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第2章 霧の中より現れし男
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西の聖都が、めでたい式典が催される一方で南の王国は閑散としている。寒い日が続いた。
華美、豪華といった商業でにぎわった街が今日は静けさに包まれ、人々の顔は暗い。
三月二十三日、六百年の間、豊都の興隆を支えた王がひっそりと崩御した。王は並みの者以上の強靭な生命力を持つ。しかし、その命もいつかは尽きる。王が持つ宝は霊魂が宿り、王の魂は知らず知らずのうちに霊魂に食われていく。やがて命は全て吸い尽くされ王は緩慢な長き生を終える。
伍の王・景虎は早朝に供を付けずに王宮の中庭の散歩を日課として送っていた。ところが、七時の朝餉になっても現れなかった。気にかけた従者が、中庭を探すと王はうつぶせに大樹の下に倒れていた。
従者たちがさすっても王は何の反応も示さない。死んでいるのだと一人が言う。やがて彼らはある不気味な影の存在に気付かされた。
傍にあった王の杖――宝が黒々と邪気を放っている。誰も杖に触ることはできず、大樹の下に置かれた。とりあえず王の体だけを宮廷内に運び入れることにした。
伍の王急逝の報は、たちまちのうち都中に駆け巡った。王のお力が衰えを見せ、先は長くはないという根拠なき伝聞が事実となった。
しかし豊都を襲ったのは、主の突然の喪失だけではない。
都は、王が敷いた力により六百年の間戦乱に襲われず守られてきた。王は死んだ。彼亡き今都は完全に無防備と化していた。番兵が、敵影を見かけたときには、すでに更なる悲劇は始まろうとしていた。
「やあ、見事に結界がないな」
烈王は、都の北西にある高台から豊都を見下ろす。幾度となく侵略を阻まれた地。伍の王が都全体に張り巡らした防魔の壁のおかげである。あらゆる魔力を退け、内に入れない力を持っている。壁は、魔力の高い者にしか目に見えず、触れるとたちどころに体が消し飛ぶ強力な魔法だ。
聡士の言った通りだ。
「ほう、これは、これは。都は、ものけの殻同然ですなあ」
重臣がおべっかを使う。
「この分なら、俺一人だけでも都は取れる」
「陛下、くれぐれも荒いことはするなという我が主四ノ国王よりのお達しをゆめゆめお忘れなきよう――」
「分かっている!」
口うるさいやつだ。聡士が連れてきた見張り役。自分の配下の者なら、即刻殺しているところだ。
「女子供、無抵抗の兵は殺さず、歯向かう兵だけにしろ、ということだろ?」
「――はい」
どうもいけない。聡士が送った兵というのは、表情がなく何を考えているのか分からない。例えていうなら無機質で、人として味気がない。
「陛下、どうします? 門を開けてもらわなきゃ話は始まらんでしょう」
なるべく穏便に都を抑えろという聡士の言いつけ、だが兵たちは先の西国での敗戦により鬱憤を武力で晴らしたがっている。
安い交渉は無駄だった。しかし――俺の横にいる目付が厄介だ。
「で、お前よ」
烈王は、小賢しく脇にいる見張りに声をかける。
「はい、ここは一先ず門番たちを説き伏せるのがよろしいかと」
「ならお前も来い。俺が話を付けてやるよ」
「俺が誰だか分かっているな?」
物見の兵は矢を向け、戦いに備える。手に汗握る攻防だ。兵たちは、身に恐怖としまい込み的を烈王ただ一人に絞る。
「知っているぞ、お前たちの主は死んだ――気にするな、俺は豊都を支配しに来たわけじゃない。締約がある、分かっている。七か国は互いに領土を襲うことはできないという戒めがある。安心しろ、お前たちを襲わない。豊都には外敵を打ち払う存在が必要じゃないのか? 俺が買って出てやると言っている。門を開けろ」
烈王にとって交渉は恫喝と同義であった。我が意に従うのか、否かだけだ。横にいた目付には、単なる稚拙な脅しにしかなかったので、どうにかしなければならない。つかのま考え、話をしようとした。
「陛下、ここはまず――」
目付が、言い出す前に王の奇行に色を失い、叫んだ。
「俺を殿下と呼ぶな」
「何を!?」
烈王は愛用の戟を一振りしただけだ。まばゆい炎が立ち込め、空を切った。門を守る兵たちにとって武力行使であった。火の粉が兵たちの眼前まで飛び、兵の恐怖を一層かき立てる。自尊心は人一倍高い男。
櫓の上にいた兵の引き締められた弓がピュウと音を立てた。矢が兵の手元を離れる。
「うっ……」
矢は奇しくも目付に当たった、というより当てられた。王に放たれた矢の弾道をスッと劇を使って目付にそらしたのだ。仮に王に当たったところで死ぬことはない。
うるさいのが死んだ。こいつは、同盟国の兵だ。前回の諸王の会議で交わした契約には、こうも書いてある。王同士互いに結ぶことこれを禁じない。かつ、同盟国双方の国の者を他国に弑逆されたとき、その国に対し制裁措置を取ることが出来る――とある。
こちらは、隣国の王の死による動乱を起きないように同盟国と共に兵を出した。ところが、同盟国の兵は殺された。これで、大義は立つ。同胞の兵はむざむざとやり玉に砕け散った。ならば借りはきっちりと返さなければならない。
「そうか、お前たちの回答はそうなら仕方ない」
烈王はにんまりと笑い、手に持った戟をサッと振るった。
閃光が走り、猛火が駆ける。門は一瞬にして消し飛ぶ。その先には、まばゆいばかりの富んだ都と中心にある宮殿がこれ見よがしに綺麗に映った。
おおっと高台の兵たちが叫び、いきり立ち兵は将兵ともに駆け出す。馬のいななき、兵の叫びが都に響き渡る。
華美、豪華といった商業でにぎわった街が今日は静けさに包まれ、人々の顔は暗い。
三月二十三日、六百年の間、豊都の興隆を支えた王がひっそりと崩御した。王は並みの者以上の強靭な生命力を持つ。しかし、その命もいつかは尽きる。王が持つ宝は霊魂が宿り、王の魂は知らず知らずのうちに霊魂に食われていく。やがて命は全て吸い尽くされ王は緩慢な長き生を終える。
伍の王・景虎は早朝に供を付けずに王宮の中庭の散歩を日課として送っていた。ところが、七時の朝餉になっても現れなかった。気にかけた従者が、中庭を探すと王はうつぶせに大樹の下に倒れていた。
従者たちがさすっても王は何の反応も示さない。死んでいるのだと一人が言う。やがて彼らはある不気味な影の存在に気付かされた。
傍にあった王の杖――宝が黒々と邪気を放っている。誰も杖に触ることはできず、大樹の下に置かれた。とりあえず王の体だけを宮廷内に運び入れることにした。
伍の王急逝の報は、たちまちのうち都中に駆け巡った。王のお力が衰えを見せ、先は長くはないという根拠なき伝聞が事実となった。
しかし豊都を襲ったのは、主の突然の喪失だけではない。
都は、王が敷いた力により六百年の間戦乱に襲われず守られてきた。王は死んだ。彼亡き今都は完全に無防備と化していた。番兵が、敵影を見かけたときには、すでに更なる悲劇は始まろうとしていた。
「やあ、見事に結界がないな」
烈王は、都の北西にある高台から豊都を見下ろす。幾度となく侵略を阻まれた地。伍の王が都全体に張り巡らした防魔の壁のおかげである。あらゆる魔力を退け、内に入れない力を持っている。壁は、魔力の高い者にしか目に見えず、触れるとたちどころに体が消し飛ぶ強力な魔法だ。
聡士の言った通りだ。
「ほう、これは、これは。都は、ものけの殻同然ですなあ」
重臣がおべっかを使う。
「この分なら、俺一人だけでも都は取れる」
「陛下、くれぐれも荒いことはするなという我が主四ノ国王よりのお達しをゆめゆめお忘れなきよう――」
「分かっている!」
口うるさいやつだ。聡士が連れてきた見張り役。自分の配下の者なら、即刻殺しているところだ。
「女子供、無抵抗の兵は殺さず、歯向かう兵だけにしろ、ということだろ?」
「――はい」
どうもいけない。聡士が送った兵というのは、表情がなく何を考えているのか分からない。例えていうなら無機質で、人として味気がない。
「陛下、どうします? 門を開けてもらわなきゃ話は始まらんでしょう」
なるべく穏便に都を抑えろという聡士の言いつけ、だが兵たちは先の西国での敗戦により鬱憤を武力で晴らしたがっている。
安い交渉は無駄だった。しかし――俺の横にいる目付が厄介だ。
「で、お前よ」
烈王は、小賢しく脇にいる見張りに声をかける。
「はい、ここは一先ず門番たちを説き伏せるのがよろしいかと」
「ならお前も来い。俺が話を付けてやるよ」
「俺が誰だか分かっているな?」
物見の兵は矢を向け、戦いに備える。手に汗握る攻防だ。兵たちは、身に恐怖としまい込み的を烈王ただ一人に絞る。
「知っているぞ、お前たちの主は死んだ――気にするな、俺は豊都を支配しに来たわけじゃない。締約がある、分かっている。七か国は互いに領土を襲うことはできないという戒めがある。安心しろ、お前たちを襲わない。豊都には外敵を打ち払う存在が必要じゃないのか? 俺が買って出てやると言っている。門を開けろ」
烈王にとって交渉は恫喝と同義であった。我が意に従うのか、否かだけだ。横にいた目付には、単なる稚拙な脅しにしかなかったので、どうにかしなければならない。つかのま考え、話をしようとした。
「陛下、ここはまず――」
目付が、言い出す前に王の奇行に色を失い、叫んだ。
「俺を殿下と呼ぶな」
「何を!?」
烈王は愛用の戟を一振りしただけだ。まばゆい炎が立ち込め、空を切った。門を守る兵たちにとって武力行使であった。火の粉が兵たちの眼前まで飛び、兵の恐怖を一層かき立てる。自尊心は人一倍高い男。
櫓の上にいた兵の引き締められた弓がピュウと音を立てた。矢が兵の手元を離れる。
「うっ……」
矢は奇しくも目付に当たった、というより当てられた。王に放たれた矢の弾道をスッと劇を使って目付にそらしたのだ。仮に王に当たったところで死ぬことはない。
うるさいのが死んだ。こいつは、同盟国の兵だ。前回の諸王の会議で交わした契約には、こうも書いてある。王同士互いに結ぶことこれを禁じない。かつ、同盟国双方の国の者を他国に弑逆されたとき、その国に対し制裁措置を取ることが出来る――とある。
こちらは、隣国の王の死による動乱を起きないように同盟国と共に兵を出した。ところが、同盟国の兵は殺された。これで、大義は立つ。同胞の兵はむざむざとやり玉に砕け散った。ならば借りはきっちりと返さなければならない。
「そうか、お前たちの回答はそうなら仕方ない」
烈王はにんまりと笑い、手に持った戟をサッと振るった。
閃光が走り、猛火が駆ける。門は一瞬にして消し飛ぶ。その先には、まばゆいばかりの富んだ都と中心にある宮殿がこれ見よがしに綺麗に映った。
おおっと高台の兵たちが叫び、いきり立ち兵は将兵ともに駆け出す。馬のいななき、兵の叫びが都に響き渡る。
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