25歳のキミへ

naomikoryo

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第10話:円環の終わり

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朝の光が、机の木目をなぞるように滑り込んでいた。
カーテン越しの風は柔らかく、静けさの中で小さな“音”が響く。

——カサリ。

蓮は、眠い目をこすりながら身を起こした。
小学四年生。10歳の少年の部屋は、昨日と同じように散らかっていて、床には漫画本とゲーム機が転がっている。

けれど、その朝だけは、何かが“違った”。
 

机の引き出しを開けたとき。
一枚の封筒が、そこにあった。

真っ白な紙に、ただ一行。

「10歳の君へ」

それを見た瞬間、蓮の心臓はどくんと大きく跳ねた。
なぜか、これが“とても大切なもの”だと分かった。
手が震える。
緊張でも恐怖でもない、何かもっと深い“感覚”。

(……知ってる。これを、知ってる気がする)

蓮はそっと封を開け、便箋を取り出す。

それは、未来から来た——自分自身からの手紙だった。
 

「翔太を救ったのは、君だ」
「葵のことはもう思い出せないかもしれない。でも、その喪失の痛みを忘れないでほしい」
「人を助けることは、誰かを消すことだった。けれど、それでも君は選んだ」
「それは間違いじゃない。誰もが選べることじゃないから」
「この世界に、誰かがいた。君が忘れても、世界が覚えていなくても、
その痛みが、存在の証になる」

「だから、どうか——君は、君のままでいてくれ」
「それだけが、最後に残る“証”になる」

——25歳の蓮より
 

読むうちに、涙が頬を伝っていた。
理由なんて、わからなかった。
でも、胸の奥がとても熱くて、何かが溢れていた。

(……誰か、大事な人がいた気がする)

翔太の名前は、覚えている。
今日も遊ぶ約束をしている。
だけど、それ以外に、もう一人。

誰かが、いつも隣にいてくれた気がする。
笑って、怒って、泣いて、手を引いてくれた人。

でも、その名前が、顔が、どうしても思い出せない。

ただ——その喪失が残していった痛みだけが、確かにここにある。
 

蓮は、ふと鉛筆を手に取り、便箋の裏に言葉を書いた。

「誰かがいたことを、忘れないようにします」
「ありがとう、未来のぼく」



場面は切り替わる。
小さな図書館の閲覧室。

そこに、見慣れない青年が一人、本棚の前に立っていた。
やや色あせたジーンズに、くたびれたシャツ。
けれど、目には静かな力が宿っている。

「……氷室さん?」

職員が声をかけると、青年は振り返る。

「はい」

「今日からこちらに?……すみません、ちょっと履歴の確認がうまくいってなくて……記録が何も残ってなくて……」

青年は静かに微笑んだ。

「そういうこと、よくあるんです。大事なのは、これからですから」
 

彼の名は——氷室蓮。
かつて“存在を代償にした男”。
けれど今、何かが少しだけ“残っていた”。

その証拠に、彼の手には一通の便箋が握られていた。
もう読まれることはない、未来からの最後の手紙。

図書館の窓辺で、小さな子どもたちが絵本を読んでいた。
その中に、ひときわ笑顔のまぶしい少年がいた。

翔太だった。
彼は生きていた。
蓮の選択が、確かに彼をこの場所に“つなぎとめた”。
 

一人の少女が図書館に入ってくる。
見慣れない、けれどどこか懐かしい空気をまとう少女。
その名も、もう思い出せない。

だが、蓮が彼女と目を合わせたとき——
何かが“温かく”なった。

「……また会える気がした」

少女がつぶやく。

蓮は驚いた顔をして、わずかに微笑んだ。

「……そう、僕も」

それが、名前のない“再会”だった。



夜。
10歳の蓮の部屋。
月明かりの中、封筒はもうどこにもなかった。

でも——蓮は机に向かって、新しい手紙を書いていた。

誰に宛てたものか、自分でもわからない。
でも、どうしても書かずにはいられなかった。

「未来の君へ」
「きっと、また何かを忘れているかもしれないけど、それでも、誰かを想うことはできると思う」
「誰かが笑ってくれた記憶。名前がなくても、その感情だけは残る」
「だから、君も誰かを想っていてください。記憶じゃなくても、想いなら、きっと残るから」

蓮は手紙を引き出しの奥にしまった。
そのとき、不意にどこかから、小さな風が吹き込んだ。

——カサリ。

何かが届いたような、そんな音だった。

【完】
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