孤島に浮かぶ真実

平野耕一郎

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第三部

3

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 げっそりするほど時間が経過した。丸1日船の中にいた。寝ては起きてまた寝る。

 何度も繰り返しているうちに、寝ることにも飽きた。ただ起きていてもやれることはない。

 でも、ちょっと考えてぼんやりしていたら東京だ。あの薄茶色に濁った湾内の水と、左右に広がる工業地帯。常に物流が滞ることのない日本の心臓。

 父と母に合わせ、私たちは上陸の準備をする。荷物は軽装だ。必要なものは、全部別荘地にある。

「じゃ、後で」

 両親と別れた私が向かったのは渋谷だった。竹芝からゆりかもめで新橋。そこからはJRだ。半年ぶりに乗る山手線。時間は昼前。相変わらずだが、人気が絶えない場所だ。

 渋谷に着く。私は昨日約束の場所を確認するために、ラインを確認した。

 落ち合う場所が改札とか、じゃなくって店なのが厄介なところ、だ。これから会う友達らは、朝一から用事があったらしく、昼を取っているとのこと。

 問題は、そんなことじゃない。

 黒咲学園。

 言わずと知れた寮制の名門女子学園であり、規則はとても厳しいで有名な学校。そこに友達が数名通っている。

 歴と知れた名門校は、自分も受験する予定でいた。だが、父は反対して頓挫し、受験すらやらずにやってきたのが辺鄙な島にある公立高校だった。

 自身の実力を試すための受験は、チャンスをつぶされた形となった。でも

行きたかった学校への未練は、隠してきていたがタラタラ、だった。そこでの生活を聞ける。

 それに、もう一つ聞きたいことがある。こっちのほうが重要だ。

 私は待ち合わせのカップルなどであふれるハチ公前を通過し、井の頭通理に出る。脇道に逸れ、目的地へは七分ほどで到着した。せっかくだし、後で買い物をしよう。

 店は有名なコーヒーチェーン。中に入って辺りを見渡し、1階にはいないことが分かって、2階に向かう。

「あ、来た!」

 右端に席を陣取っていた女子の3人組が軽く手を振ってきた。級友たち。懐かしい。

 近寄ってサングラスをかけている女子の頭を叩いてやった。

「誰だよ?」

「へ、うちだよ。絵里だよ」

「あんた何やっているの?」

「ギターだよ。軽音」

「へえ」ずいぶん変わったなこいつ。グラサンなんてしやがって。

 まず全員の現状について話して大いに盛り上がる。サングラスの隣にいるのが、松美とほのかだ。2人は去年会った頃と比べて、無邪気さが消えて大人しくなっていた。それと何だか目が虚ろで、生気がないようだ。昔はもっと明るかったのに。

 話をじっくり聞くと、憧れの学園がブラックだということが知った。

「しばき棒?」

「うん、遅刻とか、寝たりすると先生が棒で……」

 中々グロテスクな話。

「さらに態度が悪いと、独房に入れられる」

「は、どういうこと?」

 松美は、誰も訪れない地下3階の隔離室について説明してくれた。そこはコーっと鳴り響く空調の音と、ぴたっぴたっという雨漏りの音が、だけが聞こえてくるという。

 そのホラー話に、豪快になった絵里もさすがにしんみりしてしまう。

「はああ、大変ね」

「うん、正直辞めたいって思っている」

「そりゃ分かる、その話聞いて自分には向いてないわ」

 寮での生活、か。ギスギスした環境、プレッシャーは十分。多分毎日が地獄なのだ。

 今度は、うちの番だ。

 島での生活について話をする。

 彼女たちには、そこはバカンスのような場所に映ったらしい。

「満喫しているな」

「そう? 移動は不便よ。東京から1日かかるんだから」

「え、でもさー何か楽しそう」

 楽しいのは確かだ。

「でさ、うちの学校に転校してきた黒咲学園の子のことなんだけど」

 ラインでちょっぴり話していた内容のことを口に出す。すると、学園の2人がびくついていた。

「えーどうしよ?」松美が絵里の顔を見た。

「うちに言われても分かんねーし」

「うん」

 暗いテンションになったのは、松美とほのかだ。自分話を聞きたいのは、1人の人物についてだ。

「何々、どうしたの二人?」

「影の支配者、とか言われていた。魔女とかね」

「そうなんだ」私は平然と流していたふりをしたが、聞きたかったことを聞けて、内心話の核心を知りたくてしょうがなかった。

「へ、なにそれ?」

「とにかくよく分かんない人よ、あのね……何て名前だっけ?」

「星河明美よ」

 名前が出たとたん、二人の顔はぎくっと顔を震わせた。絵里だけは、興味津々という表情で、空気に温度差が生じていた。

「何か、劇団の人っぽい」

「どう、って知りたくもないけど、あの人そっちで何しているの?」

「うーん、普通にしているけど」

「えーうちの学校いたときはさ、いじめのターゲットになった子の話だけどね。元々はさ、その星河さんって子と仲良かったらしいの」

 全員がうんうんとうなずいた。

「噂じゃ、これだったって」

 ほのかは、小指を立てへらと笑う。みんながへええと感嘆する。

「女子高は結構いるの?」

「うちはー、まあいたよ。で~」

 ほのかは、かつての同級生が行ったことを、淡々と説明していった。全員が、その内容の闇に落ちていった。一度踏み入れたら、先に進むしかない暗黒。誰かに話すのははばかれる内容だ。

 ついに、見つけた。黒い噂、スキャンダル、弱点。

 やっぱり。どんなに人間にも弱い部分はあるのだ。たとえ、彼女がヴィーナスのように美しい容姿に恵まれていたとしても、だ。

 ヴィーナス、私は彼女を初めて見たとき、そう思っていた。

 あの長身、バランスの取れた、体はヴィーナスといっても、いい。夏休み前にシャワー室で拝ませてもらった肉体美は、同性にはうらやましがられるものだ。

 明美はヴィーナス。つまり金星。そのつながりを見出したとき、頭にある一つの言葉が、浮かび上がる。それは波打ち際に届けられた送り物のように穏やかに出現する。

 言葉の連想から、必然に思えるインスピレーションだった。

 自分は、彼女のことを勘違いしていたのかもしれない。過大評価し過ぎていた。

 そうじゃない、違う。全然違う。明美と私は、もっと等身大の関係だった。近い関係性なのだという事実に気が付くのに、こんなに時間がかかるとは笑うしかない。
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