月曜9時、恋を始める方法

naomikoryo

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第8話『好きになるのに理由はいる?』

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月曜の朝。
あれだけ憂鬱だった始まりのはずなのに、最近はほんの少しだけ心が軽い。
理由は、わかっている。
“夜にあなたに会える”という事実が、一日の中でひそかな灯になっているから。

でも、
(これが恋だと、誰が決めたわけでもない)

私はまだ、「好き」とは言っていない。
瀬戸くんも、言葉にはしてこない。

ただ、確かに“何か”が、二人の間で静かに膨らみ続けている。

◆◇◆

「今日は、最終回です」

セミナー会場。
椎名寿は、変わらぬ静けさで話を始めた。

「この数週間で、あなたは自分の感情と向き合ってきました。
 誰かに甘えること、過去を見つめること、自分を知ること。
 そして最後は、“その感情を伝えるかどうか、選ぶこと”です」

会場の空気が、少しだけ緊張を帯びる。

「伝えることは、勇気です。
 でも、伝えない選択もまた、優しさです。
 あなたが何を選ぶかは自由です。
 ただし——“自分に嘘だけはつかないでください”」

「美園さん、セミナー終わったら、少し歩きませんか」

その一言が、今夜のすべてのきっかけだった。

◆◇◆

会場を出たあと、私たちは無言のまま並木道を歩いていた。
先週と同じ道。
でも、今夜は少しだけ風が冷たい。

「……今日で、終わりですね」

「そうね」

「ちょっと、寂しいですね」

彼は、ポケットに手を入れたまま、空を見上げた。

「最初の頃は、まさかこんな気持ちになるなんて思ってませんでした」

「こんな気持ち、って?」

「……美園さんと、こうして歩いてることが、あたりまえみたいになってたこと」

私は言葉に詰まった。
あたりまえになっていたのは、私も同じだった。
でも、それを“崩してしまう”のが怖くて、
ずっと、この微妙な距離を保っていた。

瀬戸くんは立ち止まり、私の方を向いた。

「……僕、本当はずっと、聞きたかったんです」

「……何を?」

「美園さんは、僕のこと、どう思ってますか?」

ストレートすぎるその問いに、心臓が跳ねた。
反射的に「何を言ってるの」と笑い飛ばすこともできた。
けれど、彼の目がまっすぐすぎて、それを許してくれなかった。

「あなたは……やさしい人だと思う」

「それだけですか?」

私は、唇を噛んで視線を落とす。

(答えられないわけじゃない。ただ、怖いだけ)

「……私、今までの恋で、何かを“捨てる”ことばかりしてきた気がするの」
「自分の時間とか、感情とか、キャリアとか。
 誰かを好きになるたびに、何かを犠牲にして……
 気づいたら、恋をすることが怖くなってた」

彼は黙って聞いていた。

「でも、あなたといると……捨てなくてもいいのかもしれないって、思えた」

それは、私の本音だった。
ずっと喉の奥で引っかかっていた、言葉にできなかった想い。

「……なら、もうひとつ聞かせてください」

瀬戸くんは一歩、私に近づいた。

「僕のこと、“好き”ですか?」

沈黙が、風の音にかき消されていく。

(好き、って……)
(そんな単純な言葉で表せるものなの?)

でも。

私は、
気づけば、小さくうなずいていた。

「……好き、かもしれない」

瀬戸くんが、ふっと笑う。

「僕も、ずっとそうでした」

「……ずっと?」

「最初はただ、綺麗な人だなって思って。
 手の届かない場所にいる人だって思ってた。
 でも、セミナーで話して、笑って、泣きそうな顔見て……
 “この人と恋に落ちてみたい”って、初めて思ったんです」

「……恋に落ちてみたい、って」

「はい。好きになるのに、理由なんていらないんですよ。
 ただ、“一緒にいたい”って気持ちが、全てなんじゃないかって思います」

夜風が、彼の髪を揺らした。
そのままの距離で、彼がそっと手を差し出す。

「手、つないでいいですか?」

私は一瞬ためらったあと、その手に自分の指を重ねた。
やさしくて、あたたかくて、少しだけ力強い手。

恋に落ちる音なんて、聞こえないけど、
きっと今、
私はちゃんと“好きになってる”。

◆◇◆

その夜、ひとりでベッドに入ったあと、
私はスマートフォンのメモに、ぽつんと文字を打ち込んだ。

わたしが一番大切にしたいもの。
「隣にいてほしい」と思える人。
それを、ちゃんと選べる自分。

その瞬間、心のどこかでずっと引っかかっていた小さな“ブレーキ”が、
静かに外れた気がした。
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