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第2部
第8試合 - 襲来
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「ただいま、おじさん」
「おかえり、無事だったか」
いつもの軽い挨拶をかわす二人。
今日は客足が遠く、店には二人きりだ。
「おじさん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「なんだ?」
「剣闘についてだけどさ……。
こないだの話を聞いてると、ディフェンスタイプが一番強そうに聞こえたんだ」
「マジか、年の割に渋すぎるぞ天晴」
「……それで、ディフェンスタイプって、どうやって攻略したらいいのかなって」
「興味あるのか?」
「別に、そんなに強く興味があるわけじゃないけど……」
「次の相手がディフェンスタイプとか?」
「まさか。剣闘はもうやらないよ。
でも見る側になった時、知識があった方が楽しめるかなって」
「ふーむ、なるほどねえ」
店長は少し考え込むような素振りを見せ、答えた。
「ディフェンスタイプって言っても、大まかに分けて3つのタイプがあるんだ。
天晴、"防御"って何の事だと思う?」
「えっと、ギアブレードが壊れないように立ち回ること?」
「えらく高度な回答が返ってきたな。びっくりだ。
本質的にはお前の言う通りなんだが、具体的には"回避"、"受け流し"、"接近"のみっつがある」
「回避と受け流しはわかるけど……接近?」
「そうだ。顔と顔が近づくぐらい、めちゃくちゃ近くに相手がいると想像してみろ。どうやって攻撃する?」
「えっと、そりゃあ振りかぶって……あ」
「気付いたか。
近すぎると威力のあるパンチが繰り出せないように、ギアブレードなんて振れたもんじゃない。
仮に威力のない攻撃をギアブレード同士で続けたら、耐久性の低い方のギアブレードがいつか破損する」
「……」
「だからディフェンスタイプがそこそこ使える奴は、やばいと思ったら鍔迫り合いに持ち込んでくる。それを受けてはダメだ。
お前が使ってるギアブレードはオールドタイプだから多少の耐久性はあるが、現代のディフェンスタイプとぶつかって長持ちする程、強靭じゃない。
しかも相手のギアブレードには、カードによるバフがかかってるはずだ。
それも磁石のように相手のギアブレードを吸い付ける系の」
「……」
天晴は思った。
やはりディフェンスタイプは脅威だと。
絶対に相手にしたくない相手であると。
「ま、大した使い手じゃない奴は、そもそも相手に接近するなんて事自体してこない。
接近中に何があっても絶対に対処できるという自信がなければ、近づく事自体がリスキーだし、ギアブレードという長物を持った相手に接近するのは本能的な恐怖がある。
普通に戦えば普通に勝てるもんだよ」
「……」
あまりにも簡単そうに答える店長。
一度デュエルを経験した天晴には、店長の話は、それほど簡単ではないことを理解していた。
「もうひとつ、聞きたいんだけど」
「何だー?」
「ディフェンスタイプって、ジャイアントキリングに向いてるの?」
「格上に金星を挙げられるかって事か?
まあ、高性能ギアブレードに限って言えば、ディフェンスタイプが一番可能性が高いだろうな」
「また四天王クラスの話になるから、参考にならないかもしれないが……。
四天王同士でぶつかれば、神威はテクニカルタイプのミナギには100%勝つ。
だけど、常識外の威力を持つアタックタイプのファーラは大の苦手だし、柔軟な立ち回りをするバランスタイプのシュンにも勝率は低い。
……まあ、そもそもシュンなら神威を近づけさせないだろうが」
「……おじさんなら、勝てる?」
「俺は蕎麦屋だぞ。蕎麦の打ち合いなら負けねえ」
「ははは、そっか。
相手によって立ち回りを変えていかないといけないんだね」
「ま……新型の三種は必勝の型とも呼べる安定した戦法があるから、よく使われているんだろう。
ただ、バランスタイプやアドバンスドタイプ、オールドタイプを使うなら、柔軟に立ち回らないとな。
具体的には"相手のやりたい事をやらせずに、自分のやりたい事を押し付ける"んだ」
「相手のやりたい事をやらせずに……自分のやりたい事を押し付ける……」
「必勝の型の邪魔をしつつ、自分なりの勝ちパターンに持っていくんだ……って、ちょっと高度な話をしすぎたな。
すまんすまん、天晴からの回答があまりに的を射ていたものだから、つい口が滑っちまった」
「いや、ありがとう、おじさん。何か掴めた気がするよ」
そう言って二階へ上がっていく天晴。
(……ふーん、口では興味ないとか言いながら、興味津々じゃねえか)
──ガララ。
店の扉が開く。
「いらっしゃーい」
蕎麦屋とわりのピークが、始まる。
* * *
翌日の蕎麦屋とわり。
時刻は18時前。
ピークまではまだ1時間程ある、閑散とした店内。
誰もが予想していなかった来訪者に、蕎麦屋が揺れる。
「いらっしゃいませー」
「……」
「……」
足を運んだ二名の客と見つめ合うユッコ。
「……二名様でーす」
いつもより少し硬い声色のバイトの声に、店長の塚原は反応していた。
厨房から客席をちらりと覗き見る。
テーブルに腰掛ける二人は、遠目で見ても尋常ではないオーラを漂わせていた。
(……ほう、結構やりそうなデュエリストだな)
塚原ともなれば、一目見ただけで相手の力量を推し量る事ができる。
その為、多少の焦りも感じていた。
(うーん、今の天晴じゃ逆立ちしても太刀打ちできない相手だなー。
どうしたもんかな)
「……驚いたぜ」
「伝説の剣豪がいるという蕎麦屋だからな。
まあ、今回用事があるのは剣豪にではなく、ルーキーにだが」
一人はきっちりと整えた髪、端正な顔立ち、涼しげな目元の男。
対面には、ざんぎり頭で人当たりの良さそうな顔に、隠し切れぬ知性を漂わせている男。
チーム・ラグナロクの重鎮、オーディンとトールである。
(デュエルの申し込みだろうかなぁ。
それならいっそ、蕎麦に一服盛ってやろうか……なんてな)
「ユッコちゃん、何なら俺が持っていこうか?」
「だ、大丈夫です店長。バイトですから!」
やけに緊張しているユッコ。
熱々の蕎麦をお盆に乗せ、二人の元へ運ぶ。
「お待たせしました」
蕎麦をコト、と静かに置く。
「当店の蕎麦はお店の名前の通り、十割蕎麦粉で打っております。芳醇な香りと、独特の食感・舌触りをお楽しみくださいませ」
多少緊張しているが、いつものセリフは言えている。
「ありがとう、楽しませてもらうよ」
オーディンが言う。
「いただきます」
トールも続く。
割りばしの割れる軽快な音が店内に響く。
「あ、あの」
二人が蕎麦を口に運ぶ直前、ユッコが口を開く。
「天晴くん、もう少しで帰ってくると思います」
その言葉に、オーディンはにこりと笑い。
「そうか、ありがとう」
ユッコは慌てて厨房へと逃げ出した。
「店長~、あのお客様、ただならぬ気配ですよ~」
「俺も感じたよ、二八蕎麦絶対許さないマンになる必要はなさそうだが、天晴にデュエルの申し込みに来たなら相当まずい相手だぞ」
然して、最悪のタイミングとはすぐさまやってくるものである。
「ただいまー」
「お、おう。無事だったか」
天晴の帰宅。
店長の不安を他所にいち早くオーディンが天晴の前に立つ。
「君が夜宮くん?」
「そうですけど……どちら様ですか」
「俺は、ラグナロクというチームのオーディンという者だ。
あっちはトール」
ども、と蕎麦を食べながら片手を挙げるトール。
「チーム……」
勧誘だろうか、それともデュエルの申し込みだろうか。
身構える天晴だが、その心配は杞憂に終わる。
「そう身構えないでくれ。
少し話したいんだ。蕎麦がのびてしまうから、テーブルでもいいかな」
(十割そばは、そう簡単にのびないけど)
そうは思ったが、不思議と嫌な感じはしなかったので、天晴は彼らの話を聞く事にした。
「俺達はデュエリストのチームでね。
君についての情報もキャッチしている。
有望なデュエリストが現れたって」
「そんなこと、ないですけど……」
天晴にとって、見知らぬ誰かに自分の存在を認知されていた経験は初めてである。
「次のデュエルの申し込みは来たのかい?」
「いや……俺、剣闘には興味ないし。
もうバトルはしないつもりです」
「そうなのか……それは残念だ」
「残念、なんですか」
「もちろん。機会があれば見せてもらおうと思っていたからね」
ずずっ……。
蕎麦をすする音が鳴る。
「もうバトルをしないというなら、ひとつ情報を伝えておきたい。
君はパルテノンの剣豪・塚原日剋に勝っただろう?」
「え、ご存じなんですか……」
「島は狭い。この界隈では有名だよ」
嬉しいような恥ずかしいような、それでいて少しだけ不安が頭をもたげてくるような焦燥感があった。
「パルテノンの黒澤という男が君を探している。
デュエルを申し込むつもりだ。
ディフェンスタイプの剣闘士なんだが……おっと、これは関係ない話だったな、すまない」
「いえ……」
「とにかく、黒澤という男に気を付けるんだ。
デュエルを申し込まれても、決して受けるな。
君が本当に戦いを避けたいなら、もう二度と戦ってはいけない」
「……」
真剣な目で忠告するオーディン。
話を聞く天晴の額に、じわりとした嫌な汗が浮く。
ズズズ……。
夢中になってスープを飲むトール。
少しの沈黙の後、天晴が口を開く。
「あの、もし、もしですよ。
その黒澤って人と戦わざるを得ないことになったら、どうしたらいいんですか」
天晴に戦う気はない。
その気はないのだが、質問の内容が悪かったといえる。
「……絶対に接近させるな。アウトボクサーになったつもりで一撃離脱を繰り返すんだ」
返ってきたのは、戦いのアドバイス。
しかし、不思議とそのアドバイスを受け入れている天晴がいた。
(おじさんと同じ事を言っている……)
「そもそもの話として、君は戦う気がない。
戦意のない者と戦っても、誰も得をしないだろう。
だが、パルテノンは外面を気にするからな……」
「ああ、傘下のチームから上納金なんて接収しているらしいし、その辺はシビアかもしれない」
(上納金……? まるで支配者層じゃないか)
「なんか……ヤバそうな人達ですね、その、パルテノンって」
「デュエリストは表舞台の剣闘を諦めた者の集まりだからな。
必然的に柄の悪い奴が集まる。
急に押しかけて悪かったね」
他人を安心させる微笑み。
深い包容力と、全てを見透かしたかのような瞳の深さ。
天晴にも感じとれている、"この人は強い"と。
ある種のカリスマ性を漂わせるオーディンに、天晴はカルチャーショックを受けていた。
「あの、その、お、オーディン……?さんは」
「うん? なんだ?」
「どんなギアブレードを使うんですか?」
「ははは、俺達ぐらいのデュエリストとともなれば簡単には自分の情報を漏らさないものさ。
……が、今回は急に押しかけたお詫びに教えよう。
テクニカルタイプだ」
「聞かれてないけど、俺はディフェンスタイプだ」
(テクニカルタイプ……動きが派手で扱いが難しいとか言ってたな。
それにこっちの人はディフェンスタイプ……)
「すみません、聞きにくいこと聞いちゃったみたいで。
でも、ありがとうございました」
「構わない。蕎麦、美味しかったよ。
"塚原さん"にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
嵐は過ぎ去った。
(なんか、どっと汗が出た)
「なんか、どっと疲れましたね、店長~」
奇しくもユッコと感想が被る天晴。
「ありゃー、相当できる奴だぞ。手練れも手練れ。
四天王相手でもいい勝負するんじゃないか」
「そ、そんなに……?」
天晴は驚愕した。
しかし、心のどこかで得心がいく部分もあった。
それほどの深みを、オーディンに感じ取っていたのだ。
それは、デュエリスト独特の直感である事には気付かず……。
そして。
デュエルの女神は、またもいたずらを仕掛ける。
──ガララ。
「いらっしゃ、い、ませ……」
「夜宮天晴を出せ」
「おかえり、無事だったか」
いつもの軽い挨拶をかわす二人。
今日は客足が遠く、店には二人きりだ。
「おじさん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「なんだ?」
「剣闘についてだけどさ……。
こないだの話を聞いてると、ディフェンスタイプが一番強そうに聞こえたんだ」
「マジか、年の割に渋すぎるぞ天晴」
「……それで、ディフェンスタイプって、どうやって攻略したらいいのかなって」
「興味あるのか?」
「別に、そんなに強く興味があるわけじゃないけど……」
「次の相手がディフェンスタイプとか?」
「まさか。剣闘はもうやらないよ。
でも見る側になった時、知識があった方が楽しめるかなって」
「ふーむ、なるほどねえ」
店長は少し考え込むような素振りを見せ、答えた。
「ディフェンスタイプって言っても、大まかに分けて3つのタイプがあるんだ。
天晴、"防御"って何の事だと思う?」
「えっと、ギアブレードが壊れないように立ち回ること?」
「えらく高度な回答が返ってきたな。びっくりだ。
本質的にはお前の言う通りなんだが、具体的には"回避"、"受け流し"、"接近"のみっつがある」
「回避と受け流しはわかるけど……接近?」
「そうだ。顔と顔が近づくぐらい、めちゃくちゃ近くに相手がいると想像してみろ。どうやって攻撃する?」
「えっと、そりゃあ振りかぶって……あ」
「気付いたか。
近すぎると威力のあるパンチが繰り出せないように、ギアブレードなんて振れたもんじゃない。
仮に威力のない攻撃をギアブレード同士で続けたら、耐久性の低い方のギアブレードがいつか破損する」
「……」
「だからディフェンスタイプがそこそこ使える奴は、やばいと思ったら鍔迫り合いに持ち込んでくる。それを受けてはダメだ。
お前が使ってるギアブレードはオールドタイプだから多少の耐久性はあるが、現代のディフェンスタイプとぶつかって長持ちする程、強靭じゃない。
しかも相手のギアブレードには、カードによるバフがかかってるはずだ。
それも磁石のように相手のギアブレードを吸い付ける系の」
「……」
天晴は思った。
やはりディフェンスタイプは脅威だと。
絶対に相手にしたくない相手であると。
「ま、大した使い手じゃない奴は、そもそも相手に接近するなんて事自体してこない。
接近中に何があっても絶対に対処できるという自信がなければ、近づく事自体がリスキーだし、ギアブレードという長物を持った相手に接近するのは本能的な恐怖がある。
普通に戦えば普通に勝てるもんだよ」
「……」
あまりにも簡単そうに答える店長。
一度デュエルを経験した天晴には、店長の話は、それほど簡単ではないことを理解していた。
「もうひとつ、聞きたいんだけど」
「何だー?」
「ディフェンスタイプって、ジャイアントキリングに向いてるの?」
「格上に金星を挙げられるかって事か?
まあ、高性能ギアブレードに限って言えば、ディフェンスタイプが一番可能性が高いだろうな」
「また四天王クラスの話になるから、参考にならないかもしれないが……。
四天王同士でぶつかれば、神威はテクニカルタイプのミナギには100%勝つ。
だけど、常識外の威力を持つアタックタイプのファーラは大の苦手だし、柔軟な立ち回りをするバランスタイプのシュンにも勝率は低い。
……まあ、そもそもシュンなら神威を近づけさせないだろうが」
「……おじさんなら、勝てる?」
「俺は蕎麦屋だぞ。蕎麦の打ち合いなら負けねえ」
「ははは、そっか。
相手によって立ち回りを変えていかないといけないんだね」
「ま……新型の三種は必勝の型とも呼べる安定した戦法があるから、よく使われているんだろう。
ただ、バランスタイプやアドバンスドタイプ、オールドタイプを使うなら、柔軟に立ち回らないとな。
具体的には"相手のやりたい事をやらせずに、自分のやりたい事を押し付ける"んだ」
「相手のやりたい事をやらせずに……自分のやりたい事を押し付ける……」
「必勝の型の邪魔をしつつ、自分なりの勝ちパターンに持っていくんだ……って、ちょっと高度な話をしすぎたな。
すまんすまん、天晴からの回答があまりに的を射ていたものだから、つい口が滑っちまった」
「いや、ありがとう、おじさん。何か掴めた気がするよ」
そう言って二階へ上がっていく天晴。
(……ふーん、口では興味ないとか言いながら、興味津々じゃねえか)
──ガララ。
店の扉が開く。
「いらっしゃーい」
蕎麦屋とわりのピークが、始まる。
* * *
翌日の蕎麦屋とわり。
時刻は18時前。
ピークまではまだ1時間程ある、閑散とした店内。
誰もが予想していなかった来訪者に、蕎麦屋が揺れる。
「いらっしゃいませー」
「……」
「……」
足を運んだ二名の客と見つめ合うユッコ。
「……二名様でーす」
いつもより少し硬い声色のバイトの声に、店長の塚原は反応していた。
厨房から客席をちらりと覗き見る。
テーブルに腰掛ける二人は、遠目で見ても尋常ではないオーラを漂わせていた。
(……ほう、結構やりそうなデュエリストだな)
塚原ともなれば、一目見ただけで相手の力量を推し量る事ができる。
その為、多少の焦りも感じていた。
(うーん、今の天晴じゃ逆立ちしても太刀打ちできない相手だなー。
どうしたもんかな)
「……驚いたぜ」
「伝説の剣豪がいるという蕎麦屋だからな。
まあ、今回用事があるのは剣豪にではなく、ルーキーにだが」
一人はきっちりと整えた髪、端正な顔立ち、涼しげな目元の男。
対面には、ざんぎり頭で人当たりの良さそうな顔に、隠し切れぬ知性を漂わせている男。
チーム・ラグナロクの重鎮、オーディンとトールである。
(デュエルの申し込みだろうかなぁ。
それならいっそ、蕎麦に一服盛ってやろうか……なんてな)
「ユッコちゃん、何なら俺が持っていこうか?」
「だ、大丈夫です店長。バイトですから!」
やけに緊張しているユッコ。
熱々の蕎麦をお盆に乗せ、二人の元へ運ぶ。
「お待たせしました」
蕎麦をコト、と静かに置く。
「当店の蕎麦はお店の名前の通り、十割蕎麦粉で打っております。芳醇な香りと、独特の食感・舌触りをお楽しみくださいませ」
多少緊張しているが、いつものセリフは言えている。
「ありがとう、楽しませてもらうよ」
オーディンが言う。
「いただきます」
トールも続く。
割りばしの割れる軽快な音が店内に響く。
「あ、あの」
二人が蕎麦を口に運ぶ直前、ユッコが口を開く。
「天晴くん、もう少しで帰ってくると思います」
その言葉に、オーディンはにこりと笑い。
「そうか、ありがとう」
ユッコは慌てて厨房へと逃げ出した。
「店長~、あのお客様、ただならぬ気配ですよ~」
「俺も感じたよ、二八蕎麦絶対許さないマンになる必要はなさそうだが、天晴にデュエルの申し込みに来たなら相当まずい相手だぞ」
然して、最悪のタイミングとはすぐさまやってくるものである。
「ただいまー」
「お、おう。無事だったか」
天晴の帰宅。
店長の不安を他所にいち早くオーディンが天晴の前に立つ。
「君が夜宮くん?」
「そうですけど……どちら様ですか」
「俺は、ラグナロクというチームのオーディンという者だ。
あっちはトール」
ども、と蕎麦を食べながら片手を挙げるトール。
「チーム……」
勧誘だろうか、それともデュエルの申し込みだろうか。
身構える天晴だが、その心配は杞憂に終わる。
「そう身構えないでくれ。
少し話したいんだ。蕎麦がのびてしまうから、テーブルでもいいかな」
(十割そばは、そう簡単にのびないけど)
そうは思ったが、不思議と嫌な感じはしなかったので、天晴は彼らの話を聞く事にした。
「俺達はデュエリストのチームでね。
君についての情報もキャッチしている。
有望なデュエリストが現れたって」
「そんなこと、ないですけど……」
天晴にとって、見知らぬ誰かに自分の存在を認知されていた経験は初めてである。
「次のデュエルの申し込みは来たのかい?」
「いや……俺、剣闘には興味ないし。
もうバトルはしないつもりです」
「そうなのか……それは残念だ」
「残念、なんですか」
「もちろん。機会があれば見せてもらおうと思っていたからね」
ずずっ……。
蕎麦をすする音が鳴る。
「もうバトルをしないというなら、ひとつ情報を伝えておきたい。
君はパルテノンの剣豪・塚原日剋に勝っただろう?」
「え、ご存じなんですか……」
「島は狭い。この界隈では有名だよ」
嬉しいような恥ずかしいような、それでいて少しだけ不安が頭をもたげてくるような焦燥感があった。
「パルテノンの黒澤という男が君を探している。
デュエルを申し込むつもりだ。
ディフェンスタイプの剣闘士なんだが……おっと、これは関係ない話だったな、すまない」
「いえ……」
「とにかく、黒澤という男に気を付けるんだ。
デュエルを申し込まれても、決して受けるな。
君が本当に戦いを避けたいなら、もう二度と戦ってはいけない」
「……」
真剣な目で忠告するオーディン。
話を聞く天晴の額に、じわりとした嫌な汗が浮く。
ズズズ……。
夢中になってスープを飲むトール。
少しの沈黙の後、天晴が口を開く。
「あの、もし、もしですよ。
その黒澤って人と戦わざるを得ないことになったら、どうしたらいいんですか」
天晴に戦う気はない。
その気はないのだが、質問の内容が悪かったといえる。
「……絶対に接近させるな。アウトボクサーになったつもりで一撃離脱を繰り返すんだ」
返ってきたのは、戦いのアドバイス。
しかし、不思議とそのアドバイスを受け入れている天晴がいた。
(おじさんと同じ事を言っている……)
「そもそもの話として、君は戦う気がない。
戦意のない者と戦っても、誰も得をしないだろう。
だが、パルテノンは外面を気にするからな……」
「ああ、傘下のチームから上納金なんて接収しているらしいし、その辺はシビアかもしれない」
(上納金……? まるで支配者層じゃないか)
「なんか……ヤバそうな人達ですね、その、パルテノンって」
「デュエリストは表舞台の剣闘を諦めた者の集まりだからな。
必然的に柄の悪い奴が集まる。
急に押しかけて悪かったね」
他人を安心させる微笑み。
深い包容力と、全てを見透かしたかのような瞳の深さ。
天晴にも感じとれている、"この人は強い"と。
ある種のカリスマ性を漂わせるオーディンに、天晴はカルチャーショックを受けていた。
「あの、その、お、オーディン……?さんは」
「うん? なんだ?」
「どんなギアブレードを使うんですか?」
「ははは、俺達ぐらいのデュエリストとともなれば簡単には自分の情報を漏らさないものさ。
……が、今回は急に押しかけたお詫びに教えよう。
テクニカルタイプだ」
「聞かれてないけど、俺はディフェンスタイプだ」
(テクニカルタイプ……動きが派手で扱いが難しいとか言ってたな。
それにこっちの人はディフェンスタイプ……)
「すみません、聞きにくいこと聞いちゃったみたいで。
でも、ありがとうございました」
「構わない。蕎麦、美味しかったよ。
"塚原さん"にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
嵐は過ぎ去った。
(なんか、どっと汗が出た)
「なんか、どっと疲れましたね、店長~」
奇しくもユッコと感想が被る天晴。
「ありゃー、相当できる奴だぞ。手練れも手練れ。
四天王相手でもいい勝負するんじゃないか」
「そ、そんなに……?」
天晴は驚愕した。
しかし、心のどこかで得心がいく部分もあった。
それほどの深みを、オーディンに感じ取っていたのだ。
それは、デュエリスト独特の直感である事には気付かず……。
そして。
デュエルの女神は、またもいたずらを仕掛ける。
──ガララ。
「いらっしゃ、い、ませ……」
「夜宮天晴を出せ」
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本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
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異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
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