むかし沈んだ船の殺人

平野耕一郎

文字の大きさ
7 / 13
ストーリー

5

しおりを挟む
 けたたましい悲鳴が三人の耳に鳴り込んだ。他に人がいるわけだ。ただすこぶる悪い状況なのは想像がつく。ブリッジを出て、隣にある部屋が船長室だ。船の最高責任者は船長だからブリッジの近くにあるが、がら空きだった。

 声は遠くない。

「下の階には何がある?」

「ラウンジやバーと、あとオフィサーの方の部屋があります」

 順々に見ていくしかない。階段を下るとラウンジに出た。ソファが机を囲んでいた。ここにも人はいない。ラウンジを抜けて通路に出る。

「突き当たって左がバーです。右に行くと扉を開けるとオフィサーの部屋があるはずです」

 バーにも人はいない。海風の香りを感じながら酒でも飲んでいたのだろう。残りは一つしかない。

「開けるよ」

 扉は傑たちのスイートルームと同様に開きづらかった。蝶番の作りが酷い。

 クルーキャビンは客室と異なりせせこましい印象だった。二人程度が通れる通路の先に人だかりができていた。まるであらぬものを見てしまったかのように、三名の男たちが驚きにあふれた顔で硬直していた。

 視線の先に緑の絨毯を一本の太い赤い線が傑たちのほうに続いている。

「血だ」

 背後にいた2人がえっと顔を見合わせた。

 傑は血痕を避けながら進んでいく。3人の男たちは傑の登場に戸惑っていた。

「何事ですか?」

「あんたは誰だ?」

 3人の中で1番年を取った男がじろりと傑をにらんだ。白髪交じりの白いシャツを着ている。歳は50代から60代だろうか。

「新井傑と言います。探偵です。これでも元刑事です」

 血だまりの現場は久しぶりだ。開かれた部屋は壁やベッドに血が付いていた。

「ここはどなたの部屋です?」

「二等航海士の小野寺の部屋だ。私は能勢誠。山川丸の一等航海士で、副船長だったものだ。このひげ面の太った男が里村浩平。一番若いのが荒引正一だ」

 三畳程度の広さにベッドとシャワー室、机が敷き詰められている。床の貼られたカーペットに染み付いた血だまりを除けば差し当たって特徴がない部屋だ。

 相当な出血量だ。単に頭をぶつけてできた傷ではない。傑はしゃがみ込み血だまりに指を当てる。まだ湿っている。血に混じって脳梁がところどころ点在している。

 何者かが小野寺を殴ってから時間は経っていない。

 小野寺は殴られた後引きずられどこに行ったのか?

 失礼と傑は言って血だまりの痕を追う。廊下を抜けると外に通じる扉を開ける。フッと海風が流れ込んだ。血だまりはフェンスに付着し消えていた。

「残念ですが、小野寺さんは船から転落した可能性があります」

 その場にいた全員が目を丸くした。

「どうしてだ?」

「転落したというより、何者かに引きずられ遺棄されたというべきでしょうね」

「じゃあ殺されたっていうのかね」

「可能性としては高いですね」

「だったら犯人はこの中にいるのかしら?」

 すっと理佐が前に進み出て思っていたことを代弁した。

 馬鹿な、と能勢が吐き捨てるように言う。

「わからないぞ。忌々しいこの船がなぜ航海しているのか。そもそも誰がこの船に我々を招き入れたのか。不可解だ」

「現場の状況を保存したいと思います。どなたかで構いません。カメラなどありませんか?」

 全員が自分たちの服のポケットを漁ったが、誰もが持っているはずの電子端末はなかった。

 連れて来られたときに所有していたスマホは取られたらしい。

 あの、と押し殺したような声がした。

 白崎真由美の声だった。

「どうかしましたか?」

「ここに来る途中の船長室にカメラらしきものが見かけた気がします。新井さんたちと甲板で会う前に船長室ものぞいていたので」

「ありましたね。確認したいので、案内してください」

 傑は真由美を連れて船長室に向かう。視線の先に理佐がいたからけん制もかねてお願いをした。

「理佐、君はこの人たちといて見張ってくれ」

 傑は理佐という仮の名前で読んだ。

「男3人を女1人で見張るなんて無理があると思うけど」

「君なら大丈夫さ。頼む」

「いいわ。でも何かあればすぐに駆け付けてよね」

「約束しよう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...