日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
246 / 315
第三章『争乱篇』

第七十五話『絶え間なく降る愛の詩(後編)』 序

しおりを挟む
 月の光が甘く、甘く、求め合う二人を包み込んでいた。

 ここは桃源郷だろうか。
 まるで火口の様なしやくねつだ。

 これは愛か、それとも欲望か。
 本能が叫び声をあげている。

 なんと美しい夜だろう。
 夢のような感動に、ただただむせいてしまう。
 なんと美しいひとだろう。
 これではもう、ぼくきみから離れられない。

 だからそろそろ許してくれないか。
 もう充分、嫌と言う程、きみには決してかなわないとわかったから。
 このままではきつうれしさの余り死んでしまうから。
 その末路に対して、ぼくの意思など余りにも無力だから。

 お願いだ、もうやめてくれ、もう無理だ。
 思考回路がき付いてしまう。

 嗚呼ああ、そこはぼくにとって最後の城門だ、こじ開けないで。
 いとしさがあふれて魂までもまろび出てしまう。

 ける、ける、ける……。

 き、死ぬ……。



    ⦿⦿⦿



    ⦿⦿



    ⦿



 どこか懐かしい薫りがさきもりわたるの鼻をくすぐった。

わたる、そろそろ起きなさい」

 耳元で天使がささやき、体が優しく揺すられる。
 暖かな日差しが目蓋に降り注いでいる。
 どうやら朝が来て、うることが彼を起こしているらしい。

「ん、おはようこと……」

 わたるは薄く目を開き、朝日に照らされたことほほみを見上げる。
 うる邸で迎えた八月三十日の朝は実に心地良い日和だった。
 二人はカラオケの後、終電でことの家へと向かい、懐かしの豪邸で一夜を明かしたのだ。
 彼女の家で寝泊まりしたのは、頻繁に通っていた中学時代を含めても初めてのことだった。

(そっか……ぼくことと……)

 この上なく幸せな一夜を過ごした筈のわたるだったが、何故なぜか記憶が無い。
 いや、良く思い出してみると、すさまじい初体験だった気がする。
 ある意味期待通りだったという感覚が残っているが、同時に記憶が封印される程の壮絶さだったということだろうか。

(でも、こんな風に起こされるのは良いな……)

 わたるはこの朝に柔らかな幸せを感じていた。
 そんな彼に、ことは優しく告げる。

「顔、洗ってきなさい。朝御飯、作ってあげるから」

 その言葉で、わたるは一つのことを思い出した。
 この広い家にはかつて、ことと父親が暮らしていた。
 母親と祖父も居た筈だが、中学時代に見掛けることは無かった。

 つまり、父親亡き今、ことはこの豪邸に一人暮らしなのだ。
 当然、家事は全て彼女が一人でこなしていることになる。
 そういえば、竹を処分してもらったとも言っていた。
 自分の世話だけとはいえ、この広さでは大変に違いない。

「待ってて、ぼくも手伝うよ」

 わたるの申し出に、ことは驚いた様子できょとんとしていた。
 しかし、わたるにはそれが自然な気がしていた。
 久しく訪れていなかったが、この家で家事を、特に食事の用意をするのはいつも二人一緒だった。
 それが今でもわたるに染み付いているのだ。

「今はお客さんでしょ? わたしがやるから」
「今更になって他人行儀なことを言うなよ。せつかくだから昔の様にさせてくれないか?」

 わたるはそう告げて洗面所に向かった。
 そんな彼の背中を見て、ことつぶやく。

「そんな元気があるとは、なまぬるかったか……。もっとこってり絞ってやるべきだったかも……」

 背後でわずかに聞こえた声に、わたるは背筋にほんの少しの涼しさを感じた。

    ⦿

 わたるは結局料理を触らせてもらえず、盛り付けや配膳の手伝いにとどまった。
 食卓にことの父・うるつるの姿が無いことに一抹の寂しさを覚えるが、香り立つ料理の湯気が気持ちの良い朝を演出している。

「どうしたの、わたる? ぼーっとして」
「いや、少しね……?」

 わたるはこの家を訪れていた中学時代を思い出していた。
 あの頃、この部屋に来るのはもつぱら夕食時だった。

(朝はこんな感じに日の光が差し込むのか……)

 何度も通った一室だが、この色彩は新鮮だった。
 知り尽くしていると思っていた相手の新たな一面を見る――それはさながら、今のわたることの関係を象徴しているかの様だ。
 実際、昨日のことは様々な顔を見せてくれた。
 屹度今日も、これからも新しく彼女の魅力を発見していくだろう。

 逆は?
 ことわたるに新鮮な驚きを感じてくれるだろうか。
 自分は彼女に新しい魅力を提示出来るだろうか。

「ほら、すわって。冷めてしまうわ」
「ああ、そうだね」

 ことに促され、わたるは席に着いて手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

 朝食にしては中々に豪華な献立だった。
 炊きたての白米、まきたましると、サーモンサラダに豚のしよう焼き、牛肉じゃがに、たまねぎいたものやしそうめん

「随分……気合いを入れてくれたんだね」
「え? 別にこんなものよ?」

 確かに普段のことの食事量を考えると、これでも少ないくらいかも知れない。

「久々に食べるけど、やっぱりいな」
「当然でしょ」

 ことは澄まし顔だが、声は僅かに弾んでいた。
 そしてわたるは箸を進めていくうちに気が付いた。

「あ、もしかしてこれ……」
「うふふ」

 ことが朗らかに笑った。
 昨日、花畑を歩いていた姿がくちななら、今の笑顔は宛ら向日葵ひまわりの様だ。
 どうやらわたるの推察は当たっているらしい。

「この料理の味付け、全部ぼくの好みドンピシャだ」
「御明察。良く出来ました」
「いや、感服したよ。すがだなあ……」

 わたることが自分の好みを完璧に把握していることと、それを寸分違わず狙い撃ちできる技量に舌を巻いた。
 そして同時に、彼女が一人で朝食の支度をしたがったことと、伝うことは許されても料理には手を付けさせてもらえなかった理由も理解した。

「そうか、だから自分で作りたかったのか。そうとも知らず手伝おうなんて、これはとんだだったね」
「ま、二人で支度するのも結果的に昔を思い出して懐かしかったわ。それに、これからこうやって二人で色々すると思うと楽しそう……」

 ことはそう言うと夢見るような瞳で虚空を見詰めていた。

「おいおい、まるで新婚生活が始まるみたいな言い方だな」
「あら、行く行くはそうなるでしょ?」

 当然の様に言ってのけることだが、わたるは思わずせてしまった。

「ちょっと、大丈夫?」
「ごめん。ビックリしちゃったもんで……」

 わたるは考える。
 ことと恋人同士にはなった。
 では、この先はどうなるだろう。
 別れるとは考えづらいから、ことの言うように結婚して夫婦になるのだろうか。

 だとするとなおのこと、相手にれ直すのが自分だけでは良くない。
 これだけ頑張ってくれた分を返すのはもちろんのこと、更に大きなものを与えたい。
 そうして、二人の愛は互いに互いを成長させ合い、強く大きくなっていく。
 そのためにも、まずは目の前の出来ることから始めよう。

こと、今度はぼくきみの好きな料理を作るよ」
「好きな料理? あんぱん?」
「いや、それはそうだろうけど、そうじゃなくてだね……」

 ことのあんぱん好きは百も承知だ、今更言うまでもない。
 だが今のわたるには分かる。
 大量の食事をる彼女だが、その中には確かに好みというものが存在する。
 長年見てきて薄らと感じていたことだが、昨日のデートで理解が進んだ気がする。

ぼくにだってきみの好みを把握出来たりしてね」
「あら、それは嬉しいわね。でも出来る範囲で構わないわよ。料理でも貴方あなたわたしの足下にも及ばないんだから」
「ははは、言うじゃないか」

 そんなこんなで、二人は和やかな雰囲気で朝食を終えた。
 わたるにとっては中々の量だったが、好みの味付けだったこともあって、そう苦にはならなかった。
 後片付け、洗い物はわたるが全て買って出た。
 やはりこの家では、家事を二人で分かち合う方が落ち着くのだ。

 その後、わたることは彼女の父・つると祖父・いるはいに手を合わせ、日本とこうこくの戦争に終わりが見えたことと、二人が正式に交際し始めたことを報告した。
 心做しか、つるいるの写真はそれぞれ穏やかに微笑んで見えた。

 て、デート二日目はことが立てたプランに沿って進めることになっている。
 ずは投票からだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

優しい世界のシリウスさん

みなと劉
ファンタジー
ギルドで毎日仕事をコツコツとこなす青年シリウスは 今日も掲示板とにらめっこ。 大抵は薬草採取とか簡単なものをこなしていく。 今日も彼は彼なりに努力し掲示板にある依頼書の仕事をこなしていく

処理中です...