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本編

11 悩みすぎて寝てしまう

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 吾郎は覗き込んでいた窓から体を戻して、LED懐中電灯の明かりを消すと、その場で座り込んであぐらをかいた。

「(まいったな……)」

 吾郎は表情を曇らせながら首を捻った。

 それもそのはず、いくら美しいダークエルフの女性集団とはいえ、明らかに難民風である以上、厄介事には違いがないのである。

「いきなり難民襲来イベントとは……勘弁してくれよ」

 吾郎は思わず本音を愚痴った。

 なにせ、吾郎は国を背負う政治家でもなければ、人道支援や慈善事業に命をかける活動家でもない。

 そもそも、元の世界でも昨今の難民問題は、ただ助けてあげれば良いというだけの綺麗ごとでは済まない凄まじい問題を内包していることが明白となってきており、吾郎としてはネガティブなイメージしか持っていない。

 ちなみに、日本にはこの問題を明確に例えられる便利なことわざがある。

 それは「軒(のき)を貸して母屋(おもや)を取られる」という、ことわざである。

 このことわざを簡単に説明すれば、雨に濡れて可哀想なので、我が家の軒先で雨宿りをさせてあげたら、いつのまにか家の中に上がり込まれ、最後は家を乗っ取られていたという話である。

 つまり、親切心を利用されて全てを失ってしまうという意味であり、元の世界の難民問題において、各国はこのことわざの瀬戸際まで追い込まれつつあるといってもいい。

 困っている人を助ける、それは人として、とても大切で大事なことだ。

 だが、昨今の世界情勢を見れば、ことはそう単純ではなく、色々な難問を抱えていることが分かる。

 異なる文化、宗教、習慣を持つ赤の他人を、ちょいとした親切心で大量かつ気軽に自国に招き入れた場合、何が起こるのかは今や先進国である諸外国が、その身でもって証明しつつあるのだ。

「普通のファンタジーものならば、主人公は何も考えずに弱者をすぐに助けようとするし、俺もできればそうしてあげたい……あげたいのだが、いざこうやって当事者になってみると、素性や民族性の分からない相手を気軽に助けるのは、やはりどうしても怖い」

 吾郎は屋上に置き忘れたアーモンド入りチョコの代わりに、通販でチョコナッツボール(80金貨)を購入すると、取り出し口から手の平の上に小さなチョコ玉を数個放り出して口に放り込むや、モリモリと噛み砕く。

「……そもそも、すぐに助けてあげようとするのは、日本人気質というか真面目で優しすぎるんだよ。自国内では恩を仇で返されることが少ないせいで警戒心が低すぎる。歴史や経済協力を見れば美談もたくさんあるけれども、その影には人知れず裏切られて滅びた人々もいるんだよな。やはり情けってのは、基本は日本人同士だからこそ通じる文化でしかなく、一歩外国に出れば、日本の常識は非常識となってしまうことが多いとも聞くしな」

 吾郎は壁に背中を預けると、気怠そうにため息をついた。

「そもそも、俺は、ぼっちで生きてきた人間なんだけれどもなー……。いきなり大多数の難民と交流しろとかハードルが高すぎるんですが……。しかも、どんな素性かも分からない集団だし、親切心を見せたせいで、こちらへの要求がエスカレートしたり文句を言われたり、あげくには裏切られて襲われたりされるのも怖いし辛いし……」

 吾郎は元の世界では、社会からドロップアウトしてしまった人間である。

 しかも、この異世界ではチートの力を背景にして、更にわがままかつ自由気ままに「個人」で生きようとする、立派な利己主義者になりつつもある。

 もちろん、他人との付き合いが苦手というか、面倒であるという性格的な要素が多分に含まれているせいでもあるのだが、やはり異世界に転移したからといって急に他人の問題事に堂々と突っ込んでいく程に、テンションアゲアゲな性格へと急変するわけなどなかった。

「あー……悩みが次から次へと出てきて止まらない。とりあえず、このまま放っておけば、朝にはどこかに移動して居なくなる可能性もあるだろうし、そうであれば所詮、彼女達は難民ではなく、ただの旅行者みたいな集団だったということだけだし、もしも、まだ居座っていたならば、その時はその時にまた考えるしかないよな……」

 吾郎は突然の来訪者達について悩むのすら億劫になってきたが、根っこの部分では繊細な性格のせいか悩みをきっぱりと頭から切り離すことができなかった。

「そもそも、俺は一人ででも余裕で生きていける状態なのに、わざわざ他所様の厄介事に首を突っ込む理由はこれっぽっちもないわけで」

 吾郎は、誰でも彼でも考えなしに助けるほどの、お人好しでも善人でも無かった。

 基本は自分ファーストであり、自分に害がありそうならば冷静な判断を遠慮無く下す信念を持っている。

 吾郎は楽な姿勢でこの悩みごとについて考えようと思い、ネット通販で安い寝袋(1500金貨)を購入すると、マント、ダンプポーチ、エアガン入りホルスターなどの装備品を外してから、いそいそと入りこんだ。

「そういえば、神様っぽい人いわく、俺の体は病気にかからない体質になっているらしいから歯磨きはいらないみたいだな。実際、何度も食事をしているけれど歯が常にツルツル状態だし」

 吾郎は生まれて初めての寝袋に窮屈感を感じるが、同時に体が包み込まれる安心感みたいなものも感じた。

「……それと、トイレも必要無いと言っていたなー。なんか、魔力変換回路が食事による吸収率を究極まで高めてしまうから老廃物が出ないとかなんとか……いやー、便利だ」

 実際、吾郎は異世界に来てから一度もトイレをもよおさなかった。

 吾郎は「楽ちん楽ちん」と呟くと、まぶたを静かに閉じる。

「……さて、ダークエルフ達の問題をどうしよーか、悩む……悩むなー……。うーん……うーん……ぐぅぅ……すゃぁ……」

 楽な姿勢で考えようと思った吾郎であったが、異世界初日の気疲れが出たのか、そのまま深い眠りへと落ちてしまうのだった。
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