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第二話 たゆたう猫
たゆたう猫1
しおりを挟む「なーうー、なーん」
「なぁん」
革張りのソファの上で、二匹の猫が戯れ合っている。
片や、でっぷりとして貫禄のある風体のオス、三毛猫ロウ。
片や、華奢な体つきの真っ白いメス、ルナ。
つい二日前に番となったばかりの後者の顔を、前者がペロペロとしきりに舐め回していた。
「おい、ロウ。別れを惜しみたい気持ちも分かるが、そろそろ行くぞ」
そんな三毛猫に苦笑しながら声をかけたのは、その主人であり、一同が乗っている船のオーナーでもあるレオだ。
今朝早く新たな港に到着した船を、彼はこれから商談のために降りる。
そして商談相手の達ての願いで、今日はロウも一緒につれていくことになっていた。
「あまり見せつけてくれるなよ。俺だって、ララと離れ難くなるだろうが」
いつまで経っても離れる気配のない猫達にそう言うと、レオは傍らに立っていた少女を引き寄せ抱き締めた。
「ご主人様?」
ララと呼ばれた少女はレオの胸元から顔を上げ、驚いたように彼を呼ぶ。
すると、レオは覆いかぶさるようにしてその唇にかぶりついた。
薄く開いていた唇を抉じ開けて舌を割り込ませ、びくりとして奥に引っ込みそうになった彼女のそれを追いかけて、捕まえて、きつく絡み合わせる。
一方、レオの片手は華奢な背中を支え、もう片方は後ろからララの足の間に差し入れられた。
その手が膝丈のチュニックを捲り上げ、下に着けた薄手のズボン越しに奥まった場所を刺激する。
「――っ……あっ、ん……」
「ララ、気持ちいいか?」
「ん、あっ……ご主人様っ……」
「お前は素直で可愛いな」
立ったままで翻弄されて、ララの足はがくがくと震えた。
それでも与えられる快楽に従順に身を任せ、必死にレオの身体に縋り付く。
ところが彼女がついに頂きに届きそうになった時――
「――えっ……?」
愛撫の手はふっと離れていってしまった。
息を乱したララは、目の前の身体に縋り付いたまま呆然とする。
レオはそんな彼女の唇にいやに優しく口付けると、少し意地悪な笑みを浮かべて言った。
「続きは、俺が帰ってくるまでおあずけな」
「……」
「いい子で待ってな。早く帰ってくるから」
「……はい」
ララは頬を赤らめ、切ないため息を吐く。
そんな彼女の顎の下を子猫を宥めるようにくすぐると、レオは一向にルナと離れる気配のないロウを強制的に担ぎ上げた。
そうして、行ってくると言い置いて、あっさりと出かけて行ってしまったのである。
「い、いってらっしゃいませ……」
「なー」
燻る身体で必死に立ったララの顔を、ルナが下から不思議そうに覗き込んで一声鳴いた。
前の港を出航して二日目の朝、一行を乗せた船は次の目的地に到着した。
マード卿の住まう国とは山間に国境を引く隣国にあたる。
陸路では大きい山を二つ越えなければならないので難儀だが、船で沿岸を回れば二日は短縮できるのだ。
今回停泊した港は、前の港よりもずっと大きかった。
レオの船は商船にしては大きい方だが、それよりもまだ上をいく船がいくつも停泊している。
周辺各国から様々な船が集まり、海の上は実に賑やかだ。
桟橋の近くには、巨大な豪華客船も見える。
そしてまた、一際大きな船が一隻、海洋よりゆっくりと港に入ってきた。
しかもそれは、今まさにオーナーが留守にしているレオの船にそっと横付けされたのである。
甲板にいた船員達は、その大きさと掲げられた旗を目にしたとたん、思わず作業の手を止めていた。
――バンッ!
と、突然その大きな船の甲板から一枚の板が伸びてきて、レオの船へと橋が渡されたではないか。
さらには、その橋をギシギシとしならせて渡って来る者がいた。
白いふさふさの羽根がついた黒い三角帽子をかぶった大柄な男だ。
黒地に金糸の刺繍入りのロングコートを羽織り、明らかにただ者ではない雰囲気を醸し出している。
男は、硬い靴の底をガツッと響かせて甲板に降り立つと、腰に提げたサーベルをがちゃりと鳴らして船員達の顔を見回す。
そうして、言った。
「――おい、メス猫を出せ」
一方、その頃。
レオは港からさほど離れていない場所に立つ屋敷の一室で、商談相手と向かい合っていた。
「――ああ、これはいいものだね。全部いただくよ」
今日の商談相手――マダム・メイは、レオが納品したシルクの生地を広げて眺めると、あっさりと頷いて契約書にサインした。
マダム・メイは伯爵家の未亡人で、十四歳で独立したレオの初めての客となって以来の付き合いである。
彼女が煙管を片手に目配せすると、執事が紙幣の束をレオの目の前で数えてから差し出した。
「ありがとうございます。確かにいただきました」
レオは礼を言って紙幣を受け取り、後ろに控えていた秘書のアベルに託す。
アベルがそれを袋に詰めて退室すると、マダム・メイの執事も主人のくわえた煙管に火を差し出してから席を外した。
部屋の中には、レオとマダム・メイ、それからソファで丸くなった三毛猫ロウだけが残された。
「商売は順調のようだね、レオ。お前様はきっと父上を超える商人になるだろうと皆期待しているよ」
「恐れ入ります」
「それで、今日はあの可愛い娘はどうしたの? 久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのだけれど?」
マダム・メイは魅惑的な赤い唇からふうと煙を吹き出すと、そう言ってレオを睨んだ。
赤い巻き毛の妖艶な美女は、元々は王侯貴族を相手にする高級娼婦だった。
年老いた伯爵が惚れ込んで、ようやく妻に迎えたと思ったら一年も経たない内に亡くなり、たちまち彼女は未亡人。
まあ、よくある話だが、伯爵も馬鹿ではなかった。
家督は前妻との間に生まれた長男に継がせることと、遺産の分配についても真っ当な遺言書を用意していたので、遺された者達はさほど揉めることはなかったという。
マダム・メイもこの海に近い大きな屋敷を相続し、一生暮らすに困らない遺産も受け取った。
まだ四十を過ぎたばかりの彼女だが、新たに夫を迎えることもなく、悠々自適に隠居生活を楽しんでいる。
そんなマダムが、男性とも女性とも愛し合える、いわゆる両性愛者であるのは有名な話だ。
ただし、彼女の愛を得るのは男女ともに可愛らしい雰囲気の者で、幸か不幸かレオはその好みから外れていた。
一方、まだあどけなさを残す子猫のようなララは、マダムの大のお気に入り。
レオは肩を竦めて言い返した。
「ララは置いてきましたよ。マダム・メイにつまみ食いされるといけませんからね」
「おや、だめかい? ちょっとくらい味見させてくれたっていいじゃないか」
「だめです、絶対に。その代わり、ご要望通りロウは連れてきましたでしょう?」
「なあーん」
ララに会えずに不満げだったマダム・メイだが、レオに背中を突つかれたロウがソファから立ち上がって挨拶をすると、とたんに機嫌を直した。
「ロウも、久しぶりだね。ちょっと見ないうちに、貫禄が増したんじゃないかい?」
「いや、こいつはただの食い過ぎです」
マダム・メイは赤い爪の背でロウの顎の下を撫でると、テーブルの上に置いてあった小さな鈴をちりんちりんと鳴らした。
すると、部屋の隅に開けられた小さな戸を押し開けて、猫が一匹やってくる。
マダム・メイの飼い猫は、すらりとした体型の美しいメスだ。
飼い主に似てどこか妖艶な切れ長の瞳が、するりと細められてロウを流し見る。
とたんに、ロウはソファの上でそわそわと落ち着きを無くした。
「綺麗なシャム猫ですね。それに賢そうだ」
「そうでしょう? 躾の行き届いたいい子さ」
シャム猫の名前はリリィといって、今年三歳になるらしい。
元々は、マダム・メイの女性の恋人の飼い猫だった。
元の飼い主は半年前に嫁入りが決まったものの、嫁ぎ先の方針で猫を飼えなくなったのだという。
マダム・メイは情の深い女性で、恋人達の新たなの門出も惜しみなく祝ってやっている。
その代わり彼女自身は気が多く、これまで誰もその心を独り占めできたものはいないとの噂だ。
そんなマダム・メイは、愛猫となったリリィにロウの子供を産ませたくて、彼を連れてくるようレオに頼んだらしい。
リリィももちろん、ロウやルナ同様に現在発情期の真っ最中。
しっぽと耳をぴんと立て、エメラルドグリーンの瞳をまん丸に見開き固まっているロウに対し、リリィの方が積極的に寄っていき、彼の匂いをふんふんと嗅ぎ回っている。
レオは情けない愛猫に苦笑しながらも、マダム・メイに向かって言った。
「ロウの子だからと言って、同じように三毛猫のオスが生まれるとは限りませんよ?」
「いいんだよ、別に珍しい子猫が生まれなくても。どこの馬の骨か分からないような野良に孕まされるよりは、少しでも見知ったオスの子の方がいいじゃない」
「はあ、それは確かに……」
「で、レオ。お前様はどうなんだい?」
「はい?」
「せっかく来たんだから、うちの娘達と遊んで行くかい? ――以前のように」
「……」
マダム・メイの恋人は元娼婦が多く、かつてはレオも世話になったことがある。
年齢の達していないララに手を出せなくて持て余した性欲を、後腐れのないプロ相手に解消していたのだ。
だがしかし――
「いいえ、結構です。ララのおかげで溜まっていないので」
レオは満面の笑み浮かべて断った。
ララを心置きなく抱けるようになった今、情の通わない身代わりなどもう必要ないからだ。
むしろレオは、出がけに鳴かせたララの可愛らしい声を思い出し、身体が熱くなるのを感じた。
自分の胸元に縋り、恥ずかしそうに赤らめられていたあの頬は、もう元の色に戻ってしまっただろうか。
早く船に帰って、もう一度色付かせてやらねば。
レオの心はすでにララの許へと飛んでいた。
「……おやおや」
一方、そんな彼の答えにララとの関係の変化を察したマダム・メイは、灰皿の隅に煙管を打ち付けて燃えカスを捨てると、赤い爪の先でテーブルをコンコンと叩きながら口を開いた。
「これは、いろいろ聞かせてもらわないといけないようだねぇ? 今からでも遅くないよ。あの娘を連れておいで」
「マダム・メイがララにキスをしないと誓約書を書いてくださるなら、考えてもいいですよ」
「キスくらいいいじゃないか。減るもんじゃなし」
「ダメです。ララの全ては俺のものですから」
レオはそう言ってソファから立ち上がると、苦笑を浮かべつつ続けた。
「先月、ララもようやく結婚できる年になりましら。――待ち遠しかったですよ、まったく」
「そうか……お前様、ちゃんとあの娘を待ってあげられたんだねぇ」
何か祝いを贈りたいとのマダムの申し出に、レオはお構いなくと返した。
そして、今度こそ彼女に別れを告げると、控えの部屋で待っていたアベルとともにまっすぐに港へと戻ったのである。
――ところが
急いで帰った船の上。
ララの姿はどこにもなかった。
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