11 / 11
第10話:円環の終わり
しおりを挟む
朝の光が、机の木目をなぞるように滑り込んでいた。
カーテン越しの風は柔らかく、静けさの中で小さな“音”が響く。
——カサリ。
蓮は、眠い目をこすりながら身を起こした。
小学四年生。10歳の少年の部屋は、昨日と同じように散らかっていて、床には漫画本とゲーム機が転がっている。
けれど、その朝だけは、何かが“違った”。
机の引き出しを開けたとき。
一枚の封筒が、そこにあった。
真っ白な紙に、ただ一行。
「10歳の君へ」
それを見た瞬間、蓮の心臓はどくんと大きく跳ねた。
なぜか、これが“とても大切なもの”だと分かった。
手が震える。
緊張でも恐怖でもない、何かもっと深い“感覚”。
(……知ってる。これを、知ってる気がする)
蓮はそっと封を開け、便箋を取り出す。
それは、未来から来た——自分自身からの手紙だった。
「翔太を救ったのは、君だ」
「葵のことはもう思い出せないかもしれない。でも、その喪失の痛みを忘れないでほしい」
「人を助けることは、誰かを消すことだった。けれど、それでも君は選んだ」
「それは間違いじゃない。誰もが選べることじゃないから」
「この世界に、誰かがいた。君が忘れても、世界が覚えていなくても、
その痛みが、存在の証になる」
「だから、どうか——君は、君のままでいてくれ」
「それだけが、最後に残る“証”になる」
——25歳の蓮より
読むうちに、涙が頬を伝っていた。
理由なんて、わからなかった。
でも、胸の奥がとても熱くて、何かが溢れていた。
(……誰か、大事な人がいた気がする)
翔太の名前は、覚えている。
今日も遊ぶ約束をしている。
だけど、それ以外に、もう一人。
誰かが、いつも隣にいてくれた気がする。
笑って、怒って、泣いて、手を引いてくれた人。
でも、その名前が、顔が、どうしても思い出せない。
ただ——その喪失が残していった痛みだけが、確かにここにある。
蓮は、ふと鉛筆を手に取り、便箋の裏に言葉を書いた。
「誰かがいたことを、忘れないようにします」
「ありがとう、未来のぼく」
◆
場面は切り替わる。
小さな図書館の閲覧室。
そこに、見慣れない青年が一人、本棚の前に立っていた。
やや色あせたジーンズに、くたびれたシャツ。
けれど、目には静かな力が宿っている。
「……氷室さん?」
職員が声をかけると、青年は振り返る。
「はい」
「今日からこちらに?……すみません、ちょっと履歴の確認がうまくいってなくて……記録が何も残ってなくて……」
青年は静かに微笑んだ。
「そういうこと、よくあるんです。大事なのは、これからですから」
彼の名は——氷室蓮。
かつて“存在を代償にした男”。
けれど今、何かが少しだけ“残っていた”。
その証拠に、彼の手には一通の便箋が握られていた。
もう読まれることはない、未来からの最後の手紙。
図書館の窓辺で、小さな子どもたちが絵本を読んでいた。
その中に、ひときわ笑顔のまぶしい少年がいた。
翔太だった。
彼は生きていた。
蓮の選択が、確かに彼をこの場所に“つなぎとめた”。
一人の少女が図書館に入ってくる。
見慣れない、けれどどこか懐かしい空気をまとう少女。
その名も、もう思い出せない。
だが、蓮が彼女と目を合わせたとき——
何かが“温かく”なった。
「……また会える気がした」
少女がつぶやく。
蓮は驚いた顔をして、わずかに微笑んだ。
「……そう、僕も」
それが、名前のない“再会”だった。
◆
夜。
10歳の蓮の部屋。
月明かりの中、封筒はもうどこにもなかった。
でも——蓮は机に向かって、新しい手紙を書いていた。
誰に宛てたものか、自分でもわからない。
でも、どうしても書かずにはいられなかった。
「未来の君へ」
「きっと、また何かを忘れているかもしれないけど、それでも、誰かを想うことはできると思う」
「誰かが笑ってくれた記憶。名前がなくても、その感情だけは残る」
「だから、君も誰かを想っていてください。記憶じゃなくても、想いなら、きっと残るから」
蓮は手紙を引き出しの奥にしまった。
そのとき、不意にどこかから、小さな風が吹き込んだ。
——カサリ。
何かが届いたような、そんな音だった。
【完】
カーテン越しの風は柔らかく、静けさの中で小さな“音”が響く。
——カサリ。
蓮は、眠い目をこすりながら身を起こした。
小学四年生。10歳の少年の部屋は、昨日と同じように散らかっていて、床には漫画本とゲーム機が転がっている。
けれど、その朝だけは、何かが“違った”。
机の引き出しを開けたとき。
一枚の封筒が、そこにあった。
真っ白な紙に、ただ一行。
「10歳の君へ」
それを見た瞬間、蓮の心臓はどくんと大きく跳ねた。
なぜか、これが“とても大切なもの”だと分かった。
手が震える。
緊張でも恐怖でもない、何かもっと深い“感覚”。
(……知ってる。これを、知ってる気がする)
蓮はそっと封を開け、便箋を取り出す。
それは、未来から来た——自分自身からの手紙だった。
「翔太を救ったのは、君だ」
「葵のことはもう思い出せないかもしれない。でも、その喪失の痛みを忘れないでほしい」
「人を助けることは、誰かを消すことだった。けれど、それでも君は選んだ」
「それは間違いじゃない。誰もが選べることじゃないから」
「この世界に、誰かがいた。君が忘れても、世界が覚えていなくても、
その痛みが、存在の証になる」
「だから、どうか——君は、君のままでいてくれ」
「それだけが、最後に残る“証”になる」
——25歳の蓮より
読むうちに、涙が頬を伝っていた。
理由なんて、わからなかった。
でも、胸の奥がとても熱くて、何かが溢れていた。
(……誰か、大事な人がいた気がする)
翔太の名前は、覚えている。
今日も遊ぶ約束をしている。
だけど、それ以外に、もう一人。
誰かが、いつも隣にいてくれた気がする。
笑って、怒って、泣いて、手を引いてくれた人。
でも、その名前が、顔が、どうしても思い出せない。
ただ——その喪失が残していった痛みだけが、確かにここにある。
蓮は、ふと鉛筆を手に取り、便箋の裏に言葉を書いた。
「誰かがいたことを、忘れないようにします」
「ありがとう、未来のぼく」
◆
場面は切り替わる。
小さな図書館の閲覧室。
そこに、見慣れない青年が一人、本棚の前に立っていた。
やや色あせたジーンズに、くたびれたシャツ。
けれど、目には静かな力が宿っている。
「……氷室さん?」
職員が声をかけると、青年は振り返る。
「はい」
「今日からこちらに?……すみません、ちょっと履歴の確認がうまくいってなくて……記録が何も残ってなくて……」
青年は静かに微笑んだ。
「そういうこと、よくあるんです。大事なのは、これからですから」
彼の名は——氷室蓮。
かつて“存在を代償にした男”。
けれど今、何かが少しだけ“残っていた”。
その証拠に、彼の手には一通の便箋が握られていた。
もう読まれることはない、未来からの最後の手紙。
図書館の窓辺で、小さな子どもたちが絵本を読んでいた。
その中に、ひときわ笑顔のまぶしい少年がいた。
翔太だった。
彼は生きていた。
蓮の選択が、確かに彼をこの場所に“つなぎとめた”。
一人の少女が図書館に入ってくる。
見慣れない、けれどどこか懐かしい空気をまとう少女。
その名も、もう思い出せない。
だが、蓮が彼女と目を合わせたとき——
何かが“温かく”なった。
「……また会える気がした」
少女がつぶやく。
蓮は驚いた顔をして、わずかに微笑んだ。
「……そう、僕も」
それが、名前のない“再会”だった。
◆
夜。
10歳の蓮の部屋。
月明かりの中、封筒はもうどこにもなかった。
でも——蓮は机に向かって、新しい手紙を書いていた。
誰に宛てたものか、自分でもわからない。
でも、どうしても書かずにはいられなかった。
「未来の君へ」
「きっと、また何かを忘れているかもしれないけど、それでも、誰かを想うことはできると思う」
「誰かが笑ってくれた記憶。名前がなくても、その感情だけは残る」
「だから、君も誰かを想っていてください。記憶じゃなくても、想いなら、きっと残るから」
蓮は手紙を引き出しの奥にしまった。
そのとき、不意にどこかから、小さな風が吹き込んだ。
——カサリ。
何かが届いたような、そんな音だった。
【完】
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる