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第4部
第23試合 - それぞれのターニングポイント
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「オーディン、夜宮に塩を送ったとは、本当か?」
「トールか、相変わらず騒がしいな」
「そ、そうか? これでも研究室にいる時は静かにしているつもりなんだがな……」
「そういう意味じゃない、お前が来訪する時は話題に事欠かないという意味だ」
「ん、まあ、確かに。
それはともかく、ヨルズに俺達の"ルート"を使う許可を与えたんだろ」
「ああ。夜宮のギアがロキによって破壊され、奴は立つ瀬がなくなっていたからな」
「いいのか? 強くなりすぎてしまうかもしれないぞ」
「構わない。むしろ敵は強ければ強い程いいんだ」
「ぞっとするぜ……。あの才能のカタマリみたいな夜宮が、最新式のギアを振り回す姿なんて」
「心配するな、トール。
俺の予想では、奴はカードによるバトルは不得手なはずだ」
「本当か?」
「あくまで"予想"だがな。
オールドタイプ使いだった夜宮が使う新しいギアは、オールドタイプの血統を色濃く受け継ぐ、言わば直系のギアである……」
「……ディフェンスタイプ……」
「そうだ。十中八九、奴はディフェンスタイプを使う事になる。
既にヨルズが購入したギアも調査済みだが、その情報とは関係なく、奴の適正を鑑みるとディフェンスタイプに落ち着くんだ」
「そうか……。でも、ちょっと珍しいな。
お前がデータをインプットした相手に"十中八九"なんて確実性に欠ける言葉を使うのは」
「ふふ、重箱の隅をつついてくるな、トール」
「いや、そんなつもりじゃ」
「構わない。一割程度の可能性だが、奴がオールドタイプやアドバンスドタイプ、あるいはバランスタイプを選ぶ可能性がある。
旧式で新型を狩るという、ジャイアントキリングの快感に酔いしれているようならば、そういう選択をする事もあり得る」
「確かに……! だが、夜宮はそんな安易な感情に揺さぶられる奴だったか?」
「えげつなく勝ちに行かない……というと少し語弊があるが、夜宮が何らかのこだわりを持っていた場合、勝率よりもこだわりを選ぶ可能性がある」
「あくまでオールドタイプにこだわるとか、そういう感じか」
「ああ。もしそうなら、残念ながら相手にならない。
ヨルズですら、夜宮に勝ち得るだろう」
「……えげつなく勝ちに行く方が、正しいのか」
「何も汚い手を使って欲しいと願っているわけじゃない。
これはあいつにとって試練だ。
自らの殻を破り、もう一段上のデュエリストになる為の、な」
* * *
剣闘を続けるのか。
その核心を突いた店長の質問に、思わず天晴は返答に窮した。
だが、心の底では答えは決まっている。
その答えを言う事で、自らの愛用したギアブレードが破壊されたという事実を受け止める必要がある事が、問題であった。
「何を迷ってんだ……とりあえず、腹の中、ぶちまけてみろ」
店長のぶっきらぼうだが優しい一言に、天晴の口から本音が漏れる。
「……俺、剣闘やめたくない。
でも、ギアブレードは壊れちゃったし、どうしたらいいのか……」
粉砕されたギアブレードを思い出し、落ち込む天晴。
だが店長は、事もなげに言う。
「あるぞ、ギアブレード」
目を見開いて驚く天晴の驚き様に、ユッコがふふっと笑う。
「さすがに前と同じ静音タイプじゃないけどね」
「あれだけぶっ壊されてちゃ、修理のしようがなかった。
だから、剣闘を続けるならギアブレードを変えるしかねえ!」
「ギアブレードを……変える」
「お前は妙なこだわりを持ってるからなあ……。
気は進まないかもしれないが、戦える旧式を今から見つけてくるのは無理だ。
だから、お前には、ふたつの選択肢を用意した」
「私と店長で、それぞれ天晴くんの為に用意したギアブレードがあるの」
そう言うと、ユッコは二振りのギアブレードを取り出した。
どちらもオールドタイプの静音に似た見た目であり、重量もさほど変わらない。
ただ、どちらにもカードスロットはついていた。
ソケットではない、スキャンするタイプである。
よく似た二振りのギアブレードを前に、天晴は困惑する。
そして、ある種の直感が、言語となって脳内に響く。
「……!
だ、誰がどっちを用意してくれたの」
「バッカ、それ言ったら公平にならないだろ」
「そうそう、私が選んだギアブレードを選んでくれると嬉しいな~。
どっちなのかは秘密だけどね!」
「でも、こんな新型なんて、高いでしょ……。
もう買っちゃったの? この二本」
「「うん」」
何が問題ですか?
とでも言わんばかりの二人の顔。
「ま、余った方は俺が使うからな」
「おじさんが!?」
「だから好きな方を選んでいい。
基本コンセプトはどちらも変わらねえんだ。
さすがユッコちゃんは、お前の事をよく見てるよ」
「えへへ」
「こいつを持ってきた時はびっくりしたけどな。
凄いマネージメントセンスだってな」
「でも、店長も買ってたなんて聞いてなかったですよー」
「だから買い取ったじゃないか」
「まあ、実はそうなんだよねー。
だから私は全く損してないんだなっ、てへ」
二人の軽妙なやり取りにも唖然とする天晴。
「ま、あえて言うなら、この二振りは……。
"変な"ギアブレードと、"凄く変な"ギアブレードだ。
振ってみても、動かしてもいい。
何だったら、俺が試し切りの相手になってやる。
しっかり選べよ、お前の相棒になるんだから」
「そんな……そんなの。
ごめん、実は……」
天晴は二人の顔を見て、申し訳なさそうにする。
「もう、決まってるんだ、俺の中で。
この二本を初めて見た時から、そっちがずっと俺を呼んでるんだよ」
そして天晴の手が吸い込まれるように、そのギアブレードへと進む。
柄を握ると、柄と手が一体になるかのような吸着感。
程良い重量が、オールドタイプの静音を思い出させる。
ただ、そのギアブレードは自己主張が激しかった。
"俺は強いぞ"と。
「そっちかぁ」
「凄く変なギアブレードを選んだか。いいセンスだ」
* * *
天晴が新たな一歩を踏み出した後、ユッコも自身の立場を明確にする必要性に迫られていた。
(天晴くんも、店長も、カードについては疎い。
知識のある人のバックアップが必要だわ。
でも、その為には、私が……)
ラグナロクの組織の中枢がある大学の研究室への道のりは、さほど遠くはない。
だが、今日に限っては、剣島と本島を隔てる海峡のように遠く感じた。
(天晴くんがギアを選んだあの後、店長が見せてくれた隠し部屋……。
外観の割に狭い店内だと思ってたけど、まさかあんな……)
──ユッコは先ほどの出来事を思い返す。
「天晴、こっちに来い」
のっそりと動く店長が、店の奥にある扉へと向かう。
この扉の存在は天晴も知っていたが、常に鍵がかかっていたため、気にしないようにしていたのだ。
「ここって……」
「へっへっへ、まあ見てみろ」
店長が久しく年相応の悪戯な顔をして、鍵を開ける。
随分と広い部屋のようだが、暗くて一見しては把握できなかった。
──パチン。
店長が明かりのスイッチを入れると、部屋全体が明るく照らされ、その全貌を見せる。
「「えええええ!?」」
天晴だけでなく、ユッコも同様に驚いていた。
「な、なんだよ、これ!?」
「店に、こんな施設を用意してたなんて!」
眼前に広がるのは、大会と同等程度の広さがある敷地。
隅には様々なトレーニング器具が揃い、ある程度使われている事がわかる。
「おお、いいねえ、もっと驚いてくれ。
天晴、今日からはお前もここを使っていいぞ」
「おじさん、ほ、本当に!?」
「おおいいぞ、何ならすぐに"試合う"か?
一線を引いたとは言え、いい勝負くらい演じてやるぜ。
……その前に、だ」
店長がユッコを見る。
「ユッコちゃんは、どうするんだい?」
「え? どうって、どういう事ですか?」
「ここまで見せといて何だが、ここから先は企業秘密ってやつだ。
これ以上はタダじゃ見せられねえな」
まるで部外者かのような店長の口ぶりに、ユッコは困惑する。
「わ、私は天晴くんを応援して……」
「で、どこぞの誰かに情報を流してる」
「な、流してるなんて、そんな!」
「今までは別に良かったんだ。
ただ、ここからの天晴は今までとは一味違う。
本気で剣闘に取り組むようになるだろう。
そうなると、今までにない限界に近い動きとギアブレードの性能が丸見えになる」
「……」
「見る奴が見れば、そのステータスは丸裸だ。
俺はともかく、天晴はまだ全力でやる事しかできないからな。
見せられないよ、ってわけだ」
あくまでも優しく諭す店長の声。
だがユッコの動揺は、見ている天晴でさえ、気の毒になる程であった。
(なぜ、どうして、いつから、知ってて、わざと?)
「ユッコねーちゃん……」
「天晴、気付いてないかもしれんが、ユッコちゃんは強いぞ~?
今のお前なら片手で捻られるだろうな」
「ま、マジで……?」
「……気配は、消してたはずなんです、が」
「言っただろ、見るやつから見ればそのステータスは丸裸だってな。
ユッコちゃんが押しかけバイトに来た頃から、ああ剣闘士だなって気付いてたよ。
あんまり押しが強いから雇ったけど、剣闘しろとも言ってこないし、真面目にバイトしてくれてたから何も言わなかったけどな」
「……真面目にバイト……?」
「天晴、今はそこにツッコミを入れるんじゃない」
「店長……」
「ユッコちゃん、俺はね、君の立場を明確にして欲しいんだ。
口頭でいい、それを信じる事にする。
言ってる意味がわかるね?」
「わかんねーよ、おじさん」
「天晴、少し黙ってろ」
凄味のある店長の口調に、思わず尻込みする天晴。
「……今すぐに返事はできません」
「ん、腹が決まったら、いつでもまたおいで。
何ならバイト休んでも構わないから」
「いえ、それは……明後日のバイトにはちゃんと出ます……」
──店長には全てお見通しであった。
日の落ちかけた大学の構内で棒立ちのまま、ユッコは自身の迷いと向き合っていた。
隠し切って、騙し切ったつもりだった。
しかし仮にも伝説の剣豪、自分のような娘が騙し通せる相手ではなかった。
いや、違う。そんな事ではない。
ユッコが悩んでいる事は、もっと明確だった。
進むべき道は、既に己の心で決まっていたのだ。
「何つっ立ってんのよ、ヨルズ……!」
怒気を孕んだ、厳しい口調。
それは、ナンバーズという仲間であり、ライバルでもある女の声。
「フリッグ……」
「オーディンに何か用があるんでしょ。
アンタがラグナロクを抜けたがってるって噂は知ってるわよ!」
「……それをどう伝えようか、悩んでた」
「アンタがいなくなれば、オーディンの周りを飛び回るクソ羽虫が一匹減る……それは喜ばしい事だわ!
でも、アンタは! オーディンを利用しようとしている!
あたいはそれが許せない! 許さない!」
「……せっかくのコネクションだもの。使わなきゃね」
「ふざけるな! あたいの上のナンバーをもらってるからって、あたいより強いと思うなよ!!」
フリッグが構内中に響く大声で威嚇する。
──ヴァァァァァン!
独特な音がフリッグの手から聞こえてくる。
ギアブレードの駆動音である。
「フリッグ、感謝したいわ。
あなたのおかげで、ラグナロクを抜ける決心がついたから」
──ギュイィィィン!
ユッコの手にも、駆動したギアブレードが握られる。
「ナンバーズ同士の野良デュエルは禁止されてるけど!
関係ないわよね!! アンタは裏切者だから!」
「そうね、これがラグナロクの第5神、ヨルズとしての最後のデュエルになるわ」
「偉そうにナンバーズを語るんじゃないわよぉぉぉ!!」
「一応名乗っとく?
元ラグナロク所属、第5神ヨルズ……」
「わざわざ名乗らなくても! 知ってるわよ!!」
「トールか、相変わらず騒がしいな」
「そ、そうか? これでも研究室にいる時は静かにしているつもりなんだがな……」
「そういう意味じゃない、お前が来訪する時は話題に事欠かないという意味だ」
「ん、まあ、確かに。
それはともかく、ヨルズに俺達の"ルート"を使う許可を与えたんだろ」
「ああ。夜宮のギアがロキによって破壊され、奴は立つ瀬がなくなっていたからな」
「いいのか? 強くなりすぎてしまうかもしれないぞ」
「構わない。むしろ敵は強ければ強い程いいんだ」
「ぞっとするぜ……。あの才能のカタマリみたいな夜宮が、最新式のギアを振り回す姿なんて」
「心配するな、トール。
俺の予想では、奴はカードによるバトルは不得手なはずだ」
「本当か?」
「あくまで"予想"だがな。
オールドタイプ使いだった夜宮が使う新しいギアは、オールドタイプの血統を色濃く受け継ぐ、言わば直系のギアである……」
「……ディフェンスタイプ……」
「そうだ。十中八九、奴はディフェンスタイプを使う事になる。
既にヨルズが購入したギアも調査済みだが、その情報とは関係なく、奴の適正を鑑みるとディフェンスタイプに落ち着くんだ」
「そうか……。でも、ちょっと珍しいな。
お前がデータをインプットした相手に"十中八九"なんて確実性に欠ける言葉を使うのは」
「ふふ、重箱の隅をつついてくるな、トール」
「いや、そんなつもりじゃ」
「構わない。一割程度の可能性だが、奴がオールドタイプやアドバンスドタイプ、あるいはバランスタイプを選ぶ可能性がある。
旧式で新型を狩るという、ジャイアントキリングの快感に酔いしれているようならば、そういう選択をする事もあり得る」
「確かに……! だが、夜宮はそんな安易な感情に揺さぶられる奴だったか?」
「えげつなく勝ちに行かない……というと少し語弊があるが、夜宮が何らかのこだわりを持っていた場合、勝率よりもこだわりを選ぶ可能性がある」
「あくまでオールドタイプにこだわるとか、そういう感じか」
「ああ。もしそうなら、残念ながら相手にならない。
ヨルズですら、夜宮に勝ち得るだろう」
「……えげつなく勝ちに行く方が、正しいのか」
「何も汚い手を使って欲しいと願っているわけじゃない。
これはあいつにとって試練だ。
自らの殻を破り、もう一段上のデュエリストになる為の、な」
* * *
剣闘を続けるのか。
その核心を突いた店長の質問に、思わず天晴は返答に窮した。
だが、心の底では答えは決まっている。
その答えを言う事で、自らの愛用したギアブレードが破壊されたという事実を受け止める必要がある事が、問題であった。
「何を迷ってんだ……とりあえず、腹の中、ぶちまけてみろ」
店長のぶっきらぼうだが優しい一言に、天晴の口から本音が漏れる。
「……俺、剣闘やめたくない。
でも、ギアブレードは壊れちゃったし、どうしたらいいのか……」
粉砕されたギアブレードを思い出し、落ち込む天晴。
だが店長は、事もなげに言う。
「あるぞ、ギアブレード」
目を見開いて驚く天晴の驚き様に、ユッコがふふっと笑う。
「さすがに前と同じ静音タイプじゃないけどね」
「あれだけぶっ壊されてちゃ、修理のしようがなかった。
だから、剣闘を続けるならギアブレードを変えるしかねえ!」
「ギアブレードを……変える」
「お前は妙なこだわりを持ってるからなあ……。
気は進まないかもしれないが、戦える旧式を今から見つけてくるのは無理だ。
だから、お前には、ふたつの選択肢を用意した」
「私と店長で、それぞれ天晴くんの為に用意したギアブレードがあるの」
そう言うと、ユッコは二振りのギアブレードを取り出した。
どちらもオールドタイプの静音に似た見た目であり、重量もさほど変わらない。
ただ、どちらにもカードスロットはついていた。
ソケットではない、スキャンするタイプである。
よく似た二振りのギアブレードを前に、天晴は困惑する。
そして、ある種の直感が、言語となって脳内に響く。
「……!
だ、誰がどっちを用意してくれたの」
「バッカ、それ言ったら公平にならないだろ」
「そうそう、私が選んだギアブレードを選んでくれると嬉しいな~。
どっちなのかは秘密だけどね!」
「でも、こんな新型なんて、高いでしょ……。
もう買っちゃったの? この二本」
「「うん」」
何が問題ですか?
とでも言わんばかりの二人の顔。
「ま、余った方は俺が使うからな」
「おじさんが!?」
「だから好きな方を選んでいい。
基本コンセプトはどちらも変わらねえんだ。
さすがユッコちゃんは、お前の事をよく見てるよ」
「えへへ」
「こいつを持ってきた時はびっくりしたけどな。
凄いマネージメントセンスだってな」
「でも、店長も買ってたなんて聞いてなかったですよー」
「だから買い取ったじゃないか」
「まあ、実はそうなんだよねー。
だから私は全く損してないんだなっ、てへ」
二人の軽妙なやり取りにも唖然とする天晴。
「ま、あえて言うなら、この二振りは……。
"変な"ギアブレードと、"凄く変な"ギアブレードだ。
振ってみても、動かしてもいい。
何だったら、俺が試し切りの相手になってやる。
しっかり選べよ、お前の相棒になるんだから」
「そんな……そんなの。
ごめん、実は……」
天晴は二人の顔を見て、申し訳なさそうにする。
「もう、決まってるんだ、俺の中で。
この二本を初めて見た時から、そっちがずっと俺を呼んでるんだよ」
そして天晴の手が吸い込まれるように、そのギアブレードへと進む。
柄を握ると、柄と手が一体になるかのような吸着感。
程良い重量が、オールドタイプの静音を思い出させる。
ただ、そのギアブレードは自己主張が激しかった。
"俺は強いぞ"と。
「そっちかぁ」
「凄く変なギアブレードを選んだか。いいセンスだ」
* * *
天晴が新たな一歩を踏み出した後、ユッコも自身の立場を明確にする必要性に迫られていた。
(天晴くんも、店長も、カードについては疎い。
知識のある人のバックアップが必要だわ。
でも、その為には、私が……)
ラグナロクの組織の中枢がある大学の研究室への道のりは、さほど遠くはない。
だが、今日に限っては、剣島と本島を隔てる海峡のように遠く感じた。
(天晴くんがギアを選んだあの後、店長が見せてくれた隠し部屋……。
外観の割に狭い店内だと思ってたけど、まさかあんな……)
──ユッコは先ほどの出来事を思い返す。
「天晴、こっちに来い」
のっそりと動く店長が、店の奥にある扉へと向かう。
この扉の存在は天晴も知っていたが、常に鍵がかかっていたため、気にしないようにしていたのだ。
「ここって……」
「へっへっへ、まあ見てみろ」
店長が久しく年相応の悪戯な顔をして、鍵を開ける。
随分と広い部屋のようだが、暗くて一見しては把握できなかった。
──パチン。
店長が明かりのスイッチを入れると、部屋全体が明るく照らされ、その全貌を見せる。
「「えええええ!?」」
天晴だけでなく、ユッコも同様に驚いていた。
「な、なんだよ、これ!?」
「店に、こんな施設を用意してたなんて!」
眼前に広がるのは、大会と同等程度の広さがある敷地。
隅には様々なトレーニング器具が揃い、ある程度使われている事がわかる。
「おお、いいねえ、もっと驚いてくれ。
天晴、今日からはお前もここを使っていいぞ」
「おじさん、ほ、本当に!?」
「おおいいぞ、何ならすぐに"試合う"か?
一線を引いたとは言え、いい勝負くらい演じてやるぜ。
……その前に、だ」
店長がユッコを見る。
「ユッコちゃんは、どうするんだい?」
「え? どうって、どういう事ですか?」
「ここまで見せといて何だが、ここから先は企業秘密ってやつだ。
これ以上はタダじゃ見せられねえな」
まるで部外者かのような店長の口ぶりに、ユッコは困惑する。
「わ、私は天晴くんを応援して……」
「で、どこぞの誰かに情報を流してる」
「な、流してるなんて、そんな!」
「今までは別に良かったんだ。
ただ、ここからの天晴は今までとは一味違う。
本気で剣闘に取り組むようになるだろう。
そうなると、今までにない限界に近い動きとギアブレードの性能が丸見えになる」
「……」
「見る奴が見れば、そのステータスは丸裸だ。
俺はともかく、天晴はまだ全力でやる事しかできないからな。
見せられないよ、ってわけだ」
あくまでも優しく諭す店長の声。
だがユッコの動揺は、見ている天晴でさえ、気の毒になる程であった。
(なぜ、どうして、いつから、知ってて、わざと?)
「ユッコねーちゃん……」
「天晴、気付いてないかもしれんが、ユッコちゃんは強いぞ~?
今のお前なら片手で捻られるだろうな」
「ま、マジで……?」
「……気配は、消してたはずなんです、が」
「言っただろ、見るやつから見ればそのステータスは丸裸だってな。
ユッコちゃんが押しかけバイトに来た頃から、ああ剣闘士だなって気付いてたよ。
あんまり押しが強いから雇ったけど、剣闘しろとも言ってこないし、真面目にバイトしてくれてたから何も言わなかったけどな」
「……真面目にバイト……?」
「天晴、今はそこにツッコミを入れるんじゃない」
「店長……」
「ユッコちゃん、俺はね、君の立場を明確にして欲しいんだ。
口頭でいい、それを信じる事にする。
言ってる意味がわかるね?」
「わかんねーよ、おじさん」
「天晴、少し黙ってろ」
凄味のある店長の口調に、思わず尻込みする天晴。
「……今すぐに返事はできません」
「ん、腹が決まったら、いつでもまたおいで。
何ならバイト休んでも構わないから」
「いえ、それは……明後日のバイトにはちゃんと出ます……」
──店長には全てお見通しであった。
日の落ちかけた大学の構内で棒立ちのまま、ユッコは自身の迷いと向き合っていた。
隠し切って、騙し切ったつもりだった。
しかし仮にも伝説の剣豪、自分のような娘が騙し通せる相手ではなかった。
いや、違う。そんな事ではない。
ユッコが悩んでいる事は、もっと明確だった。
進むべき道は、既に己の心で決まっていたのだ。
「何つっ立ってんのよ、ヨルズ……!」
怒気を孕んだ、厳しい口調。
それは、ナンバーズという仲間であり、ライバルでもある女の声。
「フリッグ……」
「オーディンに何か用があるんでしょ。
アンタがラグナロクを抜けたがってるって噂は知ってるわよ!」
「……それをどう伝えようか、悩んでた」
「アンタがいなくなれば、オーディンの周りを飛び回るクソ羽虫が一匹減る……それは喜ばしい事だわ!
でも、アンタは! オーディンを利用しようとしている!
あたいはそれが許せない! 許さない!」
「……せっかくのコネクションだもの。使わなきゃね」
「ふざけるな! あたいの上のナンバーをもらってるからって、あたいより強いと思うなよ!!」
フリッグが構内中に響く大声で威嚇する。
──ヴァァァァァン!
独特な音がフリッグの手から聞こえてくる。
ギアブレードの駆動音である。
「フリッグ、感謝したいわ。
あなたのおかげで、ラグナロクを抜ける決心がついたから」
──ギュイィィィン!
ユッコの手にも、駆動したギアブレードが握られる。
「ナンバーズ同士の野良デュエルは禁止されてるけど!
関係ないわよね!! アンタは裏切者だから!」
「そうね、これがラグナロクの第5神、ヨルズとしての最後のデュエルになるわ」
「偉そうにナンバーズを語るんじゃないわよぉぉぉ!!」
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歴史・時代
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生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
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