5 / 13
ストーリー
3
しおりを挟む
2人は階段を降り船内に入る。そこはラウンジがある場所だった。吹き抜けになっていて中の階段をさらに下るとステージがある。傑の記憶が正しければ、バンドグループの演奏を聞いた。
でも今は人がいなければ、催し物のセットもない。文字通り側があるだけだ。
「まるで抜け殻だな」
「抜け殻?」
「僕らはこの船で旅行をした。演奏に合わせてダンスもしたし、ラウンジの隣にバーカウンターがあったじゃない
か」
バーで洒落たウィスキーを取り、ダーツやビリヤードをした。脳裏に眠る思い出が浮かぶ。しかし、目の前に広が
っているのはただの殺風景な色彩を失った置物だ。
「何年も航海をしている船なら人々の思いがあるものだ。だが、この船にはそれが感じ取れない。だから抜け殻だ」
「ずいぶんと感傷的なのね」
「10年もたった。僕は40過ぎ。過去を振り返りたくなる歳だ」
「そう」
「まだ振り返るほど人生は君にはないからわからないだろう?」
「そうね」
沙良はさっきから気の抜けた返事しかしない。大体そういう時は興味を失っているのだ。沙良は未来にしか興味がない女だ。
「ここはいい。行きたいのは機関室だ」
「どうして?」
「行けば分かる」
傑の記憶が正しければラウンジがあるフロアからさらに降りる。船の最深部。乗客は入れない場所である。
「そろそろ正直に話したらどうだ?」
「何を?」
「僕の口からわざわざ言わせるつもりか? 試しているのかな?」
「何のことやらわからないわ」
傑はじっと彼女をにらみつけるが、せせら笑う表情を崩すことはできない。こういう時は事実を突きつけるに限る。
「どうしてこんなセットを作った?僕をここに連れてきた目的を教えてもらおうか」
「セットって何のことかしら?」
傑は右足を後ろに引き、拳を握り締める。
「君が僕の頭脳を試すなら、僕のほうも試すとしよう」
まずは軽いジャブを彼女に向けて出した。華奢な体はすっと泳ぐように避けた。間髪入れずに次の撃を入れる。彼女は自らの体重の軽さを利用して攻撃を避けた。視線がちょっとそれたとき傑は蹴りを入れる。
沙良は傑の蹴りを察知していた。動きが読めるのだ。拳に怒りが見える。彼からすればここにいること自体が想定外なのだ。
「まったくせわしない人ね」
面倒だ。反撃しなければならない。彼女は左の拳を突き出した。傑は受け止めて腕をひねろうとした。腕の靭帯を損傷しないよう体をねじらせた。宙に浮いた沙良の体に強烈な蹴りがさく裂した。
避けない――空中に飛んだ体をうまく調整し威力を削いだ。態勢を整え反撃に出る。
互いの動きは互いに理解しあっていた。どちらがいかに相手より有利に立てる攻撃を出すか先読みしている。己の導き出した見通し、すなわちビジョンが優れているかが勝負になる。
決着はつかなかった。体力の消耗を嫌った2人は手を止めた。
「テストは済んだのかしら。さあ何が分かったの?」
「いいだろう。説明しよう。この船のほとんどが材木でできている。おかしな話だ。船の材料は材木、鋼、アルミニウム、強化プラスチックなどでできている。大昔の船じゃあるまいし、材木だけというのはあり得ない」
「どうしてそう思ったの?」
「最初に違和感があったのは僕らがいた部屋だ。僕らの乗っていた豪華客船にはテレビが置いてあったはず。ならば電気がいる。あの部屋にコンセントが一つもなかった。精密に再現しているようだが、側だけ再現されているんだよ。この船はね」
「なるほど。それだけ?」
「あとはフェンス。腐食しやすい材木を使うわけがない。事実、フェンスで使われていた材木は腐っていた。だから
確かめたかった。この船に動力源があるのかって」
「だから下に行きたかったのね。この船に機関室があるのか、いやそもそも船なのかって」
沙良はさも感心したように言う。
「発電機やボイラーのないのにどうやって航海する? いや、する必要がない。おまけに見つかったのはとんだ
プレゼントさ。船じゃないんだから。ただのレプリカなんだ」
傑は部屋に置かれた爆弾を指し示す。船は航海どころか沈む予定なのだ。乗客ともども。
その顔は成功に作られた蠟人形のようだった。しかし満足したのかプッと笑い出した。
「さすがね。頭は衰えていないようね」
「君も少しは僕の動きを読めるようになったな」
「でもまだこれは始まったばかり」
「あまり調子に乗るもんじゃない。君に僕のすべてを与えたはずだ」
「いいえ。まだ足りないわ」
首を振る。微笑みとは裏腹に周りを震撼させるのが目の前にいる彼女という人間だと傑は知っている。
「ほう。この僕から何を取りたいのかな?」
「あなたの命」
彼女はきっぱりと言い切る。突拍子もないことを言って人を振り回す癖は10年経っても変わっていなかった。
でも今は人がいなければ、催し物のセットもない。文字通り側があるだけだ。
「まるで抜け殻だな」
「抜け殻?」
「僕らはこの船で旅行をした。演奏に合わせてダンスもしたし、ラウンジの隣にバーカウンターがあったじゃない
か」
バーで洒落たウィスキーを取り、ダーツやビリヤードをした。脳裏に眠る思い出が浮かぶ。しかし、目の前に広が
っているのはただの殺風景な色彩を失った置物だ。
「何年も航海をしている船なら人々の思いがあるものだ。だが、この船にはそれが感じ取れない。だから抜け殻だ」
「ずいぶんと感傷的なのね」
「10年もたった。僕は40過ぎ。過去を振り返りたくなる歳だ」
「そう」
「まだ振り返るほど人生は君にはないからわからないだろう?」
「そうね」
沙良はさっきから気の抜けた返事しかしない。大体そういう時は興味を失っているのだ。沙良は未来にしか興味がない女だ。
「ここはいい。行きたいのは機関室だ」
「どうして?」
「行けば分かる」
傑の記憶が正しければラウンジがあるフロアからさらに降りる。船の最深部。乗客は入れない場所である。
「そろそろ正直に話したらどうだ?」
「何を?」
「僕の口からわざわざ言わせるつもりか? 試しているのかな?」
「何のことやらわからないわ」
傑はじっと彼女をにらみつけるが、せせら笑う表情を崩すことはできない。こういう時は事実を突きつけるに限る。
「どうしてこんなセットを作った?僕をここに連れてきた目的を教えてもらおうか」
「セットって何のことかしら?」
傑は右足を後ろに引き、拳を握り締める。
「君が僕の頭脳を試すなら、僕のほうも試すとしよう」
まずは軽いジャブを彼女に向けて出した。華奢な体はすっと泳ぐように避けた。間髪入れずに次の撃を入れる。彼女は自らの体重の軽さを利用して攻撃を避けた。視線がちょっとそれたとき傑は蹴りを入れる。
沙良は傑の蹴りを察知していた。動きが読めるのだ。拳に怒りが見える。彼からすればここにいること自体が想定外なのだ。
「まったくせわしない人ね」
面倒だ。反撃しなければならない。彼女は左の拳を突き出した。傑は受け止めて腕をひねろうとした。腕の靭帯を損傷しないよう体をねじらせた。宙に浮いた沙良の体に強烈な蹴りがさく裂した。
避けない――空中に飛んだ体をうまく調整し威力を削いだ。態勢を整え反撃に出る。
互いの動きは互いに理解しあっていた。どちらがいかに相手より有利に立てる攻撃を出すか先読みしている。己の導き出した見通し、すなわちビジョンが優れているかが勝負になる。
決着はつかなかった。体力の消耗を嫌った2人は手を止めた。
「テストは済んだのかしら。さあ何が分かったの?」
「いいだろう。説明しよう。この船のほとんどが材木でできている。おかしな話だ。船の材料は材木、鋼、アルミニウム、強化プラスチックなどでできている。大昔の船じゃあるまいし、材木だけというのはあり得ない」
「どうしてそう思ったの?」
「最初に違和感があったのは僕らがいた部屋だ。僕らの乗っていた豪華客船にはテレビが置いてあったはず。ならば電気がいる。あの部屋にコンセントが一つもなかった。精密に再現しているようだが、側だけ再現されているんだよ。この船はね」
「なるほど。それだけ?」
「あとはフェンス。腐食しやすい材木を使うわけがない。事実、フェンスで使われていた材木は腐っていた。だから
確かめたかった。この船に動力源があるのかって」
「だから下に行きたかったのね。この船に機関室があるのか、いやそもそも船なのかって」
沙良はさも感心したように言う。
「発電機やボイラーのないのにどうやって航海する? いや、する必要がない。おまけに見つかったのはとんだ
プレゼントさ。船じゃないんだから。ただのレプリカなんだ」
傑は部屋に置かれた爆弾を指し示す。船は航海どころか沈む予定なのだ。乗客ともども。
その顔は成功に作られた蠟人形のようだった。しかし満足したのかプッと笑い出した。
「さすがね。頭は衰えていないようね」
「君も少しは僕の動きを読めるようになったな」
「でもまだこれは始まったばかり」
「あまり調子に乗るもんじゃない。君に僕のすべてを与えたはずだ」
「いいえ。まだ足りないわ」
首を振る。微笑みとは裏腹に周りを震撼させるのが目の前にいる彼女という人間だと傑は知っている。
「ほう。この僕から何を取りたいのかな?」
「あなたの命」
彼女はきっぱりと言い切る。突拍子もないことを言って人を振り回す癖は10年経っても変わっていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる