七宝物語

平野耕一郎

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第1章 世界の理

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 宮殿より、西に数百メートル。そこは官公庁の荘厳な建物が立ち並ぶ地区である。特別特区として、首長は西王がその座についていた。

 並び立つものの中でも、ひときわ高くそびえ立つ建物がある。天を突く塔のようであり、まさにこの世の中枢に位置している建造物である。

 真白き塔と人々は呼んでいる。
すでに年が明けて二か月が過ぎた。聖都には雪がちらほらと振り、白の塔を過分に際立たせる。
 
 行政府の長である西王が住まい、執務を取る場所である。四方にアーチ型の入り口があり、どの階も同じ形をしていた。入口より中に入ると、床は外装とは打って変わって艶やかなカラメル色をしている。
 
 中央は大広間で、ゲートを通るとエレベーターに乗る。
 
 塔の主、西王は最上階にいる。
今、多忙である。
 
 議会に通す法案、予算の編成の資料に目を通していた。最終的にしたから上がってきたものを精査し、認証するのが彼女の仕事。特に年が明けた時期は前年度に用意された資料を読むのが仕事だ。
 
 去年は大きな戦があり、政務を少しおろそかにしがちであった。余計に仕事は散在している。
 
 下の役人が、細微まで課された業務を怠っていないかじっくりと確認していた。
 
 執務室には王と、秘書が一人。早朝より王はずっと座りっぱなしで机の上に配置してある資料を読みふけっている。緊張しつつも平静さを装う秘書が起立して見ている。

「ねえ」
 
 西王は秘書に語り掛ける。
「は、はい……」
 
 やんわりとした聞き方であったが、秘書にはひと声かかるだけでも身に余ることである。

「ちょっと頼まれてくれる?」

「はい」
 
 秘書は焦っていた。彼ら王付きの秘書たちは王命を一心に聞き、迅速に指示を実現しなければならない。昨年まで王付きになったばかりの彼にとって、断然異なる緊張感に苛まれながら業務に臨んでいた。
 
 指示は至ってわずかなことで、お茶を持ってきてほしいという微細なことであった。

 秘書は小さなことと知り、思わず、はあ、と言葉が籠もれ出てしまう。しかし王命は迅速に行われるよう厳命されている。
 
 執務室は西王一人になった。彼女の行政に対する表向きの悩みの種は、庶民と富裕層との格差が開きつつあるということ。
 
 昨年出した、借金の減額政策が大いに反発を買った。富裕層は聖都内、あるいは外に農地を持っていた。農地は代々世襲で受け継がれていたが、実際に管理していたのは農地に住む庶民たちである。
富裕層は自らの農地に住む庶民に土地代を課していた。しかし、相対的に金額は高く、庶民から反発が出ていた。払える者は大勢おり、庶民に借金がつもっていた。

 やがて事件が起きた。

 隣の都市、「嵐下」にある農地に住む庶民が地主へ借金の減税または免除を強訴。だが、直ちに送られてきた兵により鎮圧されて、死者が出た。その中に女子供がいた。

 これに庶民は怒り狂い、都市全体が暴動に包まれた。反面、首都である聖都は穏やかであったが、いつ暴動の波が来るか分からない。
 
 国が内部から揺れれば、外の敵に付け入る隙を与えかねない。一度は撃退した東からの脅威を勢いづかせてはならない。
 
 今こそ、富の半数を持つ議員や地主といった富裕層に増税し、また庶民に課せられた借金を免ずることにより、戦争の機会を作る。
西王にとって重要な政務は、議会演説と諸王の会議だった。
 
 問題はなかった。今回の戦争もくすぶっていた内側の内乱をうまく外にそらせられた。国民一人一人に脅威が迫ることは知っただろう。個人の欲望でいがみあっているときではない。
 
 カチャリと音がした。誰かが入ってきた。秘書かと思ったが、違った。

 女だった。だが身なりは単なる行政官とは思えない。全身を黒の服をまとう。髪は束ねられていた。瞳はどこか暗い何かを背負っていた。腕に付けられた紫の腕輪だけが彼女を何者か判別させる手段でもあった。

 彼女は何も言葉を発せず、西王のもとに近づく。

「都のスパイの居場所、割れたわよ。彼らが、嵐下の暴動を裏で引き起こしていたのね。で、どうする?」
 
 口ぶりは早く、機械的であった。女性らしい温かみや慎ましさはないに等しい。

「そうねえ」

「特に気になるのは、一人。まずそいつから始末すべきじゃない?

「その件は、一先ず保留よ。いくらスパイでも無暗に始末をつけないで。陛下の心痛を察してあげないと」
 
 心痛――彼女には分からない。脅威が聖女に迫っているのだ。相手側の目的は不明だが、さっさと処理をする必要があるはず。

「残りのスパイは、司法長官のあなたに任せる。スパイはどこにいる?」

「都の東の外れ」

「なら管轄内ね。そっちは始末をつけていいわ」
 
 彼女は、そうとだけ言い、部屋を出ていった。
 
 西王は、チラッと彼女の後姿を一瞥したが、やがてまた手元の資料に目を通し始める。執務室を出ていった彼女――壱ノ国の司法長官。まだ年は若いが、彼女もまた手に取り付けられた腕輪――七つの宝がただ者でないことを表している。

 名を夕美といった。壱ノ国の司法府の長にして、弐ノ国の王だった。

 妙な関係性である。一国の王が他国の司法を治める。こんなことは聞いたことがないだろう。だが四百年も前から、そうだった。弐の国はずっと壱ノ国に従属している。まるで影のように。
 
 弐の国は固有の国土を持たず、壱ノ国の都である聖都にわずかな土地を持っているに過ぎない形式的な国である。

 ただかの国の存在は、壱ノ国の司法を独占していた。かの国がくだした司法に関する裁決は壱ノ国の行政府、立法府は翻すことが出来なかった。例え西王であっても。唯一裁決を翻せる決定権があるとすれば、上帝である聖女ただ一人だった。
 
 土地は東に面していた。宮殿より東の外れに茶色の方形の建物がどんと領域を確保している。そこは貧民街で、常に犯罪の温床となっており、司法府があることで抑制になった。
 
 ときに、東国、四の国のスパイが潜在している。彼らは、戸籍を偽装し、または旅人に成りすまし、聖都の治安を揺るがした。隣の都「嵐下」の暴動もその一つであった。

 取り締まるのも司法府の当然の仕事である。

 従属した弐ノ国の王と親衛隊が聖都の秩序を守った。いわば、壱ノ国の不正や腐敗といった部位をつぶす泥作業になっている。
 
 彼らの作業は、秘密裏であった。何事もないかのように、影で動くのが仕事である。壱ノ国の王が光であるなら、影が弐ノ国の王であるといっていい。
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