上 下
27 / 31
第5章

第二六話

しおりを挟む
 ハンナの進撃は止まらない。彼女の後に残されるのは、騎士団員の死体の山と、それを称賛する人々。彼らの声援が、母を後押しする。
「見たまえ、最強(笑)の騎士団がゴミのようだ」
「ああ、そうだな」

 何人かが〝飛翔〟によるヒット・アンド・アウェイをハンナにしかけるが、それもうまくいかない。母のペットのドラゴンが火を吐くわ噛み付くわで、制空権が取られてしまっているからだ。時折ボロボロと炭や涎まみれになって落ちてくる死体が哀愁を誘う。魔法使による遠隔攻撃も火力不足でまったく通用しない。結局距離を詰められ、倒されていく。

『そこまでだ化物めぇ! この超四天王ナンバー2、不死身のヘラクレス様が相手だ!』
「全体だとナンバーどれくらいなんだろうね」
「五〇番くらいじゃないか?」

 巨漢が、その体――纏った鎧でハンナの斬撃を受け止める。ピシシとヒビが入ったのは、鎧ではなく剣の方であった。『ガハハ! どうだ! この鎧はマイスター・タローの傑作品よ! 疲労した剣なんぞ物ともしない!』
「カッコつけてるけど、めちゃくちゃ情けないセリフだよね」
「だな。父さん、本当に作ったの?」
「そりゃ、頼まれたら作らないわけにはいかないからな。客選んでも流通すればそれまでだしな」
「母さんの剣、やばいんだけど大丈夫かな」
「母さんが何で二本装備なのか知ってるか?」
「いや」
「腕が二本だからだよ」
 ヒビの入った大剣が放り捨てられる。

『ぶべらぁ!』
 ハンナはアイテムボックスから新たに出した大剣で、巨漢を脳天から一刀両断した。お粗末なことに、頭部に防具はなかったのだ。
「収納しているのも含めれば、常に一三本は持っている」
「円卓の騎士か何かですか」

 ソフィアは呆れたような顔をした。
使い続けた方の大剣を塔の壁に突き刺し、足場にしたハンナは、そこから跳躍。あっという間に最上層に到達した。
『よくぞここまで来た。いざ尋常にしょう――ブゥウウウウ』
 構えた剣と着た鎧ごと斬られたボスの言葉は、それだけだった。武器・防具・技能の三重粉砕トリプル・ブレイクである。

「速いよ速いよー。アニメだったら三話、漫画だったら単行本五冊は堅いのに」
「そもそもどうしてこの程度の強さで決起する気になったんだ。井の中の蛙にも程があるだろ」
「強い奴は皆、遠くにいる強いモンスターを狩りにいくからな、気付きにくいのかもしれん」

 父の言葉に、それもそうかと跡永賀は納得する。普段からここで活動しているのは、非戦闘職が大半であろうし、近場の雑魚を相手にしているのはそれ相応のプレイヤーだ。大海へ遠征する猛者の程度を関知できようはずもない。
『……ああーテステス』
 塔の頂上、開けたテラスで、そこにあった拡声器にハンナは声をあてる。
『ご覧の通りの有様だ。あたしはこういうことうまく話せないけど、とりあえず、言えることは』
 眼下の聴衆に、ハンナは視線を分散させる。気丈に振舞っているが、そこに緊張があったことを家族の跡永賀は見逃さない。
『あたしたちは自由だ。支配されるいわれはない。自由に殺されることはあっても、自由を殺されることはありえない――それだけだ』
 政治家や優等生にありがちな、長々としたスピーチではない。しかし、それが逆にウケた。簡潔で、まっすぐだったからだ。

 聴衆の歓声は、一層盛り上がり、〝透視〟持ちか、それとも知り合いか、誰かが『ハンナ』と叫んだ。それに周囲が――全体が呼応し、
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
 大ハンナコールである。これが本名であったなら、と考えた跡永賀は冷たい汗を流した。妖精の鱗粉がトン単位で必要になる。

『あー、うん。どうもありがとう。それから、狩られた奴のドロップをもらうのは狩った奴だというのがお決まりではあるが、正直こいつらのアイテムに興味はない。ただ、また同じようなことをされるのは癪だ。だから』
 聴取が声を殺し、息を呑む。たとえるなら、買ってもらったおもちゃを前にお預けをくらった子ども、めったに食えない肉を置かれて『待て』をされている犬だ。

『くれてやる!』
 ハンナに倒された騎士団員の骸に、人が一斉に殺到した。騎士団で生き残った者は、大慌てでマントを脱ぎ捨て、無関係を決め込んだ。
 金のかかっていそうなマントが踏まれ、粗末な足拭きに変わっていくのを、跡永賀は複雑な思いで見つめた。
 因果応報……弱肉強食、か。

 ――――それから二週間。
 結局、人類史によくある流れにはならなかった。支配者たろうとした騎士団はこれを機に崩壊――大規模な縮小をし、以前ほど見かけることはなくなった。仮にいたとしても、もはや脅威とは思われていないため、その看板には何のブランドもなく、それどころかアイテムを奪われる大義名分にすらなってしまうため、それは当然といえた。一説には騎士団の残党がランダムテレポートで未開のエリアに高飛びしただの、そこでも手酷くやられて本格的に壊滅しただのといった噂があったが、その真相を跡永賀が確かめる術はない。それは別の誰かが綴るであろう物語である。

 騎士団によるシェルター襲撃からしばらくして、自警団はハンナを頂点として結成された。しかし当の本人の姿はそこになく、宗教よろしく、大多数に勝手に祭り上げられているだけだ。もちろん自警団の創設者たちは頻繁にタロー・ファクトリーを訪れ、ハンナを説得しようとしたが、ついぞそれは叶わなかった。かといって、良からぬ行いをする者をハンナがどうするかは知れ渡っているのだから、それでも抑止力にはなり得るのである。
『それもしばらくのことだよ。慣れたり忘れたりしたら、また同じことをするバカは出てくる』とは、ソフィアの弁だ。もっとも、そのしばらくはプレイ終了時まで続いたので、問題はなかったのだが。

 一連の騒動――通称〝騎士団事件〟によって、タロー・ファクトリーはますます繁盛した。市販品の装備があれだけ派手に粉砕されれば当たり前と言える。従来なら専用の装備を設計・発明していたが、ここまで顧客が激増するとそうもいかない。下請けやラインを設立して、ある程度の一律な装備を量産するようになった。その素材の調達にソフィアは一枚噛み、その中間搾取で大儲けしているらしい。

『株で儲けようとしたんだけどダメでね。このマージンでウマウマするとするよ』
 アルバイトでプレイヤーを雇い、素材を掻き集めてタロー・ファクトリーに納入しているらしい。最近では別の工場とも取引をしているようで、借金はあっという間に返済完了したそうだ。

『ハンナバブルとでも呼べばいいかな』
 笑いが止まらないといった顔で、ソフィアは跡永賀に言った。もはや商人と化した魔法使いである。最近、新たに土地を買ったらしい。

『英雄になんてなるもんじゃない』とは、ハンナの呟きである。
 巷で自分のグッズ商品や、装備のレプリカが出回るのはまだいいらしい。問題は、狩りに出る時に大量のファンがついてくることだ。これが自衛できるならまだいいが、ミーハーな下流層が圧倒的で、その護衛をするハメになるのが面倒なようだ。『いっそ見捨てて痛い目に遭わせれば』と跡永賀が言ったら、ハンナはバツが悪そうに『そういうわけにもいかないでしょ』と頬を掻いた。どうやら満更でもないらしい。余談であるが、この行列により、外界の交通や経済が発展した。

 家族がそれぞれ目的への努力をしている一方で、跡永賀の生活に変わりはなかった。外界にいるとやけにスライムが寄ってくる以外は特段の変化はなく、モモと共にこの世界を楽しむ日々であった。
 そしてとうとう……
 その日が来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y
恋愛
「ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ。お前との婚約を破棄する」  ティオーレ公爵家の令嬢であるラダベルは、婚約者である第二皇子アデルより婚約破棄を突きつけられる。アデルに恋をしていたラダベルには、残酷な現実だと予想されたが――。 「婚約破棄いたしましょう、第二皇子殿下」  ラダベルは大人しく婚約破棄を受け入れた。  実は彼女の中に居座る魂はつい最近、まったく別の異世界から転生した女性のものであった。しかもラダベルという公爵令嬢は、女性が転生した元いた世界で世界的な人気を博した物語の脇役、悪女だったのだ。悪女の末路は、アデルと結婚したが故の、死。その末路を回避するため、女性こと現ラダベルは、一度婚約破棄を持ちかけられる場で、なんとしてでも婚約破棄をする必要があった。そして彼女は、アデルと見事に婚約破棄をして、死の恐怖から逃れることができたのだ。  そんな安堵の矢先。ラダベルの毒親であるティオーレ公爵により、人情を忘れた非道な命令を投げかけられる。 「優良物件だ。嫁げ」  なんと、ラダベルは半強制的に別の男性に嫁ぐこととなったのだ。相手は、レイティーン帝国軍極東部司令官、“剣王”の異名を持ち、生ける伝説とまで言われる軍人。 「お会いできて光栄だ。ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ公爵令嬢」  ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガーであった――。  これは、数々の伝説を残す軍人とお騒がせ悪女の恋物語である。 ☪︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎ 〜必読(ネタバレ含む)〜 ・当作品はフィクションです。現実の人物、団体などとは関係ありません。 ・当作品は恋愛小説です。 ・R15指定とします。 不快に思われる方もいらっしゃると思いますので、何卒自衛をよろしくお願いいたします。 作者並びに作品(登場人物等)に対する“度の過ぎた”ご指摘、“明らかな誹謗中傷”は受け付けません。 ☪︎現在、感想欄を閉鎖中です。 ☪︎コミカライズ(WEBTOON)作品『愛した夫に殺されたので今度こそは愛しません 〜公爵令嬢と最強の軍人の恋戦記〜』URL外部作品として登録中です。 ☪︎Twitter▶︎@I_Y____02 ☪︎作品の転載、明らかな盗作等に関しては、一切禁止しております。 ☪︎表紙画像は編集可能のフリー素材を利用させていただいています。 ☪︎ムーンライトノベルズ様・カクヨム様にも掲載中です。

死神と渾名される秘密主義の義父に恋する娘の話

晴 菜葉
恋愛
 十三歳の頃、火事に遭ったニーナはショックで記憶を失い、身寄りがなかった。  そんなニーナを保護したのは、宝石細工師のブレイン・ロズフェル。たまたま仕事帰りに居合わせた彼はニーナを引き取り、父親として一つ屋根の下での暮らしが始まる。  しかしニーナは、十ニ歳差の義理の父に、秘めた想いを抱えていた。  それは七年を経て、ニーナが二十歳になった現在でも。  昔馴染みから「死神」と渾名されるブレインは、あくまでニーナのことは娘扱い。  ある日、ニーナは父との言いつけを破ったことで、激怒させてしまう。  ニーナは、逆上したブレインに襲われて……。   R18には※しています。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

【R18】わたしのご主人様は魔物使いの義子です【短編】

双真満月
ファンタジー
フィリネが嫁いだハーティア家、夫のレストには魔物を友とする息子がいるという―― そんな話を聞いたフィリネはハーティア家子息・パスルゥが隔離されている塔に赴き、少しずつ仲を深めていった。 しかしある日、パスルゥによって無理やり辱められてしまい……。 一万文字程度の西洋風異世界の短編です。 全面的にエロいです。♡喘ぎ・異種姦(触手、スライム)有り・淫語有り。 以上のものが苦手な方の閲覧はお控え下さい。 スマホからも読めるように台詞の間にも改行を入れました。 これにて完結しております。 2022/01/11 投稿・完結。 ※ムーンライトノベルズでも掲載しています

恋と呼べなくても

Cahier
ライト文芸
高校三年の春をむかえた直(ナオ)は、男子学生にキスをされ発作をおこしてしまう。彼女を助けたのは、教育実習生の真(マコト)だった。直は、真に強い恋心を抱いて追いかけるが…… 地味で真面目な彼の本当の姿は、銀髪で冷徹な口調をふるうまるで別人だった。

私は貴方の性奴隷じゃありません

天災
恋愛

あんなこと、こんなこと

近江こうへい
BL
七瀬はアナニー好きの大学1年生。 夏休みのある日、大学でできた仲のいい友達3人となぜか話の流れでセックスをしてしまう。 「やばい、気持ちいい。何だこれ、気持ちいい、やばい!」 アナニーなんて子供だましにすぎなかったんだと気付いたら、すっかりアナニーでは満足できない身体になってしまった七瀬。 そして、友達だったはずの有川・井田・宇山の3人もまた、どんどん七瀬とのエロい遊びにハマっていってしまい……。 そこにあるのは、性欲なのか友情なのか、それとも。 セックスに耽りつつもそれぞれの想いは少しずつ育ち、やがて長い長い恋愛に至る日々のお話。 (エロ満載ですが、ちゃんと恋愛もしています) ※それぞれの登場人物視点 ※注意:一部リバ有り(主人公は受けのみ) ※登場人物紹介イラストは、最終話の後 ※口語の雰囲気を重視して、「ら抜き」、「い抜き」、誤用の定着した言葉遣い、などをあえて使っている箇所があります。気になる方もいらっしゃると思いますが、お含みおきいただけると幸いです。 【ムーンライトノベルズで連載したものを一部改稿して転載】

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

処理中です...