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呪われた王女にできること

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 この城に戻って、半年が過ぎようとしている。その半年の間に、この城の異常な空気に、嫌でも気づかざるをえなかった。

 修道院で修道女達と暮らしていた頃、思い描いていた城での生活とはまるで違う生活だった。

 父も異母兄達も、思い通りにならない相手に暴力をふるうことに何のためらいも覚えないみたいだ。修道院にいた頃、噂は聞いていたけれどまさかここまでとは思ってもいなかった。

「……私に、何ができるのかしら」

 ジゼルだけが心を許せる相手だ。与えられた部屋にジゼルといる時だけ、安心することができた。

 最初に計画したのは、父と異母兄達を暗殺することだった。国の頂点にいる三人を亡き者とすれば、少しは情勢が変わると思って。

 だが、正面から刃をもって立ち向かったところで、彼らにはかなわないだろう。となれば、毒物を盛るしかない。

 用心深く、父のマクシムは食事については常に毒見役を用意している。だが、宴の場では、毒見役の目を盗んで毒物を紛れ込ませる隙があるのではないかと思っていたが――。

 実際、ジゼルに頼んで一度試してみたことがある。ジゼルのドレスの内側にハーブシロップの小瓶を入れ、それをこっそり取り出そうとしたところ、すぐに見つかり、厳しく叱責されたのだ。

「ええ、やはり軍人は軍人ということなのでしょうね」

 父の目も、異母兄達の目も、自分達に近づく者達を挙動を見張っていた。怪しげな動きをすれば、すぐにでも取り押さえられるように。

「気分が悪くなったので、侍女にハーブシロップを持ってきてもらったのだ」と説明することでなんとかごまかすことができた。

「少し、城内を歩いてこようかしら――一緒に来てちょうだい」

 ジゼルを連れて外に出る。廊下を歩いている間に、二人の姿を見かけた使用人達がこそこそと姿を隠すのが見えた。

 たぶん、自分達の落ち度を父に告げられるのを恐れているのだろう。自分は父や異母兄達とは違うのだと声を大にして言いたくなるが、口にすることはできなかった。

 城内を歩き回り、城内の様子を自分の目で確認しながらへと出る。眼下に広がる街の光景は、ここから見ている分には平和に見えた。

「何を、お考えですか?」

「ルディガーのこと……かしら。彼が、セヴラン王国を立て直すために立ち上がったという噂は、あなたも聞いているでしょう?」

「そうですね。ただ――彼が国を再興できるかどうかはわかりませんよ」

 彼が修道院を出て、二年半。一度は旧セヴラン王国領も脱出したらしい。彼の叔母にあたる人物が嫁いだ国の王を頼り、そして――わずか二年半で立ち上がるところまでこぎつけた。

 会いたい。彼に――会いたい。

 あれ以来、彼と連絡なんて一度も取っていない。国を再興するために立ち上がったという『ルディガー王子』が本物であるのかどうかもわからないのだ。

 だが、この空の下。遠い向こうでルディガーが生きているのだと思えば、胸の奥から込み上げてくるものがある。

 この気持ちに名前をつけることは、間違いなく許されない。あんな男の血を引いている以上――人並みの幸福というものを求めるのは間違っている。

「――失礼ながら、ディアヌ王女殿下でしょうか」

「あなたは?」

 声をかけられ振り返る。そこに立っていたのは、見たことのない男性だった。白髪交じりの茶の髪はきちんと整えられ、物腰には気品が溢れている。

 警戒心をあらわにするジゼルが、男とディアヌの間に立ちふさがるようにした。

「失礼いたしました。私は、ヒューゲル侯爵と申します」

 ヒューゲル侯爵。ディアヌも名だけは聞いたことがあった。もともとトレドリオ王家に仕えていた男だ。

 だが、父がトレドリオ王家を滅ぼした際、真っ先に父の側に寝返ったと聞く。その後、国境警備に追いやられていたというから、今まで顔を見たことはなかったのだろう。

 丁寧に一礼した侯爵の様子に、ジゼルが元の位置へと戻る。警戒心は解かないまま。

「私のことはご存じなのですか」

「お会いしたことはございませんが、お生まれになったことは存じておりました。祝いに、絹織物を贈らせていただいたのですよ」

「……そうだったのですね。今後はお城にお勤めなのですか?」

「いえ、陛下に報告があって一時戻っただけなのです。すぐに任地に戻ります。ああ――本当に、ブランシュ様によく似ておいでだ」

 侯爵の目が、昔を懐かしむかのように細められたのに気がついた。この男は、何を考えているのだろう。

 まるで、今のこの城の状況が彼には不愉快だとでもいいたいような。

 不愉快でも当然なのかもしれないけれど――この城は、彼がトレドリオ貴族だった頃はトレドリオ城と呼ばれていた。シュールリトン王家に仕えるようになった今でも、その頃のことを思い返すのだろうか。

 いや、よく考えれば、父は彼と同じトレドリオ貴族だった。王妃の美貌に目がくらみ、主を弑逆して新たな王となるまでは。かつての同輩の下にいるのが面白くないというのもあるのかもしれないけれど、会ったばかりの相手の内面まではわからない。

「……そうでしょうか。は、母のことは……誰も話してくれないので。父も……あまり話をする機会はありませんから」

「よく似ておいでだ。ブランシュ様は――強いられた結婚を受け入れられたが、そのおかげで助かった者も多いのですよ」

 強いられた結婚――そうだ、父との結婚は、母にとっては呪われたものでしかなかっただろう。だが、今のヒューゲル侯爵の言葉が、思考のひらめきを与えてくれたような気がする。

「お前達、こんなところで何をしている?」

 城壁に上ってきたのは、王太子のジュールだった。彼は、ディアヌの身体に上から下まで視線を走らせる。その彼の視線に不気味なものを感じ、ディアヌは一歩後退した。

「――王太子殿下。王女殿下にご挨拶させていただいておりました」

「そういえば、戻ってきたのは久しぶりだったな。父上に用ならそろそろお戻りになるぞ」

 それは、侯爵に立ち去るよう命じる言葉であった。それに気づいた侯爵は、一礼すると踵を返して歩き始めた。

「それで、お前はどうした。こんなところに来ても、何も面白いものはないだろう」

「……街が、見たかったので」

 街の様子を確認できるのは、南の城壁からだけだ。正面から異母兄の目を見ることができなくて、もごもごと口にした。

「街なんか見ても面白くないだろうに」

「姫様は、お城の外に出かけられないからです。せめて、外の空気を感じたい、と」

 横からジゼルが助け舟を出してくれる。それにジュールは面倒くさそうに手を振った。

「侍女がよけいなことを口にするな――街に出たいなら、俺が連れて行ってやろうか」

「いえ、お兄様のお手をわずらわせるわけにはいきませんから。失礼します」

 父とよく似た顔立ち。堂々たる体躯ではあるが――彼の笑みには得体のしれないものを感じてしまう。

「ディアヌ、あまりうろちょろするなよ――お前にいい印象を持たない者も多い。父上は、お前に縁談を持ってくるはずだぞ」

 ジュールの言葉は聞こえなかったふりをして、足早にその場を去る。兄の追及をうまくかわすことができたのかどうか、自信は持てなかった。

「……姫様、大丈夫ですか」

「ええ。それより……私にできることが見えたような気がするの」

 修道院が襲撃されたあの日、彼が命をかけて救ってくれたことは今でも胸に焼き付いている。あの時、自分が初めて人に切りつけたことも。

 もし――もし、彼が家族の仇を取るためにここまで来るというのならば。もし、その時、内部から手を貸すことができたならば。

 自分にも――できることがあったとあやしい期待が、胸の奥から込み上げてくる。だから、早くルディガーがここまで来てくれればいい。そう強く願った。

 
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