姉妹 浜辺の少女

平野耕一郎

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ストーリー

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 屋敷のチャイムが幾度となく鳴り響く。背の高い男と、ガタイのいい男がやってきた。

 二人はひそひそと話し込み、美果を見かけると笑顔で話し込んだ。

「彼らは?」

「シェフよ。ここで何かやるために、今日だけ雇ったの。私、料理作れないし、夏帆一人じゃ大勢の料理を作れないでしょ?」

 ほう、そんなこともできるのかと感心した。今の時代、お抱えの給仕など不要で、都合がいい時に、必要な人材を
雇えばいいわけだ。私たちのように。

 日が傾くにつれて、ゲストは続々と登場した。全員、私たちより若い。どうやら美果の同級生たちだ。毎年この時期に花火大会がやるから、美果は友達を呼んでドンチャン騒ぎをする。ほとんどが彼女の友達で、あとは私たちと、美果の彼氏の悠一、従兄の堀内や、咲子といったレギュラーメンバーだ。

 料理はずいぶんと豪華だ。まるで一流ホテルのバイキングのようだ。

 洋食はローストチキンや、ハンバーグ、ポテトサラダ、パスタなどのありふれたもの。和食に目を通せば、鮨やそ
ばという振舞い。なんでもある。

 久しくこのような歓待を受けていないので、私は料理にありつくことにした。

 私たちは完璧にアウェイだが、美果が気を利かしてくれた。私たちは日本一の探偵だと、すごい人たちなんだと触れて回っている。だが、最近の子はニュースを見ないのか、あんまり知られていない。そもそもネットで情報を入手
するから、興味のない事には無関心なのだ。

「実に残念なことです。私はユニークで警察からも認められているのに」

 彼は期待した礼賛を受けられず、自虐に走っており、若者たちの笑いを誘っていた。変なオヤジが来て、何かの余
興だと思われているようだ。どのような状況下でも、笑いに買えてしまえるのが彼の強みだ。

「先生は、いくら依頼料を取ります?」

 若者のさりげない言葉に、最低でも一千万ですねと彼は何てことないとばかりに言い張る。若者は、互いに目を見張る。

「1000万!」

「え? 美果、1000万も払ったの?」

 なあに、と別の場所で話していた美果がこっちにやってきた。

「あんた、依頼料1000万出したの?」

「ううん、2000万」

 この言葉に、彼らは唖然とした。そのとき、わたしは付きつけれた金額に全員の目に狂気が孕んでいたことを見逃さなかった。新井も同じだ。こいつらは金で釣られてきている。

「だって仕方ないじゃない。私、三回も殺されかけたんだもん。だから調査と護衛をしてもらうことにしたの」

 美果は、自分が狙われている身でありながら、実に愉快な口調で話しだす。彼女は立て板に水という感じで、一度
口を開いたら気が済むまで話しをやめなかった。

 彼女の口ぶりには説得力があった。多分役者という仕事をして、どこで人の気を引くのか無意識のうちに感覚で理解している。話し込む彼女自身、発している言葉に取りつかれていた。瞳には覇気があり、誰もがそこにくぎ付けとなっていた。

 ただ新出だけは、冷静に彼女の話を受け止め要所で相槌を打っていた。

「私が来たからには、どうぞ皆さんご心配なさらずどうぞ宴をご堪能下さい」

「ふん。強気ね。探偵さん? ね、もし美果のことを守れなかったらどうするの?」

 咲子が、嗅ぎつけてやってきた。この女は、人の言葉尻を捉えるのがうまいのだろう。今まで姿を見せなかったの
に、忍び寄る影のようにすっと姿を現した。

「なら、腹でも斬りますか? 探偵業をやめるじゃ釣り合わないでしょうし」

「はは、変な人。ずいぶん古臭いわ」

 彼女の笑いは空気を凍てつかせる力を持っていた。

「そうだ、プリンセス。お恵みをありがとう」

 咲子は美果に話しかけ、手のひらにそっと口づけをした。

「いいのよ。いつでも困ったら助け合う仲じゃないの」

「ええ、そうね。いいネックレスじゃない。お似合いよ」

「ありがとう。マイフレンド」

「お二人の今の呼びかけは、変わっていますね?」

 とっさに私は聞いてみた。ずっと気になっていた。

「そう? 美果は私のプリンセスなのよ。いいじゃない。ねえ?」

「耳慣れないものですから。昔からそんな風に呼び合って?」

「また事情聴取?」

 咲子はにやりと笑い、薄い唇を閉ざそうとする。面倒な女だ。

「いえ。気になったものですから」

「ふん。小林さんってデリカシーない人」

 美果がまたむくれた顔をした。

 デリカシー? 自分が?

 その言葉に、新出が爆笑していた。私はあきれ返っていた。

「あーいや。ごめんなさい。彼はこういう真面目な男なんです」

「そうよ。女には女だけにしかわからない関係があるのよ」
 鼻で笑うと、咲子と美果は別の輪に移った。彼女らがいなくなると、他の者たちも別の輪に移っていった。

「おい、何をするんだ?」

「ま、気にするな」


 新出は、ポンと私の肩に手を置き、すました笑みを浮かべて、美果の元へ向かう。結局一人きりになってしまっ
た。

 しばし食事やドリンクにありついていたが、室内の軽躁がだんだんと疎ましいと感じ中庭に足を踏み出した。人混みは好きではない。話なんてせず、淡々と酒を嗜むのが本来の私だった。よく分からない会話の阿吽の呼吸なんて大嫌いだ。

 月夜に照らされると、鬱蒼とした森に光が差し込む。都会から外れたところにこんな幻想的な風景があるとは思いもよらない。新出がここを隠居生活にしたいのも何だか理解できる気がした。

「あ、あの」

 しどろもどろな小さな声を私は耳にし、よかったと思えた。私は彼女と話がしたかった。

「お勤めご苦労様」

 バニーガール姿の夏帆さんは、気恥ずかしい思いをしていた。お淑やかな彼女が、そんな風な身なりをさせられるなんておかしいと思う。でも一方で私は、そんな彼女が可愛いと感じていた。もじもじしている姿がちょっと初々しい。

「あなたは、どうして美果さんの下で働いているんです?」

 私には素朴な疑問をぶつけてみたくなった。

「い、いえ。ずっと同級生の頃から、こういう関係なんです」

「ずっと?」

「はい」

 もし、望まないことをやらされてきたのなら、友達のやることではない。事実、やり取りを見て違和感だらけだ。この家に纏わりつく者はどこか変だ。下心がありありだ。確たる証拠がなくても、おかしいのは元刑事の勘だろうか?

「いやじゃないの?」
「え?」

 言葉を間違えたかもしれない。

「失礼」

「いえ。あの小林さんって、ずっと新出さんの助手を?」

「え、ああ。彼ですか? 彼とは警察学校時代からの同期です。気が合って、刑事をやめて、私立探偵なんてやっていたんです」

「ごめんなさい。私、ぶしつけで」

「まあお気になさらず。あいつは、組織の考えに寄らない自分の価値観を持ったやつですから、十年が限界だったんでしょう。思い切ってやめたんです」

 そうですかと夏帆さんはしんみりした顔で話を聞いてくれた。

「どうして? 小林さんまで?」

「あー、まあ自分も色々あってね」

 はは、と笑ってごまかしたが、私の退職理由は良いものではないので、あえて伏せておいた。

「ご一緒に働くことになったわけですね?」

「ま、まあ」

 くすっと夏帆さんは、何か悟ったように天使の微笑みを見せる。もっと近くで彼女の素顔を見ていたいと思った。
私は彼女の連絡先を交換した。新出に倣って、私も行動を起こしてみる。彼の場合は、プレイにもっていくまでがあっという間だが、私には連絡先の交換が限界だ。

「戻りましょう」

「ええ」

 私は任務に戻ることにした。依頼人の護衛が私たちの任務だから。

 パーティに呼ばれた女たちは、皆多様な衣装をまとい演じていた。チャイナドレス、アイドル、バニーガール、看護婦の白衣。

 美果はどうしてこんなことがしたいのかわからない。

「ね、音がした。始まったわ!」

 鶴の一声だった。彼女が言葉を発せば、大勢は付いていく。美果は自分が、この家のスターだと自覚してい
る。

 ここは二階建ての西洋風の白い洋館で、屋上が付いていた。そこには二十人弱程度がいても十分なスペースで、外の涼しい風に吹かれて、見上げると満天の星空が私たちを覆う。

 西に目をやれば、小さなⅹ町が広がる。私たちのホテルはあちらにある。大体が森におおわれているが、その合間を縫って運河が流れている。河川敷から花火が上がり始めていた。

 美果や彼女の同級生たちにとって、幾度となく見た光景だろう。彼らの瞳から、かつて過ごした街への望郷の念が感じられた。

 私たちも、しばし依頼人の護衛という任務を忘れ、ひと時の感傷に浸っていた。自分たちには、資産がある。数々の難事件を解き明かし、日本警察の救世主とまで呼ばれるようになった。漫画のような話だが、事実そうなのだ。しかし四十を迎え、命の危険をかけてまで事件に挑みたいとは思わない。なら、いっそ早期引退を決め、田舎で暮らしたいというのは、ごく普通なことだ。新出にとっても、私にとっても。
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