獣の楽園

戸笠耕一

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第二章 宮内恵

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 四月一日。

 鮫島の全店舗一〇二六店舗中、三百五十七店舗に白鷺ののぼりと店舗名が翻った。どれほどの社員がこの瞬間を待ち望んでいたことだろう。入社して十七年。恵は大学を中退し、鮫島の社員になった。

 地道な努力の連続だった。白鷺の再建を声高に悟られぬよう言っても、最初は笑って誤魔化されるだけ。

 シャッター音が鳴り響く。

 マスコミがすぐさま飛んできて、記者会見が開かれた。エステ業界に走った激震。最大手の鮫島からの独立について、嗅ぎつけてきたのだ。

 ハイエナどもと恵は嘲る。二十年前、白鷺が経営破綻であると吹聴したのはこいつらなのだ。経営は確かに上手くいっていなかった。ただ改善策はあった。新事業への投資が軌道に乗りかかるときに、メディアの攻撃が始まりすべてが駄目になった。

「お集まりいただきありがとうございます。本日は白鷺エステサロンの設立についてご説明させていただきます」

 綾の歯ぎしりした顔が想像に浮かんだ。

 恵はすらすらと事業の説明、設立の経緯を語りだす。質疑応答の時間になる。

「今回、鮫島エステハウスとの関係について教えていただけますでしょうか?」

「白鷺と鮫島は完全に独立した資本関係にあります」

 ええ、とメディア陣からどよめきの声が上がる。

「親子の関係ではなく?」

「競業避止に該当しないのでしょうか?」

 次々と来る質問が馬鹿らしいぐらい想定の範囲内だ。

「二十年前、白鷺は経営難に陥っていました。当時、倒産寸前と言われており、救いの手を差し伸べたのが鮫島、これが世間で知られていることです」

「それがどうして急に?」

「鮫島はライバルである白鷺の新投資している事業がほしく、マスメディアに事実無根の情報を流し、強引な合併に至ったのです」

 記者会見は白熱する。あれほど追い回していたハイエナを手懐けている自分が誇らしかった。

 さあもういいだろう。

「ここに白鷺のブランドの復活を宣言いたします」

 ようやく人生が上り坂を迎える。人生は明るいと、確かに信じ切っていた。
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