47 / 50
第三部
9
しおりを挟む
勉が学校を休むのはよくあることだ。あいつが週に六回ある学校をまじめに通うのがおかしい。
今日はあと大事なペンダントを届けてやる目的があって、勉の家に向かう。
ただ届けるだけならば、家と家の距離が遠すぎでいかないし、向こうのご両親にいい印象を持たれていないので、行かない。今日は役所に、野暮用で訪れていたので、あいつの家まで行く気になれた。
役所からだと徒歩10分だろう。
普段は、さびれた廃村に近いような世界があわただしい。多数の船が打ちあがった海岸と車1台も通らない大通りを隔てて、山肌にこびり付くようにある村。家々がどれも木造の瓦で作られ、時の経過のせいで黒ずんでいた。外には漁で使う網が置かれている。
通称・漁村。自宅から徒歩30分もかかるなんて、やだやだ。遠い。
中心街から離れて暮らして、役所や病院に行くには時間もかかるし、よく住めるわね。
サイレンの音がする。私は妙な胸騒ぎを感じていた。人混みができている。集まっているのは、多くが漁師だろう。
勉の家は、もうわずかなところで着くが、そこは人だかりができている場所なのだ。今にも傾きそうな一軒家。一度しか行ったことがないその家は、別に何の変哲もない空間だ。
彼の部屋にも入ったが、若者らしいものは置いていないし、これといって特徴のある部屋ではなかった。ただ寝起きするためだけの部屋だった。
救急車に運ばれるその人物の来ている服が、ちょっとだけ見える。体にかけられたシーツからはみ出ていたのは、ダボダボの半ズボンだ。
濃いすね毛と、日差しに照らされたことで焦がされた浅黒い肌。
え、と私は、思った。見覚えのある体だ、下半身だけじゃわからないけど。
今まさに乗せられているのは、身に覚えがある人かもしれない。違うかも、いや違わない。
思ったときに、私はすぐ渦中に飛び込んでいった。
弾丸のように、大人たちの集団にぶつかっていく。人垣をかき分けそこへ向かう。
「こら、君」
救急隊員が私を注意した。
誰かに呼びかけるのも気にせず、私はシートをがばっとめくる。
「勉!」
私は恋人の名を呼ぶ。大きな声を出し、何度も何度も返事があるまで。だが、寝ぼけていんのか知らないけど、返事をしない。頭に手が触れて、赤くにじんだ。それは血だと気づくのは一瞬だった。
「ほら下がりなさい!」
背後から大人たちにつかまれて私は現場から無理やり遠ざけられる。ふざけんな、まだ……
必死に周囲の大人の手をはがそうとしたが、結局力負けした。私は集団の中から追い出される。
そのあと私は男たちから、にらまれる。一歩引いて私は、島に引っ越してきた時のことを思い出す。
人をよそ者として扱う目つきだ。見たことのない顔だ、知らないやつ。そういう存在を認めようとしない顔だ。
激しい苛立ちが心に荒波のようにわき起こった。でも私が怒りをぶつけても、日ごろから波にもまれている彼らには、何一つ通用しないだろう。
落ち着かないと。勉は、呼んでも返事をしなかった。だけど、いつも反応が悪いから仕方ない。頭から血を出していた、それはどこかに頭をぶつけただけで平気……
無理に状況をいいものにして、私は自分の精神を保とうとした。あいつは頭を打ったぐらいじゃ死なない。また少しすれば、あのあほう面で学校に来る、休み休みだろうけど。
ここにいても仕方がないので、家に帰る。その途中、疎外感に包まれた。私だって勉の彼女だ。彼氏に何かあったら飛びついてもいいじゃないか……
今日はあと大事なペンダントを届けてやる目的があって、勉の家に向かう。
ただ届けるだけならば、家と家の距離が遠すぎでいかないし、向こうのご両親にいい印象を持たれていないので、行かない。今日は役所に、野暮用で訪れていたので、あいつの家まで行く気になれた。
役所からだと徒歩10分だろう。
普段は、さびれた廃村に近いような世界があわただしい。多数の船が打ちあがった海岸と車1台も通らない大通りを隔てて、山肌にこびり付くようにある村。家々がどれも木造の瓦で作られ、時の経過のせいで黒ずんでいた。外には漁で使う網が置かれている。
通称・漁村。自宅から徒歩30分もかかるなんて、やだやだ。遠い。
中心街から離れて暮らして、役所や病院に行くには時間もかかるし、よく住めるわね。
サイレンの音がする。私は妙な胸騒ぎを感じていた。人混みができている。集まっているのは、多くが漁師だろう。
勉の家は、もうわずかなところで着くが、そこは人だかりができている場所なのだ。今にも傾きそうな一軒家。一度しか行ったことがないその家は、別に何の変哲もない空間だ。
彼の部屋にも入ったが、若者らしいものは置いていないし、これといって特徴のある部屋ではなかった。ただ寝起きするためだけの部屋だった。
救急車に運ばれるその人物の来ている服が、ちょっとだけ見える。体にかけられたシーツからはみ出ていたのは、ダボダボの半ズボンだ。
濃いすね毛と、日差しに照らされたことで焦がされた浅黒い肌。
え、と私は、思った。見覚えのある体だ、下半身だけじゃわからないけど。
今まさに乗せられているのは、身に覚えがある人かもしれない。違うかも、いや違わない。
思ったときに、私はすぐ渦中に飛び込んでいった。
弾丸のように、大人たちの集団にぶつかっていく。人垣をかき分けそこへ向かう。
「こら、君」
救急隊員が私を注意した。
誰かに呼びかけるのも気にせず、私はシートをがばっとめくる。
「勉!」
私は恋人の名を呼ぶ。大きな声を出し、何度も何度も返事があるまで。だが、寝ぼけていんのか知らないけど、返事をしない。頭に手が触れて、赤くにじんだ。それは血だと気づくのは一瞬だった。
「ほら下がりなさい!」
背後から大人たちにつかまれて私は現場から無理やり遠ざけられる。ふざけんな、まだ……
必死に周囲の大人の手をはがそうとしたが、結局力負けした。私は集団の中から追い出される。
そのあと私は男たちから、にらまれる。一歩引いて私は、島に引っ越してきた時のことを思い出す。
人をよそ者として扱う目つきだ。見たことのない顔だ、知らないやつ。そういう存在を認めようとしない顔だ。
激しい苛立ちが心に荒波のようにわき起こった。でも私が怒りをぶつけても、日ごろから波にもまれている彼らには、何一つ通用しないだろう。
落ち着かないと。勉は、呼んでも返事をしなかった。だけど、いつも反応が悪いから仕方ない。頭から血を出していた、それはどこかに頭をぶつけただけで平気……
無理に状況をいいものにして、私は自分の精神を保とうとした。あいつは頭を打ったぐらいじゃ死なない。また少しすれば、あのあほう面で学校に来る、休み休みだろうけど。
ここにいても仕方がないので、家に帰る。その途中、疎外感に包まれた。私だって勉の彼女だ。彼氏に何かあったら飛びついてもいいじゃないか……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる