七宝物語

平野耕一郎

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第2章 霧の中より現れし男

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冬が去り、三月も半ばを迎えた。

市井の民が風評にのまれ、官吏が体面を失いかける中、その日はやってきた。結局、王は諫言しなかった。二百年もの間不在だった聖女の地位を支える騎士の地位もまた同じく不在だった。

空けられていた地位の座に就いたのは、名もなき一介の浪人だった。

式は、聖女就任の儀と同等の価値と風格を保ち、参列した王や、議員といった名のある者たちを引き締めされる。

開式は十二時ちょうどまで十分である。その場にいないのは、聖女と主役の渦中の男だけであった。

正式には、聖騎士に任命されていないとはいえ、すでに仕事は始まっていた。聖騎士は、聖女と共にありその身を彼女に捧げなえればいけなかった。

「まだ、来ないのか?」

議会をまとめる地位である議長がボソッと隣にいる副議長に話しかける。

「もうじきお越しになるかと」

「全く……」

議長は小さく嘆息する。その場にいる議会議員を代表する気持ちの表れだった。彼らは何も知らなかった。聖女がかの国に強襲された。権威の最高位にある聖女を守れなかった行政の怠慢を追及するつもりだった。不可能に近いが、王に全権を支配された国の政治機構を一部でも奪還したかった。

かすかな試みは、行政に情報を握られて大した策も講じられずに終わった。聖女が新たに選任する騎士の話題で持ちきりだ。しかし、議会側には情報は入らずに、気づけば親任式に参列するよう王命があり、議長以下議員が全員こうして参列している。

面目をつぶされたのは立法を司る議会だった。

 本来なら、行政府の長である王と立法府の長である議長は同等の地位であり、対等の権力を保持しているはずだった。しかし、王が天に輝く星ならば議長は地べたに転がる小石程度の存在に過ぎない。

 心中が不満に駆られる中で、外が少しざわつき始めた。多分やってきたのだろう。

 彼の読みは当たる。

 謁見の間の玄関口にある鐘がカーンと鳴った。聖女が現れるとき、必ず鳴る音である。

扉が徐に開いていく。わずかな光の中に、侍従を伴った聖女がいた。

 水色のドレスに身を包み、ゆったりとした足取りで歩を進む女性は、腕に聖なる腕輪をまとい、両手に錫杖を携えていた。

 左の侍女が銀の盆に巻かれた紙を持ち、右の侍女が手に剣を持っていた。

 聖女の後ろに例の男がやってきた。風のように現れ、聖女を窮地から助け出した男。本来なら、恩賞を与えて去っていくはずの男だった。だが彼は風のようにさることはなかった。

 主役たちが所定の位置に付いた。

 呼出人が開式を宣言した。それが終われば、すぐに男を騎士に叙任することになる。まずは聖女の宣誓から始まる。

「汝、聖騎士の位に就き、主の身に一生を捧げることを誓いますか?」

 聖女が行える聖業の一つである任命権。その際、こうして厳粛に問いかける。王なら、玉座に就く勇気があるか、騎士であれば身を聖女に捧げ仕える気があるか問う。

「はい」

 やり取りは予定調和である。

 聖女は彼の返事を聞くと、そっと侍女が盆にのせた紙を手に取り、内容を読み上げやがて最後にこう言った。

「汝を第一聖騎士の地位を与えます」

 誓紙はこうして男の手に渡され、男は騎士になった。最高位の地位に位置する騎士へ。この決定がなにを意味するのか。参列した各々の心に刻み込まれた。
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