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過去―聖女に認定された日
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それは、ある日突然に訪れた。
「私が聖女って……」
レミリアは呆然とする。
育った教会で、祈りを捧げるのは日課。今日も、その日課の通りに、女神の像の前で祈りを捧げていたはずだった。
時をつかさどる女神リンネルート。歴史の流れを見守る彼女は、人が生まれた時にその運命を予言するとも伝えられている。
だが、レミリアは神託を受けたことなどなかった。この教会を預かっているシスター・グレースだって、それは同じだろう。
「聖女と認定された以上、行くしかないでしょう」
「だけど、シスター」
シスター・グレースは、どんな運命が待ち受けているのか知っているのだろうか。
レミリアが受けた啓示では、レミリアを魔王討伐に参加するため、レミリアを女神の使徒と認定したというだけの話だった。
(……いきなり、そんなことを言われても)
生まれた時に教会の前に捨てられていたレミリアは、両親の顔を知らない。人々の寄付と、巣立った子供達からの仕送りでなんとかやっているこの孤児院では、日々食べていくのがやっとのこと。
シスターが教えてくれる基本の読み書き以外には、ろくな教育も受けていない。レミリアだって、そろそろ独立しなければならないけれど、近隣の店で住み込みで働かせてもらえばいいか、くらいにしか考えていなかった。
シスターの手助けをする人間だって必要だというわけで、急いで出ていく必要もなかったのである。
――なのに。
教会を訪れたのは、黒と白の対比が美しい司祭服を身に着けた男だった。シスター・グレースと同年代だろうか。日に焼けた彼の顔には、深いしわが刻み込まれている。
「では、シスター。レミリアは預かっていくぞ」
「――待って!」
男は有無を言わさず、レミリアを馬車に押し込む。最低限、身の回りの品さえも持っていくことを許されなかった。
「私が、聖女だなんて!」
「我々だって、認めたわけではない」
レミリアの向かい側に座った司祭は、じろりとレミリアをにらみつける。その視線は鋭くて、思わずレミリアは身を縮めるようにした。
(……この馬車はずいぶん立派だけど)
こんな立派な馬車、ホルストでは見たことがなかった。馬車の振動でお尻が痛くなることはなさそうな、上質の座席。
壁に貼られている壁紙は、複雑な模様を織り込んだもの。手すりや扉の金具などはピカピカになるまで磨きこまれている。
外の様子をうかがうことのできる小さな窓も、同じだった。馬車をこれだけピカピカに保つのは、容易なことではないだろう。
この人達は、レミリアをどこに連れて行こうというのだろう。彼らの身に着けているものは立派だけれど、レミリアに対する感情はあまりいいものではないようだ。
「――あの」
ようやく絞り出すようにして告げれば、男は再びじろりとレミリアをにらみつける。
「こ、これから私……どうすればいいの」
震える声で途切れがちに問うレミリアの様子に、男ははぁっとため息をついた。
上から下までじろじろと彼の視線が往復する。その視線はやはり好意的ではなかった。
「どうすれば? 今さら、そのようにふざけたことを? お前は、女神の神託をどう受け止めているのだ」
「どうって言われても」
相手のことを恐れる気持ちはたしかにあったはずなのに、ふくれっ面になっていた。
レミリア一人が女神の神託を受けたと言ったなら、こんなことにはなっていない。レミリアの保護者であるシスター・グレースや、王都の教会にいる司祭達にも同じ神託が下ったらしい。
すなわち、「ホルストの教会で暮らすレミリアを使徒として認める」ということだけ。
(……頭の中で声が聞こえた時にはびっくりしたし)
広げた両手をじっと見つめてみた。レミリアの心に直接語り掛けてきた女神は、レミリアを地上における女神の力を行使する者として認めたらしい。
レミリアはまったく気づいていなかったけれど、レミリアの肉体はそれに適しているのだそうだ。
女神に使徒として認められれば、時の女神の力を借りた魔術を行使することができる。さらに、深い勉強をすれば、古代魔術も使えるだろう――そんな話をされても、レミリアにはよくわからなかった。
――ただ、自分の運命が大きく変わってしまったことを突き付けられただけで。
「私が聖女って……」
レミリアは呆然とする。
育った教会で、祈りを捧げるのは日課。今日も、その日課の通りに、女神の像の前で祈りを捧げていたはずだった。
時をつかさどる女神リンネルート。歴史の流れを見守る彼女は、人が生まれた時にその運命を予言するとも伝えられている。
だが、レミリアは神託を受けたことなどなかった。この教会を預かっているシスター・グレースだって、それは同じだろう。
「聖女と認定された以上、行くしかないでしょう」
「だけど、シスター」
シスター・グレースは、どんな運命が待ち受けているのか知っているのだろうか。
レミリアが受けた啓示では、レミリアを魔王討伐に参加するため、レミリアを女神の使徒と認定したというだけの話だった。
(……いきなり、そんなことを言われても)
生まれた時に教会の前に捨てられていたレミリアは、両親の顔を知らない。人々の寄付と、巣立った子供達からの仕送りでなんとかやっているこの孤児院では、日々食べていくのがやっとのこと。
シスターが教えてくれる基本の読み書き以外には、ろくな教育も受けていない。レミリアだって、そろそろ独立しなければならないけれど、近隣の店で住み込みで働かせてもらえばいいか、くらいにしか考えていなかった。
シスターの手助けをする人間だって必要だというわけで、急いで出ていく必要もなかったのである。
――なのに。
教会を訪れたのは、黒と白の対比が美しい司祭服を身に着けた男だった。シスター・グレースと同年代だろうか。日に焼けた彼の顔には、深いしわが刻み込まれている。
「では、シスター。レミリアは預かっていくぞ」
「――待って!」
男は有無を言わさず、レミリアを馬車に押し込む。最低限、身の回りの品さえも持っていくことを許されなかった。
「私が、聖女だなんて!」
「我々だって、認めたわけではない」
レミリアの向かい側に座った司祭は、じろりとレミリアをにらみつける。その視線は鋭くて、思わずレミリアは身を縮めるようにした。
(……この馬車はずいぶん立派だけど)
こんな立派な馬車、ホルストでは見たことがなかった。馬車の振動でお尻が痛くなることはなさそうな、上質の座席。
壁に貼られている壁紙は、複雑な模様を織り込んだもの。手すりや扉の金具などはピカピカになるまで磨きこまれている。
外の様子をうかがうことのできる小さな窓も、同じだった。馬車をこれだけピカピカに保つのは、容易なことではないだろう。
この人達は、レミリアをどこに連れて行こうというのだろう。彼らの身に着けているものは立派だけれど、レミリアに対する感情はあまりいいものではないようだ。
「――あの」
ようやく絞り出すようにして告げれば、男は再びじろりとレミリアをにらみつける。
「こ、これから私……どうすればいいの」
震える声で途切れがちに問うレミリアの様子に、男ははぁっとため息をついた。
上から下までじろじろと彼の視線が往復する。その視線はやはり好意的ではなかった。
「どうすれば? 今さら、そのようにふざけたことを? お前は、女神の神託をどう受け止めているのだ」
「どうって言われても」
相手のことを恐れる気持ちはたしかにあったはずなのに、ふくれっ面になっていた。
レミリア一人が女神の神託を受けたと言ったなら、こんなことにはなっていない。レミリアの保護者であるシスター・グレースや、王都の教会にいる司祭達にも同じ神託が下ったらしい。
すなわち、「ホルストの教会で暮らすレミリアを使徒として認める」ということだけ。
(……頭の中で声が聞こえた時にはびっくりしたし)
広げた両手をじっと見つめてみた。レミリアの心に直接語り掛けてきた女神は、レミリアを地上における女神の力を行使する者として認めたらしい。
レミリアはまったく気づいていなかったけれど、レミリアの肉体はそれに適しているのだそうだ。
女神に使徒として認められれば、時の女神の力を借りた魔術を行使することができる。さらに、深い勉強をすれば、古代魔術も使えるだろう――そんな話をされても、レミリアにはよくわからなかった。
――ただ、自分の運命が大きく変わってしまったことを突き付けられただけで。
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