記憶にない思い出

平野耕一郎

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記憶なき女Ⅳ 傀儡

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 朝の陽ざしが差し掛かり千里は目覚めた。頭が痛い。のみすぎたようだ。また記憶を飛ばした。

「目が覚めたかな?」

 どこからか声がした

「おはよう」

「え……」

「驚くことないよ。昨日飲みすぎて寝ちゃったんでしょ?」

「あなたは……」

「本当に何も覚えていないんだね」

 はだけた姿になった千里を見て沙良は笑う。今は理佐としてふるまってあげないと混乱するか。

「何で沙良がいるの?」

「大した話じゃない。あなたのマティーニに睡眠薬を入れた。洋二さんが眠そうなあなたをホテルにまで連れて行った。私は彼にどこのホテルに連れ込むか聞いておいたの。こっちも用が済ませてホテルにやってきた。ただそれだけよ」

 千里はおおよそ信じられないという顔つきでいる。

「何の話?」

「男にお持ち帰りされるタイプだね」

「なに、何なの?」

「言ったでしょ。気にすることじゃないって。洋二さんはしつこいし、酔うと絡んでくるからね。うまく千里さんに目が向くよう話を持って行ったのは私だけどね」

 沙良はタイミングを見計らって洋二にお願いをした。千里とは明日約束しているからどこのホテルに泊まるか教えてほしいと。沙良のお願いを聞かなかった男はいない。ただ一人を除いてだが。

 千里は目の前にいる沙良に恐怖を感じた。喫茶店で会った時とは別人である。顔かたちは変わっていないのに、何か内からの雰囲気が全然違う。底知れぬ恐ろしさが今の沙良にはあった。

「じゃあ本題に入るわ。実は聞きたいことがあるの。隠していることあるでしょ?」

 沙良は喫茶店の時のように間合いを詰めてせせら笑う。

「あなたにお金を渡して、私を尾坂理佐に仕立て上げたのは香西正彦? 違う?」

 沙良の切れのいい質問は千里を追い込んでいく。場の支配権は沙良にあった。

「え? なにが」

「あのね、時間がないの。質問には「はい」か「いいえ」で答えてね」

「はい……」

「どうなの?」

「はい……」

「いつ振り込まれたの?」

「十月六日」

 喫茶店であった日か。時間軸として間違っていなそうである。

「何で頼まれたの? お金がなくて困っているみたいね」

「お母さんの治療費よ。もう残っていた家も売ったけど、足りないの」

「いくらもらったの?」

 沙良は千里の事情をくみ取らず質問を続けていた。

「三千万」

「どうやってもらったの?」

「現金振込です」

 もはや聞くことはない。

「そう、ありがとう」

「知らないから。私、本当に何も知らないからね!」

「わかっている。それ以上聞く気ないから。安心して」

 千里は泣き出している。沙良の持つ圧迫感がもたらす恐怖に感情が制御できなくなっていていたのだ。

「落ち着いて。私の眼だけを見るの。そう、それでいい」

 うんうんと千里は何度もうなずいていた。赤子のようだった。

「しばらく横になっているといいわ。もう私のことは忘れて。誰にも言っちゃいけないわ」

 沙良は微かにふるえる千里に語り掛けて、部屋を出た。

 十分だ。まず消すべき人間がわかった。何かにつけて放置していた人物だ。

 大通り沿いで迎えの車が来るのを待っていた。しばらくして昨日の車がやってきた。黒いセダン。

「お疲れ。何だか眠いわ」

「合コンはどうだったんですかい?」

「まあ、楽しめたわ。でも私には無用みたいね」

「ボスのあんたがプラプラ合コンなんてまずいのでは?」

 助手席に乗っていた男が問う。

「気づいたやつがいたわ。少し、遊んであげたわ」

 プッと前の二人は笑った。

「いい駒が見つかったから収穫はあったわよ」

「じゃあ、遠見の野郎を消す算段が付いたわけですかい?」

「もちろん。遠見は渋谷で社長就任パーティをやるみたい。あなたの晴れ舞台で盛大に散ってもらう」

「誰が実行を?」

「私」

 裏切った人物は沙良にとって大きい存在だった。世話にもなったし、最期ぐらいは自分の手で送ってあげたい。

 そうですかと運転席から低い声が聞こえた。
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