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第二部
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緑の死は、確定した。彼女の席はポッカリと人が消え去った。もうこの世にいないのだ。十六人の生徒は十五人になった。
残された者には現実が待っていた。それも悪い方面で、押し寄せてきた。
まず緑は事故で死んだのではないのだという事実。学校の駐車場に止まっている二台のパトカー。その光景が、非日常を物語っている。
「さあ、お出ましだわ」
彩月が私の耳元で囁くので、黙ってうなづいた
「ねえ、怖いよ。パトカーなんてさ……」
メイの声が上ずっている。
「心配しないでよ。メイのクラスは、多分関係ないよ、うん……」
この時ばかりは、さすがの彩月も誰かを鼓舞するのに、失敗していた。
「だって」
「美作が、もし誰かにやられていたら、真っ先に疑われるの同じクラスメート」
「ええ!?」メイが素っ頓狂に叫んだ。
全員がびくついて、佐津間君を見た。警察官の息子だけに、発言に真実性があった。
「頼む。そういうの、やめてくれ」堀田君が渋い顔つきになる。
「すまない。違うんだ……」声があえぐ。
「何かお父さん言っていらした?」
私はそっと聞く。
「違う、俺のミスだ。悪い、気を悪くさせた、すまん」
「でも佐津間の言うとおりよ」
彩月の声が低く、私たちの空気の重さを代弁している。それにこのチームのムードメーカであり、リーダーとしての言葉の厚みがある。
「同じクラスの人間が殺されたからね。同じ場にいた、クラスの全員が怪しいわ」
リーダーの言葉は冷徹で、他人の心を斟酌しない。刃物のように鋭く、それぞれの心をえぐっていく。さらに彼女の言葉は続く。
「この中には、犯人はいないと思う」
捨て台詞に近い投げかけだ。でもそうであってほしいのは確かだ。
私も、彩月も、佐津間君も、堀田君も、クラスは違うけどメイも、この中に犯人がいるなんて思いもしないだろう。
これまで聴取を受けた後の顔色を見ると、全員がひやひやする思いをさせられているようだ。そういえば、この日瑠璃がいない。理由は分からなかったが、休みらしい。
11時12分。私が呼ばれた。
前に聴取を受けた生徒が、私を呼び、指定された教室に向かう。一階の生徒指導室。そこは、正門の横にある、教職員用の下駄箱の近くにある。そこは校長室、カウンセリング室と続いていて、廊下の端にあった。
私は3回ノックをする。中から声が聞こえる。戸を開ける。部屋には中年の白髪交じりの男と、若いきっちりと夏なのにスーツを着込んだ男がいる。
中年の刑事が、顔を見て笑う。ずいぶん表層的な笑みだ。若い刑事は、真面目な顔のままだ。
私は中年の刑事の言われるままに席に着いた。フカフカした黒いソファ。部屋は白く、
冷気が全体を包み込んでいる。聴取が始まった。
「まずは、あなたのお名前からお願いします」
「はい、星河明美です」
「年齢は?」
「十六歳」
「住所は?」
「東京都面影村西面影4―2―5です」
「ええ、ありがとうございます、ではですね、事件当時の状況を教えてください。」
刑事の目が、横に逸れた。私には、彼が考える猶予を与えてくれたかに見えた。もしくは別の意図があるのかもしれない。
「まず美作緑さんが、倒れたのは昼休みに入ってから、少し経ってからの時間でした」
「ええ」と刑事の合図が入る。
「私は、クラスの山村さん、堀田君、佐津間君、寄田君と、あと2年1組の花田さんと昼食を取っていました」
「ええ」また入る。適度な相槌を入れてくるなと、私は内心苦々しく思った。
「そうしたら急に、美作さんが苦しみだして倒れたんです。そのあと私が、助けを呼ぶように言って、その間に人工呼吸をしたのは私です」
「ええ」
少し相手の質問を聞いてみたかった。
たが待っていたのは、沈黙だ。空調の音が鳴り響いているだけになった。
中年の刑事は、少し考え込んでいるよう様子だ。
聞いてきたことを私は言いすぎたのかもしれない。刑事からの質問は、いささか的外れのようなものが二、三続いたばかりで、無意味のように思われた。いや、違うのかもしれない。
私の聴取は終わる。
最後に私は、次の聴取の生徒の名を伝えられ、呼んでくるよう言われた。
「失礼します」
刑事二人に一礼し、部屋を後にした。
残された者には現実が待っていた。それも悪い方面で、押し寄せてきた。
まず緑は事故で死んだのではないのだという事実。学校の駐車場に止まっている二台のパトカー。その光景が、非日常を物語っている。
「さあ、お出ましだわ」
彩月が私の耳元で囁くので、黙ってうなづいた
「ねえ、怖いよ。パトカーなんてさ……」
メイの声が上ずっている。
「心配しないでよ。メイのクラスは、多分関係ないよ、うん……」
この時ばかりは、さすがの彩月も誰かを鼓舞するのに、失敗していた。
「だって」
「美作が、もし誰かにやられていたら、真っ先に疑われるの同じクラスメート」
「ええ!?」メイが素っ頓狂に叫んだ。
全員がびくついて、佐津間君を見た。警察官の息子だけに、発言に真実性があった。
「頼む。そういうの、やめてくれ」堀田君が渋い顔つきになる。
「すまない。違うんだ……」声があえぐ。
「何かお父さん言っていらした?」
私はそっと聞く。
「違う、俺のミスだ。悪い、気を悪くさせた、すまん」
「でも佐津間の言うとおりよ」
彩月の声が低く、私たちの空気の重さを代弁している。それにこのチームのムードメーカであり、リーダーとしての言葉の厚みがある。
「同じクラスの人間が殺されたからね。同じ場にいた、クラスの全員が怪しいわ」
リーダーの言葉は冷徹で、他人の心を斟酌しない。刃物のように鋭く、それぞれの心をえぐっていく。さらに彼女の言葉は続く。
「この中には、犯人はいないと思う」
捨て台詞に近い投げかけだ。でもそうであってほしいのは確かだ。
私も、彩月も、佐津間君も、堀田君も、クラスは違うけどメイも、この中に犯人がいるなんて思いもしないだろう。
これまで聴取を受けた後の顔色を見ると、全員がひやひやする思いをさせられているようだ。そういえば、この日瑠璃がいない。理由は分からなかったが、休みらしい。
11時12分。私が呼ばれた。
前に聴取を受けた生徒が、私を呼び、指定された教室に向かう。一階の生徒指導室。そこは、正門の横にある、教職員用の下駄箱の近くにある。そこは校長室、カウンセリング室と続いていて、廊下の端にあった。
私は3回ノックをする。中から声が聞こえる。戸を開ける。部屋には中年の白髪交じりの男と、若いきっちりと夏なのにスーツを着込んだ男がいる。
中年の刑事が、顔を見て笑う。ずいぶん表層的な笑みだ。若い刑事は、真面目な顔のままだ。
私は中年の刑事の言われるままに席に着いた。フカフカした黒いソファ。部屋は白く、
冷気が全体を包み込んでいる。聴取が始まった。
「まずは、あなたのお名前からお願いします」
「はい、星河明美です」
「年齢は?」
「十六歳」
「住所は?」
「東京都面影村西面影4―2―5です」
「ええ、ありがとうございます、ではですね、事件当時の状況を教えてください。」
刑事の目が、横に逸れた。私には、彼が考える猶予を与えてくれたかに見えた。もしくは別の意図があるのかもしれない。
「まず美作緑さんが、倒れたのは昼休みに入ってから、少し経ってからの時間でした」
「ええ」と刑事の合図が入る。
「私は、クラスの山村さん、堀田君、佐津間君、寄田君と、あと2年1組の花田さんと昼食を取っていました」
「ええ」また入る。適度な相槌を入れてくるなと、私は内心苦々しく思った。
「そうしたら急に、美作さんが苦しみだして倒れたんです。そのあと私が、助けを呼ぶように言って、その間に人工呼吸をしたのは私です」
「ええ」
少し相手の質問を聞いてみたかった。
たが待っていたのは、沈黙だ。空調の音が鳴り響いているだけになった。
中年の刑事は、少し考え込んでいるよう様子だ。
聞いてきたことを私は言いすぎたのかもしれない。刑事からの質問は、いささか的外れのようなものが二、三続いたばかりで、無意味のように思われた。いや、違うのかもしれない。
私の聴取は終わる。
最後に私は、次の聴取の生徒の名を伝えられ、呼んでくるよう言われた。
「失礼します」
刑事二人に一礼し、部屋を後にした。
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