記憶にない思い出

平野耕一郎

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年老いた狼Ⅴ 探索

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 板倉たちが香西沙良を探し求めていたのと同じくして、香西沙良も盲点を利用して参加者となっていた。もちろん目的は社長の死。

 ビル中はひたすら人、人である。しかし沙良は会った人間の顔を忘れない。沙良の脳裏には膨大な記憶の宮殿が控えている。

「すごい人ですね。香西沙良を探すのは難しそうですね」

「知らん。とにかくくまなく探すしかないだろ?」

 押し殺した声だった。声がした方角を感づかれないよう見た。初老の男と若手の男。視界に入ったとき、沙良は一瞬にして記憶の宮殿から、これまで会ってきた人間の顔と照合する。若い男についてはデータがない。さてもう一人は検索に時間がかかっている。

 概要情報は出てきた。ただ結構前の記憶だ。名前、職業などの詳細情報は検索中だが覚えはある。

 あの刑事。なるほど、すでに張り込んでいたわけか。

 パーティ会場に忍び込んでいた沙良は脳内の記憶と照合する。見た者は全て頭に入っている。それにしても何をしに来たのだろう。疑問に思う間もなく答えが出た。真実にたどり着いたわけか。

 沙良自身にたどり着く方法としては尾坂家にあったアルバム、あとは日記だろう。本当の理佐が死を選んだところにたどり着くことはできる。あとは病院で入院していたことも夫妻の足取りを調べれば時間の問題だろう。

 さて夫妻を誰が殺したか疑われるのは里子の上岡洋子だが、その存在は実に悲しい。尾坂夫妻は理佐の代わりに養
子にしたが、期待外れで殺している。場所は庭だ。ただ洋子の血液はB型で犯人から除外される。なぜならあの家に

 生活していた人物はA型だから。

 警察は尾坂夫妻が病院を訪れ事故に遭った姪の風井空を引き取りに来たことに気づき捜査は難航するだろう。

 すでにこの世に存在しない犯人を警察は追い続け、事件は時の流れとともに風化して迷宮入りする。沙良が描いていたプランはこれだ。

 今不測の事態が起きた。沙良を知っている刑事が現れた。ニュースで尾坂家の庭から白骨遺体が出た辺りから、尾坂夫妻が里親制度を利用して養子縁組をしていたことなどが分かる。

 名前のアナグラムにも気づいたのか。だとしたら、中々の洞察力だろう。長いこと正体を隠すために使っていたがこれからは使えない。沙良は状況把握をすると同時に十年前の記憶と照らし合わせていた。

 情報が出た。

 名前は板倉勉。

 職業は刑事。

 管轄は築地警察署巡査部長。

 電話番号は090―3462―2156。

 沙良との関係は事故に遭った時に事情聴取に来た。

 十年も経てば異動で違う現場に行くし、携帯番号も変わるだろう。会うとは当然思っていなかったので、まさしく運命だろうか。

 ただ、昔を知っている者が表れたからと言って計画に支障はない。幸いなことにこちらの存在に気づいていない。
少しは出来る相手がいるようだ。段取りに狂いはない。パーティの流れは把握している。プランに支障はない。

 セレモニーの音楽が流れだした。始まりだ。万雷の拍手とともに恰幅のいい男が壇上に現れマイクを持った。

「皆さん、お疲れ様です。弊社の更なる飛躍のため、私が社長になりました」

 いつもより歯切れが悪い。死を恐れている証拠だ。またくどくどと同じ話を繰り返しているようで単調である。

 邪魔者を排除した伯父は得意げであった。何もこれから起こる状況を全く分かっていない。

 伯父も自分の存在に気づいていない。自分は伯父にいい夢を見させてきたつもりだ。大した経営力もなく、亡くな
った祖父から怒られ経営から外されたのに祖父の死とともに戻ってきて香西の経営は落ち込んだ。

 続きはあの世で見ることね。あの男は何も気づいていない。今日は誕生日。ちょうどいい日である。素敵なサプラ
イズを用意しておいた。

 沙良は手に持ったスマホから指示のメールを出した。

 自分を裏切った者への素晴らしい罰を用意してある。組織が表裏自分のものだと勘違いしていることを思い知らせ
てやる。
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