上 下
16 / 37
第3部

第16試合 - 勧誘

しおりを挟む
「カイルが学校に来てない?」
「そうなんだ、ご自宅に連絡しても"場合によっては休学の手続きをする"とのご返答でな」

「そう、ですか……」
「夜宮、エアシュートに会ったら、学校に来るように伝えてくれ。心配してるってな」

「わかりました、先生」

 ここしばらくの間、天晴がカイルを学校で見る事はなかった。
 トモのチームにも顔を出しておらず、行方不明の状況。
 もちろん自宅にも訪問してみたが「心配ない」との一点張り。

 カイルの父親は一般的な父親ではあるが、可能な限り息子を信じる事を信条としている。
 現在は息子に集中できる環境を用意してやる事が自分のやるべき事だと考えていた。

 その為、息子の友人とはいえ、真実を語るわけにはいかないのである。

 * * *

「……ただいま」
「おかえり、無事だったか」

「おじさん、最近カイル来てないよね?」
「……そういや、見てないな」

「そっか……。
 今日は何をしたらいい? いつものメニュー?」
「まあ、一段進めてもいいかもなぁ。
 いつものメニューを5分短縮して行うんだ。
 余った時間で、内股で歩く練習してろ」

「内股で歩く練習……?」
「重心は下げたままでな。時間いっぱいまでだ。
 修行はダラダラやるより、60分、90分と決めてメリハリをつけた方が身になるもんだ」

「それは何度も聞いたけど……。
 内股って、こんな感じ?」

 天晴は、両の膝頭を重ねるように内股を作る。

「重心を下げろと言ったが、下げ過ぎだ。
 もう少し真っすぐ立つんだ。
 そうそう、足を少し開いて。やりづらかったら片足を少し前に出してもいい」

 店長の注文に、少しずつ調整を加えていく天晴。
 これは何の役に立つのか? そういった疑問は天晴には一切ない。
 実際に店長の指示に従っていれば、強くなっていく事を実感している。

 しかし、あまりに素直すぎる天晴の反応に、店長は手応えをいまひとつ感じていなかった。

(言う事は聞くし、やることはよく出来てる。
 だけどなんかなぁ、俺の予定通りに育っているところがいまいちだなぁ)

「じゃあ、やってくる」
「……おう」

(剣闘のセンスはある、体幹も良い、この頃は足腰も固まってきた。
 そろそろ次の段階へ進んでもいい頃合いだ)

 そう考えてはいるものの、あくまで基本の型を教えるに留めている。
 それも、ほとんどが空手の技をだ。

「勝ちすぎ、なんだろうな」

 この頃は、相手が現れない。
 だからこそ、彼に託した。

 いや、彼の熱意を利用させてもらった。

(さて……今頃どうなっているかな……)


 * * *


 ──時間は少しさかのぼる。

 夜の山道を歩く、二人の男の姿があった。

 一人は、立派なギアブレードを携えた高校生ぐらいの少年。
 もう一人は、蕎麦屋でも営んでいそうな青年。

 そう、カイルと塚原日剋であった。

「ぜひぃ、ぜひぃ……し、しんどいですね、おじさん」
「……体力がなさすぎだ」
「おわっ!」

 カイルがぬかるんだ腐葉土に足をとられ、態勢を崩す。

「足元に気をつけろよ。ついてこれないなら置いてくぞ」
「へ、へひぃ……」

 剣島は、火山島ではない。
 しかし、幾つかの山脈が存在し、それぞれ別々の名前を与えられている。

 カイル達が登っている山は、テロンテロン山。
 斜面が急で、登山家達は決まった一本の道だけを進む、難易度の高い山だ。

 そんな山の、踏み固められた道から外れた獣道を、木と木の間を割るようにして進んで行く二人。

 途中で何度も転倒するカイル。
 声だけはかけるものの、すたすたと先へ進んでしまう塚原日剋。

 必死についていくカイルには、この登山そのものが修行であった。

「……ついたぜ」
「はひぃ、ひぃ……な、なんですか、こんなところに山小屋が……」

 小屋からがっしりとした体格の男が現れる。

「む、塚原日剋」

「よう」

「えええっ!? あなたは……!!」


 * * *


「オーディン、俺だ、トールだ」
「……入っていいぞ」

「大変な情報を掴んだぞ……!」
「こっちもだ」

「何? 同じ情報か?」
「お前の話から聞こうか、トール」

「ああ。ヨトゥンからの情報で、円卓が夜宮の獲得に動いているらしい」
「……」

「まずくないか?
 もし円卓に夜宮が入ったら、奴が育ち切る前に俺達ラグナロクと当たってしまう。
 ……そうなったら、夜宮を潰す事になる」
「……なんだ、そんなことか」

「そんなことって……おいおい。
 お前の計画の大事な部分だろう?」
「確かに夜宮の存在は、俺の計画においてキーパーソンだ。
 円卓が勧誘に動くであろう可能性も既に考えてあった。
 だが、こっちは予想外の出来事が起きている」

「お前の予想外の出来事だと……?」

「ああ、これはやばい情報だぜ。
 本島の研究施設から、とある荷物が送られたそうだが、輸送中に事故に遭い、紛失したらしい」
「なんだって……」

「その荷物は、とある小さな個人商会へと渡り、剣島の住人が買っていったそうだ」
「その荷物って、まさか」

「ああ。お前の予想通り、新型……というよりはプロトタイプだろうな。
 まだ全容を掴み切れていないが、相当うさんくさいギアみたいだぜ」
「おいおい、その個人商会、古物商の認可はとっているのか!?」

「いや、いわゆる闇商人というやつで、俺の情報網でも尻尾を掴めない。
 購入者と代金の引き落とし先の口座は掴んだが……まあ、当てになるのは購入者の情報だけだろうな」
「大丈夫なのか? 今の剣闘シーンを一気に揺るがすような事になったら……」

「それは大丈夫だろう。
 調べたところ、購入者は剣闘士ではない。
 大会への出場履歴はおろか、デュエリストとしての情報も出てこない、どこにでもある一般家庭の、ただのギア好きの中年だ」
「譲ってもらう事も考えたのか?」

「おいおい、マニアが苦労して手に入れたギアをそう簡単に手放すと思うか?
 今までのギアを全て持っていっても、軽く断られるぜ」
「そ、それもそうだな」

「俺が危惧しているのは、何かの間違いでそのギアが剣闘士に渡った場合の事だ。
 使いこなせれば、強い者はより強く、弱い者でも相応の強さを持って現れるだろう」
「それほどのものか……だが、ギアの全容は掴めていないんだろう?」
 
「俺はあくまで、可能性の話をしているんだぜ、トール。
 そのギアが化け物級だったとして、優秀な剣闘士に渡ってしまい、なおかつ、夜宮を潰してしまう事が、現在考えられる最悪のシナリオだ」
「……心配しすぎだ、万に一つもないだろう」

「……だといいがな」

 * * *

『私のこと、翔ちゃんって呼んで!』

「……かける、ちゃん……」

 天晴は部屋でぼーっとしていた。
 布団に寝っ転がり、天井の一点を見つめ、彼女の顔を思い浮かべていた。
 熱に侵されたような体の火照り、まどろみの中にいるようなふわふわとした感覚が脳髄を麻痺させている。

 夜宮天晴、16歳。初恋であった。

『もしよかったら、また会って欲しいの』

 また会って欲しいの。
 ひとつのフレーズを幾度となくリフレイン。

 その度に、顔に熱が集まり、叫んでしまいそうになる。

「……──ッッ!!」

『今度は、お友達として』

 そしてふと、冷静になるのである。

(友達として、かぁ……。
 なんだろ、もやもやする)

「ああああ、もうっ!」

 布団から飛び起き、無心になるようギアブレードを振る。
 一歩一歩を確実に踏み抜いていき、三歩目で振り下ろす。
 体に染み込ませた動きを、何度となく繰り返す。

 ゆっくりとした動きだが、それゆえに筋肉にかかる負担は大きい。
 季節による暑さも手伝ってか、大粒の汗が流れ、目に入る。

 思わず閉じた瞼の裏に浮かぶ、翔の笑顔。

 だらりと脱力し、垂れ下がる腕。
 今すぐに、翔に会いたい。

「翔さん……俺、おかしくなっちまったよ……」

 * * *

 翌日。
 天晴はよく眠れていなかった。

 ぼんやりとした意識の中、店長の声で目を覚ます。

「おーい、天晴。手紙だぞー」

 手紙。
電子メールが主流となっているこの時代に、随分と珍しいものである。

「ん……」

 ぼんやりとした頭のまま、天晴は手紙を受け取り、驚愕する。

(し、榛葉さんから!?)

 それまではゾンビのようにぐったりとしていたのに、急に背筋をピンと伸ばして、ドタバタと二階へ急ぐ天晴。

「なんだ、あいつ……」

 さすがの店長も呆れ気味であった。

 部屋に戻り、丁寧に開封。
 手紙からふわりと香る、自宅にはない匂いに、心が戸惑う。

 ──天晴くんへ。
 大事な話をしたいので、お昼に剣島多目的ホールまで来てください。
 夕方まで待ってるから、ゆっくり来てくれていいよ。
 前に話してくれたギアブレードも忘れないでね!

「うおおおお!!」

 天晴、春来はるきたる。いや、福来ふくきたる。
 時刻は昼前、そんな事は天晴には関係なかった。

 可能な限り身だしなみを整え、即座に店を出る。

「天晴、出かけるのか。飯はー?」
「いらなーい!」

 何とも慌ただしい出発であった。

 * * *

 その頃、多目的ホールには、スタイルの良い女性と、背の高い男が剣闘用スペースに陣取っていた。

「ちょっと早すぎないか?」
「大丈夫よ、彼は女の子を待たせるような子じゃないもの」

 多目的ホールは毎日の利用者が多いわけではない。
 休日だというのに、人はまばらである。

 その中の剣闘用スペースにて、二人は入口の扉を凝視していた。

 彼女が長い時間を待つ事はない。
 彼女は、神に愛されているから。

 ほどなくして扉が開き、目的の人物が姿を現す。

「ね?」
「どんな魔法を使ったんだ……翔」

 ばたばたと駆け寄ってきた天晴に対し、彼女はにっこりと微笑んで歓迎した。

「翔、さん……」

 だが天晴は、隣の男性が気になって、気が気ではない。

「あの、そちらの方は……」

「よく来てくれたわ、天晴くん。
 彼はランスロット。ああ、本名じゃないけどね」
「マイケル=ゼイムだ。仲間内ではランスロットで通ってる。よろしく」

 背の高い男は、ほんのりと口角をあげて名乗った。
 決して敵ではなさそうだが、味方とも言い切れない。
霞のようにその真意をとらえきれない玉虫色の態度に、天晴は動揺していた。

 動揺の理由はそれだけではない。
 意中の人の隣に立つその男は、イケメンであった。
 さらに天晴よりかなり背が高く、腰に差したギアブレードが小さく見える程だ。

(やべー、なんか、急に心がしぼむな……)

「手紙に書いた通り、大事な話があるの」
「あっ、はい……」

 自分の望む展開ではない。
 具体的に何かを期待していたわけではない天晴だったが、無意識に期待した展開がやってくるわけではないと、気落ちしていた。

「私達、円卓の騎士ってチームをやってるの。
 そこに天晴くんを迎えたいと思っているわ。
 一緒に来てくれない?」
「え……」

(チーム……?)

 チームって何だっけ、そう思う程、天晴の気は抜けていた。

「と我らがリーダー、アーサー王はそう言っているが。
 ……翔」
「わかってるわよ。
 天晴くん、頑張ってね!」

(え、頑張るって、何を?
 ってか、翔さんを呼び捨てにした?)

「ギアを構えろ、夜宮天晴。
 ここからは円卓のランスロットとして相手をする」

 
しおりを挟む

処理中です...