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第二章 宮内恵
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痛快な一年間だった。オフィスに通うのがこんなに楽しいことはなかった。白鷺は従業員の三分の一を鮫島の社員が占める。時間をかけて恵は味方を競合し、独立した。
恵が出社するとざわざわと社員たちが噂話をする。
失敗する。勝手に言っているといい。鮫島は七川蒔が売上を横領したせいで信用がガタ落ちである。ここで白鷺の独立、上場が申し越しで果たされれば地位は大逆転だ。白鷺は天に舞い戻り、鮫島は暗い海の底に沈む。
恵が味わった苦しみを今度は綾が味わうことになるのだ。
あれから二十年。長かった。
今、恵は白鷺の社長として悠々と振舞っている。鮫島の経営会議に赴くと険悪なムードが広がるが、痛痒も感じなかった。
経営会議では自分が受け持っている営業部の売上を述べた。
「以上で営業部の年間報告を終えます」
実績は予想と比較してマイナス四十%で最悪。こんな数字を出したら役員はクビだ。さて綾はどんな反応をするか気になった。
「ご報告ありがとう」
恵は絶頂だった。もはや鮫島は規模の半分を失うことになる。当然だ、奪われたものを取り返しただけだから何が悪いのだろう。今度は自分が笑う番だ。
「じゃ次お願い」
経営会議は予定より早く終わり、散会となった。役員は一人ずつ会議室から抜けていった。恵はちらりと部屋に残った綾を一瞥した。落ち込んでいるわけでもなく、綾は座って手いじりをしていた。
もっとがっかりした顔が見たかったが、目的は達成したのだ。もうじき恵の白鷺エステサロンは軌道に乗る。上場の準備も進んでいるし、何も躓くことはない。
あれから一年。目まぐるしいほど忙しかった。従業員の給料、店舗の運営などやるべきことはたくさんある。
二十年の歳月で白鷺の哲学を継承している者は確実に減っている。
代替わりして多くの社員が去った。鮫島に籍を移し、すっかり骨抜きにされた者もいる。
歳月は恐ろしいものだ。とはいえ、勝ったと恵は内心思っていた。
去年の会見があってか、恵の会社を競業避止で訴えてくることもない。メディアについては事前に手を打っていた。この一年、世の中が自分の言いなりになっていると痛感した。
まだ終わってはいない。業界一位の座を奪い取り、綾に屈辱を与えてやる。徹底的にいたぶってやる。
長かった。ホッと安どのため息が出る一方で、あまりにも上手くいきすぎではないかと不安に思う。
「社長!」
突然何の用だろうか。考え事しているときに。
丸岡啓二。先代の秘書だった男だ。毒にも薬にもならなかったが、
数は力だから置いておいてある。
「なに?」
「ニュースを見てください」
パシャパシャとカメラのフラッシュがたかれている映像がテレビに映った。
「ロイヤリティの支払い、これはどうなるのでしょうか?」
ニュースのキャスターがパネルを指し示しながら説明している。パネルには白鷺の独立は合意済だった。払われていないロイヤリティはどうなる!?という見出しである。
恵は何のことを言っているのかわからなかった。
「どういうことなの?」
丸岡は返事をしない。
ドンドンと扉を激しくたたく音がする。返事をするまでもなく社員が飛び込んできた。
「五十%のロイヤリティを払えだなんて聞いていませんよ!」
須藤博之。先代のとき専務だった男だ。須藤からの説明を受けると恵の顔はみるみる白くなっていく。
「そんなはずないわ!」
白鷺の技術については特許を事前登録してある。
「鮫島が白鷺の特許について独占していることを理由に特許の取り消しを図っているようです。そこで鮫島側はインセンティブを支払うことで無しにしてやると言ってきているそうで」
白鷺のブランドは独自のもの。しかし合併後、特許は鮫島と白鷺の合弁会社に譲渡された。
「こんなことじゃ……」
須藤はため息をつき社長室を出て行こうとする。
「待って! どこに行くのよ?」
「当然、戻りますよ。鮫島に。今頭を下げれば何とかなるかもしれないですからね」
「ふざけないでよ! あんな盗人連中のところに戻る? ずいぶんな言い方じゃないの?」
「確かに、先代にはお世話になりました。しかし、あなたには何の恩義もありませんよ。夢と現実の区別のつかない人に収まる椅子ではありません」
「何ですって!」
須藤はバタンと扉を閉めて出て行った。しんと場の空気は冷めついた。何も口もききたくない。
「全員、部屋から出て……一人になりたいの」
「はあ。しかしこのままでは……」
「いいから早くしなさい!」
店舗経営はどれだけ人を集めて、サービスを提供できるかにかかっている。白鷺は復活したが、すべては砂上の楼閣だった。
恵が出社するとざわざわと社員たちが噂話をする。
失敗する。勝手に言っているといい。鮫島は七川蒔が売上を横領したせいで信用がガタ落ちである。ここで白鷺の独立、上場が申し越しで果たされれば地位は大逆転だ。白鷺は天に舞い戻り、鮫島は暗い海の底に沈む。
恵が味わった苦しみを今度は綾が味わうことになるのだ。
あれから二十年。長かった。
今、恵は白鷺の社長として悠々と振舞っている。鮫島の経営会議に赴くと険悪なムードが広がるが、痛痒も感じなかった。
経営会議では自分が受け持っている営業部の売上を述べた。
「以上で営業部の年間報告を終えます」
実績は予想と比較してマイナス四十%で最悪。こんな数字を出したら役員はクビだ。さて綾はどんな反応をするか気になった。
「ご報告ありがとう」
恵は絶頂だった。もはや鮫島は規模の半分を失うことになる。当然だ、奪われたものを取り返しただけだから何が悪いのだろう。今度は自分が笑う番だ。
「じゃ次お願い」
経営会議は予定より早く終わり、散会となった。役員は一人ずつ会議室から抜けていった。恵はちらりと部屋に残った綾を一瞥した。落ち込んでいるわけでもなく、綾は座って手いじりをしていた。
もっとがっかりした顔が見たかったが、目的は達成したのだ。もうじき恵の白鷺エステサロンは軌道に乗る。上場の準備も進んでいるし、何も躓くことはない。
あれから一年。目まぐるしいほど忙しかった。従業員の給料、店舗の運営などやるべきことはたくさんある。
二十年の歳月で白鷺の哲学を継承している者は確実に減っている。
代替わりして多くの社員が去った。鮫島に籍を移し、すっかり骨抜きにされた者もいる。
歳月は恐ろしいものだ。とはいえ、勝ったと恵は内心思っていた。
去年の会見があってか、恵の会社を競業避止で訴えてくることもない。メディアについては事前に手を打っていた。この一年、世の中が自分の言いなりになっていると痛感した。
まだ終わってはいない。業界一位の座を奪い取り、綾に屈辱を与えてやる。徹底的にいたぶってやる。
長かった。ホッと安どのため息が出る一方で、あまりにも上手くいきすぎではないかと不安に思う。
「社長!」
突然何の用だろうか。考え事しているときに。
丸岡啓二。先代の秘書だった男だ。毒にも薬にもならなかったが、
数は力だから置いておいてある。
「なに?」
「ニュースを見てください」
パシャパシャとカメラのフラッシュがたかれている映像がテレビに映った。
「ロイヤリティの支払い、これはどうなるのでしょうか?」
ニュースのキャスターがパネルを指し示しながら説明している。パネルには白鷺の独立は合意済だった。払われていないロイヤリティはどうなる!?という見出しである。
恵は何のことを言っているのかわからなかった。
「どういうことなの?」
丸岡は返事をしない。
ドンドンと扉を激しくたたく音がする。返事をするまでもなく社員が飛び込んできた。
「五十%のロイヤリティを払えだなんて聞いていませんよ!」
須藤博之。先代のとき専務だった男だ。須藤からの説明を受けると恵の顔はみるみる白くなっていく。
「そんなはずないわ!」
白鷺の技術については特許を事前登録してある。
「鮫島が白鷺の特許について独占していることを理由に特許の取り消しを図っているようです。そこで鮫島側はインセンティブを支払うことで無しにしてやると言ってきているそうで」
白鷺のブランドは独自のもの。しかし合併後、特許は鮫島と白鷺の合弁会社に譲渡された。
「こんなことじゃ……」
須藤はため息をつき社長室を出て行こうとする。
「待って! どこに行くのよ?」
「当然、戻りますよ。鮫島に。今頭を下げれば何とかなるかもしれないですからね」
「ふざけないでよ! あんな盗人連中のところに戻る? ずいぶんな言い方じゃないの?」
「確かに、先代にはお世話になりました。しかし、あなたには何の恩義もありませんよ。夢と現実の区別のつかない人に収まる椅子ではありません」
「何ですって!」
須藤はバタンと扉を閉めて出て行った。しんと場の空気は冷めついた。何も口もききたくない。
「全員、部屋から出て……一人になりたいの」
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「いいから早くしなさい!」
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