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ストーリー
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新出と別れ、私は自分の部屋に入ると、一息ついて椅子に腰かけ、胸ポケットに入れてあった煙草を吹かした。
どうせ何も起こりはしない。美果が狙われているというのは、虚言だろう。恐らく彼女は構ってほしいだけだ。少々変わった子なのだ。
スマホのバイブレーションが鳴った。私はポケットから取り出して、表示されたメッセージを見た。そこには『きて』とだけ書いてある。
私は行くべきか迷うが、先ほどのグループLINEの条件に、何かあったときはすぐ連絡をと書いてあった。条件に従うのではあれば、私は彼女の部屋に行かなければならない。
木製の扉がコンコンと叩かれ、部屋によく反響した。
「お呼びですか? お嬢さん」
小憎たらしい妖精のような顔が現われる。
「やめて下さるかしら、その呼び方?」
美果はむくれていた。はは、と新出は愛嬌なる顔を見てくすっと笑う。
「入って」
私たちは、この小さな依頼人に言われ入室した。美果は椅子に私たちはソファに、互いに向かい合うようにして座った。
「何か?」
「私思ったの。あなた方に、こっちから情報を開示しないと、あなた達何もしてくれないでしょうから」
彼女は実に真剣な面持ちだった。
「そんなことありませんよ。色々と調べていたところですよ」
「色々って、何を?」
「あなたのことです」
「そうなの? じゃあ教えて」
「あなたの名前は、秋月美果。本名は渡辺美果。1994年生まれ。17歳の時に、渋谷でスカウトを受け、女優デビュー。出世作は『小悪魔な君へ』。絶妙な演技で、大人気を博した。以来次々と映画、ドラマの主演を務めた。だが、2014年、あなたに薬物疑惑が浮上する。人気を博し、世間の声は称賛から非難に変わった。ほどなくしてあなたは女優をやめた。ま、こんなところです」
新出の怒涛の会話が続いた。
美果は一度体験しているからか、驚きはしなかった。
「どうせスマホで色々と調べたのね。まあ、基本情報はそんなものよ。他に御存じのことは?」
「今の確かな情報から調べたものです。その他は、信ぴょう性が怪しいのですが、知りたいですか?」
「聞かせて」
「あなたは、秋月家は先祖代々の土地を所有している。この町では、有名な資産家の娘さんだそうですね? 先ほど家は15分ほどのところにあると言われていたので、調べてみました。
秋月と言えば、あの白い洋館のことと言われている。だから地元の人は、あなたをプリンセスと呼ぶ人もいるそうですね。家族といえば、あなたには妹と従兄がいる。違いますか?」
美果は、ぷっと口を押えた。
「当たり。先祖代々といっても、大昔の話よ。今じゃ家が1つあるだけ。洋館だなんて。ふふ、笑っちゃうわ。秋月も落ちたとかいう人いるけど、あの家は素晴らしいものよ。やはり受け継ぐものがあるのは大切ね」
美果の口ぶりはどこか狂気的だった。住まいを語っている際は、恍惚としていて何か神秘的なものに取り付かれていた。私たちが彼女と会ってからまだ2時間も経っていないが、美果はいろいろな表情の笑い方をする。どれもが魅力的で、異性の気を引くには十分すぎるほどの能力を持っていた。
「ああ、妹と従兄は、いるわ。さっき話したものね。ありがとう、覚えてくださるのね」
「お2人はどちらに?」
「妹は東京。芸能人なんだから察してよ。従兄さんはこっちで弁護士をしているの。遺産のことを相談しているの」
「遺産ですか? まだお若いのに早いですね」
「こういうことはテキパキ済ませてた方がいいから。刑事さんなんでしょう? 色々と人のこと覚えるのは大変じゃないの?」
「ええ。僕は依頼人の言ったことを忘れないんですよ。ま、隣にいる彼は書かないと忘れてしまう質ですが」
私は、刑事時代からの癖で相手の内容を要約して簡潔にまとめる習慣を身につけていた。
「すごいわ。ねえ、メモを見せて」
美果は、口で言うや否やパッと私からメモ帳を取り上げた。なんて気まぐれな娘だ。我が物顔で、人の品を勝手に取っていくのに悪いと感じていないようだ。
「ちゃんと綺麗にまとめてらっしゃるわ。私なんて、ちゃんとメモしたこと何か一度もないわ。優秀な助手をお持ちのようね? 探偵さん?」
ええ、と新出は短髪の髪をかき上げながら微笑んだ。なんたって彼は人受けのしやすいつくり笑顔を浮かべるのが得意なのだ。
「そうだわ。」
美果はふいに今思い出したかのように言葉をふっと口にした。
「はい?」
「お金よ。私、探偵さんにいくらお支払いすればよろしいの?」
すっと透き通った顔がこちらを向き、彼女は組んでいた足を下ろし、手を両ひざに乗せた。実に細くすらりとした足だった。まるでショーウィンドウのマネキンの足にそっくりだった。
「さあ額を言ってください」
二人の目が交錯した。先に逸らしたのは新出の方だった。
「いいですよ。お金なんて。私は引退した身だ」
「ま! ただで身辺警護してくれるっていうの? ボランティアのつもり?」
「ええ。ですから何なりと私たちを使ってください。しばらくこっちにいますから」
「いるって。家があるでしょう?」
「僕は引退の身。そろそろ地方に引っ越して農業でもやろうと思っていたのですよ。死ここは静岡、茶の栽培でもね」
ハハハ、と大きな笑い声が部屋中を覆った。若い者の気力ある笑いは、雰囲気を明るく元気にした。
私も初耳で、つられて笑っていて、私の友人も同様に笑っていた。
「だめ。そんなのだめ」
笑みは突然禁止された。知らぬ間に美果の顔がギュッと引き締まり、小さな顔がもっと小さくなり、ほんの豆粒ほどになっていた。でも彼女は真剣だった。油断して何かしでかしたものなら、痛い目を合うことは確実だった。
「ちゃんと調べてください。私は命を狙われたの。あと少しでも探偵さんがかばってくれなかったら、頭を矢で射抜かれていたわ」
事実だ。そこは否定できない。
「目の前で殺されかけた人間が、調査を依頼しているのに。隠居の嗜みのつもりなの? ふざけないで!」
ダンと彼女はひじ掛けを叩き、勢いのあまり立ち上がった。空気は張りつめたものになった。怒りを伝える視線は、私たちに彼女への同情と悪ふざけ感覚でこんなことをしでかした犯人への怒りを再認させた。
「私、絶対に犯人を許さないわ。見つけ出してとっちめてやるんだから」
美果は苦虫をかみ潰したような顔をして、横目ににらみつけた。私は、彼女が本気で怒っているのだと信じた。事実そうだろう。彼女の憤りは当たり前だった。
すっと新出が立ち上がり、彼は頭を深々と下げた。
「大変申し訳ありません。不誠実な態度で、ご無礼をお許しください。さあどうぞおかけください」
「で、おいくら?」
「最低でも一千万」
「一千万」
美果はおうむ返しに額を言った。法外だろう。普通ではないが、新出傑はそういう男だ。
「私が警察から公認されている探偵でした。全国の警察関係者と知り合いを持ち、依頼された事件は解き明かし、犯人検挙に貢献しております」
「どのぐらいなの? 数字で教えて」
「私が携わった事件は100%解決しております」
「100%?」
「ええ」
「そう、頼もしいわね。なら警察を当てにするよりあなたを頼ったほうがいいわね」
「いえ、被害届はきちんとお出しになさった方がいいです。犯人検挙のために、彼らの力は欠かせませんから」
「わかったわ」
「1000万でよろしいですか?」
「お支払いは、口座かなんかに振り込めばいいの?」
「ええ。事件解決後に、指定した口座にお支払いください」
そう、と美果は言い、苦笑した。『この男は百%とか言っているけど、本当なのか? 胡散臭い詐欺だわ』。内心そんな風に思っているのだろうと私は娘の笑顔からそう感じた。
「2000万」
え、と言ったのは私だった。
「2000万をお支払いするわ。面白いわ、私感じるの、あなたはただの探偵じゃない。小説に出てくるような名探偵なの? 違う?」
新出はクスクスと娘の対抗意識を面白がってみていた。私には新出が若い娘をおだてさせ、金をかすめ取る詐欺師のように思えてきた。
「新井、あんまりからかうな。これはオークションじゃないだから」
「いいじゃないか。美果さんが、お望みだから」
「じゃあ決定」
「交渉成立です」
苦言を呈したが無駄だった。二人が同時に笑ったとき、私の出る幕ではないと感じた。彼らの笑顔はいたずらっ子のそれだった。よく似た二人なのだ。
「ねえ、私疲れたわ。夕食までちょっと時間あるから横になりたいの。ね、時間になったらノックしてよ」
「承知致しました」
時間のようだ。私たちは部屋を退出するよう指示された。
「扉はきちんと鍵をかけてくださいね」
私は彼女を気遣って言ったつもりだった。だが美果は返事もせず、細く小さな手でひらひらと返してきた。
「さて、君の意見を聞きたい」
新出の部屋に戻り、私たちは意見交換を始める。
「秋月美果は、実に気持ちに波のある女性だ。浜辺で君が言った通り、彼女は大胆に見えて実に繊細だ。ちょっと君が『お嬢さん』と口にしただけで、ムキになった。
でも彼女の方からアクションは、起こしてくれるから君の通り、反応を見て情報をキャッチするのがベストだろう」
「大体君の指摘はあっていると思うよ。彼女の行動を予測するのは、実に難しい。笑っているかと思いきや、突然真面目になって怒りだす」
「ああ、おかげで僕らはすごく振舞わされているわけだよ」
「ま、君の苦手なタイプだ。もっと君は真面目で大人しい子が好きだろう」
「代わりに君は大好きなタイプだろう。ああいう、やんちゃ子は?」
は、と彼は吹いた。
「まあいい。それと彼女は自身が望む答えを性急に求める傾向があるな。ご期待に応えませんでした、絶対にありえない」
「だろう。だから関わらない方がいいと思った。君は面白いとかいうから」
「気にすることはない。引退と言ったが、事件を引き受けていけない理由にはならない。美果を狙った不幸な犯人には、申し訳ないがきちんと法の裁きを受けてもらうよ」
彼の言葉を聞いて、私は疑問を持った。
「なあ、これは彼女を狙った犯行なのか? あそこを女優の秋月美果が通ったのは偶然だろう?」
「そうだ。もし彼女を狙うのではあれば、もっと確実な方法があるはずだ。それも誰もいないところを背後から狙うとか、ストーカーなら、そうするはずだな」
「彼女はこの町の生まれで、プリンセスと言われているみたいだ。地元の人間なら彼女がどこに住んでいるか分かっているから。浜辺を歩く美果を狙ってボーガンを仕掛けたとも考えられるが」
解釈は色々とできる。ただどれも確証がない。
「防犯カメラに犯人が映っているかだろう。だが、それもおおよそ望みは薄いな」
ああ、と私は返事した。そもそも美果は殺されていない。幸い怪我一つ追わずに済んだのだ。殺人は起こっていない。美果を狙っている犯人が特定されていないのに、事件を未然に防ぐのは実に困難だ。情報が少なすぎる。
結局、議論は暗礁に乗り上げた。わかったのは、秋月美果が気まぐれ屋で、気分に波があり、望んだ答えしか求めない、そんなところだろうか?
どうせ何も起こりはしない。美果が狙われているというのは、虚言だろう。恐らく彼女は構ってほしいだけだ。少々変わった子なのだ。
スマホのバイブレーションが鳴った。私はポケットから取り出して、表示されたメッセージを見た。そこには『きて』とだけ書いてある。
私は行くべきか迷うが、先ほどのグループLINEの条件に、何かあったときはすぐ連絡をと書いてあった。条件に従うのではあれば、私は彼女の部屋に行かなければならない。
木製の扉がコンコンと叩かれ、部屋によく反響した。
「お呼びですか? お嬢さん」
小憎たらしい妖精のような顔が現われる。
「やめて下さるかしら、その呼び方?」
美果はむくれていた。はは、と新出は愛嬌なる顔を見てくすっと笑う。
「入って」
私たちは、この小さな依頼人に言われ入室した。美果は椅子に私たちはソファに、互いに向かい合うようにして座った。
「何か?」
「私思ったの。あなた方に、こっちから情報を開示しないと、あなた達何もしてくれないでしょうから」
彼女は実に真剣な面持ちだった。
「そんなことありませんよ。色々と調べていたところですよ」
「色々って、何を?」
「あなたのことです」
「そうなの? じゃあ教えて」
「あなたの名前は、秋月美果。本名は渡辺美果。1994年生まれ。17歳の時に、渋谷でスカウトを受け、女優デビュー。出世作は『小悪魔な君へ』。絶妙な演技で、大人気を博した。以来次々と映画、ドラマの主演を務めた。だが、2014年、あなたに薬物疑惑が浮上する。人気を博し、世間の声は称賛から非難に変わった。ほどなくしてあなたは女優をやめた。ま、こんなところです」
新出の怒涛の会話が続いた。
美果は一度体験しているからか、驚きはしなかった。
「どうせスマホで色々と調べたのね。まあ、基本情報はそんなものよ。他に御存じのことは?」
「今の確かな情報から調べたものです。その他は、信ぴょう性が怪しいのですが、知りたいですか?」
「聞かせて」
「あなたは、秋月家は先祖代々の土地を所有している。この町では、有名な資産家の娘さんだそうですね? 先ほど家は15分ほどのところにあると言われていたので、調べてみました。
秋月と言えば、あの白い洋館のことと言われている。だから地元の人は、あなたをプリンセスと呼ぶ人もいるそうですね。家族といえば、あなたには妹と従兄がいる。違いますか?」
美果は、ぷっと口を押えた。
「当たり。先祖代々といっても、大昔の話よ。今じゃ家が1つあるだけ。洋館だなんて。ふふ、笑っちゃうわ。秋月も落ちたとかいう人いるけど、あの家は素晴らしいものよ。やはり受け継ぐものがあるのは大切ね」
美果の口ぶりはどこか狂気的だった。住まいを語っている際は、恍惚としていて何か神秘的なものに取り付かれていた。私たちが彼女と会ってからまだ2時間も経っていないが、美果はいろいろな表情の笑い方をする。どれもが魅力的で、異性の気を引くには十分すぎるほどの能力を持っていた。
「ああ、妹と従兄は、いるわ。さっき話したものね。ありがとう、覚えてくださるのね」
「お2人はどちらに?」
「妹は東京。芸能人なんだから察してよ。従兄さんはこっちで弁護士をしているの。遺産のことを相談しているの」
「遺産ですか? まだお若いのに早いですね」
「こういうことはテキパキ済ませてた方がいいから。刑事さんなんでしょう? 色々と人のこと覚えるのは大変じゃないの?」
「ええ。僕は依頼人の言ったことを忘れないんですよ。ま、隣にいる彼は書かないと忘れてしまう質ですが」
私は、刑事時代からの癖で相手の内容を要約して簡潔にまとめる習慣を身につけていた。
「すごいわ。ねえ、メモを見せて」
美果は、口で言うや否やパッと私からメモ帳を取り上げた。なんて気まぐれな娘だ。我が物顔で、人の品を勝手に取っていくのに悪いと感じていないようだ。
「ちゃんと綺麗にまとめてらっしゃるわ。私なんて、ちゃんとメモしたこと何か一度もないわ。優秀な助手をお持ちのようね? 探偵さん?」
ええ、と新出は短髪の髪をかき上げながら微笑んだ。なんたって彼は人受けのしやすいつくり笑顔を浮かべるのが得意なのだ。
「そうだわ。」
美果はふいに今思い出したかのように言葉をふっと口にした。
「はい?」
「お金よ。私、探偵さんにいくらお支払いすればよろしいの?」
すっと透き通った顔がこちらを向き、彼女は組んでいた足を下ろし、手を両ひざに乗せた。実に細くすらりとした足だった。まるでショーウィンドウのマネキンの足にそっくりだった。
「さあ額を言ってください」
二人の目が交錯した。先に逸らしたのは新出の方だった。
「いいですよ。お金なんて。私は引退した身だ」
「ま! ただで身辺警護してくれるっていうの? ボランティアのつもり?」
「ええ。ですから何なりと私たちを使ってください。しばらくこっちにいますから」
「いるって。家があるでしょう?」
「僕は引退の身。そろそろ地方に引っ越して農業でもやろうと思っていたのですよ。死ここは静岡、茶の栽培でもね」
ハハハ、と大きな笑い声が部屋中を覆った。若い者の気力ある笑いは、雰囲気を明るく元気にした。
私も初耳で、つられて笑っていて、私の友人も同様に笑っていた。
「だめ。そんなのだめ」
笑みは突然禁止された。知らぬ間に美果の顔がギュッと引き締まり、小さな顔がもっと小さくなり、ほんの豆粒ほどになっていた。でも彼女は真剣だった。油断して何かしでかしたものなら、痛い目を合うことは確実だった。
「ちゃんと調べてください。私は命を狙われたの。あと少しでも探偵さんがかばってくれなかったら、頭を矢で射抜かれていたわ」
事実だ。そこは否定できない。
「目の前で殺されかけた人間が、調査を依頼しているのに。隠居の嗜みのつもりなの? ふざけないで!」
ダンと彼女はひじ掛けを叩き、勢いのあまり立ち上がった。空気は張りつめたものになった。怒りを伝える視線は、私たちに彼女への同情と悪ふざけ感覚でこんなことをしでかした犯人への怒りを再認させた。
「私、絶対に犯人を許さないわ。見つけ出してとっちめてやるんだから」
美果は苦虫をかみ潰したような顔をして、横目ににらみつけた。私は、彼女が本気で怒っているのだと信じた。事実そうだろう。彼女の憤りは当たり前だった。
すっと新出が立ち上がり、彼は頭を深々と下げた。
「大変申し訳ありません。不誠実な態度で、ご無礼をお許しください。さあどうぞおかけください」
「で、おいくら?」
「最低でも一千万」
「一千万」
美果はおうむ返しに額を言った。法外だろう。普通ではないが、新出傑はそういう男だ。
「私が警察から公認されている探偵でした。全国の警察関係者と知り合いを持ち、依頼された事件は解き明かし、犯人検挙に貢献しております」
「どのぐらいなの? 数字で教えて」
「私が携わった事件は100%解決しております」
「100%?」
「ええ」
「そう、頼もしいわね。なら警察を当てにするよりあなたを頼ったほうがいいわね」
「いえ、被害届はきちんとお出しになさった方がいいです。犯人検挙のために、彼らの力は欠かせませんから」
「わかったわ」
「1000万でよろしいですか?」
「お支払いは、口座かなんかに振り込めばいいの?」
「ええ。事件解決後に、指定した口座にお支払いください」
そう、と美果は言い、苦笑した。『この男は百%とか言っているけど、本当なのか? 胡散臭い詐欺だわ』。内心そんな風に思っているのだろうと私は娘の笑顔からそう感じた。
「2000万」
え、と言ったのは私だった。
「2000万をお支払いするわ。面白いわ、私感じるの、あなたはただの探偵じゃない。小説に出てくるような名探偵なの? 違う?」
新出はクスクスと娘の対抗意識を面白がってみていた。私には新出が若い娘をおだてさせ、金をかすめ取る詐欺師のように思えてきた。
「新井、あんまりからかうな。これはオークションじゃないだから」
「いいじゃないか。美果さんが、お望みだから」
「じゃあ決定」
「交渉成立です」
苦言を呈したが無駄だった。二人が同時に笑ったとき、私の出る幕ではないと感じた。彼らの笑顔はいたずらっ子のそれだった。よく似た二人なのだ。
「ねえ、私疲れたわ。夕食までちょっと時間あるから横になりたいの。ね、時間になったらノックしてよ」
「承知致しました」
時間のようだ。私たちは部屋を退出するよう指示された。
「扉はきちんと鍵をかけてくださいね」
私は彼女を気遣って言ったつもりだった。だが美果は返事もせず、細く小さな手でひらひらと返してきた。
「さて、君の意見を聞きたい」
新出の部屋に戻り、私たちは意見交換を始める。
「秋月美果は、実に気持ちに波のある女性だ。浜辺で君が言った通り、彼女は大胆に見えて実に繊細だ。ちょっと君が『お嬢さん』と口にしただけで、ムキになった。
でも彼女の方からアクションは、起こしてくれるから君の通り、反応を見て情報をキャッチするのがベストだろう」
「大体君の指摘はあっていると思うよ。彼女の行動を予測するのは、実に難しい。笑っているかと思いきや、突然真面目になって怒りだす」
「ああ、おかげで僕らはすごく振舞わされているわけだよ」
「ま、君の苦手なタイプだ。もっと君は真面目で大人しい子が好きだろう」
「代わりに君は大好きなタイプだろう。ああいう、やんちゃ子は?」
は、と彼は吹いた。
「まあいい。それと彼女は自身が望む答えを性急に求める傾向があるな。ご期待に応えませんでした、絶対にありえない」
「だろう。だから関わらない方がいいと思った。君は面白いとかいうから」
「気にすることはない。引退と言ったが、事件を引き受けていけない理由にはならない。美果を狙った不幸な犯人には、申し訳ないがきちんと法の裁きを受けてもらうよ」
彼の言葉を聞いて、私は疑問を持った。
「なあ、これは彼女を狙った犯行なのか? あそこを女優の秋月美果が通ったのは偶然だろう?」
「そうだ。もし彼女を狙うのではあれば、もっと確実な方法があるはずだ。それも誰もいないところを背後から狙うとか、ストーカーなら、そうするはずだな」
「彼女はこの町の生まれで、プリンセスと言われているみたいだ。地元の人間なら彼女がどこに住んでいるか分かっているから。浜辺を歩く美果を狙ってボーガンを仕掛けたとも考えられるが」
解釈は色々とできる。ただどれも確証がない。
「防犯カメラに犯人が映っているかだろう。だが、それもおおよそ望みは薄いな」
ああ、と私は返事した。そもそも美果は殺されていない。幸い怪我一つ追わずに済んだのだ。殺人は起こっていない。美果を狙っている犯人が特定されていないのに、事件を未然に防ぐのは実に困難だ。情報が少なすぎる。
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