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第7章 王の糸
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はるか西。聖都。国王は民に対しあらゆる外出を禁じた。今や市場で売り買いをする店主や客の声は絶えた。宮殿より伸びる大通りをふうと風が通り土煙が巻き起こる様子は、都を訪れた者をきっとわびしい思いにさせるだろう。
宮殿には主たる者はいない。今の国は聖女という貴い存在を奪われた。先日兵が送り出された。数万にもなる大軍。
だが軍の最高司令官にして、一ノ国王こと西王は、執務を取る塔から姿を現さず、指示を出すだけだ。
真白き塔。全ての行政府の頂点に立ち、都全土を一望できる場所。その頂上に王はいる。
茶色の、横に長く縦に短いテーブルの上には、箱庭が置いてあり、西王は上から眺めながら、しなやかな手首を動かしていた。素振りは、指人形を張り巡らした糸で巧みに操る傀儡師のようだ。
横に長く王に仕えた爺やが、細い目を凝らしてみていた。彼にはさっぱり彼女が何をしているのか理解できない。
「あ、切れたわ」
西王がしゃべる。彼女の言葉を聞いたのは、実に三日ぶりのことだ。ずっと彼女は寝ずに机に置かれた箱庭に張り
付いていた。彼には何をやっているのかさっぱりわからない。
「ばれたのね」
独り言。
「殿下――」
「なあに?」
「少々お休みになられたら?」
「そうねえ。場面も佳境ですし、気を引き締めるためにも少しお茶でもしましょうか」
西王は手を止めた。次に指を鳴らして暖かいティーポットを出す。
「あ、おいしい」
「殿下、もう長くはない老いぼれに、一つ教えてくださいますか?」
「何を?」
西王は、きょろりと大きな瞳を向ける。
皺だらけの、老年で震える手がテーブルに置いてある箱庭を示す。
「世界を箱庭で表したの。見なさい。ここが聖都。大南海、火都……」
確かに王が座っている椅子を北側と仮定すれば、南にある青い海は大南海である。周囲を塀に覆われた箇所が聖都であり、険峻な山々に囲まれた地は火都だ。人知が及ぶ範囲内で西王は箱庭から糸を結びあらゆるもの、人を操ることができる。王ですら、自在だった。
「ほう」
しかし何になる。
「私は世界に住まう人間を、箱庭を通して意のままに操れるの。やり方は、指より張り出た糸で操るの。王の糸とい
うのよ」
爺やの顔を見た。彼はぽかんとしている。
「信じられない? なあにこの人って思ったの?」
「あ、いやいや……お続けください」
とにかく最後まで話を聞こうと思った。類まれな美貌と、ときに猛々しい武を持つ女王が見せる奇妙な行動。今日のもそうだ。しかし、最後まで話を聞いて、理解をしてきた。
「技を使えば、さっきも言ったけど意のままに操れるし、幻覚を見せられる」
彼女の説明は淡々と続く。
「そのような力――ただ者には使えまいと思いますが?」
「ええ。王であっても類まれな力に恵まれた者だけが扱える。この術を扱えたのは歴史上わずかだわ」
彼女はもう片方の指を折って数えていた。
なるほど、と言ったが、内心また始まったかと思った。西王のおごり高ぶりというべきか、力を持つものだけが示せる自信が発露したときだ。彼女は優れた王だし、おごり高ぶりを見せないので、問題はない。
「王が持つ最大の力と言ってもいい。相手の意志を操り、思い通りに動かす技」
王の箱庭と王の糸が織りなす技は、最上の王のみが扱える究極の魔術だ。この時を支配する最たる王は西王だ。
「あーあ王の秘密を教えてしまったわ」
「わが命は、今ここで絶たれても構いませぬ」
「馬鹿ね。やめて頂戴。命はいずれ尽き果てる。その時まで粗末にしないこと。捨てていい命などないわ」
「は」どうやら怒られてしまった。
「まだまだ長生きして」
「……」
王の慈愛により心を温かくした。彼は大事な物を与えてもらい続けた。西王は偉大なのだ。愛とか、慈悲とか、言葉で表せない何か。何か大きなもの。そう表現するしかないものに自分は仕えている。
「そろそろ時間だわ。出るわ」
「あの……どちらへ?」
「秘密よ」
「はは」
彼女は行ってしまった。西王は時に気まぐれだ。またいつ戻るか本人にしかわからない。
宮殿には主たる者はいない。今の国は聖女という貴い存在を奪われた。先日兵が送り出された。数万にもなる大軍。
だが軍の最高司令官にして、一ノ国王こと西王は、執務を取る塔から姿を現さず、指示を出すだけだ。
真白き塔。全ての行政府の頂点に立ち、都全土を一望できる場所。その頂上に王はいる。
茶色の、横に長く縦に短いテーブルの上には、箱庭が置いてあり、西王は上から眺めながら、しなやかな手首を動かしていた。素振りは、指人形を張り巡らした糸で巧みに操る傀儡師のようだ。
横に長く王に仕えた爺やが、細い目を凝らしてみていた。彼にはさっぱり彼女が何をしているのか理解できない。
「あ、切れたわ」
西王がしゃべる。彼女の言葉を聞いたのは、実に三日ぶりのことだ。ずっと彼女は寝ずに机に置かれた箱庭に張り
付いていた。彼には何をやっているのかさっぱりわからない。
「ばれたのね」
独り言。
「殿下――」
「なあに?」
「少々お休みになられたら?」
「そうねえ。場面も佳境ですし、気を引き締めるためにも少しお茶でもしましょうか」
西王は手を止めた。次に指を鳴らして暖かいティーポットを出す。
「あ、おいしい」
「殿下、もう長くはない老いぼれに、一つ教えてくださいますか?」
「何を?」
西王は、きょろりと大きな瞳を向ける。
皺だらけの、老年で震える手がテーブルに置いてある箱庭を示す。
「世界を箱庭で表したの。見なさい。ここが聖都。大南海、火都……」
確かに王が座っている椅子を北側と仮定すれば、南にある青い海は大南海である。周囲を塀に覆われた箇所が聖都であり、険峻な山々に囲まれた地は火都だ。人知が及ぶ範囲内で西王は箱庭から糸を結びあらゆるもの、人を操ることができる。王ですら、自在だった。
「ほう」
しかし何になる。
「私は世界に住まう人間を、箱庭を通して意のままに操れるの。やり方は、指より張り出た糸で操るの。王の糸とい
うのよ」
爺やの顔を見た。彼はぽかんとしている。
「信じられない? なあにこの人って思ったの?」
「あ、いやいや……お続けください」
とにかく最後まで話を聞こうと思った。類まれな美貌と、ときに猛々しい武を持つ女王が見せる奇妙な行動。今日のもそうだ。しかし、最後まで話を聞いて、理解をしてきた。
「技を使えば、さっきも言ったけど意のままに操れるし、幻覚を見せられる」
彼女の説明は淡々と続く。
「そのような力――ただ者には使えまいと思いますが?」
「ええ。王であっても類まれな力に恵まれた者だけが扱える。この術を扱えたのは歴史上わずかだわ」
彼女はもう片方の指を折って数えていた。
なるほど、と言ったが、内心また始まったかと思った。西王のおごり高ぶりというべきか、力を持つものだけが示せる自信が発露したときだ。彼女は優れた王だし、おごり高ぶりを見せないので、問題はない。
「王が持つ最大の力と言ってもいい。相手の意志を操り、思い通りに動かす技」
王の箱庭と王の糸が織りなす技は、最上の王のみが扱える究極の魔術だ。この時を支配する最たる王は西王だ。
「あーあ王の秘密を教えてしまったわ」
「わが命は、今ここで絶たれても構いませぬ」
「馬鹿ね。やめて頂戴。命はいずれ尽き果てる。その時まで粗末にしないこと。捨てていい命などないわ」
「は」どうやら怒られてしまった。
「まだまだ長生きして」
「……」
王の慈愛により心を温かくした。彼は大事な物を与えてもらい続けた。西王は偉大なのだ。愛とか、慈悲とか、言葉で表せない何か。何か大きなもの。そう表現するしかないものに自分は仕えている。
「そろそろ時間だわ。出るわ」
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