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第5章
第二六話
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ハンナの進撃は止まらない。彼女の後に残されるのは、騎士団員の死体の山と、それを称賛する人々。彼らの声援が、母を後押しする。
「見たまえ、最強(笑)の騎士団がゴミのようだ」
「ああ、そうだな」
何人かが〝飛翔〟によるヒット・アンド・アウェイをハンナにしかけるが、それもうまくいかない。母のペットのドラゴンが火を吐くわ噛み付くわで、制空権が取られてしまっているからだ。時折ボロボロと炭や涎まみれになって落ちてくる死体が哀愁を誘う。魔法使による遠隔攻撃も火力不足でまったく通用しない。結局距離を詰められ、倒されていく。
『そこまでだ化物めぇ! この超四天王ナンバー2、不死身のヘラクレス様が相手だ!』
「全体だとナンバーどれくらいなんだろうね」
「五〇番くらいじゃないか?」
巨漢が、その体――纏った鎧でハンナの斬撃を受け止める。ピシシとヒビが入ったのは、鎧ではなく剣の方であった。『ガハハ! どうだ! この鎧はマイスター・タローの傑作品よ! 疲労した剣なんぞ物ともしない!』
「カッコつけてるけど、めちゃくちゃ情けないセリフだよね」
「だな。父さん、本当に作ったの?」
「そりゃ、頼まれたら作らないわけにはいかないからな。客選んでも流通すればそれまでだしな」
「母さんの剣、やばいんだけど大丈夫かな」
「母さんが何で二本装備なのか知ってるか?」
「いや」
「腕が二本だからだよ」
ヒビの入った大剣が放り捨てられる。
『ぶべらぁ!』
ハンナはアイテムボックスから新たに出した大剣で、巨漢を脳天から一刀両断した。お粗末なことに、頭部に防具はなかったのだ。
「収納しているのも含めれば、常に一三本は持っている」
「円卓の騎士か何かですか」
ソフィアは呆れたような顔をした。
使い続けた方の大剣を塔の壁に突き刺し、足場にしたハンナは、そこから跳躍。あっという間に最上層に到達した。
『よくぞここまで来た。いざ尋常にしょう――ブゥウウウウ』
構えた剣と着た鎧ごと斬られたボスの言葉は、それだけだった。武器・防具・技能の三重粉砕である。
「速いよ速いよー。アニメだったら三話、漫画だったら単行本五冊は堅いのに」
「そもそもどうしてこの程度の強さで決起する気になったんだ。井の中の蛙にも程があるだろ」
「強い奴は皆、遠くにいる強いモンスターを狩りにいくからな、気付きにくいのかもしれん」
父の言葉に、それもそうかと跡永賀は納得する。普段からここで活動しているのは、非戦闘職が大半であろうし、近場の雑魚を相手にしているのはそれ相応のプレイヤーだ。大海へ遠征する猛者の程度を関知できようはずもない。
『……ああーテステス』
塔の頂上、開けたテラスで、そこにあった拡声器にハンナは声をあてる。
『ご覧の通りの有様だ。あたしはこういうことうまく話せないけど、とりあえず、言えることは』
眼下の聴衆に、ハンナは視線を分散させる。気丈に振舞っているが、そこに緊張があったことを家族の跡永賀は見逃さない。
『あたしたちは自由だ。支配されるいわれはない。自由に殺されることはあっても、自由を殺されることはありえない――それだけだ』
政治家や優等生にありがちな、長々としたスピーチではない。しかし、それが逆にウケた。簡潔で、まっすぐだったからだ。
聴衆の歓声は、一層盛り上がり、〝透視〟持ちか、それとも知り合いか、誰かが『ハンナ』と叫んだ。それに周囲が――全体が呼応し、
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
大ハンナコールである。これが本名であったなら、と考えた跡永賀は冷たい汗を流した。妖精の鱗粉がトン単位で必要になる。
『あー、うん。どうもありがとう。それから、狩られた奴のドロップをもらうのは狩った奴だというのがお決まりではあるが、正直こいつらのアイテムに興味はない。ただ、また同じようなことをされるのは癪だ。だから』
聴取が声を殺し、息を呑む。たとえるなら、買ってもらったおもちゃを前にお預けをくらった子ども、めったに食えない肉を置かれて『待て』をされている犬だ。
『くれてやる!』
ハンナに倒された騎士団員の骸に、人が一斉に殺到した。騎士団で生き残った者は、大慌てでマントを脱ぎ捨て、無関係を決め込んだ。
金のかかっていそうなマントが踏まれ、粗末な足拭きに変わっていくのを、跡永賀は複雑な思いで見つめた。
因果応報……弱肉強食、か。
――――それから二週間。
結局、人類史によくある流れにはならなかった。支配者たろうとした騎士団はこれを機に崩壊――大規模な縮小をし、以前ほど見かけることはなくなった。仮にいたとしても、もはや脅威とは思われていないため、その看板には何のブランドもなく、それどころかアイテムを奪われる大義名分にすらなってしまうため、それは当然といえた。一説には騎士団の残党がランダムテレポートで未開のエリアに高飛びしただの、そこでも手酷くやられて本格的に壊滅しただのといった噂があったが、その真相を跡永賀が確かめる術はない。それは別の誰かが綴るであろう物語である。
騎士団によるシェルター襲撃からしばらくして、自警団はハンナを頂点として結成された。しかし当の本人の姿はそこになく、宗教よろしく、大多数に勝手に祭り上げられているだけだ。もちろん自警団の創設者たちは頻繁にタロー・ファクトリーを訪れ、ハンナを説得しようとしたが、ついぞそれは叶わなかった。かといって、良からぬ行いをする者をハンナがどうするかは知れ渡っているのだから、それでも抑止力にはなり得るのである。
『それもしばらくのことだよ。慣れたり忘れたりしたら、また同じことをするバカは出てくる』とは、ソフィアの弁だ。もっとも、そのしばらくはプレイ終了時まで続いたので、問題はなかったのだが。
一連の騒動――通称〝騎士団事件〟によって、タロー・ファクトリーはますます繁盛した。市販品の装備があれだけ派手に粉砕されれば当たり前と言える。従来なら専用の装備を設計・発明していたが、ここまで顧客が激増するとそうもいかない。下請けやラインを設立して、ある程度の一律な装備を量産するようになった。その素材の調達にソフィアは一枚噛み、その中間搾取で大儲けしているらしい。
『株で儲けようとしたんだけどダメでね。このマージンでウマウマするとするよ』
アルバイトでプレイヤーを雇い、素材を掻き集めてタロー・ファクトリーに納入しているらしい。最近では別の工場とも取引をしているようで、借金はあっという間に返済完了したそうだ。
『ハンナバブルとでも呼べばいいかな』
笑いが止まらないといった顔で、ソフィアは跡永賀に言った。もはや商人と化した魔法使いである。最近、新たに土地を買ったらしい。
『英雄になんてなるもんじゃない』とは、ハンナの呟きである。
巷で自分のグッズ商品や、装備のレプリカが出回るのはまだいいらしい。問題は、狩りに出る時に大量のファンがついてくることだ。これが自衛できるならまだいいが、ミーハーな下流層が圧倒的で、その護衛をするハメになるのが面倒なようだ。『いっそ見捨てて痛い目に遭わせれば』と跡永賀が言ったら、ハンナはバツが悪そうに『そういうわけにもいかないでしょ』と頬を掻いた。どうやら満更でもないらしい。余談であるが、この行列により、外界の交通や経済が発展した。
家族がそれぞれ目的への努力をしている一方で、跡永賀の生活に変わりはなかった。外界にいるとやけにスライムが寄ってくる以外は特段の変化はなく、モモと共にこの世界を楽しむ日々であった。
そしてとうとう……
その日が来た。
「見たまえ、最強(笑)の騎士団がゴミのようだ」
「ああ、そうだな」
何人かが〝飛翔〟によるヒット・アンド・アウェイをハンナにしかけるが、それもうまくいかない。母のペットのドラゴンが火を吐くわ噛み付くわで、制空権が取られてしまっているからだ。時折ボロボロと炭や涎まみれになって落ちてくる死体が哀愁を誘う。魔法使による遠隔攻撃も火力不足でまったく通用しない。結局距離を詰められ、倒されていく。
『そこまでだ化物めぇ! この超四天王ナンバー2、不死身のヘラクレス様が相手だ!』
「全体だとナンバーどれくらいなんだろうね」
「五〇番くらいじゃないか?」
巨漢が、その体――纏った鎧でハンナの斬撃を受け止める。ピシシとヒビが入ったのは、鎧ではなく剣の方であった。『ガハハ! どうだ! この鎧はマイスター・タローの傑作品よ! 疲労した剣なんぞ物ともしない!』
「カッコつけてるけど、めちゃくちゃ情けないセリフだよね」
「だな。父さん、本当に作ったの?」
「そりゃ、頼まれたら作らないわけにはいかないからな。客選んでも流通すればそれまでだしな」
「母さんの剣、やばいんだけど大丈夫かな」
「母さんが何で二本装備なのか知ってるか?」
「いや」
「腕が二本だからだよ」
ヒビの入った大剣が放り捨てられる。
『ぶべらぁ!』
ハンナはアイテムボックスから新たに出した大剣で、巨漢を脳天から一刀両断した。お粗末なことに、頭部に防具はなかったのだ。
「収納しているのも含めれば、常に一三本は持っている」
「円卓の騎士か何かですか」
ソフィアは呆れたような顔をした。
使い続けた方の大剣を塔の壁に突き刺し、足場にしたハンナは、そこから跳躍。あっという間に最上層に到達した。
『よくぞここまで来た。いざ尋常にしょう――ブゥウウウウ』
構えた剣と着た鎧ごと斬られたボスの言葉は、それだけだった。武器・防具・技能の三重粉砕である。
「速いよ速いよー。アニメだったら三話、漫画だったら単行本五冊は堅いのに」
「そもそもどうしてこの程度の強さで決起する気になったんだ。井の中の蛙にも程があるだろ」
「強い奴は皆、遠くにいる強いモンスターを狩りにいくからな、気付きにくいのかもしれん」
父の言葉に、それもそうかと跡永賀は納得する。普段からここで活動しているのは、非戦闘職が大半であろうし、近場の雑魚を相手にしているのはそれ相応のプレイヤーだ。大海へ遠征する猛者の程度を関知できようはずもない。
『……ああーテステス』
塔の頂上、開けたテラスで、そこにあった拡声器にハンナは声をあてる。
『ご覧の通りの有様だ。あたしはこういうことうまく話せないけど、とりあえず、言えることは』
眼下の聴衆に、ハンナは視線を分散させる。気丈に振舞っているが、そこに緊張があったことを家族の跡永賀は見逃さない。
『あたしたちは自由だ。支配されるいわれはない。自由に殺されることはあっても、自由を殺されることはありえない――それだけだ』
政治家や優等生にありがちな、長々としたスピーチではない。しかし、それが逆にウケた。簡潔で、まっすぐだったからだ。
聴衆の歓声は、一層盛り上がり、〝透視〟持ちか、それとも知り合いか、誰かが『ハンナ』と叫んだ。それに周囲が――全体が呼応し、
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』『ハ・ン・ナ!』
大ハンナコールである。これが本名であったなら、と考えた跡永賀は冷たい汗を流した。妖精の鱗粉がトン単位で必要になる。
『あー、うん。どうもありがとう。それから、狩られた奴のドロップをもらうのは狩った奴だというのがお決まりではあるが、正直こいつらのアイテムに興味はない。ただ、また同じようなことをされるのは癪だ。だから』
聴取が声を殺し、息を呑む。たとえるなら、買ってもらったおもちゃを前にお預けをくらった子ども、めったに食えない肉を置かれて『待て』をされている犬だ。
『くれてやる!』
ハンナに倒された騎士団員の骸に、人が一斉に殺到した。騎士団で生き残った者は、大慌てでマントを脱ぎ捨て、無関係を決め込んだ。
金のかかっていそうなマントが踏まれ、粗末な足拭きに変わっていくのを、跡永賀は複雑な思いで見つめた。
因果応報……弱肉強食、か。
――――それから二週間。
結局、人類史によくある流れにはならなかった。支配者たろうとした騎士団はこれを機に崩壊――大規模な縮小をし、以前ほど見かけることはなくなった。仮にいたとしても、もはや脅威とは思われていないため、その看板には何のブランドもなく、それどころかアイテムを奪われる大義名分にすらなってしまうため、それは当然といえた。一説には騎士団の残党がランダムテレポートで未開のエリアに高飛びしただの、そこでも手酷くやられて本格的に壊滅しただのといった噂があったが、その真相を跡永賀が確かめる術はない。それは別の誰かが綴るであろう物語である。
騎士団によるシェルター襲撃からしばらくして、自警団はハンナを頂点として結成された。しかし当の本人の姿はそこになく、宗教よろしく、大多数に勝手に祭り上げられているだけだ。もちろん自警団の創設者たちは頻繁にタロー・ファクトリーを訪れ、ハンナを説得しようとしたが、ついぞそれは叶わなかった。かといって、良からぬ行いをする者をハンナがどうするかは知れ渡っているのだから、それでも抑止力にはなり得るのである。
『それもしばらくのことだよ。慣れたり忘れたりしたら、また同じことをするバカは出てくる』とは、ソフィアの弁だ。もっとも、そのしばらくはプレイ終了時まで続いたので、問題はなかったのだが。
一連の騒動――通称〝騎士団事件〟によって、タロー・ファクトリーはますます繁盛した。市販品の装備があれだけ派手に粉砕されれば当たり前と言える。従来なら専用の装備を設計・発明していたが、ここまで顧客が激増するとそうもいかない。下請けやラインを設立して、ある程度の一律な装備を量産するようになった。その素材の調達にソフィアは一枚噛み、その中間搾取で大儲けしているらしい。
『株で儲けようとしたんだけどダメでね。このマージンでウマウマするとするよ』
アルバイトでプレイヤーを雇い、素材を掻き集めてタロー・ファクトリーに納入しているらしい。最近では別の工場とも取引をしているようで、借金はあっという間に返済完了したそうだ。
『ハンナバブルとでも呼べばいいかな』
笑いが止まらないといった顔で、ソフィアは跡永賀に言った。もはや商人と化した魔法使いである。最近、新たに土地を買ったらしい。
『英雄になんてなるもんじゃない』とは、ハンナの呟きである。
巷で自分のグッズ商品や、装備のレプリカが出回るのはまだいいらしい。問題は、狩りに出る時に大量のファンがついてくることだ。これが自衛できるならまだいいが、ミーハーな下流層が圧倒的で、その護衛をするハメになるのが面倒なようだ。『いっそ見捨てて痛い目に遭わせれば』と跡永賀が言ったら、ハンナはバツが悪そうに『そういうわけにもいかないでしょ』と頬を掻いた。どうやら満更でもないらしい。余談であるが、この行列により、外界の交通や経済が発展した。
家族がそれぞれ目的への努力をしている一方で、跡永賀の生活に変わりはなかった。外界にいるとやけにスライムが寄ってくる以外は特段の変化はなく、モモと共にこの世界を楽しむ日々であった。
そしてとうとう……
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