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第三章『争乱篇』
第七十五話『絶え間なく降る愛の詩(後編)』 破
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二人は少し家事をして家を出た。
八月は終わりに差し掛かっているが、相変わらず太陽の熱と湿気が道行く人々を責め苛んでいる。
魅琴は昨日と打って変わって動きやすい服装をしている。
夏の暑さは自らの肉体美を露出する言い訳に丁度良いのかも知れないと、航はこの眼福に感謝した。
航にもいつの間にか二日目の服が用意されていたが、どうやら魅琴が予め選んでいたらしい。
サイズもぴったりだった。
魅琴は航の体について、怖い程正確に詳細に把握していた。
ある意味で、主に背筋から涼しくなる。
閑話休題、二人は投票所へ向かった。
現住所の都合上、二人の投票所は別々になってしまっているので、先ずは魅琴の投票所へと向かう。
そこは二人が嘗て通った中学校だった。
「あ……」
校門の前で、航は不意に思い出してしまった。
この中学にはもう一人、通った仲間が居たのだ。
「どうしたの?」
魅琴も航の異変に気が付いたらしい。
ほんの少し、小さく声を出しただけだったのだが、彼女は航の心の動きを察する。
「虎駕君のことね?」
「ああ……」
虎駕憲進は航と魅琴にとって中学の同級生であり、大学で再会した同窓生でもあった。
彼もまた武装戦隊・狼ノ牙に拉致されて皇國へ連れて行かれたが、帰国の直前に心が皇國へ傾いてしまった。
そして、すんでの所で思い止まろうとしたものの、その迷いを利用されて売国奴の汚名を着せられ、開戦の切掛を作ってしまい、最期はそれを苦にして自ら命を絶った。
「貴方は……彼の為にも戦ったのよね?」
「ああ。あいつが日本を滅ぼしたなんて、そんなことにはさせたくなかったんだ……」
航は悔やんでいた。
もっと彼と真剣に向き合うべきだったのかも知れない。
「あの日も……彼と飲んでいたのよね?」
「そうだったな。あの時も、国と政治の話になった。正直うんざりしていたんだが、あいつなりに悩んで追い詰められていたんだな。もっとちゃんと話を聴いてやるべきだったのかも知れない……」
入道雲が空に積み上がっている。
その深い白と青に、友の面影が重なる。
「彼と話したのはそれだけ?」
「いや、君と僕のことも話したと思う。そういえばあいつ、ずっと二人のことを気にしていたな。最期の最期まで……」
虎駕は航の恋をずっと応援し続けてくれていた。
命を絶つ直前の対話でも、魂となって顕れたときも、航と魅琴の幸せを願っていると告げてくれた。
「やっぱり、喪いたくない奴だったな……」
「そうね」
「多分、後悔は消えないだろう。都合良く忘れて生きていても、ふとした拍子にまた揺り戻しが来る……」
二人の間に風が割り込み、吹き抜けて髪を靡かせた。
航は魅琴の手を握り締める。
それはまるで、心に吹いた隙間風で絆が解けてしまいそうで、必死に繋ぎ止めるかの様に。
「ただ僕はそんなとき、都合良くあいつの最期の言葉を思い出すんだろうな。僕が君と幸せになるのは、あいつの願いだったんだって……」
航の自嘲的な言葉を受けてか、魅琴は航の手を握り返してきた。
「戦争が終わったら、彼の所へ報告に行きましょう。故人を喪った悲しみから心を切り替えるタイミングとして、百箇日のことを卒哭忌と呼ぶそうだから、それが過ぎた辺りで花を添えに……」
「成程……」
考えてみれば、航も魅琴も虎駕の墓を知っているわけではない。
とすると、必然的にまず遺族の許へ参らなければならないだろう。
彼の死は普通とは全く違う別れであり、遺族としても心の整理を付けるのは時間がかかると思われる。
もう少し時間を空けるという意味で、魅琴の提案は妥当なものだ――航はそう腑に落ちた。
「それがいいな。いや、言ってみて良かったよ。ありがとう」
「航、一人で悩んでは駄目よ。今みたいに、辛いときはちゃんと言いなさいね」
再び、今度は背中から風が二人を吹き抜けた。
同時に、航の心に掛かっていた分厚い雲が散った様な気がした。
「ごめん。じゃあ行こうか」
「ええ」
二人は改めて投票へ向かう。
その後、魅琴は魅琴、航は航でそれぞれの投票所で自分の一票を投じた。
⦿⦿⦿
その後、パン屋で昼食を終えた二人は神社へ参った。
初詣にも訪れる、二人にとって馴染みの神社だ。
ただ、夏場にこの鳥居の前に立つのは少し新鮮な思いがする。
今日は朝から、知った場所の新しい顔を何かと再発見する日だった。
「さ、神域に入る前に」
「解っているよ」
二人は手水舎で手と口を清めた。
今回、航の分の手巾は魅琴が予め用意してくれていたようだ。
元々準備が良い彼女ではあるが、今日のことを楽しみにしてくれていたと思うと航も嬉しかった。
冬場と違い、水はそう冷たくなく、清めも辛くない。
「相変わらず好きだねえ……」
「御父様が元気だった頃にね、色々と連れて行ってくれたの」
航自身は魅琴と共に神社参拝するのは初詣のときくらいだったのだが、彼女が時折神社を巡っているのは知っていた。
しかし、そんな彼女の趣味に父親の影響があるというのは初耳だった。
どちらかというと、祖父の方かと思っていた。
「意外だな、魅弦さんの方だったのか……」
「御爺様も信心深い人ではあったけれど、国を守る為の裏工作で手一杯だったみたいだったから。そんなことより、もっと足下を見ろというのが御父様の考えだったみたい」
そう言われてみると、確かに魅琴を一人の人間として育てようとしたのは魅弦だった。
また、航の面倒を見ようとしてくれたところなどは、何かと地域の繋がりを重んじる人物だったかも知れない。
「今思うと、私もずっと足下が見えていなかったかもしれないわ。こんな気分は久々だもの」
「どんな気分?」
「そうね……」
魅琴は鳥居を潜り、航の方へ振り向く。
「いつもよりも鳥居が潜りやすいの。どうしてかしらね?」
「ああ、なんでだろうな……」
航もまた、彼女に付いて行く。
心做しか、航にも魅琴の言うことが解る気がした。
どういう訳か、早く本殿を拝みたい気分だ。
そういえば、以前魅琴からこんな話を聞いた気がする。
神社に参拝する際、必ずしも神様に願い事をする必要は無い。
敬神の念を持って日々の営みを報告し恵みに感謝を伝えれば良いのだ、と。
高校の頃、久住双葉も含めた三人で初詣に行った際も、双葉の夢が叶った暁には報告と感謝に訪れようと、魅琴は言っていた。
その時、航は自分の願いについて考えた。
特に将来の夢は無く、ただ魅琴との関係が恙無く続けば良い、と……。
(あれから時間が掛かったけれど、僕は漸くその為の一歩を踏み出した。それを早く伝えたいのかな……)
航はそんなことを考えながら、本殿に向かって作法通りの参拝を終えた。
⦿⦿⦿
参拝を終えた二人は、海浜公園へやって来た。
二人は一旦別れ、それぞれ更衣スペースで水着に着替える。
魅琴が用意していた二日目のデートプランのメインは、意外なことに海水浴だったのだ。
着替えを終えて再び合流した二人は、なるべく人の少ない場所へ向かって海中へと入っていく。
夏休みも終盤で、海水浴客もそこまで多くなくて助かったといったところだろうか。
(眩しいな、色々と……)
強い日差しが広大な水面に照りつけられ、散らされる。
そんな中、均整の取れた魅琴の肉体、その瑞々しい実りの絶頂が輝きの粒を纏っていた。
しかも彼女が身に着けているのは、入院中に見せてもらった写真よりも過激な水着である。
(なんつー格好だ……。前々から思ってたけど、あいつ薄ら痴女じゃないか?)
それは最低限隠すべき場所に申し訳程度の面積が設けられている、殆ど紐のマイクロビキニだった。
一夜を過ごしていなければ、いや、過ごして尚も目のやり場に困る格好だ。
戦闘装束といい、どうやら魅琴は自分の体に自信があり、思い切ったことをする際は見せ付けたいタイプであるらしい。
「魅琴、その水着、僕が見る分には凄く良いと思う」
「でしょう? 感謝しなさい」
水際で濡れた魅琴が動くと、航の心はどうにも不安でざわつく。
デート前日、水着を用意するよう言われたときには心が躍ったし、彼女の水着は期待を遙かに超えていたが、超え過ぎている。
物には限度というものがあるだろう。
「できれば……僕だけに見せてほしい……」
一つ目の不安は、海水浴客、特に男の視線が彼女に集まってしまっていることだ。
航にとって、魅琴に自分以外の男が性的な視線を向けるのは、あまり気分が良くない。
「嫉妬しているの、航?」
「いや、そういう問題だけじゃなくてね……」
そしてもう一つ、こんな状況で万が一、頼りない布から零れてはいけないものが零れてしまったら……。
「舐められたものね」
「そういうこと言ってると、いつか足下掬われるよ?」
「ふーん……。じゃ、掬ってみなさいよ」
魅琴はそう言うと、航に海水を掛けてきた。
全力とは程遠い、そっと衣を降ろす様な掛け方だったが、それでも結構な水量だった。
航は思わず怯んでしまう。
「やったな……!」
「悔しかったら一矢くらい報いてみなさい」
「よーし……!」
二人は互いに海水を掛け合って戯れ付き始めた。
この恋人同士がイチャ付く様を、その場に居合わせたものは微笑ましく思ったり、羨ましく思ったりしつつ、空間の中心を譲るだろう。
今、この海水浴場は航と魅琴の為に存在していた。
「ちょっ、魅琴加減して!」
「物凄くしているわよ」
「うわっ! ゲホッ!」
ここでも航は魅琴に勝てないらしい。
だがそんなこんなで、二人は海水浴場の開放時間が終わるまで夏の海を楽しみ続けた。
その後、着替えた二人は買い物を楽しみ、夕食を摂った後に一度互いの家に着替えを取りに戻り、ビジネスホテルへ戻る――そういう予定になっていた。
「ねえ、航……」
「どうしたの?」
しかし、街を歩く魅琴は何やら航に切り出そうとしている。
どうやら、少し思う処があるらしい。
「もう少し、海を見たい気分になったわ」
「そうかい? だったら言ってくれれば良かったのに」
「夜の海が見たかったの」
そういえば、先程の海浜公園は夕刻には閉園してしまう。
どちらにせよ、場所を移さなければならなかったのか。
「それに、結構汗を掻いたから着替えたいし……」
「それもそうだね」
「昨日の服、もう乾いてる頃だろうから私の家に戻りましょう」
「分かった」
二人は急遽予定を変更し、一度魅琴の家に戻る。
八月は終わりに差し掛かっているが、相変わらず太陽の熱と湿気が道行く人々を責め苛んでいる。
魅琴は昨日と打って変わって動きやすい服装をしている。
夏の暑さは自らの肉体美を露出する言い訳に丁度良いのかも知れないと、航はこの眼福に感謝した。
航にもいつの間にか二日目の服が用意されていたが、どうやら魅琴が予め選んでいたらしい。
サイズもぴったりだった。
魅琴は航の体について、怖い程正確に詳細に把握していた。
ある意味で、主に背筋から涼しくなる。
閑話休題、二人は投票所へ向かった。
現住所の都合上、二人の投票所は別々になってしまっているので、先ずは魅琴の投票所へと向かう。
そこは二人が嘗て通った中学校だった。
「あ……」
校門の前で、航は不意に思い出してしまった。
この中学にはもう一人、通った仲間が居たのだ。
「どうしたの?」
魅琴も航の異変に気が付いたらしい。
ほんの少し、小さく声を出しただけだったのだが、彼女は航の心の動きを察する。
「虎駕君のことね?」
「ああ……」
虎駕憲進は航と魅琴にとって中学の同級生であり、大学で再会した同窓生でもあった。
彼もまた武装戦隊・狼ノ牙に拉致されて皇國へ連れて行かれたが、帰国の直前に心が皇國へ傾いてしまった。
そして、すんでの所で思い止まろうとしたものの、その迷いを利用されて売国奴の汚名を着せられ、開戦の切掛を作ってしまい、最期はそれを苦にして自ら命を絶った。
「貴方は……彼の為にも戦ったのよね?」
「ああ。あいつが日本を滅ぼしたなんて、そんなことにはさせたくなかったんだ……」
航は悔やんでいた。
もっと彼と真剣に向き合うべきだったのかも知れない。
「あの日も……彼と飲んでいたのよね?」
「そうだったな。あの時も、国と政治の話になった。正直うんざりしていたんだが、あいつなりに悩んで追い詰められていたんだな。もっとちゃんと話を聴いてやるべきだったのかも知れない……」
入道雲が空に積み上がっている。
その深い白と青に、友の面影が重なる。
「彼と話したのはそれだけ?」
「いや、君と僕のことも話したと思う。そういえばあいつ、ずっと二人のことを気にしていたな。最期の最期まで……」
虎駕は航の恋をずっと応援し続けてくれていた。
命を絶つ直前の対話でも、魂となって顕れたときも、航と魅琴の幸せを願っていると告げてくれた。
「やっぱり、喪いたくない奴だったな……」
「そうね」
「多分、後悔は消えないだろう。都合良く忘れて生きていても、ふとした拍子にまた揺り戻しが来る……」
二人の間に風が割り込み、吹き抜けて髪を靡かせた。
航は魅琴の手を握り締める。
それはまるで、心に吹いた隙間風で絆が解けてしまいそうで、必死に繋ぎ止めるかの様に。
「ただ僕はそんなとき、都合良くあいつの最期の言葉を思い出すんだろうな。僕が君と幸せになるのは、あいつの願いだったんだって……」
航の自嘲的な言葉を受けてか、魅琴は航の手を握り返してきた。
「戦争が終わったら、彼の所へ報告に行きましょう。故人を喪った悲しみから心を切り替えるタイミングとして、百箇日のことを卒哭忌と呼ぶそうだから、それが過ぎた辺りで花を添えに……」
「成程……」
考えてみれば、航も魅琴も虎駕の墓を知っているわけではない。
とすると、必然的にまず遺族の許へ参らなければならないだろう。
彼の死は普通とは全く違う別れであり、遺族としても心の整理を付けるのは時間がかかると思われる。
もう少し時間を空けるという意味で、魅琴の提案は妥当なものだ――航はそう腑に落ちた。
「それがいいな。いや、言ってみて良かったよ。ありがとう」
「航、一人で悩んでは駄目よ。今みたいに、辛いときはちゃんと言いなさいね」
再び、今度は背中から風が二人を吹き抜けた。
同時に、航の心に掛かっていた分厚い雲が散った様な気がした。
「ごめん。じゃあ行こうか」
「ええ」
二人は改めて投票へ向かう。
その後、魅琴は魅琴、航は航でそれぞれの投票所で自分の一票を投じた。
⦿⦿⦿
その後、パン屋で昼食を終えた二人は神社へ参った。
初詣にも訪れる、二人にとって馴染みの神社だ。
ただ、夏場にこの鳥居の前に立つのは少し新鮮な思いがする。
今日は朝から、知った場所の新しい顔を何かと再発見する日だった。
「さ、神域に入る前に」
「解っているよ」
二人は手水舎で手と口を清めた。
今回、航の分の手巾は魅琴が予め用意してくれていたようだ。
元々準備が良い彼女ではあるが、今日のことを楽しみにしてくれていたと思うと航も嬉しかった。
冬場と違い、水はそう冷たくなく、清めも辛くない。
「相変わらず好きだねえ……」
「御父様が元気だった頃にね、色々と連れて行ってくれたの」
航自身は魅琴と共に神社参拝するのは初詣のときくらいだったのだが、彼女が時折神社を巡っているのは知っていた。
しかし、そんな彼女の趣味に父親の影響があるというのは初耳だった。
どちらかというと、祖父の方かと思っていた。
「意外だな、魅弦さんの方だったのか……」
「御爺様も信心深い人ではあったけれど、国を守る為の裏工作で手一杯だったみたいだったから。そんなことより、もっと足下を見ろというのが御父様の考えだったみたい」
そう言われてみると、確かに魅琴を一人の人間として育てようとしたのは魅弦だった。
また、航の面倒を見ようとしてくれたところなどは、何かと地域の繋がりを重んじる人物だったかも知れない。
「今思うと、私もずっと足下が見えていなかったかもしれないわ。こんな気分は久々だもの」
「どんな気分?」
「そうね……」
魅琴は鳥居を潜り、航の方へ振り向く。
「いつもよりも鳥居が潜りやすいの。どうしてかしらね?」
「ああ、なんでだろうな……」
航もまた、彼女に付いて行く。
心做しか、航にも魅琴の言うことが解る気がした。
どういう訳か、早く本殿を拝みたい気分だ。
そういえば、以前魅琴からこんな話を聞いた気がする。
神社に参拝する際、必ずしも神様に願い事をする必要は無い。
敬神の念を持って日々の営みを報告し恵みに感謝を伝えれば良いのだ、と。
高校の頃、久住双葉も含めた三人で初詣に行った際も、双葉の夢が叶った暁には報告と感謝に訪れようと、魅琴は言っていた。
その時、航は自分の願いについて考えた。
特に将来の夢は無く、ただ魅琴との関係が恙無く続けば良い、と……。
(あれから時間が掛かったけれど、僕は漸くその為の一歩を踏み出した。それを早く伝えたいのかな……)
航はそんなことを考えながら、本殿に向かって作法通りの参拝を終えた。
⦿⦿⦿
参拝を終えた二人は、海浜公園へやって来た。
二人は一旦別れ、それぞれ更衣スペースで水着に着替える。
魅琴が用意していた二日目のデートプランのメインは、意外なことに海水浴だったのだ。
着替えを終えて再び合流した二人は、なるべく人の少ない場所へ向かって海中へと入っていく。
夏休みも終盤で、海水浴客もそこまで多くなくて助かったといったところだろうか。
(眩しいな、色々と……)
強い日差しが広大な水面に照りつけられ、散らされる。
そんな中、均整の取れた魅琴の肉体、その瑞々しい実りの絶頂が輝きの粒を纏っていた。
しかも彼女が身に着けているのは、入院中に見せてもらった写真よりも過激な水着である。
(なんつー格好だ……。前々から思ってたけど、あいつ薄ら痴女じゃないか?)
それは最低限隠すべき場所に申し訳程度の面積が設けられている、殆ど紐のマイクロビキニだった。
一夜を過ごしていなければ、いや、過ごして尚も目のやり場に困る格好だ。
戦闘装束といい、どうやら魅琴は自分の体に自信があり、思い切ったことをする際は見せ付けたいタイプであるらしい。
「魅琴、その水着、僕が見る分には凄く良いと思う」
「でしょう? 感謝しなさい」
水際で濡れた魅琴が動くと、航の心はどうにも不安でざわつく。
デート前日、水着を用意するよう言われたときには心が躍ったし、彼女の水着は期待を遙かに超えていたが、超え過ぎている。
物には限度というものがあるだろう。
「できれば……僕だけに見せてほしい……」
一つ目の不安は、海水浴客、特に男の視線が彼女に集まってしまっていることだ。
航にとって、魅琴に自分以外の男が性的な視線を向けるのは、あまり気分が良くない。
「嫉妬しているの、航?」
「いや、そういう問題だけじゃなくてね……」
そしてもう一つ、こんな状況で万が一、頼りない布から零れてはいけないものが零れてしまったら……。
「舐められたものね」
「そういうこと言ってると、いつか足下掬われるよ?」
「ふーん……。じゃ、掬ってみなさいよ」
魅琴はそう言うと、航に海水を掛けてきた。
全力とは程遠い、そっと衣を降ろす様な掛け方だったが、それでも結構な水量だった。
航は思わず怯んでしまう。
「やったな……!」
「悔しかったら一矢くらい報いてみなさい」
「よーし……!」
二人は互いに海水を掛け合って戯れ付き始めた。
この恋人同士がイチャ付く様を、その場に居合わせたものは微笑ましく思ったり、羨ましく思ったりしつつ、空間の中心を譲るだろう。
今、この海水浴場は航と魅琴の為に存在していた。
「ちょっ、魅琴加減して!」
「物凄くしているわよ」
「うわっ! ゲホッ!」
ここでも航は魅琴に勝てないらしい。
だがそんなこんなで、二人は海水浴場の開放時間が終わるまで夏の海を楽しみ続けた。
その後、着替えた二人は買い物を楽しみ、夕食を摂った後に一度互いの家に着替えを取りに戻り、ビジネスホテルへ戻る――そういう予定になっていた。
「ねえ、航……」
「どうしたの?」
しかし、街を歩く魅琴は何やら航に切り出そうとしている。
どうやら、少し思う処があるらしい。
「もう少し、海を見たい気分になったわ」
「そうかい? だったら言ってくれれば良かったのに」
「夜の海が見たかったの」
そういえば、先程の海浜公園は夕刻には閉園してしまう。
どちらにせよ、場所を移さなければならなかったのか。
「それに、結構汗を掻いたから着替えたいし……」
「それもそうだね」
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二人は急遽予定を変更し、一度魅琴の家に戻る。
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