、油断出来る相手ではない。
 しかしだからこそ、わたる達が対処しなくてはならないのだ。

「それとな、実は朗報がある」

 が話題を変えた。

「先日、さきもり君と共に出撃したくも君だが、本日帰国して入院の手続を済ませた。命に別状は無く、現在は兄のたか君と同じ病室で眠りに就いている」

 の言葉にわたるは胸をろした。
 わたるは一足先に帰国したが、自衛官を始め彼と共に戦った面々は護衛艦で環太平洋諸国を経由して日本に帰還したのだ。
 既に動きが筒抜けになっているにもかかわらず、こうこく軍の襲撃が無かったことを見るに、どうやらこうこくは本当にこの戦争を継続したくないらしい。

「みんな、無事戻って来られたんだな……」

 とよなかたいよう一尉や戦友達に、今度改めて挨拶に行こう――わたるはそんなことを思った。

 が、そのときはわたるはエレベーターの到着音に気が付いた。
 貸し切りのはずのこのホテルに、何者かがやって来たらしい。

「到着したか」

 は事情を知っているようだ。

君の入院だが、それと入れ替わる様に一人の患者が今日退院した。彼女にはその脚でへ来てもらうことになっている」
「それって、まさか……!」

 部屋の扉がノックされた。

さきもり君、開けてやれ」

 わたるの心臓が高鳴った。
 わざわざ自分を指名したのは、そういうことなのだろう。
 彼女はわたるが出迎えるべきだ、と。

「開けるよ」

 わたるはドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を引いた。
 そして、ドアの前に立っている人物の姿をまじまじと見詰める。
 そこに居たのはすっかりが治り、包帯の取れたうることだった。

こと……うわっ!?」

 ことは突然わたるを壁際に追い詰め、顎に指を添えて引いてきた。

「聞いたわよ、わたる貴方あなたあの女に、かみせいに殺されかけたんですってね」
「あの、それが何か……?」
「何か、じゃないわ」

 久々に、わたることの視線に見据えられて気後れしていた。

わたし以外の女に殺されるってことは、わたるが永遠にそいつのものになるってことなのよ。そんなの、許せる訳ないじゃない」

 どこかで覚えがあるりだった。
 まさかあの時の妄想が現実になるとはわたるも思っていなかった。

「でも、帰って来ただろ?」
「ええ、ま、そうね……」

 ことわたるの顎空手を退け、そして朗らかにほほんで見せた。

「おかえりなさい、わたる。この日をずっと待っていたわ」
「ああ、ただいま。ことの方こそ、退院おめでとう。もう体は良いのかい?」
「ええ、かげさまで。まだしんは戻っていないけど、すっかりかいふくしたわ」

 わたるもまたことに微笑みを向けた。
 彼もまた、この日を待ち望んでいた。
 二人は今同じ気持ちで互いを見つめ合っている。

「今日付をもつて、彼女・うること君も特別警察特殊防衛課の一員となるよう了承をもらっている。契約も締結済みだ」
「え?」

 の言葉にわたるは少し驚いた。
 だが考えてみれば、戦力としてことは喉から手が出る程欲しいところだろう。
 それに、こともまた日本を守る為には協力を惜しむまい。
 ある程度は予想出来た契約だった。

「ということは、ことも今日とうえいがんを?」
「いや、それでは生まれ持っていたしんとうえいがんに依存することになってしまう。回復があまりに遅れるようならそのときは考え物だが、ひとずは自然に戻るのを待つことにしよう」
「それは……平気なのか?」

 わたることの身を案じた。
 つまり、彼女は当分しん無しの生身で特別警察特殊防衛課としての任務に身を投じることになる。
 そうなると、しんによる身体能力強化は得られない上に傷を負えばそう簡単に恢復せず、不可逆の損傷や致命傷も負いやすい。
 しかし、ことは不敵な笑みを浮かべる。

「あらわたるわたしのことを心配してくれるの?」
「そりゃそうだよ」
「ふーん、りつね」

 ことの笑みがおみの意地悪い色に変わる。

貴方あなたも随分成長したみたいだものね。これは、わたしも自分の実力を貴方あなたに証明して見せなくちゃならないかしら」
「あ、いや……」

 わたるは自分の頭から一気に血が引いていくのを感じた。
 今のわたるには能くわかる。
 しんを失ってなおことは強くなったわたるはるかな高みに立っているのだ。
 仮に再戦したとして、結果は帰国直前のあの時と変わらないだろう。

「すみませんでした」
「遠慮しなくて良いのに。貴方あなたが良ければわたしはいつでも相手になるわよ」

 つくづくことにはかなわない――わたるは改めて痛感し、そして再会の喜びをめる。
 互いにかつての気の置けない関係に戻った気がする。
 それは何よりもうれしいことで……。

きみ達、イチャ付くのは終わってからにしてもらえるか?」

 が気恥ずかしそうに一つせきばらいをした。
 忘れるところだったが、今この場は特別警察特殊防衛課として新たな任務に向けた話し合いの為に設けられている。
 その空気はことの登場、そしてわたるとのじゃれ合いによってすっかり和やかなものに変わっていた。

「まあまあ、別に良いじゃないですかー。もう話すことは大体話しちゃったでしょう?」

 びやくだんは一人缶ビールを空けながらなだめた。
 ある意味、彼女の態度に比べればわたることなどは圧倒的にマシかも知れない。

「そうだ。どうせならお二人さん、デートとかしちゃったらどうですか? 今までずっと気を張ってきたんですから、たまの息抜きくらいは必要ですよー」
びやくだん、お前はこの後残れ。話がある」

 どうやらこの後、びやくだんから説教されるらしい。
 びやくだんもそれに気付き、開けた酒に口を付けないまま苦い顔をしていた。

「まあ、とはいえびやくだんの言うことも一理あるかも知れん。戦時中だからといって、国民に全く娯楽が許されないということはないのだからな」

 意外な言葉だった。
 わたる達は現在、監視も兼ねてこのホテルで生活している。
 それが、期間限定とはいえ自由行動を許されるとは。

「じゃあ、来週の土曜にでも行くかい?」
「何を言っているの?」

 ことくぎを刺すようにわたるまつぐ指差した。

「来週の土日よ。泊まりがけで遊びに行きたいわ」

 大胆なことのと言葉に部屋の全員が思わず赤面した。
 特に、わたるの胸は初心うぶな少年の様に高鳴っていた。
 いや、わたるは充分初心うぶな童貞の青年なのだが。
 ことはそんなわたるの反応をたのしむ様にいちべつした後、の方に顔を向ける。

「良いですよね、さん?」
「あ、ああ。事前に申請してくれるなら、それは一向に構わんさ……」

 の許可も下りた。
 つまり、わたることは来週、八月二十九日から三十日にかけて初めてのデート、それも泊まりに出掛ける。

「楽しみね、わたる

 ことわたるわくてきな笑みを向けていた。
 くして、始まったばかりの二人の関係は早くも一つの一大イベントを迎えることとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...