姉妹 浜辺の少女

平野耕一郎

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ストーリー

4

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 ここで書かれる内容は、正直本筋と逸れていると思うが、本作を書き上げた後に新出が追加してほしいと言われたので、挿入した話になる。

 まあ、合ってもいいと思ったので追加した。新井傑が言うには、秋月美果を知るうえでよく分かる内容だと言っていた。

 私としても、新出が体験した内容が真実ならばそうだし、新出傑という人物がどういう人間か分かると思う。

 これから書く内容を読み、どう感じて何を思うかは読み手の自由だ。

 3人は、18時半にホテル3階の『海燕』で夕食を取った。こうして依頼人の美果と行動を共にしていれば、襲撃者に彼女が襲われることもないだろう。最も、襲撃者などいるのかというのが、そもそも疑問だった。

 食事はバイキングだったので、食べ物に毒物を仕込まれる可能性はないだろうとみていた。念のため、私たちは彼女と同じものを食べて、毒見をしていた。問題ないと判断した後で、美果が食事を取る。

 美果は、小食で取ったものも残し30分もしないうちに、ラウンジを出た。さっきからピッタリと若い娘に張り付いている我々の方が明らかに不審者だと思う。

「美果さん、入浴はお部屋で取ってくれますか?」

 新出が慇懃な口調で尋ねる。察しのいい美果は、わかったわと言った。当然、彼女が女風呂に入られると、我々は護衛ができない。仮に、襲撃者が女だとしたら防ぎようがない。

「これで今日は一安心というわけだ」

「ああ、明日は彼女を自宅まで送り届け、その後関係者への聞き込みだな」

 そうなるだろうと、私はうなずいた。問題なのは、彼女の関係者を私たちはまるっきり知らないし、対象範囲の絞り込みが実に大変なのだ。

「今日は、交代で彼女の部屋の前を見張ろう」

 新出の提案で、3時間ごとに交代で不審な者いないか見張ることになった。依頼料の授受が成立している以上、やるしかない。

 ブーとスマホのバイブレーションが鳴る。私のではない。

「はい。ああ、どうしました?」

 ええ、はい、と新出の快活な返事が聞こえた。

「トランプ?」

 彼の眉が一瞬ぐっと引き締まったが、すぐに元の柔らかい顔に戻った。

「承知いたしました」

「どうした?」

「依頼人は、トランプを買ってきてほしいそうだよ。暇つぶしにゲームでもしたいとね。あと、僕と話がしたいそうだ」

 あきれた。何という勝手気ままな。私に買い物という役割を与えられるのは確定だった。

「すまないけども。頼まれてくれる?」

 了解とだけ私は言うと、さっさと用を済ませに行く。

 私が3㎞先にあるコンビニにトランプカードを買っている間に、彼らは愉快におしゃべりをしていた。たまたまテレビに彼女の妹がバラエティに出ていた。どうやら、今度の夏から始まるドラマの宣伝だそうだ。これがきっかけで、新出が言うのは彼女の人となりがつかめたというのだ。

「ほら、可愛いでしょう。ああいうところなの、未来の良さって」

 ひな壇の芸人が未来の一言に突っ込みを入れていた。まだテレビ慣れしていないような初々しい場面が、愛くるしくみえる。人気商売の芸能界では必須のことなのだろう。

「可愛いですね。仕草があなたとそっくりだな」

「え、違うわ。私だったら、すねているわ。私、いじり嫌いだもの」

 美果は否定しつつも、嬉しそうな顔をしていた。

「ご家族は、妹さんだけとおっしゃっていましたね?」

 うん、と美果の首が前に触れる。

「母は、妹を生んだ時死んでしまったわ。体が弱かったから。難産だったの。父は旅行中に事故で死んだわ」

「それはお寂しいでしょう」

 新出が気遣って言うと、美果は首を横に振って否定した。

「祖父が私たちはことをちゃんと面倒見てくれたの。彼も何度か死にかけたって言っていたわ。旅行先で、鮫に襲われたって」

「鮫に?」

「本当かって疑ったけど、右足に噛まれた跡があったから、多分本当よ。色々体に着いた傷を見せてくれたわ。悪運が強いのはおじいちゃん譲りなの」

「そうみたいですね」

「ええ。本当にそうなんだわ。一度言い出したら、曲げないところもそっくりだってみんなに言われるの」

 彼女はちょっと物憂げな顔をしていたそうだ。

「私お風呂に入るわ」

 不意に彼女はまた思い立ったように言葉を紡ぎ、小さな体は立ち上がった。

「ええ、では私は部屋を出ますよ」

「いいの、ここにいてよ」

 どうして、と新出が聞いた。そう聞くと、いてよと美果が言ったそうだ。

 さらさらとシャワーの吹き出る音だけが聞こえるだけになった。音を聞きながら、彼はきっと待っていたのだろう。私がトランプカードを買ってきて届けたのは、二人が部屋で仲良くしている最中だった。扉を叩き、姿を見せたのは彼。

「彼女は?」

「シャワーさ」

 確かにお湯の吹き出す音が聞こえる。私は彼の腕をつかみ取り、警告した。

「あの子は若い。穏やかに探偵業から引退をしたいのなら、迂闊に手を出さない方がいいぞ」

 私が知っている限りの秋月美果への印象とついさっきコンビニから帰る途中で調べた結果を照らし合わせると、彼女は異性との関係が非常に活発だ。トラブルを起こし、訴訟問題にも発展している。素敵な微笑みには裏がある。それになぜ彼女が女優を引退したのかも調べたらわかった。

「心配には及ばない」

 新出は自信満々に言うが、彼もまた異性との付き合いが多彩な男だ。一度たりとも自分は女性というものに御されたことはないし、トラブルを起こしたことはないという。

「今回は、やめるべきだ」

 私が彼を案じていったとき、バスローブに身を包んだ美果が浴室の扉を開けて現れる。

「探偵さん。お待たせ」

私は美果と目が合った。彼女は興味なさそうにすっと視線をそらし新出の方を向いた。

「さっぱりしたわ。あ、トランプ買ってきてくれたのね」

「ええさあ君は引き続き警戒をよろしく頼む」

お楽しみの時間はこれからだとばかりに、彼は私を部屋の外へ締め出す。またここからは彼から聞いた話だ。書く意味はあるのかと疑うが、彼女とのゲームは事件解決に大いに役に立ったと言うので、私は追記した。

「ゲームと言っても、何をなさいますか? お嬢さん」

「だから、やめてよ。その呼び方」

 新出は少し笑いながら謝り、美果は尊大な顔で探偵を指さし言い放つ。

「次言ったら、クビよ」

「どうして嫌いなの?」

「普通、そんな風に年下の子を呼ばないわ。変だわ。呼ぶならプリンセスってお呼びなさい」

「プリンセス、どんなゲームを致しましょうか?」

 美果はちょっとうなった後、パッと思いついたように言う。あらかじめ考えていたのか、思いつきなのかは知らない。でもこんな些細な素振りが彼女の魅力だったと新出は言う。

「ポーカーやらない?」

 依頼人の思い付きで、やることは決まった。

 新井がカードをシャッフルし、自分と美果に5枚カードを配った。3回までカード交換ができるルールにしたそうだ。暇つぶしで始まったゲーム、事件が起こる気配は全くない。

「待って!」

「はい?」

「どうせゲームするなら、何か賭けない?」

 挑戦的に彼女は言い放ち、探偵を煽る。

「いいでしょう。なにがお望みです?」

「え?」

 美果は手にしたカードを口元に近づけ笑顔を隠しながら、前のめりになって顔を新出の方に寄せる。

「じゃあ私が勝ったら、探偵さんの人には言えない秘密を教えて」

「秘密というと?」

「子どもの頃やった失敗とか、あるでしょう色々? それを全部私に教えるの」

 他愛もない内容だ。

「ええ、わかりました」

「じゃあ、探偵さんは? 私が負けたらどうしてほしいの?」

 新出は考えていた。私からしたら考えるふりをしていた。

「難しいな」

「なんで? そうそう、探偵さんって女が好きなんでしょ?」

「え、どうして?」

「私も調べたの。そしたら色々出来てきた。高額の依頼料だけじゃなくて、依頼人が綺麗だったら、その人とイチャイチャしているんでしょ?」

「さあ。ネットの記事は噂が多いですから、信用しない方がいい」

 新出は首をかしげて、やんわりとぼかした。

「いいの、嘘つかなくても。好きなタイプの女性を教えてよ。綺麗な人がお好き? かわいい子がいいの? 胸は?」

「僕の秘密はあなたが勝ったら、教えます」

「ふーん」

 クリッとした黒い瞳とシャープを描いた眉がが、新出の前に臨んだ。

「僕が勝ったら、あなたが言う『イチャイチャ』をさせてほしい」

「ほら! やっぱり!」

 美果は指で彼を指し示し、目を丸くさせた。嬉しそうだった。

「アハハハ」

「スケベ、変態」

「これで条件はそろった。ゲームを始めましょう。プリンセス」

「言っておくけど、私負けないから」

「本気で」

「当然でしょ」

 彼女は強めな口調で言うと配られたカードを見て、にやりと笑った。

「ほら、対戦中は、笑っちゃだめですよ。ポーカーフェイスじゃないと」

「ふふ、私カードで負けたことあまりないの。だから大丈夫。探偵さんこそ、へらへらしちゃって、変な人」

 依頼人と探偵のゲームが始まる。最初の勝負で、美果は三度ある交換を使わなかった。よほど自信があるようだ。

 彼らの言う賭け。勝利の条件は簡単だ。ポーカーをやって、先に点数が100点を超えたほうが勝ち。同時に百点を越えたら、より高い方が勝利だ。ワンペア二点。ツーペア二点。といった感じだ。本来はポーカーはチップを賭けるものだが、元警察官である彼がそんなことをするわけにはいかないし、このルールは実にシンプルでいいと私は言った。

 賭けの中で、美果は新出をよく挑発してきたそうだ。

「好きなタイプは?」

「奥さんいないの?」

 実に幼稚な、浅はかなで、無節操な言葉だった。この小さな口元はつぐむということを知らない。まるでホトトギスようだと新出は言う。ずっと一晩中鳴いているからね、と。

 新井は3回のカード交換を使い切り、同時に互いの手札を公開した。

「スリーカード」

「フラッシュ」

 片方に落胆が、もう片方に狂喜が顔に浮かんだ。

「やった!」

 ああ、と彼は言って項垂れた。

「カードゲーム強いって言ったでしょ? 私の勝ち、はい十点」

 フラッシュは十点だったそうだ。これで新出は、十点のビハインドを背負ったことになり高い役を作らないといけなくなった。

 彼の眼前に勝ち誇った少女の顔が広がる。学校の中間試験で、予想通り以上の結果を出した時のまさしくあの時の顔だ。得意満面、すべてが思い通りに動いてくれる、自分は祝福されているという万能感に酔いしれた顔を見せられたと言った。とても無邪気で娘の成長を眺めているようだとのんきなこと口走っていた。

「どう? 降参する? 今なら打ち明ける秘密は1個だけにしてあげる」

「お気遣い痛み入ります。でも僕もカードゲーム負けたことないんですよ」

「アハ。じゃあもう知らない!」

 2回目。カードは再びシャッフルされ、配られた。美果はすっと要らないカードを決めて、テーブルに置いた。新出も同じようにカードを交換した。捨てた枚数分だけカードを引いた。顔に表情が出ないよう伏せ、自分自身と相談する。

 後、二回だけトライできる。

「うーん。どうしようかなあ」

「私はこのままで」

「あらそう? じゃあ交換しよう!」

 美果はためらわない。思い切ってカードを二枚捨て、二枚引いた。にやりと小悪魔の笑いを作る。

「いいわ。オープン。ツーペア」

「ワンペア」

 プッと美果は吹き出し、ゲラゲラと下品な笑いを続けていた。

「え、何で?」

「何か?」

「あと2回交換できたのに?」

 新井は答えなかった。

「えー本当にカード強いの?」

 美果の言葉には、失望の念が込められていた。

「まだ勝負はこれから。さあ、今度はあなたが切るといい」

 新出はカードをまとめて彼女に渡した。

「ふーん。別に私がシャッフルしても変わらないと思うけど?」

「どうだろうね?」

「変な人。スケベおやじ」

 カードは3度配られた。また手に5枚のカードが握られた。二人は何度も何度も同じ動作を繰り返された。最初は美果が優勢に思えたポーカーだったが、次第に新出が盛り返してきた。会話は尽き、二人は手に握ったカードとにらめっこを続けていた。

「はあ、熱い。」

 美果はパタパタとバスローブをつかみ、内に風を送っていた。やがて耐えかねず、彼女は冷房を付ける。まだ春だというのに、彼女の額は過剰なまでに汗をかいており、そのせいか髪が時折きらりと光の反射で輝いていた。

「熱くないの?」

 特に、と彼は答えて、彼女を一瞥した。

 新出82点。

 美果91点。

 序盤での強い役を連発した影響か、やはり美果が有利だ。でも美果の集中力は少しだけ切れかかっていた。ツーペア、ワンペア、ツーペア、ワンペア、ワンペアと彼女のカードの采配に精彩がなくなった。一方の新出は、決して強い役ではなくても、確実に点数を稼ぎ、とうとう点数が同じになった。

「ううん」

 美果は焦っていた。負けることは彼女にとって屈辱以外の何物でもないのだろう。彼女の心境を思うに私はそう判断した。

「いいわ。オープン。スリーカード」

 新出は、ちょっとだけ微笑んだ。

「ストレート」

「もう!」

 美果はついに癇癪を起し、カードをテーブルに投げ捨ててベッドに向かい倒れ込んだ。

 新出が逆転した。新出が102点。美果が97点。ぎりぎりの戦いだった。

 くやしいと、美果はベッドカバーを握りしめ感情をあらわにする。

「楽しいゲームでした。あなたは確かに強かった。プリンセス」

「負けたことないのにー」

「どっちが勝ってもおかしくはありませんでした」

 美果は握りこぶしで枕を数度叩いた。

「では僕は失礼しますよ」

「待ってよ、それどういうこと?」

「交代の時間です。美果さんを僕と小林が3時間ごとにあなたを見張ることにしたんです。もしカードがしたいのなら、彼とおやりなさい」

 新出は部屋を出ようとした。

「だめ。彼じゃつまんない。あの人は嫌い。面白くない」

 美果はキッと彼をにらみつける。立ち上がると、彼の前に立ちはだかり行く手を阻んだ。

「それに忘れたの? 賭けに勝った方の言うことを聞くって。あなたは勝ったわ」

「僕はあなたとゲームができただけでも楽しかった。それだけで満足です」

「なにそれ?」

 彼女の顔は石のように凍り付いた。彼女の奥に沈んでいたエゴが動き出した瞬間だ。医師になった顔がぐっと近寄った。僕はあの子ほど感情の起伏が激しい子は見たことがないんだと言っていた。彼女は妥協を許さない。

「ほら、キスしてよ。しゃがんで。恥ずかしいなら、してあげる。ほら」

 桃色の小さな唇が触れた。唇はためらうことなかった。新出の頬は彼女の色で染まる。彼はもてあそばれている。だから言ったんだ。私はやめろと。でも彼は美果のご指名を受け、遊んだ。ちなみに彼はもてあそばれるのが大嫌いだ。

「恥ずかしいの? チューは綺麗な人ばっかりで、こんなかわいい子となんて」

 新出は、この小生意気な口を封じた。そっと優しく。挑発にまんまと乗せられたというわけだ。

 長い、長い口づけの末、新出は目的を果たそうとした。この小さくて、生意気な幼児のような無邪気で無軌道な娘を己が手中に収めた。

「さっき私をかばってくれたみたいに抱きしめて」

 耳元で彼女の言葉が聞こえる。枕もとの明かりに照らされ、彼らの影は折り重なり、激しく惑った。
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