七宝物語

平野耕一郎

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第3章 諸王の会議

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 到来

 時が来た。全国の王が集まる諸王の会議。
 希和二四年五月七日。聖都。都は七つの門があり、そこから道が七つのびている。
 名前が付いており、中央門、東征門、西征門、南征門、北征門という主要な五つの門と小さな門の二つがある。全てを合わせて七門という。また門から、やはり七つ道が伸びている。七道といいまたの名を王道という。本来なら都の警備を維持するため、門は堅く閉ざされ、基本的に外からの来訪や外敵の侵入を拒む。
 しかし今日は特別だ。七門は、南征門を除いてすべて解放される。王たちが諸国の統治について話し合うために来訪するからだ。ただ南の門は王が急逝したことにより閉ざされたままだ。
 全ての王は、自らの任命者である聖女に対し、誓書を提出する。互いに争いごとをしないといった旨が書かれていた。話し合いの場所は、聖女という権威の名の下、住処である中立地・聖都で会合を開く。互いが率いてくる兵の数も限られ、基本的に軍備は禁ぜられている。
 都は、幹道に市でにぎわうが今日はあまりにも静かだ。無理もないことだ。七つの宝に後押しされた王の力は絶大であり、実質の最高権力者だ。誰も抗うことはできない。王による絶対的統治がこの世の在り方であった。何も今に始まった体制ではなく、聖女が祝福された大地に人びとを導いた太古の昔から王は七人いた。権力は、聖女の権威によって裏付けられていた。
 民衆の生命は常に王の匙加減一つだ。王の権力は七つに分け、互いにけん制し合うことで、何とか民衆は生きてきた。しかし時代は、烈王の到来により危機に瀕する。
 彼は、あろうことか上帝を自ら名乗った。己が聖女の弟であることに由来してなのだろう。自らを王より上の存在と評し、他国に侵略を始めた。戦局はやがて膠着し、民の地だけが流れる。双方ともに傷つき、和平の場が必要と唱えることが出た。会議での最大の焦点は、主な戦争当事者である紅蓮の炎に包まれた東国と世界の中心として君臨する西国の両国と、中立的なその他国々を交えた和平交渉の会議でもある。
 会議の開会は、午後三時である。持ち時間は六時間。議長は一の王。芭蕉は、宮殿の西にある大会堂で行われる。普段、この場所が使われることはなく、入室を許されるのはごく限られている。
 時刻は正午を回る。聖都の兵は、王の来訪を昨日から待つ。王が来るのは、王次第だ。早く来る王もいれば、遅いのもいる。
 出迎えるのは壱の王こと西王萌希である。
 無風の都に、ふと風がフウとうなりを立てた。
 風は強くなり、近くに何かが来るのを感じられるが、正体は見えない。神速とも呼ぶべき速さでやってきて都に砂ぼこりを舞わす。辺りは視界不良になる。その姿を見た者はいない砂風の王と呼ぶ。
 七の王、正室を壱の王とし、自ら聖都の東の外れに住まう王。出で立ちは男前で、長身、長い首が特徴的で、澄ました笑顔を浮かべる。
「やあ、また一番か」
「あなたが来るたびに、砂ぼこり。いい加減ゆっくり来てくれない?」
「久しぶりだね」
「ええ」
「私もいるわ」
 ふと二人の横に、黒いマントに身を包み、長髪で、冷たい視線を送る女性がいる。弐ノ国王夕美。またの名を影の王という。
「あ、速いと言えば君もね」
「私は聖都の司法長官。住まいはここ。早いのは当然よ」
「そうだね」
 七の王はクスッと笑う。
「速くても、迷惑のかけられない来訪の仕方を学んだ方がいいわ」
「ああ、僕のスピードは転変しないと出せないからね。ある程度は勘弁してよ」
「この砂ぼこり、あとで兵たちが綺麗にするのが大変なのよ」
「わかったよ」
 王は三人そろった。そこから次の王がやってくるのに時間が空いた。三人は、一度宮殿内に入り、休憩所で昼を取った。
 緩やかな団らんの時だ。西王と七の王は、夫婦でその仲人が弐ノ国王なのだから三人の中は良好である。
 三時間が過ぎて二時半になった。次の来訪者が来ってきた。本来なら王が来れば、門の上に掲げられた鐘が鳴り響く。しかし七の王は神速、弐ノ国王も同様。壱の王は聖都の主だったから鐘は鳴らす間もなく到着した。
 六の王丸穂。たっぷりと腹を膨らませ、飽食に明け暮れた王は足取りの重い馬車に乗ってやってきた。馬もどこか精彩を欠いていた。
「申し訳ない。遅くなった……」
「正午にもなっていないわ。平気よ」
 しかし彼は、息をハアハアさせるだけである。
 その様に皆笑った。何も走ってきたわけじゃないのに。
「大丈夫?」
「いえいえ」
 六の王は、謁見というものに緊張しているのだろうか。
「息苦しそうね」
「いえ、そんなにでも……」
 答えに三人は笑い合う。
「四人そろった」
「あとは二人……」
「例の二人」
 四人は互いの顔を見合う。そこに緊張の兆しが走る。後に来る者たちが、どのような者なのか自明の理である。
 後は待つばかりである。ときは刻々と過ぎていき、二時半を回る。
「来ないのかな?」
「いや来る」夕美の声は固くしっかりとしていた。妙に自信のある口調だった。
「ほう。やけに自信満々だね」
「彼らは来るわ」
「君もかい? なんだ、なんだ、何をそこまで自信ありげに言えるのかな? 丸はどうだい?」
「どうと言うと?」
「なーんだ、聞いていないのかい? 聡士君と猛留君さ。今日の会議に参列するのかしないのかって話さ」
「そりゃあ――」
 天空に黒雲が覆う。今まで青かった空に、突如として漆黒に塗りつぶされた。まるで時空が歪んだようだ。何かの凶兆であるかのようだ。
 ぴかっと空に一筋の光が見えると遅れて雷鳴が鳴り響きとザアッと雨が降り注ぐ。風もある。とても恐ろしいほど強い。
 吹きさす嵐は、都の家々を雨風で濡らす。舗装されていない道路には幾重にも渡る小さな川ができる。
 宮殿から延びている中央道に人影が見える。手に何かを持っているようでゆっくりと四人の傍に近づいてくる。男は一歩一歩前に進む。
 烈王、怒りの帝王、暴虐の王、火の王、赤き龍と言われた男。筋骨隆々、顔は固く引き締まり、眉尻はキュッと結ばれ見る者を脅かす。王はかつて聖都の住人であった。聖女の弟として、祝福されたはずの者であった。いずれは聖女を支える武に秀でる王になった男。
 だがある日彼は禁断の力を手に入れ、堕ちた。幼い彼は、王の宝の力を抑制できず都の多くの者を焼き殺した。世にいう「希和の大火」である。聖都は火に包まれた。今ある宮殿は、大火の前に建立したものだ。自らの名が付いた不祥事に、聖女は嘆き悲しんだ。そして自らの弟を憎み、国外から追放した。
 烈王は、己が火で家族、従者のみならず多くの民を殺した。鎮火後、民も彼を恨んだ、憎悪のまなざしで彼を見た。そして叫んだ、出ていけ、と。
 西王だけが彼を憐れみ、一人の供を付け、東の地へ彼を追放した。十年前のことで、彼が二度と聖都を踏み入れることはなかった。
 彼は帰ってきた。望まれない帰還であった。
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