むかし沈んだ船の殺人

平野耕一郎

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ストーリー

3

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 2人は階段を降り船内に入る。そこはラウンジがある場所だった。吹き抜けになっていて中の階段をさらに下るとステージがある。傑の記憶が正しければ、バンドグループの演奏を聞いた。

 でも今は人がいなければ、催し物のセットもない。文字通り側があるだけだ。

「まるで抜け殻だな」

「抜け殻?」

「僕らはこの船で旅行をした。演奏に合わせてダンスもしたし、ラウンジの隣にバーカウンターがあったじゃない
か」

 バーで洒落たウィスキーを取り、ダーツやビリヤードをした。脳裏に眠る思い出が浮かぶ。しかし、目の前に広が
っているのはただの殺風景な色彩を失った置物だ。

「何年も航海をしている船なら人々の思いがあるものだ。だが、この船にはそれが感じ取れない。だから抜け殻だ」

「ずいぶんと感傷的なのね」

「10年もたった。僕は40過ぎ。過去を振り返りたくなる歳だ」

「そう」

「まだ振り返るほど人生は君にはないからわからないだろう?」

「そうね」

 沙良はさっきから気の抜けた返事しかしない。大体そういう時は興味を失っているのだ。沙良は未来にしか興味がない女だ。

「ここはいい。行きたいのは機関室だ」

「どうして?」

「行けば分かる」

 傑の記憶が正しければラウンジがあるフロアからさらに降りる。船の最深部。乗客は入れない場所である。

「そろそろ正直に話したらどうだ?」

「何を?」

「僕の口からわざわざ言わせるつもりか? 試しているのかな?」

「何のことやらわからないわ」

 傑はじっと彼女をにらみつけるが、せせら笑う表情を崩すことはできない。こういう時は事実を突きつけるに限る。

「どうしてこんなセットを作った?僕をここに連れてきた目的を教えてもらおうか」

「セットって何のことかしら?」

 傑は右足を後ろに引き、拳を握り締める。

「君が僕の頭脳を試すなら、僕のほうも試すとしよう」

 まずは軽いジャブを彼女に向けて出した。華奢な体はすっと泳ぐように避けた。間髪入れずに次の撃を入れる。彼女は自らの体重の軽さを利用して攻撃を避けた。視線がちょっとそれたとき傑は蹴りを入れる。
 
 沙良は傑の蹴りを察知していた。動きが読めるのだ。拳に怒りが見える。彼からすればここにいること自体が想定外なのだ。

「まったくせわしない人ね」

 面倒だ。反撃しなければならない。彼女は左の拳を突き出した。傑は受け止めて腕をひねろうとした。腕の靭帯を損傷しないよう体をねじらせた。宙に浮いた沙良の体に強烈な蹴りがさく裂した。

 避けない――空中に飛んだ体をうまく調整し威力を削いだ。態勢を整え反撃に出る。

 互いの動きは互いに理解しあっていた。どちらがいかに相手より有利に立てる攻撃を出すか先読みしている。己の導き出した見通し、すなわちビジョンが優れているかが勝負になる。

 決着はつかなかった。体力の消耗を嫌った2人は手を止めた。

「テストは済んだのかしら。さあ何が分かったの?」

「いいだろう。説明しよう。この船のほとんどが材木でできている。おかしな話だ。船の材料は材木、鋼、アルミニウム、強化プラスチックなどでできている。大昔の船じゃあるまいし、材木だけというのはあり得ない」

「どうしてそう思ったの?」

「最初に違和感があったのは僕らがいた部屋だ。僕らの乗っていた豪華客船にはテレビが置いてあったはず。ならば電気がいる。あの部屋にコンセントが一つもなかった。精密に再現しているようだが、側だけ再現されているんだよ。この船はね」

「なるほど。それだけ?」

「あとはフェンス。腐食しやすい材木を使うわけがない。事実、フェンスで使われていた材木は腐っていた。だから
確かめたかった。この船に動力源があるのかって」

「だから下に行きたかったのね。この船に機関室があるのか、いやそもそも船なのかって」
 沙良はさも感心したように言う。

「発電機やボイラーのないのにどうやって航海する? いや、する必要がない。おまけに見つかったのはとんだ
プレゼントさ。船じゃないんだから。ただのレプリカなんだ」

 傑は部屋に置かれた爆弾を指し示す。船は航海どころか沈む予定なのだ。乗客ともども。

 その顔は成功に作られた蠟人形のようだった。しかし満足したのかプッと笑い出した。

「さすがね。頭は衰えていないようね」

「君も少しは僕の動きを読めるようになったな」

「でもまだこれは始まったばかり」

「あまり調子に乗るもんじゃない。君に僕のすべてを与えたはずだ」

「いいえ。まだ足りないわ」

 首を振る。微笑みとは裏腹に周りを震撼させるのが目の前にいる彼女という人間だと傑は知っている。

「ほう。この僕から何を取りたいのかな?」

「あなたの命」

 彼女はきっぱりと言い切る。突拍子もないことを言って人を振り回す癖は10年経っても変わっていなかった。
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