ゆめうつつ

平野耕一郎

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第二章 復讐

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 記録八
 日付:二〇十九年十二月十六日
 時刻:午後十一時二十三分
 場所:東京都渋谷区恵比寿三丁目ホテル多王二〇三号室

 渋谷区恵比寿に降り立った私は自分が場違いな人間だとすぐに気づく。何の縁もない男だ。着飾ったオシャレな男女が悠々と歩いていく。私のような落伍者を見る目はどこか寒い。
 著名人ともなるとお忍びで会うにも御大層なところでやるんだな。
 これが初めての復讐。
 メールが届いたら合図だ。私はいつだって合図を待っている。それがなければ、現実か夢化の区別がつかない。
 ブーッとスマホが鳴る。
「二〇三号室。部屋の扉は空いている」
 私は手に持ったカメラを立ち上げる。突入。
 私は突撃カメラマンのように現場に急行する。
 優里は目で合図を出す。
 あっ、あっ。ズキンと突然頭が痛くなった。くそ、あの地下室からの声が重なる。違う、あの部屋はもうない。すっかり黒焦げになった。
 他の男に抱かれている。許しがたい暴挙だ。
 耐えろ。私。これは正義だ。撮れ、撮れ。
「何だ? お前は?」
 北宮弘毅は突然入ってきた乱入者に怒りを露わにする。行為をやめて私に向かってきた。目つきは豹のように鋭い。
「何を撮っているんだ、この野郎!」
「俺を覚えていないか?」
 知らないようだ。お前は脳筋だったからな。
「とっとと出ていけ!」
 北宮は私に気を取られて背後の気配に気づかなかった。ブスリと手に持った注射器を北宮の首筋に突き立てる。北宮は落ちた。
「オッケー」
「ヘビーチャンピオンが聞いてあきれる。ちゃんと撮った?」
 私はカメラを渡した。どうしても聞きたい。
「見せて」
 優里に私はカメラを渡した。カメラを再生していくうちに怪訝そうな表情になった。
「微妙だよね。暴行している感じがない」
 実際には北宮はセックスしていただけで何も悪くない。ここに連れ込んだのも、無理やりではないだろう。ならば暴行しているよう作り変えるしかない。SNSのユーザーは切り取られた断片のみで反応する。グラビアアイドルのヌード姿を見て興奮する男どもと同じだ。
「じゃあ撮影をよろしく」
 意識を失っている北宮に抱きしめられている格好を取っていた。
「何をしているんだ?」
「レイプシーンの再現」
「アップしても大丈夫なのか?」
「編集して北沢ソガレに渡せばいい。モザイクかけてね」
「こんなことも聞くのもあれだが……」
「最悪。むうくんとのほうがいい」
 私はおのれのセックスのテクニックに自身がなかった。なにせレイプまがいな行為をして女に逃げられた男である。ある程度の技能を認められたわけだ。
「そろそろ行くか」
「大丈夫。しばらくぐっすり。少し楽しもう」
 マントヒヒは腹を出して大の字で寝ている。
 私たちはフロントに電話してシャルドネを頼み、グラスに注いで乾杯した。
「これぐらいはこいつにサービスしてもらおうか」
 ぐいぐいと酒は進み、酔ってきた」
「ソガレなんてやつがいるんだ?」
「二〇二二年は暴露の年だからねえ」
 知らなかった。今流行っている著名人の暴露をツイッターなどのSNSで行っているインフルエンサーである。よく調べて見れば
「今時の復讐はSNSでしょ」
 分かりきったことを平然と言う。私と別れてからこうも人が変わるのかと思いたくなるほど、優里は復讐に乗り気だった。
 後日、北宮弘毅のセックスビデオがツイッター、5ちゃんねる、YouTubeに拡散された。ネット社会になった現代は恐ろしいものだ。
 私たちは一つ目の復讐を終えた。このまま次々に私は復讐をやれる、と思っていた。
 ところが、復讐は一度中断を余儀なくされたあのウィルスである。
 二〇二〇年四月七日 埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の都道府県に対し、五月六日までの緊急事態宣言が発出された。
 日本中の人間が一時的に個人の自由を手放し、中国の武漢で発生した新型ウィルスをしずめるために人々は家に篭った。
 無益に時が過ぎていく。二年が経った。
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