5%の冷やした砂糖水

煙 うみ

文字の大きさ
22 / 34

7.1 吐露

しおりを挟む
「・・・だったらなんなんだよ」


山本拓也が唸る。

その切り返しが、イエスと同義になっているのに気づいているのだろうか。

私たちの方が目線が高いのに、頭を低く下げて飛びかかろうとする肉食獣に気圧される。


「いや、他意は全くなかったんですけど・・・すみません・・・」

「悠馬が言ったのか?」

「私個人の推測です、見当はずれだったら申し訳ないです」


くっきりとした二重の目の端がキッと吊り上がる。

言葉をまた一段階荒げて、山本拓也が言った。


「申し訳ないってさ・・・白々しい。

同性愛者ゲイなんて自分とは違う人種だと思ってんでしょ。だから病院は嫌なんだ」


地面に吐き捨てるような口ぶりに、私もむっときて言い返す。



「そう感じられるなら、こちらが至らないということなので申し訳ないですけど。

でも、ご病気に直接関係ないことを、医療者の立場からとやかく言うつもりは、少なくとも私には無いですね」


返事の代わりに舌打ちが返って来た。

車椅子のフットレストの上で、左足が貧乏ゆすりを始める。


「私たちのこと、そんなに信用できませんか」


「先生方みたいな普通にまともな人間には、俺らの気持ちなんかわかんないですよ。どうせ。」


山本拓也は、拗ねたような表情をしていた。

売り言葉に買い言葉がもっと続くかと思ったけれど、私が先に苦笑してしまう。


「まともな人間ねぇ・・・」


―――私たち医療者は、人間に分類されるらしい。

そうか。そうだよな。命を預ける相手がまともじゃないと困るもんな。


「何笑ってるんだよ」


山本拓也が不満そうな声を漏らす中、真子がそっと私の方を見る。

真子はきっと、私の苦笑いの意味を解っている。


「いや、まともに見えてるならよかったですよ、本当に…」


両耳に刺さったピアスを、指でそっと撫でる。左に3個。右に5個。

仕事中は目立たない小さなスタッドを着けて、上からウルフヘアを被せて隠しているけれど、

そもそも何で隠さなければいけないのか、色々なもっともらしい理由に納得はしていない。


どうして私たちは、皆と違うってことを隠さなければならないのだろう。

隠そうとしていることの大概は、唐揚げが好きかオムライスが好きかくらいの小さな違いであって、

何故そんな些細な違いがこの世界では、むやみやたらと重々しく受け止められてしまうのだろう。


面と向かって否定されるわけじゃない。

でも全国民が唐揚げ定食を等しく愛しているのが当たり前の国で、

実はオムライス毎日食べるんですって言ったら、異星人を見るような目で見られるから言い出せないんでしょう。



本当にくだらない例えだけれど、貴方が苦しいのって、きっとそういうことなんでしょう。


「言いたいことがあるなら言えばいいじゃないすか?」


私たちを睨み付ける山本拓也の顔は、手負いの獣が苦しげに助けを求めているようにも見えた。

今にも泣き出しそうに潤んだ瞳が、やっぱり悠馬に似ているな、と少しだけ思った。


―――まともに見えちゃってるっていうのも、それでなかなかに生きづらいんですよ、おにいさん。


彼の耳にはきっと届かないであろう言葉を、私は喉の奥まで呑み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...