記憶にない思い出

平野耕一郎

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年老いた狼Ⅱ 手詰まり

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 刑事課では大きな進展があった。板倉と秋山を含めた刑事たちは笹塚のデスクに集まっていた。

「ああ、そうか。指紋が一致したのか。わかった、報告ありがとう」

 笹塚が鑑識と電話していて、その最中にグッドサインを示した。

「とむさん、お手柄やね」

「病院で取ってきた指紋が役に立ちましたね、さすがです!」

 秋山が横で驚いていた。

「言っただろ、念のためだって」

 尾坂家にあった指紋と空が寝ていたベッドについていたわずかな指紋が一致したのだ。

 風井空。年齢は二七歳で独身。職業はIT系企業で働くOLだ。

 両親は海外出張で日本にはいない。尾坂夫妻とは親戚関係にあった。伯母の尾坂詩織の旧姓は風井。空の母と姉妹なのだ。

 十年前の交通事故で死んだ尾坂理佐の部屋で住んでいたのは風井空で間違いない。

「誰も住んでいるはずない部屋に置いてあった化粧品が新品だったのは空が使っていためですね」

 多摩中央署は足立警察書の協力のもと風井空の自宅に捜査員が逮捕状をもって訪れた。多摩中央署から板倉と秋山が駆り出されていた。

「風井さん。警察です。ちょっとお話を伺いたいことがあります。ここを開けてくれませんか?」

 反応がない。刑事たちは事情を大家に行ってマスターキーで開けてもらう。背広を着た刑事たちがぞろぞろと中に入っていく。

「風井さん。いませんか?」

 四畳半の部屋には人の気配なかった。キッチン、浴室、寝室、どこにも風井空の姿はない。ガランとしている。 

 事件現場ではないので他の刑事たちは気づいていない様子だが、板倉は妙な違和感に気づいていた。

 質素な生活をしていたようだ。写真の姿も化粧気のない地味な姿だ。気になったのは四畳間のリビングのカーペットがめくれているところだ。あとはリビングから廊下を介して玄関まで何かを引きずった痕がある。

 とにかく主の風井空は忽然といなくなってしまった。どうやら空は財布などの貴重品をもってどこかへ行ったようだ。事件発覚を恐れて自分の意志で姿を消したのが正しい見方だった。

 ただ服も残っていた。冬場が近い十一月だというのに厚手のコートなどは残ったままだ。靴もそのままだ。

 職場に聞いてみると十月に入ってから連絡がパタリと途絶え職場にも来なくなって解雇されていることが分かった。

 こんな無断欠勤などなかったという。職場での勤務態度も良好で、大人しいぐらいで問題点はない。事故に遭ったという話も会社側は全く知らないらしい。

 普通に勤勉に働いた人間が何らかの理由で事故後、尾坂夫妻と生活を始めたのか。真面目な空ならば会社に事故に遭った旨をきちんと報告するはずだ。

 疑問点が浮かんでは消えた。果たして風井空が犯人でよいのか。

「いなくなった?」

 多摩中央署に戻った板倉と秋山は笹塚に状況を報告した。

「捜査の手が及ぶと分かって行方をくらましたか」

 笹塚はちらりと板倉を見て眼鏡の汚れを取っていた。

「どうします?」

 板倉は行方をくらました風井空を全国に指名手配して協力を仰ぐか聞いた。同時に自分が感じていた違和感も報告した。

「違和感とやらもわかるが、他に風井空以外に尾坂を殺したやつはいないだろ? 決まりだな」

 風井空の指紋は尾坂理佐の部屋と一致している。証拠は出そろったと判断した。また風井空が現状最も疑わしい人物であること、他に疑わしい人物がいない、極めつけは自宅からいなくなっていることから重要事件の容疑者と仮定し、事件の重要性から全国に指名手配をした。

 風井空の逮捕は時間の問題と思われていた。今や日本中どこにいても監視カメラが至る所にあるから見つけるのは難しくない。

 だが一か月、二か月と過ぎても風井空の行方は掴めなかった。一挙に解決と思った事件は有力な目撃情報もなく、暗礁に乗り上げてしまった。
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