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第9話『月曜日が来るのが、待ち遠しい』
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セミナーが終わって、月曜の夜に空いた時間がぽっかりと残された。
まるで長い間通っていたジムの定休日が急に増えたみたいな、
妙に手持ち無沙汰な感じ。
ただ、その“空白”を埋めてくれるものが一つできた。
瀬戸幸輝。
セミナーで育まれた関係が、今は小さな恋になりつつある。
それはまだ名前も形も定まっていないけれど、
確かに存在していて、私の心を静かに温めてくれていた。
◆◇◆
月曜の午後、プリンターの前で資料を待っていると、ふと声が聞こえた。
給湯室の奥から、小さな声で誰かが話している。
無意識に足を止めて耳を澄ませてしまった自分を、
後になって少しだけ恥じることになるのだけれど——
「……本当にありがとうございました。史佳さんのおかげです」
その声は、間違いなく瀬戸くんのものだった。
「礼なんかいらないって。あなた、予想以上にまっすぐだったし。
麗華が“うっかり本気になった”の、ちょっと嬉しかったよ、正直」
「“うっかり”って……僕にとっては真剣だったんですよ?」
「ふふ、知ってる。だからセミナーにぶっ込んだの。
ただの社外研修じゃなかったのよ、あれ。
あんたが“麗華の壁をどうにか壊してくれたら”って、勝手に願ってた」
私は、心臓が跳ねる音を自分の耳で聞いたような気がした。
(……セミナー、って)
そういうことだったの?
◆◇◆
その日の夕方。
会議も資料作成も終わり、オフィスに残っているのは数人だけになっていた。
私は、自分でも少しだけ驚きながら、瀬戸くんに声をかけた。
「ちょっといいかしら。会議室、空いてる?」
「……はい?」
「来て」
彼は不思議そうな顔をして、私の後をついてきた。
誰もいない簡易ミーティングルームに入るなり、私はドアを閉めた。
「さっき、聞こえちゃったの。給湯室での会話」
瀬戸くんは、すぐに何のことか悟ったようだった。
言い訳をする様子もなく、むしろ、肩の力を抜いたように微笑んだ。
「……そっか。聞かれちゃったか」
「……つまり、最初から仕組まれてたの?」
「うん、そう。僕がセミナーに参加することも、
美園さんと“偶然”組まされるのも、三枝さんが根回ししてくれてた」
(……あの人、どこまでお節介なの)
「でもね、美園さん」
瀬戸くんは、ゆっくり言葉を選ぶように口を開いた。
「最初は正直、“ちょっと無理だろうな”って思ってたんです。
こんなに綺麗で、強くて、自分をちゃんと持ってる人が、
年下の僕に振り向いてくれるなんて」
「……」
「でも、セミナーを通して、話して、ぶつかって、笑ってくれて、
その全部が本当に嬉しくて。
ああ……仕組まれた“きっかけ”でも、これはもう偶然じゃなくて、
ちゃんと“自分の選択”なんだって思えたんです」
(そんな風に、言わないでよ)
(それを真顔で言うなんて、卑怯よ)
瀬戸くんが携帯を取り出して、何かを操作したかと思うと——
すぐに通話を始めた。
「……あ、三枝さん?今、美園さんの前です。
ええ、そう。ちゃんと話しました」
(ちょっと、なにしてるの)
「改めて、お礼を言わせてください。
本当に、ありがとうございました。あのセミナーに参加させてくれて。
僕、いま、美園さんの隣にいられて……すごく、幸せです」
私はその場で頭を抱えた。
「もう、やめて……!」
「聞こえてる?三枝さん?
麗華さん、いま頭抱えてるから。
たぶん照れてるだけなんで、気にしないでください」
「瀬戸……!」
怒ってるようで怒ってない。
いや、怒りたいけど笑ってしまっている。
私は、ついに吹き出してしまった。
「……もう、あんた、ほんとバカじゃないの」
「バカじゃなきゃ、こんなことしないです」
(本当に、バカ。……でも、こんなバカ、嫌いじゃない)
笑ったのは、呆れたからだけじゃない。
自分が、どれだけ肩ひじを張って生きてきたかを、
ようやく認められた気がしたからだった。
誰かに甘えるのは、弱さじゃない。
強がらないで笑える自分になれたことが、今はなにより嬉しかった。
◆◇◆
会社を出る頃には、夜の風が頬に心地よかった。
隣を歩く瀬戸くんが、ふと囁く。
「……で、来週の月曜日、空いてます?」
「え? セミナーは終わったでしょ?」
「デートです。ちゃんと“セミナーじゃない月曜の夜”に、美園さんを誘いたい」
私は、少しだけ間を置いて答えた。
「……月曜、待ち遠しくなるじゃない」
まるで長い間通っていたジムの定休日が急に増えたみたいな、
妙に手持ち無沙汰な感じ。
ただ、その“空白”を埋めてくれるものが一つできた。
瀬戸幸輝。
セミナーで育まれた関係が、今は小さな恋になりつつある。
それはまだ名前も形も定まっていないけれど、
確かに存在していて、私の心を静かに温めてくれていた。
◆◇◆
月曜の午後、プリンターの前で資料を待っていると、ふと声が聞こえた。
給湯室の奥から、小さな声で誰かが話している。
無意識に足を止めて耳を澄ませてしまった自分を、
後になって少しだけ恥じることになるのだけれど——
「……本当にありがとうございました。史佳さんのおかげです」
その声は、間違いなく瀬戸くんのものだった。
「礼なんかいらないって。あなた、予想以上にまっすぐだったし。
麗華が“うっかり本気になった”の、ちょっと嬉しかったよ、正直」
「“うっかり”って……僕にとっては真剣だったんですよ?」
「ふふ、知ってる。だからセミナーにぶっ込んだの。
ただの社外研修じゃなかったのよ、あれ。
あんたが“麗華の壁をどうにか壊してくれたら”って、勝手に願ってた」
私は、心臓が跳ねる音を自分の耳で聞いたような気がした。
(……セミナー、って)
そういうことだったの?
◆◇◆
その日の夕方。
会議も資料作成も終わり、オフィスに残っているのは数人だけになっていた。
私は、自分でも少しだけ驚きながら、瀬戸くんに声をかけた。
「ちょっといいかしら。会議室、空いてる?」
「……はい?」
「来て」
彼は不思議そうな顔をして、私の後をついてきた。
誰もいない簡易ミーティングルームに入るなり、私はドアを閉めた。
「さっき、聞こえちゃったの。給湯室での会話」
瀬戸くんは、すぐに何のことか悟ったようだった。
言い訳をする様子もなく、むしろ、肩の力を抜いたように微笑んだ。
「……そっか。聞かれちゃったか」
「……つまり、最初から仕組まれてたの?」
「うん、そう。僕がセミナーに参加することも、
美園さんと“偶然”組まされるのも、三枝さんが根回ししてくれてた」
(……あの人、どこまでお節介なの)
「でもね、美園さん」
瀬戸くんは、ゆっくり言葉を選ぶように口を開いた。
「最初は正直、“ちょっと無理だろうな”って思ってたんです。
こんなに綺麗で、強くて、自分をちゃんと持ってる人が、
年下の僕に振り向いてくれるなんて」
「……」
「でも、セミナーを通して、話して、ぶつかって、笑ってくれて、
その全部が本当に嬉しくて。
ああ……仕組まれた“きっかけ”でも、これはもう偶然じゃなくて、
ちゃんと“自分の選択”なんだって思えたんです」
(そんな風に、言わないでよ)
(それを真顔で言うなんて、卑怯よ)
瀬戸くんが携帯を取り出して、何かを操作したかと思うと——
すぐに通話を始めた。
「……あ、三枝さん?今、美園さんの前です。
ええ、そう。ちゃんと話しました」
(ちょっと、なにしてるの)
「改めて、お礼を言わせてください。
本当に、ありがとうございました。あのセミナーに参加させてくれて。
僕、いま、美園さんの隣にいられて……すごく、幸せです」
私はその場で頭を抱えた。
「もう、やめて……!」
「聞こえてる?三枝さん?
麗華さん、いま頭抱えてるから。
たぶん照れてるだけなんで、気にしないでください」
「瀬戸……!」
怒ってるようで怒ってない。
いや、怒りたいけど笑ってしまっている。
私は、ついに吹き出してしまった。
「……もう、あんた、ほんとバカじゃないの」
「バカじゃなきゃ、こんなことしないです」
(本当に、バカ。……でも、こんなバカ、嫌いじゃない)
笑ったのは、呆れたからだけじゃない。
自分が、どれだけ肩ひじを張って生きてきたかを、
ようやく認められた気がしたからだった。
誰かに甘えるのは、弱さじゃない。
強がらないで笑える自分になれたことが、今はなにより嬉しかった。
◆◇◆
会社を出る頃には、夜の風が頬に心地よかった。
隣を歩く瀬戸くんが、ふと囁く。
「……で、来週の月曜日、空いてます?」
「え? セミナーは終わったでしょ?」
「デートです。ちゃんと“セミナーじゃない月曜の夜”に、美園さんを誘いたい」
私は、少しだけ間を置いて答えた。
「……月曜、待ち遠しくなるじゃない」
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