俺様王子は女嫌い?!本当は一途すぎて幼馴染のキミしか見てない

naomikoryo

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第11話「文化祭前夜、天音の涙」

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校舎の廊下を、夕陽が斜めに差し込む。
木の床が淡く染まり、靴音が反響していた。

文化祭準備期間の最終日。
教室は段ボールと装飾と、テンションの高い声であふれていた。

クラス企画は「フォトジェニック・カフェ」。
いわゆる、インスタ映えする装飾と制服アレンジで勝負するタイプの学園カフェだ。

もちろん、中心になって動いているのは
――白石天音。
 

「ここの壁、もう少しパステル寄りにしてもいいと思うんだよね」
 

「おっけー! 天音ちゃんのセンス信じてる!」
 

「えへへ、プレッシャー!」

 
いつものように無邪気に笑いながら、
天音は脚立の上に立って天井から吊るすリボンを調整していた。

と、そこへ。

 
「天音、危ねえから降りろ。脚立、斜めってるぞ」

 
その声に、天音の背筋が反射的に伸びた。

振り返るまでもない。
声の主は
――桐嶋凛音。

Tシャツ姿で、装飾のために持ってきた工具箱を腰に下げている。
日差しに照らされたその横顔に、女子たちのため息が漏れる。
 

「大丈夫だって、ちゃんと気をつけて――」

 
その言葉の途中で、ぐらりと脚立が傾いた。

「あっ――」
 

次の瞬間、天音の身体が空を舞った。

そして、ガシッと抱き止められる。
 

「……おい、だから言っただろ」

 
凛音の腕の中。
軽く腹に腕をまわされ、落ちる寸前で支えられた天音は、しばらく言葉を失っていた。

周囲の空気が、一瞬止まる。

「きゃあああああ!」

女子たちの歓声。
男子の「またかよ……」という溜め息。

そして、当の凛音は――

「調子乗んな、バカ」

と言いながら、天音の額を指でコツンと軽く弾いた。

 


 
放課後。
装飾の片付けが終わった教室には、
誰もいないはずだった。

――けれど。

ひとり、教壇の前に腰かけていた少女がいた。

白石天音。
 

薄く夕焼けが差し込む教室で、
彼女はぽつんと膝を抱えて座っていた。
 

その姿を、
一之瀬悠真は廊下から偶然、見てしまった。
 

(……どうしたんだ?)
 

教室のドアをそっと開けると、天音が顔を上げた。

 
「あ……悠真」

 
「どうした? まだ残ってたのか」

 
「うん。ちょっとね。落ち着きたくて」
 

「手伝おうか?」
 

「……ううん、大丈夫」

 
笑ってみせた顔が、どこかいつもと違った。
無理して笑っているような、
心のどこかが乱れているような
――そんな表情だった。

 
悠真はゆっくりと教壇に腰掛け、彼女と並ぶ。

静かな空間。

遠くで清掃員がモップを引く音だけが、時折響く。

 
「凛音に……抱き止められたでしょ、今日」

 
天音がポツリと言った。
 

「ああ、見てた。っていうか、クラス全体が見てたよな」
 

「……それでね、気づいたの」

 
「何に?」
 

「悠真の、気持ち」
 

その言葉に、悠真の指先がぴくりと動いた。

天音はまっすぐ前を見つめたまま、言葉を紡いでいく。

 
「ずっと思ってた。悠真って、凛音のこと、特別に見てるなって」
 

「……それは、親友だからで」
 

「ううん。違うの。……親友に向ける目じゃなかった」

 
悠真は否定しようとした。

でも、できなかった。

本当のことを、彼女にだけは嘘つけなかった。

 
「まだ、はっきりしてないんだ」

 
ようやく、口から出たのはその一言。

「好きなのか、ただの執着なのか、
 それとも、“自分だけが知ってる凛音”っていう特権を守りたいだけなのか……。
 俺にも、よくわからない」
 

天音は、ゆっくりと頷いた。

そして、ぽつりと呟いた。

 
「それってね……ちょっと、ずるいよ」
 

「……ずるい?」
 

「だって、そういう悠真の気持ちに、私は気づいちゃったのに。
 でも、悠真は私の気持ちには、気づいてくれない」
 

「……お前の、気持ち……」
 

「私、凛音が好きだよ」
 

静かに、でも確かに。
その言葉は、教室の空気を変えた。
 

「昔から。
 今も。
 あいつの全部を見たいし、知りたいし、
 そばにいたいと思ってる」
 

言い終わると、天音の目には薄く涙がにじんでいた。

けれど、それを拭おうとはしなかった。

代わりに、小さく笑った。
 

「でもね。悠真も、凛音のそばにいたいんだよね」
 

その言葉には、責める色はなかった。
ただ、事実を淡々と受け止める静けさがあった。
 

悠真は何も言えなかった。

口を開けば、たぶん崩れてしまいそうだった。

「ずるい」と言われた胸の奥が、ずきずきと痛む。

 
(……たしかに、俺はずるい)

(凛音が誰を見ているか、わかっているのに)

(それでも、俺の隣にいてほしいと、思ってしまっている)

 
教室には、夕焼け色の沈黙だけが落ちた。

天音が立ち上がる。

涙の跡が光っていた。

 
「帰ろう。明日、文化祭だし」
 

「……ああ」
 

ふたりで歩き出す。

けれど、並んだ歩幅はどこか、ぎこちなかった。
 

階段を下りながら、天音が小さく呟く。

「ねえ、悠真」

「ん?」

「私、笑うの、ちょっと苦手かも」
 

「……天音が、そんなこと言うの、初めて聞いた」

 
「うん、たぶん、初めて言った」
 

彼女の笑顔は、
誰にでも分け与えられる光だと思っていた。

でもそれは、本当に好きな人の前でだけ、少し崩れるものだったのかもしれない。
 

そしてそれを知った今、悠真の心のどこかで、
何かが音を立てて崩れていった。
 

【つづく】
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