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ストーリー
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無数の花火が打ちあがる。綺麗だ。純粋にこの世界は、光明に包まれており、どこに陰湿な殺人事件が起こる余地があるだろうか?
「ね、ちょっと部屋に戻りたいの。付き合ってくれる?」
「どうしました?」
「コンタクトがずれちゃった」
「わかりました。行きましょうか?」
私たちは彼女のそばから離れず付き従う。
ごめんね、と小さくお辞儀すると美果は扉を閉めた。あとは、空に打ちあがる花火の音と、時折聞こえる歓声だけが私たちの耳を鳴らす。どこにも殺意の影を感じさせない平和な時間が流れていた。
「何かあれば、連絡が入る、そうだったな?」
私は、ポケットからスマホを取り出し、作成したグループLINEを確認する。造ったから何の反応もない。
「ああ、緊急の時は叫ぶよう言ったし」
手は尽くした。あとは下手人が姿を現すのを待つだけだ。
しばしの時が経つ。何も起きやしないのだ。そう何も。
このときは、頑にまでそう信じていた。やることはやった、来るなら来いという強気な態度はあっさりと打ち砕かれた。
パリンというガラスが砕ける音が突然耳を貫いた。普通ではない音。続けて、大きな叫び声が聞こえ、おい待てという罵声がとどろいた。
下の階からだ。とにかく何より美果の安全を図る必要がある。
「美果さん、美果さん。開けてください」
待ってと美果のかすかな声が聞こえた。よし、無事だ。扉はすっと開かれた。
「変な音が聞こえなかった?」
「ええ。下の階からです。ご無事ですか?」
「平気よ。下の階奴が気にならない? ちょっと確認しに行かない?」
「危険です。絶対に部屋を出ないで。窓側に近づかないで。僕がノックするまで絶対開けないように」
「あなた達の間にいるわ。行きましょうよ?」
「だめだ。わかるね」
新井はピシッと言い切った。
「わかったわ」
階段を降りて私たちはダイニングへの扉を開ける。テーブルにグラスや皿が無造作に並べられているが、部屋の隅で座り込んでいる者の姿を見つけた。
「どうしました!」
腕を抑えて苦悶の表情をしているのは、従兄の堀内だった。
「変な奴がいきなり。窓ガラスを割って僕に襲い掛かってきた」
「けがは?」
「腕をガラスで切ってしまいました。かすり傷だと」
堀内の左手からじわじわと赤い鮮血がこぼれていた。かすり傷とはいえ、ぱっくりと切れているから血だらけになっていた。美果がすぐに救急箱を取ってきた。
「な、さっき変な音が、おいどうした?」
今度は佐藤悠一だ。
「不審者です。窓ガラスを割って堀内さんを襲いました」
「全く名探偵とか言って」
堀内は悪態を付く。
「堀内さん、犯人はどちらに?」
「目の前の窓を割って、リビングを横断して、ほらあっちに行ったよ」
わたしと新井は堀内が指さす方向を向いた。何者かが侵入した。
「まずい。向こうは美果の展示室がある。あそこには」
拳銃だ。私たちはより慎重になった。
予感は的中した。展示室のショーケースが割られている。そこに置いてあった拳銃は忽然と消えていた。
外では花火がどんどんと鳴っている。
「まさか犯人は花火に合わせて美果を殺害する気なんじゃないか?」
私たちは周囲を確認する。拳銃なら距離を取って撃つこともできる。
どんどん。
どんどん。
楽しいはずの花火音が私たちをいら立たせていた。
ドンッ!
今、妙な音がした。
カーテンがひらひらとなびいていた。ガラス戸は開けられ、外の風が吹きさしていた。
新井はそっちの方へ慎重に足を運んだ。
「こちらには何が?」
「確かそっちは中庭」
犯人は銃を持っている恐れがある。彼は慎重に暗闇が広がる中庭を見る。茂みに潜んでいる可能性がある。ブランコが見えた。美果がよく中庭でおじいちゃんと遊んだとか言っていた。
新井の視線がブランコに差し掛かった時、彼の目はそこに凝結した。
「小林」
彼は手で僕を呼びつける。実に乱暴な呼びつけ方だが、緊急事態だ。仕方がない。
「どうした?」
人だ、と彼は一言つぶやく。
「佐藤?」
「違う、人が倒れている。女だ」
え、と私は言った。あのストーカー野郎じゃないのか? 私は不思議に思い、彼の見つめる先を私も見た。疑いは晴れた。私も新井と同様の反応をした。
「3人ともここにいてください。決して動かないように」
「なんで?」
「いいから動かず」
背後で状況を飲み込めずにいる美果、堀内、悠一の元に戻った私は、語気を強めて言う。説明している暇はない。
「よし」
私たちはそっと中庭に足を踏み入れる。ブランコまではさほど遠くない。体を隠し、ゆっくりと足を進める。佐藤が隠れて私たちを狙撃する恐れもある。
誰だ?
誰が倒れている?
暗がりでよくわからなかったが、近づいてみて私たちは、はっと互いの顔を見合った。女は、赤い服を着ているようだ。確か最近はやりのアイドルの衣装ではないだろうか?
もしや!
私たちは後先考えず走り出す。厳重に警備をしていたつもりだ。万全を期して守ると約束した。美果の横に張り付いてばかりいた。狙われるのは彼女だと信じていた。美果は無事だ。
屋敷の庭に置かれたブランコから崩れ落ちるように不自然に横たわったもの。それは体つきから若い娘だと判断できる。私たちが寄っても、地に横たわる娘は反応をしめそうとしない。
空に打ちあがる花火の光に大地は照らされる。大地に倒れ込んでいる娘の顔が映し出されたとき、私たちは驚愕のあまり言葉を失った。
「ちくしょう!」
新井は転がった死体を見て、地面に拳を叩きつける。襲撃者は4度目にしてついに命を日本一の名探偵の前から華麗に奪い去った。
「ね、ちょっと部屋に戻りたいの。付き合ってくれる?」
「どうしました?」
「コンタクトがずれちゃった」
「わかりました。行きましょうか?」
私たちは彼女のそばから離れず付き従う。
ごめんね、と小さくお辞儀すると美果は扉を閉めた。あとは、空に打ちあがる花火の音と、時折聞こえる歓声だけが私たちの耳を鳴らす。どこにも殺意の影を感じさせない平和な時間が流れていた。
「何かあれば、連絡が入る、そうだったな?」
私は、ポケットからスマホを取り出し、作成したグループLINEを確認する。造ったから何の反応もない。
「ああ、緊急の時は叫ぶよう言ったし」
手は尽くした。あとは下手人が姿を現すのを待つだけだ。
しばしの時が経つ。何も起きやしないのだ。そう何も。
このときは、頑にまでそう信じていた。やることはやった、来るなら来いという強気な態度はあっさりと打ち砕かれた。
パリンというガラスが砕ける音が突然耳を貫いた。普通ではない音。続けて、大きな叫び声が聞こえ、おい待てという罵声がとどろいた。
下の階からだ。とにかく何より美果の安全を図る必要がある。
「美果さん、美果さん。開けてください」
待ってと美果のかすかな声が聞こえた。よし、無事だ。扉はすっと開かれた。
「変な音が聞こえなかった?」
「ええ。下の階からです。ご無事ですか?」
「平気よ。下の階奴が気にならない? ちょっと確認しに行かない?」
「危険です。絶対に部屋を出ないで。窓側に近づかないで。僕がノックするまで絶対開けないように」
「あなた達の間にいるわ。行きましょうよ?」
「だめだ。わかるね」
新井はピシッと言い切った。
「わかったわ」
階段を降りて私たちはダイニングへの扉を開ける。テーブルにグラスや皿が無造作に並べられているが、部屋の隅で座り込んでいる者の姿を見つけた。
「どうしました!」
腕を抑えて苦悶の表情をしているのは、従兄の堀内だった。
「変な奴がいきなり。窓ガラスを割って僕に襲い掛かってきた」
「けがは?」
「腕をガラスで切ってしまいました。かすり傷だと」
堀内の左手からじわじわと赤い鮮血がこぼれていた。かすり傷とはいえ、ぱっくりと切れているから血だらけになっていた。美果がすぐに救急箱を取ってきた。
「な、さっき変な音が、おいどうした?」
今度は佐藤悠一だ。
「不審者です。窓ガラスを割って堀内さんを襲いました」
「全く名探偵とか言って」
堀内は悪態を付く。
「堀内さん、犯人はどちらに?」
「目の前の窓を割って、リビングを横断して、ほらあっちに行ったよ」
わたしと新井は堀内が指さす方向を向いた。何者かが侵入した。
「まずい。向こうは美果の展示室がある。あそこには」
拳銃だ。私たちはより慎重になった。
予感は的中した。展示室のショーケースが割られている。そこに置いてあった拳銃は忽然と消えていた。
外では花火がどんどんと鳴っている。
「まさか犯人は花火に合わせて美果を殺害する気なんじゃないか?」
私たちは周囲を確認する。拳銃なら距離を取って撃つこともできる。
どんどん。
どんどん。
楽しいはずの花火音が私たちをいら立たせていた。
ドンッ!
今、妙な音がした。
カーテンがひらひらとなびいていた。ガラス戸は開けられ、外の風が吹きさしていた。
新井はそっちの方へ慎重に足を運んだ。
「こちらには何が?」
「確かそっちは中庭」
犯人は銃を持っている恐れがある。彼は慎重に暗闇が広がる中庭を見る。茂みに潜んでいる可能性がある。ブランコが見えた。美果がよく中庭でおじいちゃんと遊んだとか言っていた。
新井の視線がブランコに差し掛かった時、彼の目はそこに凝結した。
「小林」
彼は手で僕を呼びつける。実に乱暴な呼びつけ方だが、緊急事態だ。仕方がない。
「どうした?」
人だ、と彼は一言つぶやく。
「佐藤?」
「違う、人が倒れている。女だ」
え、と私は言った。あのストーカー野郎じゃないのか? 私は不思議に思い、彼の見つめる先を私も見た。疑いは晴れた。私も新井と同様の反応をした。
「3人ともここにいてください。決して動かないように」
「なんで?」
「いいから動かず」
背後で状況を飲み込めずにいる美果、堀内、悠一の元に戻った私は、語気を強めて言う。説明している暇はない。
「よし」
私たちはそっと中庭に足を踏み入れる。ブランコまではさほど遠くない。体を隠し、ゆっくりと足を進める。佐藤が隠れて私たちを狙撃する恐れもある。
誰だ?
誰が倒れている?
暗がりでよくわからなかったが、近づいてみて私たちは、はっと互いの顔を見合った。女は、赤い服を着ているようだ。確か最近はやりのアイドルの衣装ではないだろうか?
もしや!
私たちは後先考えず走り出す。厳重に警備をしていたつもりだ。万全を期して守ると約束した。美果の横に張り付いてばかりいた。狙われるのは彼女だと信じていた。美果は無事だ。
屋敷の庭に置かれたブランコから崩れ落ちるように不自然に横たわったもの。それは体つきから若い娘だと判断できる。私たちが寄っても、地に横たわる娘は反応をしめそうとしない。
空に打ちあがる花火の光に大地は照らされる。大地に倒れ込んでいる娘の顔が映し出されたとき、私たちは驚愕のあまり言葉を失った。
「ちくしょう!」
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