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第二章 宮内恵
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エレベーターを降りると周りを見渡す。誰に何を見られているか分からない。一つのスキャンダルが全てを奪い去る。問題ないことを確認すると恵は廊下を進んだ。「2010」号の部屋をノックする。
ガチャリと扉が開いた。とたんに湯気がふわりと立ち込む。恵は嫌がることなく招きに応じた。
「お疲れ様です。お父様」
「わざわざ呼び出してすまないね」
「シャワー浴びてらしたの?」
男は宮内学。恵の夫・守の父である。恵が呼ばれる前に学は入浴していることが多い。だから
「息子はどうしている?」
「良好ですわ。すっかり子煩悩で家に篭ってばかりですが」
「ふん。エンジニアか」
「今では在宅勤務は当たり前ですから」
宮内証券を先代の代から大きくした学からすれば家で働きながら、男が家事をしているのは信じられない光景だろう。
「全くだらしがない」
学はため息をつくとベッドに寝転んだ。
「仕方ありませんわ。あまり積極的な方じゃありませんし。何事においても」
恵はくすっと笑う。自分の夫は優秀な人間ではなかったし、大人しくしていてくれた方がよかった。
「うふ……」
学とは肉体を通わせないことが多い。添い寝をして話を聞くだけ。還暦を迎えた老人の世話をすることには大変意義がある。
「今日はご報告がございますの。とうとう鮫島の役員になりました」
「君の歳で役員とは優秀だな。君のような女性の伴侶があの不出来な倅とは何と言っていいのやら……」
「いいんです」
問題は次だ。白鷺の再建。商売敵の鮫島に奪われたブランドと土地を取り戻すことこそ恵の目的だった。そのためにこの老人の力は必要なのだ。
「それで? わかっていると思うが、勝算はあるのかな?」
「もちろんですわ。お父様のお顔に泥を塗る真似はいたしません。ただ少しのお力添えいただいたおかげで十分ですわ」
恵は皴だらけの手に自らの手を添える。学には鮫島から分社独立した恵の新会社の株をTOBで買ってもらう。
鮫島が自慢のブランドとして出している化粧水はもともと白鷺が提供していた。二十年前にもなるが、白鷺は経営が傾きかけていたときに、助け舟を出したのが鮫島だ。
父・行家は旧友である鮫島忠信の甘言に乗り合併に承諾する。恵の受難が始まった瞬間だった。
行家の社員はリーマンショックの際に多くが首を切られ追いやられた。名ばかり取締役の地位に絶望した行家は自宅で首を吊った。
あれから二十年の歳月をかけて恵の復讐は果たされようとしている。
白鷺の名前を捨て、憎い仇の会社に就職した。鮫島という名前の刻まれた化粧水を見て怒りがこみ上げなかった日はない。競争に敗れるというのはこういうことなのだ。
静かに怒りの感情をひた隠しにする恵を学は思いやる。
「焦りは禁物だぞ。掌中の物必ずしも掌中の物ならず、というから。
ま、何事も挑戦だよ」
挑戦ではない。復讐なのだ。
恰幅が良かった父の最後は貧相なものだ。弔問に訪れた者は数少ない。最盛期はあれほどゴマすりに来た連中は誰一人もいない。
五月雨が降る中、父の遺骨は埋葬された。
恵に残ったのは燃えカス同然の白鷺の家名だけだった。会社の合併はいわば吸収である。父の自殺は恵の行く先々で暗い影を落とす。
就職、婚約といった場で自殺した父を持つことはマイナスに働いた。うまくいったと思っても最後でひっくり返される。
結婚したのは宮内という業界でも三、四番手の証券会社だが、あまり知らなかった。これが最後とばかりにお見合いに臨んだ。恵の夫・守は単なるいい人という印象だ。やせ形で眼鏡をかけた少し頼りない男である。
注目すべきは父親の学だった。学の語るネット証券業界の今後の展望が面白かった。恵は楽しく話を聞いた。
夫との関係は表面的でいい。大事なのは人脈なのだ。資産のある者との関係を持ち白鷺のブランドを再び取り戻す。
こうして恵は凡庸な男を夫に置いた。跡継ぎが数年後生まれ、誉と名付けられた。
学との関係を持ったのは結婚して間もない頃だ。こうやって愛撫を受けるだけのはずだった……
「あら? ふふ、そういう気がおありですか?」
「君もなりふり構わず、だな」
「はい。もう負けたくありませんから」
恵は自分の胸を学のペニスに当てる。白鷺のブランドのためなら、義理の父だろうと何だろうと関係ない。所詮世の中弱肉強食であり、
勝ったものが正義なのだ。
滑りが良くなった頃合いを見図り、恵は自ら学のペニスを取り込む。六十の歳になっても精力の衰えを感じさせない。二回り離れた夫の父親の愛人となることに抵抗は一切なかった。
羽織っていたブラジャーがほろりと落ちる。さらけ出された弾力性のある恵の四肢を学が揉みほぐした。
二人の体は折り重なりお互いの鼓動が波長を合わす。
「あっ、あっ……」
かすかに聞こえる声。子宮に熱く突き抜ける。生きるという確かな感覚がある。すなわちこれが生きることなのだ。三十七年の人生が一回のセックスに捧げられていた。
学といるとき、恵が女として娘としていられる。
ガチャリと扉が開いた。とたんに湯気がふわりと立ち込む。恵は嫌がることなく招きに応じた。
「お疲れ様です。お父様」
「わざわざ呼び出してすまないね」
「シャワー浴びてらしたの?」
男は宮内学。恵の夫・守の父である。恵が呼ばれる前に学は入浴していることが多い。だから
「息子はどうしている?」
「良好ですわ。すっかり子煩悩で家に篭ってばかりですが」
「ふん。エンジニアか」
「今では在宅勤務は当たり前ですから」
宮内証券を先代の代から大きくした学からすれば家で働きながら、男が家事をしているのは信じられない光景だろう。
「全くだらしがない」
学はため息をつくとベッドに寝転んだ。
「仕方ありませんわ。あまり積極的な方じゃありませんし。何事においても」
恵はくすっと笑う。自分の夫は優秀な人間ではなかったし、大人しくしていてくれた方がよかった。
「うふ……」
学とは肉体を通わせないことが多い。添い寝をして話を聞くだけ。還暦を迎えた老人の世話をすることには大変意義がある。
「今日はご報告がございますの。とうとう鮫島の役員になりました」
「君の歳で役員とは優秀だな。君のような女性の伴侶があの不出来な倅とは何と言っていいのやら……」
「いいんです」
問題は次だ。白鷺の再建。商売敵の鮫島に奪われたブランドと土地を取り戻すことこそ恵の目的だった。そのためにこの老人の力は必要なのだ。
「それで? わかっていると思うが、勝算はあるのかな?」
「もちろんですわ。お父様のお顔に泥を塗る真似はいたしません。ただ少しのお力添えいただいたおかげで十分ですわ」
恵は皴だらけの手に自らの手を添える。学には鮫島から分社独立した恵の新会社の株をTOBで買ってもらう。
鮫島が自慢のブランドとして出している化粧水はもともと白鷺が提供していた。二十年前にもなるが、白鷺は経営が傾きかけていたときに、助け舟を出したのが鮫島だ。
父・行家は旧友である鮫島忠信の甘言に乗り合併に承諾する。恵の受難が始まった瞬間だった。
行家の社員はリーマンショックの際に多くが首を切られ追いやられた。名ばかり取締役の地位に絶望した行家は自宅で首を吊った。
あれから二十年の歳月をかけて恵の復讐は果たされようとしている。
白鷺の名前を捨て、憎い仇の会社に就職した。鮫島という名前の刻まれた化粧水を見て怒りがこみ上げなかった日はない。競争に敗れるというのはこういうことなのだ。
静かに怒りの感情をひた隠しにする恵を学は思いやる。
「焦りは禁物だぞ。掌中の物必ずしも掌中の物ならず、というから。
ま、何事も挑戦だよ」
挑戦ではない。復讐なのだ。
恰幅が良かった父の最後は貧相なものだ。弔問に訪れた者は数少ない。最盛期はあれほどゴマすりに来た連中は誰一人もいない。
五月雨が降る中、父の遺骨は埋葬された。
恵に残ったのは燃えカス同然の白鷺の家名だけだった。会社の合併はいわば吸収である。父の自殺は恵の行く先々で暗い影を落とす。
就職、婚約といった場で自殺した父を持つことはマイナスに働いた。うまくいったと思っても最後でひっくり返される。
結婚したのは宮内という業界でも三、四番手の証券会社だが、あまり知らなかった。これが最後とばかりにお見合いに臨んだ。恵の夫・守は単なるいい人という印象だ。やせ形で眼鏡をかけた少し頼りない男である。
注目すべきは父親の学だった。学の語るネット証券業界の今後の展望が面白かった。恵は楽しく話を聞いた。
夫との関係は表面的でいい。大事なのは人脈なのだ。資産のある者との関係を持ち白鷺のブランドを再び取り戻す。
こうして恵は凡庸な男を夫に置いた。跡継ぎが数年後生まれ、誉と名付けられた。
学との関係を持ったのは結婚して間もない頃だ。こうやって愛撫を受けるだけのはずだった……
「あら? ふふ、そういう気がおありですか?」
「君もなりふり構わず、だな」
「はい。もう負けたくありませんから」
恵は自分の胸を学のペニスに当てる。白鷺のブランドのためなら、義理の父だろうと何だろうと関係ない。所詮世の中弱肉強食であり、
勝ったものが正義なのだ。
滑りが良くなった頃合いを見図り、恵は自ら学のペニスを取り込む。六十の歳になっても精力の衰えを感じさせない。二回り離れた夫の父親の愛人となることに抵抗は一切なかった。
羽織っていたブラジャーがほろりと落ちる。さらけ出された弾力性のある恵の四肢を学が揉みほぐした。
二人の体は折り重なりお互いの鼓動が波長を合わす。
「あっ、あっ……」
かすかに聞こえる声。子宮に熱く突き抜ける。生きるという確かな感覚がある。すなわちこれが生きることなのだ。三十七年の人生が一回のセックスに捧げられていた。
学といるとき、恵が女として娘としていられる。
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