姉妹 浜辺の少女

平野耕一郎

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ストーリー

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 私たちは美果の要請もあり秋月邸にとまることになってしまった。人の家を悪く言うつもりはないのが、あまりいい家ではないと思う。

 無機質で何の人の温もりもない家だ。代々受け継がれてきた家は柱が錆びれ、庭先の手入れが大変だ。雇っている使用人も高齢だし、小間使いの娘だけでは不足しているだろうに。
 
 ともかく警察の実況見分も終わり、屋敷は嘘みたいに静まり返っていた。でも僕らはクライアントが今後も脅かされないよう防衛を講じないといけないし、何より目の前の殺人事件の解決をすべきだ。

「被害者は秋月未来。21歳。女優。鑑識によると犯行時刻は21時から22時。背後から拳銃で後頭部を打たれたことによる失血死。

 弾は裏庭の地面から発見された。使われた拳銃はワルサーP36。4日前にこの屋敷から盗まれてもののだね。拳銃は行方知らずか」

 私は刑事の頃のように状況報告をする。

「警察は当初は拳銃を盗んだ犯人を見立てて動きそうだが、そうじゃない線もあると言っておいてよかったな」

「君の指摘は正しいと思う。まずいのは拳銃が見つかっていないことだ」

「そうだな。P36は7発の実弾が入る。被害者を殺したので使ったから残り6発。盗んだ犯人は警察に任せよう。僕らは美果のボディガードを続けよう」

 新井は腕を組み、険しい顔で暗がりに包まれた庭を凝視していた。視線の先にあるのは事件現場だ。探偵として犯人の犯行を達成させてしまった。矜持が傷ついている証拠だ。

「さて、次は誰が犯人か。見ていこうじゃないか?」

 新井傑はいつの間にか用意した用紙をガラス製のテーブルの上に広げた。

「なんだそれは?」

「容疑者リストだよ。執拗に僕らのプリンセスを狙う不届き者が誰か書いている」

 美果からもらった用紙に今屋敷に住んでいる人物の名前が記されていた。

「まあ、色々と込み合っているからな。整理したいところだ」

 今日は徹夜だろうな。私はしょぼしょぼした目でリストを見ていた。そこには名前と犯行動機が書かれていた。

 A:城崎咲子 職業:デイトレーダー、あと色々。職業不詳に近い? 美果の友達。動機は美果の金狙いか。

 B:森田雄一 職業:家庭教師で、美果の彼氏。動機があるとすれば金か。

 C:島永夏帆 職業:メイド。動機があるとすれば怨恨? こき使われていることへの恨み。

 D:堀内時也 職業:弁護士。美果の従兄。あるとすれば金で、遺産狙い。未来が死んでも得をする。

 E:強盗 美果の家に押し入った拳銃強盗。3回も美果を狙っているところから執拗性があるが。

「うーん。こうならべると誰もが怪しく見えるが。やはりEか?」

 しかしEである強盗は新井がさっき言っていたが物理的に無理であるという否定が入る。そうなると、Dの堀内が怪しくなる。美果と誤って未来を殺したとしても遺産は入るのだ。むしろ幸運な勘違いと入れる。秋月未来と言えばすさまじい人気ぶりである。

「まあ、色眼鏡で見ずに一人ひとり見ていこう。Aの城崎咲子は?」

「彼女は麻薬中毒の可能性があるかもしれない。あくびもそうだが、こんな夏場に寒がっている様子も中毒者の典型的な症状だ。秋月美果はマトリが一時期追っていたんだ。関係者にいたかもしれない。調べてみるよ」

「そっち方面は任せるよ」

「Bの森田か。うーん彼が殺害をするとしたら君を殺すんじゃないのか。美果にちょっかい出しているからね」

 私のからかいに新井はわざと困ったような顔をした。この男なら寝込みに襲われても死ななそうなフィジカルのタフさがあるから全く大丈夫だろう。

「この男については保留にしよう。情報が足りない」

「するとCの島永夏帆か。あるとすればリストに記載されている通りだが。夏帆は美果の同級生だっけ?彼女にも遺産が残るのかな? 彼女も動機はあるのかな?」

 私は島永夏帆について、美果に対する献身さを見て嘘がないように思っていた。

「さあて、金だけではないからね。怨恨もある。夏場だというのにあの長袖は気になるね。何かを隠しているんじゃないか? 探れそうかな?」

「僕が? どうして?」

「仲が良さそうだから。君のタイプだろう? はは、顔が赤いぞ。さては気になっているんだろう?」

 空とぼけようと思ったが、事実なので認めた。しかしこれは捜査なのだ。細部まで疑問は晴らす必要がある。なぜ新井は僕に島永夏帆を調べさせようとするのだろう。

「何とか気を見てやってみよう」

「次はDの堀内時也か。僕は彼の証言で色々他の容疑者の動機が変わってくると思うんだ。何せ彼は秋月家の顧問弁護士だからね。美果の遺産の配分を知っている。これは大きな問題だ。明日にでも伊豆市の彼の弁護士事務所を訪ねてみようじゃないか?」

「そうだな。しかし彼が容疑者ならば偽装も可能なんじゃないか?」

「だとしたら、とんだへまをしたもんだ。美果と未来を見間違えるはずがない。それに強盗を使って拳銃を盗むなんて暴挙に出る必要はない。もちろんそれだけで容疑者から外すつもりはないが、薄いとみている」

「強盗は殺人犯の共犯だとみているのか?」

「ああ、外部から来たものにしては家のことを知っていただろう。草陰に隠れて勝手口に迷いもせず逃げていって、刑事の追跡を追い払ったんだからね。内部に共犯者がいたんだよ。恐らくそいつが未来を殺したんだ」

 新井は邸内の見取り図と犯行当日のこの邸宅にいた容疑者の位置取りを確認していた。

「この中の誰かが犯人か」

 なるほど一理ある。新井はさらにその先を考えているようだったが、言わなかった。

「今日は遅いから、ひと眠りしよう。明日は堀内の弁護士事務所に行ってみよう」

 私たちはラウンジで付けていた灯りを消した。
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