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第1章
第七話
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【夕方:四鹿家近辺の公園】
「俺も……知らなかったんだ」
日が暮れる近所の公園、ベンチに座った跡永賀の言葉に、隣のあかりは「そうだろうね」
「知ってたら家に入れようとしないよね。わかってる。わかってるけど……」
視線を落ち込ませた彼女。何をすれば慰めになるのか、跡永賀はわからなかった。
「念のために言っておくけど、俺の考えは違うんだ。あんな風には思ってないから。俺は赤山さんのこと……す、好きだから……」
「そっか。……そっか」
ふーっ。彼女はその細い喉から息を絞り出し、顔を手で覆う。
「だから気に」
「上等よ」
跡永賀の言葉を遮り、彼女は力強く頷く。「お淑やかなだけで、ここまでやってきたわけじゃない。いつだって、自分の力で欲しいものは勝ち取ってきた」
「あ、あの」
彼女から噴出する不穏な空気に困惑する少年。そこへ『ばっ』とあかりは顔を向ける。「だったら手始めにすることは」
顎に手がかかり、視界が彼女で満たされる。
感触は、なんというか……
柔らかかった。
唇を離したあかりは、不敵な笑みを浮かべる。
「私、跡永賀の恋人、辞める気ないから」
彼女の豹変。
その突然に、跡永賀は情けなく呆けるしかなかった。
【帰宅後の夜:自宅・初無敵の部屋】
「それで、どういうことなんだよ」
「何がでござる」
すっかり日もくれた頃、あかりと別れ帰ってきた跡永賀は初無敵の部屋を訪れていた。
カタカタとキーボードを叩く兄の背に、弟は「お前、俺が恋人ができても問題ないどころか、祝福してたじゃないか。それが現実、ああなるのはどういう了見だよ」
「アットたん、アイドルというものはご存知か」
「そこまで無知じゃない」
「なら、アイドルのスキャンダルはどうでござる」
「実は男がいたとか、そういうあれか?」
「そうでござる。アイドルというのは、ある種の純潔――処女性というやつが求められるのでござる。汚れがないからこそファンは純粋に恋や憧れをアイドルにするのでござる」
「あかりは声優だろ? アイドルとは違うんじゃないのか?」
あれは表舞台に立たず、映像に声を入れる裏方の職ではないか。
「アイドル声優でござる。最近は、といっても随分前から、声優というのは声だけでなく、ルックスでも売るようになったでござる。演じるキャラから独立し、オリジナルの曲を出したり、雑誌に顔出しで記事を載せたり……要するに、アイドルと同じようなことをしているわけだよワトソンくん」
「となれば」初無敵はターンッとスタイリッシュにエンターキーを叩き、
「そういった声優にもまた、処女性が要求される。恋人などもってのほか。ファンは血の涙を流しCDを叩き割る勢いでござるよ」
「お前もその一人だってことか?」
だったら悪いことをしたな。跡永賀は珍しく兄に対して申し訳なさを感じた。
「いや、ボクティンはそこまでディープじゃござらぬ。ただ、そういうノリに乗っかってみただけでござるよ」
「……そうかよ」
今の気持ちを持ったことを、跡永賀は後悔した。「だったらあかりはいつまでたっても恋愛禁止なのか?」
「そうでもござらぬよ。老ければファンは逆に結婚を望むようになるし、一定の人気があれば多少ファンが減っても痛くもかゆくもない。もっとも、赤山嬢の場合は一発当てただけの駆け出しであるから、一番そういうことは避けた方がいい時期にあるでござるな」
「なるほど、な……」
なかなか面倒な状況に彼女はあるらしい。
「お前の事情はわかった。あと聞きたいのは」
「長女のことでござろう?」
「ああ」
あの物静かな姉が、普段とはまったく違う態度を見せた。これは異常だ。
「こんなこともあろうかと、こういうものを用意した。まずはこいつを見てくれ」
がさごそ。初無敵がそばの棚から取り出したファイルが、跡永賀の手に置かれる。
「安価スレで妹の下着をうぷする羽目になり、長女の部屋を漁っていたら見つけたものをコピーしたものでござる」
「なんだかよくわからんが、ロクでもないことをしたのはよくわかった」
殴ろうと思ったが、やめた。今はこのファイルの中が気になる。
「おっと、これを飲みながらにしてくれでござる」
部屋にある小型冷蔵庫から取り出されたペットボトルのお茶を受け取る。
「なんで」
「まあいいから。交換条件みたいなものでござるよ」
「……わかった」
なんのことはない、普通のお茶を口に含む。ファイルを開くと、コピー用紙の束が挟んであった。
そこに書かれたのは、小説のようであった。
「俺も……知らなかったんだ」
日が暮れる近所の公園、ベンチに座った跡永賀の言葉に、隣のあかりは「そうだろうね」
「知ってたら家に入れようとしないよね。わかってる。わかってるけど……」
視線を落ち込ませた彼女。何をすれば慰めになるのか、跡永賀はわからなかった。
「念のために言っておくけど、俺の考えは違うんだ。あんな風には思ってないから。俺は赤山さんのこと……す、好きだから……」
「そっか。……そっか」
ふーっ。彼女はその細い喉から息を絞り出し、顔を手で覆う。
「だから気に」
「上等よ」
跡永賀の言葉を遮り、彼女は力強く頷く。「お淑やかなだけで、ここまでやってきたわけじゃない。いつだって、自分の力で欲しいものは勝ち取ってきた」
「あ、あの」
彼女から噴出する不穏な空気に困惑する少年。そこへ『ばっ』とあかりは顔を向ける。「だったら手始めにすることは」
顎に手がかかり、視界が彼女で満たされる。
感触は、なんというか……
柔らかかった。
唇を離したあかりは、不敵な笑みを浮かべる。
「私、跡永賀の恋人、辞める気ないから」
彼女の豹変。
その突然に、跡永賀は情けなく呆けるしかなかった。
【帰宅後の夜:自宅・初無敵の部屋】
「それで、どういうことなんだよ」
「何がでござる」
すっかり日もくれた頃、あかりと別れ帰ってきた跡永賀は初無敵の部屋を訪れていた。
カタカタとキーボードを叩く兄の背に、弟は「お前、俺が恋人ができても問題ないどころか、祝福してたじゃないか。それが現実、ああなるのはどういう了見だよ」
「アットたん、アイドルというものはご存知か」
「そこまで無知じゃない」
「なら、アイドルのスキャンダルはどうでござる」
「実は男がいたとか、そういうあれか?」
「そうでござる。アイドルというのは、ある種の純潔――処女性というやつが求められるのでござる。汚れがないからこそファンは純粋に恋や憧れをアイドルにするのでござる」
「あかりは声優だろ? アイドルとは違うんじゃないのか?」
あれは表舞台に立たず、映像に声を入れる裏方の職ではないか。
「アイドル声優でござる。最近は、といっても随分前から、声優というのは声だけでなく、ルックスでも売るようになったでござる。演じるキャラから独立し、オリジナルの曲を出したり、雑誌に顔出しで記事を載せたり……要するに、アイドルと同じようなことをしているわけだよワトソンくん」
「となれば」初無敵はターンッとスタイリッシュにエンターキーを叩き、
「そういった声優にもまた、処女性が要求される。恋人などもってのほか。ファンは血の涙を流しCDを叩き割る勢いでござるよ」
「お前もその一人だってことか?」
だったら悪いことをしたな。跡永賀は珍しく兄に対して申し訳なさを感じた。
「いや、ボクティンはそこまでディープじゃござらぬ。ただ、そういうノリに乗っかってみただけでござるよ」
「……そうかよ」
今の気持ちを持ったことを、跡永賀は後悔した。「だったらあかりはいつまでたっても恋愛禁止なのか?」
「そうでもござらぬよ。老ければファンは逆に結婚を望むようになるし、一定の人気があれば多少ファンが減っても痛くもかゆくもない。もっとも、赤山嬢の場合は一発当てただけの駆け出しであるから、一番そういうことは避けた方がいい時期にあるでござるな」
「なるほど、な……」
なかなか面倒な状況に彼女はあるらしい。
「お前の事情はわかった。あと聞きたいのは」
「長女のことでござろう?」
「ああ」
あの物静かな姉が、普段とはまったく違う態度を見せた。これは異常だ。
「こんなこともあろうかと、こういうものを用意した。まずはこいつを見てくれ」
がさごそ。初無敵がそばの棚から取り出したファイルが、跡永賀の手に置かれる。
「安価スレで妹の下着をうぷする羽目になり、長女の部屋を漁っていたら見つけたものをコピーしたものでござる」
「なんだかよくわからんが、ロクでもないことをしたのはよくわかった」
殴ろうと思ったが、やめた。今はこのファイルの中が気になる。
「おっと、これを飲みながらにしてくれでござる」
部屋にある小型冷蔵庫から取り出されたペットボトルのお茶を受け取る。
「なんで」
「まあいいから。交換条件みたいなものでござるよ」
「……わかった」
なんのことはない、普通のお茶を口に含む。ファイルを開くと、コピー用紙の束が挟んであった。
そこに書かれたのは、小説のようであった。
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