19 / 33
第二章 復讐
9
しおりを挟む
記録十四
日付:二〇二三年六月十六日
時刻:午後二時五十五分
場所:東京都墨田区緑三丁目キャリオール五〇二号室のダイニング
曖昧な記憶など当てにはならない。忘れないように日付、時刻を克明に残す。
記憶とは違う。分かっていない人は多そうだ。
記憶は願望に過ぎない。主観に惑わされて、実際の出来事が変わってしまい何だか分からなくなる。
記録とは何だ。
紛れもない事実である。起こった出来事を採取し、忠実に再現する標本だ。
始めようか。復讐という名の採取を。
私の計画は大詰めを迎えようとしている。スクラッチブックはだいぶ薄くなった。復讐した人物の経緯はバインダーに移している。
最後の標的は吉森さとみ。今を騒がせている芸能人だ。養護施設で過ごしたもので、最も成功している人物だ。復讐に費やした二十年で四人はそれなりの地位を収めていて、さぞ落としがいがあった。
テレビを付けよう。私はロッキングチェアから立ち上がった。
ダイニングにあるテレビを付ける。ニュースを見る。日売テレビでは政治家の汚職に関する問題を取り上げ、相変わらずコメンテーターが舌鋒鋭く批判を飛ばしている。
「これは大学側の怠慢ですよ。まるで成っていませんよ」
スポーツ系の大学での大麻問題は散々とコメンテーターたちの餌食になっていた。よくも回る舌だ。
下らない。こいつらは当事者ではない。どこか他人事のように話す口ぶりを聞いていると吐き気が催される。ただ今日は復讐の件が関わってくるから仕方なくテレビを付けている。
「確か午後三時に中継だった、よな?」
私はカシオの時計の針を眺めていた。今かと焦りが生じる。
隣にいた優里は静かにうなずいた。
「焦っても時間の流れは変わらないよ」
三、二、一。
ピロンと音がして、画面下にテロップが表示された。
「速報! 女優の吉森さとみの自宅に執行官が子どもの引き渡しために立ち入り!」
きた。速報中継ともあり、MCの表情にも真剣みが増す。
「こちら中継です」
さすがに中にカメラは入れないか。
「こっちの動画のほうが面白いかもよ」
優里は白い手に持った自分のスマホの画面を見せて、イヤフォンの片方を私の耳にかける。画面に映っていたのは吉森さとみだった。
優里と私はさとみが密かに住んでいるマンションを突き止めていた。自宅ではおらず、交際している愛人のマンションにいるらしい。
優里がハウスキーパに扮して部屋に盗聴器を仕込んだ。この間、さとみは浮気相手と一夜を共にしている様子を掴み週刊誌にリークしていた。
「どちら様ですか?」
「吉森さとみさんですね。」
黒いスーツ姿の三人の執行官が玄関口でやり取りしている。無表情でいかにも行政の人間な印象が強い。
「お引き取りください」
「私たちは裁判所から参りました。吉森さんには保全命令が出ています。お子さんを速やかにお引渡しください」
「返すわけがないでしょ! 帰ってよ!」
「吉森さん、お気持ちはわかります。ただ裁判所の命令には従っていただきたい」
ここで返さない場合、執行官は強制措置に取る。
「さとみ! 中にいるんだろ! ここを開けてくれ!}
「裕二。どういうつもりなの。どうして……」
夫婦のご対面だ。修羅場になるだろう。
民事執行法第百七十五条によれば、債権者は執行場所に立ち会う必要がある。今回のケースだと、離婚裁判を起こしている夫が請求権を持つ債権者で、不倫をした妻の吉森さとみが債務者となる。今回の請求は何かというと子どもの引き渡しである。
さとみに対して、保全命令が出されている。これは子どもを旦那の元へ返すよう仮処分の命令を指している。さとみは従わずにいたから、本日のように強制執行がされていた。
「やめて! まだ一歳なのよ! どうするつもりなの!」
「この子は自宅に連れ返すんだ。君こそこんな真似を! 恥を知れ!」
執行官は夫婦の激情など知らず粛々と対処を執り行う。
「以上で私どもの業務は終了です」
ふうと私は息を吐き、自宅のソファに座り込む。
「だいぶ音声は綺麗に入っているでしょ。長かったね。乾杯でもしちゃう?」
「待って」
私は立ち上がり、冷蔵庫に入っていた水をコップに注いで飲んだ。
「大切なものを奪われたどん底に陥ったさとみの顔を直で見たい」
「性格悪いねー」
「俺のやっていることなんてあいつらがしたことに比べたらたいしたことないだろ?」
「買い物に行ってくるかな」
「正夢が料理。珍しい」
「手伝ってくれたお礼だ。すき焼きにしよう」
「わーい」
にかっと優里は白い歯を見せて笑った。いつの間にか歯はホワイトニングをしたのか白くなっていた。
日付:二〇二三年六月十六日
時刻:午後二時五十五分
場所:東京都墨田区緑三丁目キャリオール五〇二号室のダイニング
曖昧な記憶など当てにはならない。忘れないように日付、時刻を克明に残す。
記憶とは違う。分かっていない人は多そうだ。
記憶は願望に過ぎない。主観に惑わされて、実際の出来事が変わってしまい何だか分からなくなる。
記録とは何だ。
紛れもない事実である。起こった出来事を採取し、忠実に再現する標本だ。
始めようか。復讐という名の採取を。
私の計画は大詰めを迎えようとしている。スクラッチブックはだいぶ薄くなった。復讐した人物の経緯はバインダーに移している。
最後の標的は吉森さとみ。今を騒がせている芸能人だ。養護施設で過ごしたもので、最も成功している人物だ。復讐に費やした二十年で四人はそれなりの地位を収めていて、さぞ落としがいがあった。
テレビを付けよう。私はロッキングチェアから立ち上がった。
ダイニングにあるテレビを付ける。ニュースを見る。日売テレビでは政治家の汚職に関する問題を取り上げ、相変わらずコメンテーターが舌鋒鋭く批判を飛ばしている。
「これは大学側の怠慢ですよ。まるで成っていませんよ」
スポーツ系の大学での大麻問題は散々とコメンテーターたちの餌食になっていた。よくも回る舌だ。
下らない。こいつらは当事者ではない。どこか他人事のように話す口ぶりを聞いていると吐き気が催される。ただ今日は復讐の件が関わってくるから仕方なくテレビを付けている。
「確か午後三時に中継だった、よな?」
私はカシオの時計の針を眺めていた。今かと焦りが生じる。
隣にいた優里は静かにうなずいた。
「焦っても時間の流れは変わらないよ」
三、二、一。
ピロンと音がして、画面下にテロップが表示された。
「速報! 女優の吉森さとみの自宅に執行官が子どもの引き渡しために立ち入り!」
きた。速報中継ともあり、MCの表情にも真剣みが増す。
「こちら中継です」
さすがに中にカメラは入れないか。
「こっちの動画のほうが面白いかもよ」
優里は白い手に持った自分のスマホの画面を見せて、イヤフォンの片方を私の耳にかける。画面に映っていたのは吉森さとみだった。
優里と私はさとみが密かに住んでいるマンションを突き止めていた。自宅ではおらず、交際している愛人のマンションにいるらしい。
優里がハウスキーパに扮して部屋に盗聴器を仕込んだ。この間、さとみは浮気相手と一夜を共にしている様子を掴み週刊誌にリークしていた。
「どちら様ですか?」
「吉森さとみさんですね。」
黒いスーツ姿の三人の執行官が玄関口でやり取りしている。無表情でいかにも行政の人間な印象が強い。
「お引き取りください」
「私たちは裁判所から参りました。吉森さんには保全命令が出ています。お子さんを速やかにお引渡しください」
「返すわけがないでしょ! 帰ってよ!」
「吉森さん、お気持ちはわかります。ただ裁判所の命令には従っていただきたい」
ここで返さない場合、執行官は強制措置に取る。
「さとみ! 中にいるんだろ! ここを開けてくれ!}
「裕二。どういうつもりなの。どうして……」
夫婦のご対面だ。修羅場になるだろう。
民事執行法第百七十五条によれば、債権者は執行場所に立ち会う必要がある。今回のケースだと、離婚裁判を起こしている夫が請求権を持つ債権者で、不倫をした妻の吉森さとみが債務者となる。今回の請求は何かというと子どもの引き渡しである。
さとみに対して、保全命令が出されている。これは子どもを旦那の元へ返すよう仮処分の命令を指している。さとみは従わずにいたから、本日のように強制執行がされていた。
「やめて! まだ一歳なのよ! どうするつもりなの!」
「この子は自宅に連れ返すんだ。君こそこんな真似を! 恥を知れ!」
執行官は夫婦の激情など知らず粛々と対処を執り行う。
「以上で私どもの業務は終了です」
ふうと私は息を吐き、自宅のソファに座り込む。
「だいぶ音声は綺麗に入っているでしょ。長かったね。乾杯でもしちゃう?」
「待って」
私は立ち上がり、冷蔵庫に入っていた水をコップに注いで飲んだ。
「大切なものを奪われたどん底に陥ったさとみの顔を直で見たい」
「性格悪いねー」
「俺のやっていることなんてあいつらがしたことに比べたらたいしたことないだろ?」
「買い物に行ってくるかな」
「正夢が料理。珍しい」
「手伝ってくれたお礼だ。すき焼きにしよう」
「わーい」
にかっと優里は白い歯を見せて笑った。いつの間にか歯はホワイトニングをしたのか白くなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる